MSの最新テクノロジー全部乗せ、満腹の「Tech Summit 2017」基調講演

文●羽野三千世/TECH.ASCII.jp

2017年11月10日 13時00分

 日本マイクロソフトは11月8日~9日、恵比寿のウェスティンホテル東京で開発者向けイベント「Microsoft Tech Summit 2017」を開催した。8日の基調講演では、モダンワークプレイス、MRのビジネス活用、IDのセキュリティ、アプリケーション開発、量子コンピュータなど、幅広いテーマでマイクロソフトの製品とテクノロジーが紹介された。

「モダンワークプレイス」とは?

 マイクロソフトが今年7月に発表した「Microsoft 365」は、Office 365、Windows 10、Enterprise Mobility + Security(EMS)を統合した月額料金制の法人向けライセンスだ。同社はMicrosoft 365を“モダンワークプレイス”と呼んでいる。

 日本マイクロソフト 執行役員 常務 デジタルトランスフォーメーション事業本部長の伊藤かつら氏は、モダンワークプレイスとは、「デジタルトランスフォーメーションの働き方改革版。社員全員の能力を最大限に引き出し、チーム一丸となって共通のゴールを目指すためのテクノロジー」だと説明した。

日本マイクロソフト 執行役員 常務 デジタルトランスフォーメーション事業本部長の伊藤かつら氏

 Microsoft 365がなぜ働き方のデジタルトランスフォーメーションに効くのか。伊藤氏は、「Office 365のMicrosoft Graph機能により、従業員がMicrosoft 365上で行った仕事(作成した資料、会議やメールをした時間、誰と誰がコラボレーションしたかなど)がそのままデータ化される。データ化できるということは、そこでAIによる価値創造が可能になる」と説明した。Office 365ではMicrosoft Graphのデータをもとに、AIが働き方の改善を提案するMyAnalytics機能や、組織内で作成された資料の有用性を判断して検索する機能などを実現している。

HoloLensが建築作業員の働き方を変える

 続いて、Windows 10搭載のMR(複合現実)デバイス「Microsoft HoloLens」のビジネス活用事例が紹介された。

 新潟県三条市に本社を置く建設会社・小柳建設は、日本マイクロソフトとの協業のもと、設計・工事・アフターメンテナンスまで建築作業のすべての工程をHoloLensで3Dホログラム化する「Holostruction」の開発を進めている。基調講演では、日本マイクロソフト Windows & デバイスビジネス本部 業務執行役員 本部長の三上智子氏がHolostructionのデモを披露した。

HoloLensを装着してデモをする日本マイクロソフト Windows & デバイスビジネス本部 業務執行役員 本部長の三上智子氏

 Holostructionでは、建築スケジュールのタイムラインに沿って、建築中の構造物をHoloLensごしの視界上に3D再現する。デモでは、工程表アプリ(これもHoloLensの視界上に表示)のタイムラインのバーを進めると、建築中の橋が完成していく様子を紹介した。「HoloLensの視界は遠隔地にいる人と複数人で共有できるので、例えばオフィスにいるスタッフと建築現場にいるスタッフとで同じ画像をみながらコラボレーションが可能」(三上氏)。

 さらに、あらかじめ3Dオブジェクト化してAzureに保存しておいた重機を取り出して、橋の上に配置することも可能だ。三上氏は、「大型の重機が作業現場に入るのか、重機の入った現場に人が通行できるスペースが確保されているかなど、図面では把握できなかった作業リスクを回避できる。建築作業員の働き方を変えていくテクノロジーだ」と説明した。

建築スケジュールのタイムラインに沿って、建築中の構造物をHoloLensごしの視界上に3D再現

あらかじめ3Dオブジェクト化してAzureに保存しておいた重機を取り出して、橋の上に配置することも可能

AADでユーザーアカウントを狙う攻撃を防ぐ

 次に、日本マイクロソフト マイクロソフトテクノロジーセンター長の澤円氏が登壇。Azure Active Directory(AAD)を使ったIDのセキュリティについてデモを交えて解説した。「ユーザーアカウントを狙う攻撃は年間300%増加している。攻撃に使われるマルウェアの96%がポリモーフィック(使い捨てマルウェア)であり検知は困難なので、ID自体を守ることが重要だ」と澤氏。

「まさか私がiPadでSalesforceアプリのデモをする日がくるとは」とつぶやく澤円氏

 デモでは、AADの条件付きアクセス機能を使って、iPadからSalesforceアプリにアクセスする際に多要素認証を設定する様子を紹介。AADでは、アプリケーションごとに対象のユーザー、ユーザーのいる場所などの条件を指定して、アクセスのブロック/アクセス時に多要素認証を要求するといったポリシーを設定できる。

 サイバー攻撃だけでなく、社外でモバイルデバイスを紛失することによるデータ漏洩事故も多い。「私もよく外出先でiPadを置き忘れる。人はミスをするものという前提で、テクノロジーを使ってセキュリティ対策を講じておくべきだ」(澤氏)。

ADDの条件付きアクセス機能でアプリごとにアクセスポリシーを設定

多要素認証を適用

DockerイメージがあればSQL Serverの起動は10秒

 10月にGA(一般提供)になったばかりの「SQL Server 2017」のデモも披露された。SQL Server 2017は、WindowsだけでなくLinuxおよびDockerの環境で動作する。また、データベース内で機械学習を実行する「Machine Learning Services」機能があり、Python言語をサポートする。深層学習用途にGPUリソースを使うことにも対応しており、Pythonで作成したモデルを使った機械学習や深層学習がデータベース内で完結する。

オフィスアイの平野愛氏

 デモでは、オフィスアイの平野愛氏が、Docker Composeを使ってGitHubからSQL Server 2017とUbuntuのイメージがインストール済みのDockerコンテナを展開。「コンテナ環境の構築は10分程度、コンテナ上でのSQL Serverの起動は10秒程度で完了する」(平野氏)。同じDockerイメージをAzure Container Registryに登録しておけば、Azure上にもまったく同じSQL Serverコンテナ環境を素早く展開できる。

 さらに平野氏は、構築したSQL Server 2017コンテナ環境で、Pythonで記述した機械学習モデルを実行。「2013年と2014年のスキー用品レンタル数の実績値から、2015年のレンタル数を予測する」という機械学習の結果が、データベースのカラム上に並ぶ様子を紹介した。

Docker Composeを使ってSQL Server 2017とUbuntuのイメージがインストール済みのDockerコンテナを展開

SQL Server 2017上でPythonで記述した機械学習モデルを実行

DevOpsツール「Visual Studio Team Services」の魅力とは

 “I LOVE WRITING CODE”と大きく印字されたTシャツを着て登場した日本マイクロソフト 業務執行役員 コマーシャルソフトウェアエンジニアリング本部長のドリュー・ロビンス氏は、DevOpsパイプラインツールとしての「Visual Studio Team Services」の魅力を語った。

「I LOVE WRITING CODE」だというドリュー・ロビンス氏

 アプリケーション開発においてDevOpsが必要になってきた背景について、ロビンス氏は、「ソフトウェアは、従来のモノリシックな製品からモジュール化されたアプリケーションの組み合わせに変化している。このようなモダンアプリの開発は、カスタムロジックではなく、共通のデータモデルを再利用しながら必要なコードだけを書いていく」と説明。開発チーム内で、コードを再利用できる形で管理し、ビルド、テストするサイクルを回すためにDevOpsが重要だとした。

 Visual Studio Team Servicesは、開発の進捗管理やコードレポジトリなどのチーム開発支援機能に加えて、アプリケーションのコードが変更されると自動的にコンパイル・テストを実行する機能などを備えており、コードのビルド・展開から、テスト、ビルドの正常性モニタリング、テストに合格したコードのレポジトリ登録までの開発パイプラインをつくって自動化できる。「パイプラインで使用する自動化ツールやテストツールは、OSSも含めて柔軟に入れ替えることができる」(ロビンス氏)。

Visual Studio Team Services

NAVITIME Travelアプリが「Cosmos DB+Azure Functions」を実装

 Azureの最新機能を組み合わせたアプリケーション実装の事例として、NoSQLデータベースサービス「Azure Cosmos DB」と、サーバーレスアプリケーションをホストする「Azure Functions」を採用したナビタイムジャパンの観光ガイドアプリ「NAVITIME Travel」が紹介された。

 NAVITIME Travelは東京を訪れる旅行者向けのアプリで、グルメ・お土産・宿泊施設などの情報配信や、行きたいスポットまでのルート検索サービスを提供する。また、Microsoft Cognitive Servicesを使ったチャットボットを実装しており、「お蕎麦が食べたいとチャットするとお店を検索する」、「城の写真をボットにわたすと画像認識して名称を回答する」、「スイーツの画像からそれが食べられるお店を検索する」といった機能を提供している。

 NAVITIME Travelでは、ユーザーとボットの会話ログをCosmos DBに収集しており、Power BIで可視化してサービス改善に活用している。さらに、チャット上でユーザーが「間違っている」という趣旨のコメントをした際、Cosmos DBからイベントを発行し、開発チームのSlackに通知するサーバーレスの仕組みをAzure Functionsを使って構築している。この、Cosmos DBとAzure Functionsによるサーバーレスの仕組みは、10月の「Microsoft Ignite 2017」で発表されたばかりの新機能だ。

「Cosmos DB+Azure Functions」でユーザーからの間違いの指摘をSlackに通知

機械学習データの前処理を簡単にする新兵器「Workbench」

 基調講演の最後には、日本マイクロソフト 執行役員 最高技術責任者(CTO)の榊原彰氏が登壇。Ignite 2017で発表された「Azure Machine Learning Workbench」、および開発中の「トポロジカル量子コンピュータ」について解説した。

日本マイクロソフト 執行役員 最高技術責任者の榊原彰氏

 Azure Machine Learning Workbenchは、データ分析において、「データサイエンティストが全作業の80%を費やしている」(榊原氏)という「データラングリング(データの整理、データ分析の前処理)」を支援するデスクトップアプリケーション(Azureからダウンロード可能)。Pythonを使う人にはお馴染みのオープンソースIDE「Jupyter Notebook」と統合されており、データサイエンティストは学習コストなく利用開始できる。データを機械学習にかけられる状態に整理するための機能として、データにタグ付けをする際にタグのパターンを自動認識して整える仕組みを提供する。

 榊原氏は、EMS(電子機器の受注生産)ベンダーの米ジェイビルサーキットが実際に導入している検品システムのデータを使って、Workbenchでデータタグを整理するデモを披露。検品システムでは、画像認識を使って回路基板の配線状態をチェックし、「PASS」か「FAIL」かを自動判別しているが、出力するデータに「PASS」「FAIL」以外の名称のタグが付与されるケースがある。ここでWorkbenchを使うと、大量データのタグの表記ゆれが簡単に修正できる。

米ジェイビルサーキットが導入している検品システム。画像認識を使って回路基板の配線状態をチェックする

Workbenchを使って出力データに付与されたタグを「PASS」と「FAIL」に整理

量子ゲート回路をコードで表現する「新しい量子言語」

 そして「トポロジカル量子コンピュータ」。マイクロソフトリサーチが水面下で開発を進めていたハードウェアと量子プログラミング言語が、10月のIgnite 2017で大々的に発表された。

 量子コンピュータとは、従来のコンピュータでは二進法(0か1か)のビット配列ですべてのデータを表現していたのに対し、「0と1が重なった状態」の量子ビットでデータを表現する仕組み。1量子ビットで2つの入力を同時に表現するので、1量子ビットで2つの計算が同時に可能、2量子ビットでは4つの計算(2の2乗)が同時に可能、というようにN量子ビットで「2のN乗」個の計算を同時に実行できる。

 大規模な並列計算ができる量子コンピュータのユースケースとして、「マイクロソフトリサーチは、窒素固定やCO2回収のための触媒設計の計算(100~200量子ビット)、常温で機能する超伝導体を開発するための微粒子計測シミュレーション(数百~数千量子ビット)、機械学習の計算(数百~数千量子ビット)で利用ができると考えている」と榊原氏は説明した。

マイクロソフトが考える量子コンピュータのユースケース

 量子コンピュータでは、ノイズに弱い「量子の重ね合わせ」状態を崩さないように計算を行うことが重要だ。「マイクロソフトは、ノイズ耐性が高く、ノイズがあっても修正しやすい回路方式を模索してきた。その要件を満たすものとして、フェルミ粒子の1種であるマヨラナ粒子を用いてトポロジカル量子チップを作った」(榊原氏)。

 また、新たに量子コンピュータ用のプログラミング言語を作った。「量子向けの言語は様々存在するが、マイクロソフトは可読性の高い量子言語の開発を目指した。新しい言語はF#のドメイン特化言語であり、量子ゲートの回路図をコードで表現できる」(榊原氏)。この新しい言語はVisual Studioに統合されており、開発したアプリケーションはGitHubで提供中の量子コンピュータシミュレータで動作可能になっているという。

新しく開発した量子言語は「量子ゲートの回路図をコードで表現できる」

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 モダンワークプレイス、MR、サーバーに実装された機械学習機能、DevOps、サーバーレス、量子コンピュータと、マイクロソフトの最新技術をこれでもかと詰め込んだ基調講演。開発者をテクノロジーで魅了した2時間だった。

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