Ponanza強すぎの第2期電王戦第2局裏話、川上会長が電王戦の成り立ちをぶっちゃける

文●飯島範久 編集●ジサトライッペイ

2017年05月27日 12時00分

今回の対局会場は兵庫県の姫路城。大天守保存修理により、白さの輝きを取り戻した。

 さまざまな話題を提供し、将棋ファンの裾野を広げる原動力にもなった電王戦が5月20日、6年の歴史に幕を下ろした。最終局となった第2期電王戦第2局は、Ponanzaが中盤から徐々に佐藤天彦叡王(名人)に差をつけ、94手までで勝利を収めた。これで、4月1日に行なわれた第1局に続き連勝し、Ponanzaは電王戦負け無しの7勝。また、将棋界で最も歴史のあるタイトル“名人”の保持者、佐藤名人が負けたことにより、事実上コンピューター将棋ソフトは、プロ棋士レベルを超えたことになる。中継を見てさらっと記事化したサイトが多い中、本稿では現地取材した最後の電王戦をお届けする。

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午前中は佐藤天彦叡王のペースだったのだが……

 第2期電王戦第2局は、舞台を兵庫県の姫路城へ移し、午前10時より対局が始まった。快晴に恵まれた姫路城は昨年3月に大天守保存修理を終え、白い輝きを取り戻した白壁が青空によく映える。対局する場所は大天守というわけではなく、二の丸にある「チの櫓」(ちのやぐら)で行なった。前回は取材陣の控室と対局場所は同じ建物だったが、今回の控室は城内入口前にある迎賓館と城の東側にあるプレハブの建物になった。控室が狭かったため2つに分かれてしまったが、テレビ局と記者クラブの人は迎賓館、その他はプレハブと将棋取材の慣例に従った形で、もちろん筆者はプレハブ行き。WiFiがないので取材場所としては厳しかった。

対局場所となる「チの櫓」(手前)。前回と違い、記者控室からは離れた場所になった。

こちらが城内入口の前にある迎賓館。取材陣の控室のひとつ。

 また、今回の対局場がかなり狭いのと、世界遺産ということで傷つけたり汚したりしては大変と取材陣も入れ替え制。もちろん、テレビ局と記者クラブ優先のため、佐藤叡王の初手は撮影できず、チの櫓の前でiPhoneを使ってニコ生中継を見ていた次第だ。

Ponanza開発者の山本一成氏(左)と下山晃氏(右)がぬの門を抜けて登場。チの櫓に入る。

続いて佐藤天彦叡王がチの櫓に入る。こちらは中継もされていた。

 そんな筆者が外で待たされているときに、佐藤叡王の先手で始まった本局は、まず水をガブリと飲んだあと▲2六歩と飛先を突いた。これに対して、ほとんど考えずPonanzaは反応。△4二玉と第1局の▲3八金と驚かせたのと同様、今回も解説陣はどよめいていた。どうも、初手▲2六歩に対して、後手のPonanzaは9種類の指し手があるらしく、その中の一手を選択したようだ。

チの櫓はとても狭く、第1局日光のときよりも舞台部分が小さいなと思ったのはこのためだったようだ。

初手は撮影できなかったが、佐藤叡王の指し手。電王手一二さんがピンクがかっているのは、赤い絨毯が写り込んでいるため。

 この手に対して、少し間を開けたが、佐藤叡王は▲2五歩とさらに進めた。ある程度は予想していたのか、12手目に△7七角成で角交換。23手目で▲2六銀と上がるなど、11時ごろまでに25手まで進み、持ち時間は佐藤叡王が残り4時間41分。Ponanzaが4時間25分と前回とは逆にPonanzaのほうが時間を使った展開だった。しかも評価値は、佐藤叡王のプラスで推移している。今回の評価値は「elmo」が使われていた。今年の世界コンピュータ将棋選手権でPonanzaを倒し、全勝優勝した新進気鋭のソフトだ。

 27手目▲2四歩と飛車先を突っかけ、△同歩、▲同銀、△2三歩、▲1五銀と引いたところで、△6四角打ちと飛車取りの攻め。これに対して▲3七角と受けて、△1四歩、▲2六銀と引いたが、ここでPonanzaが長考。36手目△1五歩と指した時点で、残り時間は佐藤叡王が4時間33分、Ponanzaが3時間46分。ここまではPonanzaが時間を消費するという意外な展開で、前回持ち時間を序盤で使いすぎてしまった佐藤叡王の反省がうかがえた。36手目の時点で、評価値は佐藤叡王のプラス200ほど。対Ponanzaでは序盤でもななかなか100以上差をつけるのは難しいが、ここまでは佐藤叡王の思惑通りに進んでいるに見えた。

 しかし、昼食休憩に入る直前の43手目、佐藤叡王が▲6八金右と指した途端、評価値がほぼ0に。対局後の記者会見でも山本一成氏が語っていたが、人間的には守りを固めたつもりでも、コンピューター側からすると右側の守りが弱くなり、バランスが崩れるため咎める一手となったのだ。解説陣には5八金の存在を評価していたのだが、この寄りから△3七角成りと角交換へ。佐藤叡王は穴熊へと駒組みを進めていくことになるが、評価値は逆転してしまった。ただ、昼食休憩時までに45手進み、残り時間は佐藤叡王が4時間10分、Ponanzaが3時間29分と30分の差がついていた。

評価値が0になってしまった一手。佐藤叡王は矢倉ではなく穴熊を目指した。

佐藤叡王の苦しい展開が続く終盤戦、三浦九段も登場

 昼食休憩後の再開は、佐藤叡王が開始時間に現われず、Ponanzaが再開後にすぐ△9五歩と指した。その後、遅れて対局室に佐藤叡王が現われた。9筋を突かれたが、それでも▲9八香と上がり穴熊を目指す。穴熊に持ち込むには後手の端歩の位が高いのが気になると検討陣からも声が上がっていた。

朝食休憩後の対局室。この時点までは窓が空いていたので風通しがよく、かなり涼しく感じた。

Ponanzaの評価値。午前中はやはり先手有利になっていた。ただ、大きく数値は変わっていないようだ。

 53手目、佐藤叡王が▲3七桂と跳ねた。これは終局後の解説で、深浦康市九段が指摘していたが、この一手が後の攻めに響いたのではないかとのこと。検討陣もこの手は読んでいなかったようだ。

 14時半ごろ、大盤解説をやっているニコファーレには、みうみうこと三浦九段が登場。観客に混じって質問するという登場だったのだが、声がバレバレですぐに正体をばらしていた。昨年のカンニング騒動で大変だったと思うが、元気な姿を見せてくれたのは嬉しい。読み筋を解説している途中に、三浦九段が奥さんと喧嘩して家を出てきたという話に脱線したくだりは、将棋とは関係ないが面白かった。

三浦九段がニコファーレにゲスト解説者として出演。タイムシフトでは6時間20分ぐらい。

 ここまで、両者ぶつかりあうこともなく自陣での駒組みを進めていたが、60手目△6四歩の時点で、評価値はPonanzaのプラス200超え。持ち時間は佐藤叡王が3時間10分、Ponanzaが3時間2分とかなり接近してきていた。

観光客が多かった最上階へ登ってみた。姫路城以上に高い建物がなく、正面に姫路駅を臨む。

海外からの観光客も多いということで、電王戦スタッフはチの櫓前で、英語や韓国語、中国語で書かれたカードを持っていた。

ここは世界遺産。ドローンによる姫路城への激突事故もあり、現在はドローン飛行を禁止している。ただ、いまだ飛ばす人はいるようだ。

電王戦記事のたびに電源の写真を載せているが、今回は城外に置かれていた。チの櫓の真下あたりだ。

 15時のおやつタイム。佐藤叡王がガトー・アン・フレーズ(ショートケーキ)を食べている姿が映し出されたが、まだ戦いが始まっていないからか、さほど厳しい表情でもなく淡々と食べていた。前回は長考が続き、持ち時間がかなり削られていたのでかなり暗い表情だったが、気分的にもだいぶ違うのだろう。

 おやつのあと、ようやく戦いが始まった。63手目▲5五歩と佐藤叡王が仕掛けたが、Ponanzaは△5六角打と反撃。あまり間を開けずに指してきたので、読み通りだったのかも。ただ、評価値的にはさほど変わらず、ここの対応次第ではガタガタと崩れそうだ。終局後の記者会見で難しい局面と佐藤叡王も語っていた。

お城のまわりには猫がたくさんいた。中には人懐こい猫も。

 このあたりから、さすがに佐藤叡王も長考が多くなってきた。すでにPonanzaの持ち時間より佐藤叡王の持ち時間のほうが少なくなってきていた。佐藤叡王が考え出すと、Ponanzaはその考えている間に次の手を読んでいるので、読みが外れない限りすぐに指せる。佐藤叡王にとってはかなり辛い展開になりはじめた。

 16時半ごろ、70手目△7五歩と突いてこられた手も終局後の記者会見で佐藤叡王が難しいと語っていた場面。ここで長考し▲5五角打を選んだが、△7六歩、▲同銀、△7五歩打(74手目)と後手が先手陣に攻め入り、評価値はPonanzaがプラス400超えに上昇。中盤でこの差は厳しくなってきた。持ち時間も佐藤叡王が1時間40分、Ponanzaが2時間41分(75手目)と、1時間の差がついてしまっている。

▲5五歩に対して△5六角。厳しい反撃だ。

 このあたりから対コンピューターと対人間の差が如実に現われ出している。対人間なら、相手の考慮時間も自分の考慮時間にあてられるが、コンピューター相手だと、相手の考慮時間が短すぎて自分の考慮時間にあてられない。それでいて難しい局面が続くので、指し間違えられない重圧とも戦うことになる。△9三桂、▲9四銀(77手目)と指したところで、評価値がぐっと広がりPonanzaのプラス800超え。

 ゲスト解説の三浦九段からすると、この局面を見てどうしてそこまで差が開くのかわからないと解説していたが、だからといって先手を持ちたくはないだろう。遠山五段は検討陣と先手番を持って指していても、攻められっぱなしで受け疲れたと話すぐらい、先手側は厳しい展開になってしまった。

 この時点で17時過ぎ、78手目が穴熊にはキツイ△8六歩を打たれ、佐藤叡王はまた長考に入る。このまま夕食休憩となった。

西日がさすチの櫓。昼間は窓が空いており涼しかったのだが……。

 夕食休憩後にも対局室へ撮影に入れるのだが、山本氏の後ろの窓が閉められていた。西日がキツイのと、夜になると寒くなると言われていたそうで、閉めたのはいいが、風が入らなくなったため、室内の温度が上昇していた。人間だけでなく、コンピューターやロボット、照明といった熱源があるため、扇風機が置かれていたが焼け石に水状態。佐藤叡王にはちょっと辛いかもしれない。

窓が閉められていて、涼しい風が入ってこないためかなり暑い。佐藤叡王は、前かがみになって考え込んでいた。

 夕食休憩後、対局は再開されたがすぐには指さず、しばらく考えた後、▲4五桂と跳ねた。この手でまた評価値を下げ、Ponanzaのプラス1000超え。このあと、△7八角と穴熊の金を取りにいき、対局後の会見で山本氏が「このあたりから評価値が上がっていった」と語っていたが、この時点でもう無理だったのかもしれない。ズルズルと佐藤叡王は評価値を下げていった。

夕食休憩後のPonanzaの画面。評価値が大きく後手に傾いている。

 中村太地六段がニコファーレの解説で「Ponanzaの陣地はキレイで無駄がない」と語っていたが、佐藤叡王は敵陣にまったく攻め込めていない。第1局もそうだったが、Ponanzaが危ないというシーンがまったくないのだ。

 結局敵陣を攻めることなく、自陣を守りきれずに19時30分、94手までで佐藤叡王が投了。評価値はPonanzaのプラス2000を超えていた。本局は、序盤が佐藤叡王のペースだっただけに、Ponanzaを打ち崩せなかったのは少々残念。人間だとミスはあるが、コンピューターは、ほぼミスがない。ミスをしてはダメというプレッシャーは相当なものだと思う。

控室のモニターで投了を確認。Ponanzaは横綱相撲だった。

 終局後、取材陣が対局室へ押しかけるわけだが、何しろ場所が離れているので中継を見ている人にとっては間が空いている。次のページからは終局後のインタビューをご紹介する。

佐藤天彦叡王の終局直後インタビュー

――今日の対局を振り返って序盤から中盤にかけてジワジワと広がっていったと思いますが?


佐藤叡王:中盤あたりからは難しい状況なのかなと思ってはいたんですけれども、ちょっと具体的な原因がわからなかったと言いますか、それでちょっとどこが徹底的に悪かったのかわからないですけど、ちょっと形勢を損ねていったのかもしれないですね。


――この対局に望む前に、事前に準備ができない状況だと思いますが、どのような準備をされたのでしょうか?


佐藤叡王:第2局へ向けては、実戦練習をするよりも、サポート棋士の永瀬拓矢六段とたくさん対局をやってもらい、永瀬六段といろいろと作戦会議をしたりして、最終的にそういう素材を元に、自分で実践してみたり、研究をしたりして当日を迎えた感じですね。


――対局に臨む前にどのくらいの勝算があると思っていましたか?


佐藤叡王:そうですね、勝算というとなかなか難しいですが、相当勝つのは厳しいかなというぐらい思っていました。


――この2局を改めてどういう戦いだったかというのを総括していただけますか。


佐藤叡王:こちら側としては、普段から自分が指している将棋といいますか、自分が持っている将棋感の中で戦っていきました。それに対してPonanzaは、なかなか自分では思いつかないような手を指されたり、自分にはないような将棋感の構想をやられたり、それが非常に良いもので、結果的にはそのあたりに差が出てしまって、最終的にはこの結果になったと思います。


――現役の名人として、こういう結果になってしまった率直な気持ちは?


佐藤叡王:そうですね、現状のPonanzaの強さを考えると、先程も言いましたとおり、大変厳しい戦いになると思っていました。ただ、名人として指すということで、ファンの皆さんの期待や応援の声も大きかったと思いますし、そういった、気持ちに応えられなかったことは残念ですね。

山本一成氏の終局直後インタビュー

――今日の対局を振り返ってみてどのあたりで勝てるという評価が出たんですか?


山本氏:対局のレベルは、私の認識を大きく超えているレベルの戦いなので、あくまでPonanzaの認識ということになりますと、穴熊の金を角と交換したあたりから急速に評価値が上がってきた感じですね。ただ、あくまでもPonanzaの視点ですが、序盤はむしろちょっと苦しいかなという感じが長く続いていました。もちろん、そんなにすごい不利というわけではないのですが、多分人間の言葉に直すとちょっと指しづらい状態が50手ぐらいまで続いていました。


――どれくらいの確率で勝てると思っていましたか?


山本氏:ちょっと言いにくいこともありますが、推測される強さのレーティングという概念があるのですが、その数値から予想すると、かなり勝率が高いのではないかと思っていました。ただ、やはり勝負になると別物なので、そのへんはどうなのかというのは結構不安視していました。


――名人に勝つということはひとつの目標だとおっしゃってましたが、実際2勝してみての感想は?


山本氏:名人に勝つということは、前局でも述べましたが、私だけではなく、ほかのコンピューター将棋関係者全員がいままで願い祈ってきた未来です。もちろんそれだけでは対局できず、そこに佐藤名人が座ってくださるという、大変光栄な場を用意してくれた、スポンサーを含めたいろいろな関係者のみなさまのお陰であり、たまたまPonanzaが対局できたということです。コンピューター将棋というのは、別に私ひとりの知恵ではなく、多くの先人の知恵、あるいは将棋だけではなくてコンピューターチェスや人工知能に関するさまざまな研究・理論などが出てきて、それらの総合としてPonanzaはできているので、この場に立てたことをそういった人たちに感謝したいと思います。

終局後の記者会見

――勝利したPonanzaの開発者に現在の気持ちをお聞かせください。


下山氏:本局は後手ということもあり、序盤は結構評価値がマイナスの値が出てたようですが、その後は無事に着実に指せていたので良かったと思います。

山本氏:コンピューターが名人に勝つという、一昔前では信じられないようなことが達成できたことを本当にとても嬉しいことだと思います。人工知能ってこんなことができる、いろんなことができるって言うことを、ちょっと見せられたと思い、嬉しく思っています。

――佐藤天彦叡王、本局を振り返っていかがでしたか。

佐藤叡王:序盤は対Ponanza戦ということを考ると、良い部類というかいい面もあったかなと思いますが、中盤戦以降は非常に力強い指し方で徐々に悪くなっていってしまったと思います。最後は負けという結果になってしまい、大変残念ですね。

――立会人の東和男八段に本日の総括をお願いします。


東八段:この第2局は佐藤叡王が序盤から指しやすいという、ほかの研究しているプロ棋士たちも同じ感覚でした。さらに現代将棋の最先端の感覚であります穴熊に組みまして十分の態勢であったと思われましたが、そこからなかなか勝たしてもらえなかったというところで、コンピューターの強さをしみじみと味わっています。またコンピューターは序盤に△5一銀という人間ではちょっと抵抗のある指し手から、さらに△1五歩と端をのばして、今回の一局は、コンピューターのほうに懐の広さを感じた一局ではなかったかと思います。

立会人の東和男八段。

――佐藤康光会長、本局をご覧になった感想をお願いします。


佐藤会長:本局は先手番の佐藤叡王がうまく主導権を握っている展開に見えました。コンピューターソフトと言いますと、非常に終盤が正確で間違えないという印象が、すごく強いと思いますが、本局に関しまして私が強く印象に残ったのは、駒がぶつかるまでの非常に間合いのバランスの取り方が絶妙と言いますか、具体的には△5四歩と5筋を突く攻めですね。角交換に5筋を突くなと言う将棋の格言がございますので、それに反した手でありますが、それをあえて指されたというところ。それから、△6二飛車ですね。これも8筋にいる飛車は遠くにいる方がよく効いている、大駒というものは遠くから働きをする方がいいケースが多いのですが、それをあえて戦場に近づけるという意味で、かなり危険な一手だと私には見えました。

ところがその2手を指すことによって、うまく局面のバランスをとって、逆にうまく戦機というか戦いのチャンスをつかんで、優勢に持っていたということで、そのあたりの戦いが始まるまでの間合いというのが、非常に素晴らしかったのかなという印象を持ちました。佐藤叡王が本局は十二分な力が出せる展開だったと思うんですけども、そこを封じたPonanzaの強さを目の当たりにしたのかなという気がします。

日本将棋連盟の佐藤康光会長

――第2期電王戦を振り返っていかがでしたか?


佐藤叡王:そうですね。第1局、第2局と結果は連敗となってしまいました。内容的にはPonanzaに対して、僕自身が本来持っている感覚だったり価値観だったり、そういったものを正面からぶつかっていって敗れたという結果になったのかなと思います。より具体的な内容に関して言えば、そういった人間、私の価値観や感覚の外にあるようなPonanzaの独特の感覚、人間=私から見るということですが、そういう独特な感性と言いますか人間の言葉で言ってしまえば感覚と言えるようなものを見せられて、それによって上回られた、そんな2局だったかなと思います。


下山氏:名人との対局という素晴らしい機会に、コンピューター将棋の開発者として、この場に来ることができて、とてもありがたく思います。


山本氏:そうですね、先ほど佐藤叡王からお話があったように、Ponanzaを含めたトップレベルのコンピューター将棋は、自分でいろんな局面を調べて、そして自分で改良するという強化学習と専門的には言うんですけれど、そういったことが多くのプログラムで行なわれています。それによって今までは人類があまり見たことのなかった形や新しい感覚をつかんでいったことで、どんどん自律的に強くなっているという状況です。ただ、忘れてはいけないことは、ある程度強くなったからこそ、そういった自主的にどんどん自分たちで強くするということができるようになったんですね。

そして、どうやってコンピューター将棋がある程度強くなったのかというと、もちろんそれはプロの棋譜、連綿と続く何万ものプロの棋譜を元に学習、教師あり学習と言いますが、プロという教師から学習することによって、自分たちで学習するというレベルに到達することができたんですね。これは、ほかの多くの人工知能でも、今後同じような道筋をたどって、同じようにどんどん自分を強化していく流れになると思いますが、しかし最初は人間があくまでも、その種であった、始まりであったということが大事なことかなと思います。逆に、今コンピューターのいろんな知識あるいは戦法、あるいは感覚といったものをプロ棋士の人たちが勉強されているとうかがい、それについてはすごくよかったなと思います。


佐藤会長:本局の話は先ほどしましたので、第1局の話も含めてみたいと思います。前回と違うのは、非常に序盤戦術で驚きと言いますか、これが今の最先端を行くものなのかどうかは、私では判断がつきかねるんですが、将棋にはいろんな指し方があるということですね。(Ponanzaに)教えていただいているのかなという感じがしています。1局目は、個人的な見解としては佐藤叡王がちょっと力を出せないまま終わってしまったのかなと思います。ただ本局は非常にお互いが力を出し切っての戦いということだったのかな、というふうに思います。前期に続きまして、今季もPonanzaの開発者である山本様、下山様には、本当に一生懸命ご尽力、開発に携わっていただいて、このような素晴らしいソフトを作っていただいたということ。また、今回このような2局とも素晴らしい棋譜を残していただいたことで、大変感謝申し上げます。


――第2期電王戦とこれまでの電王戦を含めて感想をお願いします。

川上量生会長:本日は最後の電王戦ということで、私も感慨深く対局を見守っていました。私は将棋に関して詳しく語れる知識は持ち合わせておりませんが、解説によりますと午前中は人間優勢で、3時ぐらいまでは、なかなか戦いが始まらず、がっぷり四つを組んだという展開だったと思っています。思い起こせば6年前の米長会長(米長邦雄永世棋聖)が対局されました、一番最初の電王戦も似たような展開だったなぁと、昔を思い出した次第です。最後の電王戦にふさわしい、素晴らしい試合を見せていただきました、佐藤天彦叡王に感謝したいと思います。

ドワンゴの川上量生会長。

質疑応答で山本一成氏のコンピューター論に思わず川上会長が質問

――佐藤康光会長、第2期電王戦トータルの結果について将棋連盟としてどう受け止めるのか。将棋という分野ではもう何年も前からコンピューターの棋力はトップ棋士を超えているという声を聞かれていたと思います。今回、佐藤天彦名人がPonanzaに連敗したという事実をもって、名実ともにコンピューターが人間を超えたということを認められるでしょうか?将棋連盟会長の立場としてお聞かせください。


佐藤会長:第1期、第2期と結果が出ておりません。今回も佐藤天彦名人ということで、叡王戦で優勝されて、連盟としても自信を持って送り出した棋士ですので、それが連敗という結果となりましたが、棋士は負けず嫌いな部分もありますので、どう受け止めるかは皆様にご判断いただくしかないと思います。ただ、今回も第1期も結果が出なかったことに関して、コンピューターソフトの方が一枚も二枚も上手だったということは認めざるを得ないというふうに思っております。


――本局の内容について、佐藤叡王が振り返って、一番意外だった手やこう指すべきだった手はどこだったのか。開発の方には、Ponanzaの評価値が急に上がったり下がったりして印象に残った手はどこか教えてください。


佐藤叡王:まだ現段階では検証ができていませんので、なかなか自分自身が、具体的にどこがどれだけ悪かったというのはわからない、というのが正直なところです。自分自身が特に難所だと感じでいた部分としては、Ponanzaに△5六角(64手目)と打たれてから△6五歩と突かれたあたりです。△6五歩と突かれた局面は、こちら側に複数の選択肢があり、非常に難解という局面だと思って力を入れて考えました。そこのところの判断が、どうだったのかというところはあります。それ以降に関しましては、△7五歩(70手目)に対して▲5五角と打った手とか。

ただちょっと今の段階では、どれが問題だったのかとか、どこにチャンスがあったのかとかいうことは、ハッキリとはわからないですね。最終的には△8六歩(78手目)とPonanzaに打たれたところで、応対の仕方がわからなかった。まあ、もし難しいとしても、その難しさを保つだけの手がわからなかったというところで、そこから先に形勢がハッキリと悪くなっていったのかなと思います。


山本氏:あくまでPonanzaが言っていた話という前提で進めますと、序盤はいまいちな感じで進んでいたんですね。人間の言葉で言うとちょっと指しにくいかな、程度の評価値でした。ところが評価値が互角に戻ったのは、佐藤叡王が穴熊を目指し始めたころ。具体的には▲6八金右(43手目)ですね。と言っても穴熊をすることはPonanzaもわかったんでしょうけど、最近のコンピューター将棋は、人間が考えているほど穴熊の評価は高くないようですね。どちらかというと、バランスを保つような将棋を好んで指しているという印象です。

専門的な話になりますけど、コンピューターたちが角換わりを指してきた新しい形ですね。あれも堅さよりはバランスという感じで、そのバランスを保つというのは、なかなか人間的にはちょっと大変なんですよね。バランスを保って勝つというのは。だから穴熊にしてスッキリ勝ちたいじゃないですか。バランスを保って勝つというのは、コンピューターらしい無限の体力と思考力があるからできる指し回しかなという印象を持っています。


――電王戦が将棋界にとってどういう意義があったと考えているのか。また電王戦が終わったことで今後、将棋プログラムの開発に対してモチベーションに変化があるかどうか。今後さらに将棋ソフトを強くしていく意欲に変化が起きるかどうか。


山本氏:私としてちょっとしゃべってみたいなと思ってることは、2017年というのは、人間とコンピューターがゲームという固定された勝敗がスッキリつくもので戦えた時代、奇跡のような時代だったんですね。これは別にどのような存在であれ、宇宙人が来ても将棋や囲碁をできるんですね。そして、コンピューターの発明から70年経って、とうとう人工知能が人間を上回ったわけです。将棋も囲碁もとても大きな世界ですが、現実世界と比べれば、ハッキリとルールが決まった規定された世界です。コンピューターにとっては現実世界よりもスッキリとして本来は得意であるべき将棋や囲碁が少し人類よりも上手になったと言えるようなレベルになりました。

しかし、まだコンピューターにやってもらいたいこと、コンピューターが解決しなければいけないこと、人類の課題っていっぱいあると思うんですね。私がコンピューター将棋を始めて10年経ちましたが、ものすごい進歩をしています。でもさらに驚くべきことは、まだ全然底が見えていないわけですね。これからの10年は、これまでの10年よりもっと凄いと感じています。ですから、これを見ている勉強している若い人たちにはぜひ、人工知能とまで言わなくてもプログラミングをやってほしいと思ってます。そういった意味で電王戦の意義は、将棋界にとってプラスだったと信じていますし、コンピューターサイエンスとしても、とてもプラスであったと私は確信しています。

モチベーションの方に関しては、割と満足しちゃいました。なんやかんやと10年やってきましたし。ちょっと恥ずかしい話をしますと、有終の美を飾ろうと思って、ちょっと前にあった世界コンピューター将棋選手権で、そこで史上最強のPonanzaを見せてやると言ったら、みごと準優勝で、あれ?みたいな感じになって。ここ笑うところです(笑)。なかなかコンピューター将棋の神様は、サクッと楽に勝たしてはくれないですね。ちょっとわかりませんが、今後もコンピューター将棋の大会に出て行こうと思ってます。

理由としてはPonanzaも、おそらく数年もすればトップレベルではなくなってしまいます。このまま私や下山が何もしないと。でもそのことを示すこと自体も、また大事なことかなと思っています。見ていて負けることは悔しいことですが、ちゃんとコンピューター将棋が進歩しているっていうことが、コンピューター将棋の参加者にとっても確認できることが大事だと思います。今後は私も人工知能の勉強をしたいなと思っています。どんどん進歩が激しくて、ほんと何から手をつけていけばいいのか、という感じで、勉強が足りないなぁと最近ほんと常々思っているので勉強します。


――今回、将棋という分野については、人工知能がシンギュラリティーを超えたというふうに思われていますでしょうか? もし超えたという認識であるならば、今後どういう分野で越えていくのか、プログラマーとしてお考えでしょうか?


山本氏:シンギュラリティーという言葉がありましたが、日本語で言うと「技術的特異点」という意味です。どういうことかと言いますと、プログラム自身が自分のプログラム、人工知能が自分自身の人工知能を改良し続けて、人間から見ると爆発的な知の増大が起こっている状態を言います。将棋の世界でシンギュラリティーが起きたかと言いますと、ちょっと微妙な話ですね。なぜかと言うと、もちろんコンピューター将棋はいま、自分自身でどんどん強くなっているという現象なんですけれども、まだまだ全然できない部分もあって、人間のプログラミングサポートが必要です。

そういう意味ではスッキリとシンギュラリティーが起きたとは言いませんが、ある種のことは自分自身である程度強くなっていくという道筋はできたかなという気がしています。もうひとつ、コンピューター将棋は年々強くなっていて、5、6年ぐらい前だと、1年間あったら1年前の自分自身のプログラムに勝率7割ぐらいでしたが、最近は半年で自分自身に勝率7割から8割、あるいは1年経てば勝率9割に到達するという勢いになっています。この勢いはもう進化する速度そのものが、加速しているという現象ですので、そういう意味ではシンギュラリティーが起きていると言えるかもしれません。

――シンギュラリティーを超えたと言うのは、局面数で人間よりはるかに多くの局面数を読んでいますよね。同じぐらいの局面数の読みで人間を超える強さにならないと人間を超えたことにはならないんじゃないでしょうか。それはただの計算量で勝っているだけですよね?(川上会長からの質問)


山本氏:人間は1秒間に何局面読んでることにしましょう? じゃあ仮に人間が1秒に1局面意識の中で読めるとすると、残念ながら今のコンピューター将棋だと1秒1局面ではめちゃめちゃ弱いです。以前も言いましたが、最近コンピューター将棋でもディープラーニング(深層学習)というテクニックを使うようになってきました。今回の電王戦には間に合いませんでしたが、これがですね、本当に一手も読まずに次の手を予想するという機構を、ディープラーニングの技術を使って作ったんですけども、恐ろしいことにもう有段クラスなんです。

あるいはこれを1秒間に一手読むような感じにしておくと、アマチュアのトップレベルが見えるのではないかと思います。そういう意味では、別のアルゴリズムでも、ディープラーニングって、ちょっと雑な言い方をすると、より人間らしい知能なんですけども、こういった方法論でも人間の知能に迫りつつあるという印象です。これだったらどうでしょうか?


――これからということですね?(川上会長)


山本氏:でもこれはディープラーニングの技術で、まだ始まったばっかりですので、おそらくディープラーニングが始まって、5歳ぐらいの技術なんですけども、すでに生まれて2ヵ月ぐらいで、ちょっと昔のGPS将棋にちょっと勝っていたりしていて、本当に強いレベルです。だからこちらの方面でも伸びていく、より人間らしい知能のあり方でも伸びていくことが期待できると思います。


――山本一成さんに本音をうかがいたいと思います。Ponanzaは名人に勝ってこれでもうおしまいですが、私が最初に山本さんにうかがったPonanzaの夢は、史上最強の羽生善治さんに勝つことだったと思います。今でもPonanzaと羽生三冠の対局を望み、勝ちたいと思っているでしょうか?


山本氏:嫌な質問を飛ばしますね(笑)。そうですね、羽生三冠ともし戦えることがあれば、もちろん別にこのような公開の場でなくても戦いたいなと思っています。しかし、また気を付けなければいけないことは、コンピューター将棋がある種、言い方を変えれば暴力的なまでに強くなってきてるので、それをまた見せつけると言うのもちょっとナンセンスかなという気もしています。私、結構満足しちゃってます。


――6年間棋士とコンピューターとが戦ってきて新しいファンの開拓であるとか感動したり逆に見るのが辛いっていうシーンを見たりとか、いろんなことが起きてきたと思います。一棋士として、この電王戦での6年間の意義とは。


佐藤叡王:そうですね。この6年間というのは、コンピューター将棋が人間のトップに迫り、そして追い越すような、そういう過程を表わしたような年月だったのかなと思います。そういうコンピューター将棋ソフトが、将棋ソフトという存在でなくてもいいですが、そういう存在が人間を超えて行く、そういう過程というのは、とても刺激的でありますし多くのドラマを生むんだと思います。実際それが電王戦で起こったと思いますし、目に触れられたということが本当に素晴らしい意義だったと思います。先ほど言いましたような、コンピューター将棋が、人間を超えていく過程は、そういったものがもしかすると、顕在化しないまま、皆様の目に触れないまま、超えていくということもあり得たのかなというふうに思うんですね。

そういう未来は未来で、良い、悪いというのはないのかもしれませんが、今私たちが生きてるこの世界では、電王戦がもう6年間も行なわれて、人間とコンピューター将棋ソフトの一番拮抗している時代の戦いというのが、ずっと行なわれドラマが紡がれてきたということになると思います。それがとても良かったことであり、皆様の目に触れながら進行していき、プロ棋士もそうですし、きっとコンピューター将棋の開発者の方もそうでしょうし、何よりもファンの皆様が、そういう時代を共有しながら過ごしていけたこと。そして、そのコンピューターが強くなる過程を見ていったということに、最も意義があるのかなと考えています。

最後は川上会長が過去の「事件」をぶっちゃけ

――電王戦6年間の歴史を総括を。


佐藤会長:先ほどからお話がございました2012年に第1回電王戦が米長当時会長・永世棋聖が対決したことは非常に話題を呼びました。私もそのころ米長会長が1ヵ月ほどご自宅に篭って本当に寸暇も惜しんで勝ちに向かって本当に日々、引退されたあとでしたが、鬼気迫る姿でパソコンに向かって対策を練られて、という姿を間近で何回かうかがって見ていました。非常にプロ棋士にとって勝敗というのは、絶対勝たなければいけないという部分がプロの世界にはあると思っています。そういう意味で、もちろんプロ棋士ですから普段の対局でも結果を残すことが求められるわけですけど、人間であれソフトであれ、どんな相手であっても勝つために全力を注ぐという精神。こういうものは忘れてはいけないものなんだということを教えていただいた第1回だったのかなと思っています。

第2回からは団体戦ということでトータルの勝敗で決めるという形も行なわれました。いままで棋士が勉強する場合は、自分の実力を身につけるためと、自分の能力を高めるためという意味合いでの共同研究は現在も続いていることだと思います。ただ、絶対に結果を残さなければいけないということで、選ばれた5名の棋士、またそれに加わる棋士が、ソフトに対して結果を残さなければいけないということで、日々いろんな形で努力したということを、さまざまな情報交換や技術の交換ということは、今までの将棋界ではなかったことだと思います、それによってまた新しい部分が生まれたと思います。

今回までですね、本当に歴史を刻んで終了ということですけど、先ほど佐藤天彦叡王も申してましたが、やはりこの1年1年、プロ棋士とソフトの戦いということで、いろんな意味で一喜一憂していただいたファンの皆様にも感謝申し上げたいですし、またソフトの開発者の皆様にも、ほんとに厚く御礼申し上げたいと思います。またこの時期に1年1年しっかりとした歴史、ドラマを残してていただいたということは、段階を踏んで歴史を刻んでいただいたということで、本当にドワンゴ社様をはじめ、皆様にも感謝申し上げたいなと思います。

これは1局目の時にも山本様がおっしゃっておりましたが、まだまだ強くなる進化できるということをおっしゃっていただきましたが、これは裏を返せば将棋という部分で我々プロが今まで一生懸命やってきて、新しいより深いという部分は感じながら歴史を刻んできたわけですけども、そこにまた新しく将棋はやっぱり、よりいろんな考え方もありますし、より深いものなのだということを教えていただいた部分があるのかなと思います。

実際に今、特に若手を中心にソフトを使って研究するのが非常に主流な時代になってます。なのでよりこの世界は深いものなんだよということを教えていただいたぶんを、ひとりひとりが胸に刻んで、より自分自身の実力を高めて、さらに将棋というゲーム、また世界に誇れる奥の深いゲームだということを認識しながら、さらにより高いレベルで登っていくということが必要だと思います。

また、これだけ素晴らしい棋譜が、たくさん残されてきました。やはりどうしても結果の方が先行・注目されることは仕方のないことだったと思うんですが、棋譜一局一局をより精査することが非常に大事なのかなと思います。感想戦後の感想ではないですけども、実はこう指したらどうするつもりだったのかとか、こうやればどうだったのかという関心事は、実はプロの中でも、まだ謎めいた部分が残っています。過去に今まで対局された棋譜の中にも残っていると思いますので、より解明できる部分があれば、なおさらプロ棋士の理解が深まりますし、またそれが将棋に対するより深さの再認識・理解の認識ということにもなるかと思ってます。もしソフトの開発者皆様でご協力を得られるのであれば、ありがたいことだと思います。非常にいろんな意味で意義のある期間だったと思います。ありがとうございました。


川上会長:電王戦が6年間続きましたが、今回の電王戦イベントですべて終了となります。参加していただきました棋士の皆様、そしてコンピューター将棋ソフトの開発者の皆さま、将棋連盟様、そして電王戦を見守り世の中に伝えてくださいましたメディアの皆様、そして何より将棋ファンの皆様、本当にありがとうございました。振り返りますと、電王戦は非常にある意味幸運と言いますか、運命的なものに導かれて始まったイベントだと思います。

主観的に今から申し上げますと、正直私としては故・米長会長に半ば強引に無理やり、実は逃してもらえなかったということが本当のところなんですけども、そういう経緯で電王戦がスタートしたわけなんですが、ひとつ電王戦が盛り上がった背景というのは、一番最初に5対5という、わりと変則的な形で人間とコンピューターが対決することだと思うんです。

そのきっかけというのが、元々、故・米長会長が5年間かけて5つのソフトと対決するということに、コンピューターソフトが5年間では長すぎるという感じで、かなり険悪な決裂みたいな会議が、第1回電王戦の初日の時にありまして。そしてその場で、もう今日は対局しないっていうところの危機からスタートしたのが、第1回電王戦なわけなんですが、その時に私がとっさに、「じゃあ我々がそのぶんある程度の費用も出しますので、1年間で5回やりましょう」ということで、たまたま事故的に始まったのが5対5で、その結果毎週1試合ずつやるっていうことが、大変な話題になり、1週間ごとにどんどん話題が広がっていくということで、電王戦が世の中に大きなインパクトを与えたのかなって思います。

そのことを始めとしまして、その後も電王戦は毎回いろんな事件が起こるんですよね。すべて予定外の事件がありまして、まったく計算しない出来事が、その電王戦の盛り上げにつながりまして、これは運命的に愛されたイベントだと常々思っていました。このような将棋の歴史に残るだけではなく、人工知能対人間という文脈において、人類の歴史の転換期を象徴するようなイベントの主催者として関われたことは、考えてみれば故・米長会長には本当に感謝するしかないなって思っておりますし、大変光栄なことだったと思っています。

本日で電王戦は終了するわけですが、ネットでご覧になっている電王戦を通じて新しく将棋のファンになっていただいた若い皆様には、引き続き将棋を応援していただけるようにお願いしたいと思います。改めて関係者の皆様、ファンの皆様、本当にありがとうございました。

6年間の電王戦取材を振り返って

 とうとう電王戦が終わってしまった。第1回からずっと取材してきた筆者としては、ちょっとどころではなく、かなり寂しい。川上会長も語っていたが、いろいろな事件も起きたし、いままでの将棋中継や対局の概念を大きく変えてきたと思う。筆者においては、中継で画面上に評価値がないと逆に落ち着かなくなってしまっている具合だ。

 プロ棋士にとっては、コンピューターに負けてしまったことは、勝負師として辛いことかもしれない。しかし、昨今ではコンピューターを活用している人がプロ棋士の中にもかなり増えてきているようだ。コンピューターで研究した棋士が、これまでと別人のような手を繰り出してきたり、大駒をポンポン切ってくるコンピューター将棋に多い指し回しをする棋士もいるという。電王戦では結局プロ棋士側が大きく負け越してしまったが、そこで得られた知力は大きく、ある意味「ブレイクスルー」が起きたのではないかと思う。将棋は奥が深いので、まだまだ進化していくはずだ。

 電王戦終了の記者会見のあと、第3期叡王戦についての記者発表が行なわれた。なんと、叡王戦がタイトル戦に昇格し、竜王戦、名人戦に続き序列3位になるとのこと。タイトル戦というと、これまでは新聞社が主催してきたが、今回始めて新聞社以外が主催することになる。これも時代の流れなのかもしれない。これにより八大タイトル時代に突入することになり、羽生善治三冠がかつて七冠を達成したが、今後は八冠を達成する棋士が登場するのかが焦点となる。最も期待がかかっているのは、今話題の中学生棋士・藤井聡太四段だろう。現時点で連勝を続けていて、一般のメディアにも取り上げられるほどで、将棋界がこれほど注目されているのも珍しい。

 叡王戦については持ち時間が対局ごとに変わる変則7番勝負となり、このあたりも斬新。もちろんニコ生で中継されるわけで、電王戦に引き続きさまざまな演出が予想される。コンピューターとの対局ではないが、どのようなタイトル戦になるのか注目していきたい。

 電王戦によって、将棋ファンの裾野が広がったことは確実だ。また、今年の世界コンピュータ将棋選手権で新鋭の「elmo」(開発者・瀧澤誠氏)が優勝したように、新たな血が将棋ソフトにも注ぎ込まれている。将棋ソフトの心臓部のオープンソース化が増えてきており、まったくのゼロから開発しなくても取り組めるようになったこともあり、電王戦を見て興味を持った人が参入してきたのも多いことだろう。昔に比べて開発者も増えてきたが、逆に以前活躍していたソフトは姿を消してしまっていたりする。新陳代謝が起こっているのだ。

 山本氏がディープラーニングによる将棋ソフトの開発に着手し、また新たな取り組みをしている。ディープラーニング版が、まだ棋力が弱いのであれば、プロ棋士との対局を企画してもおもしろいんじゃないだろうか? もしかしたら、そっちのほうがちょっとミスしたりして人間味のあるソフトに仕上がるのかもしれない(いや、単なる期待だが……)。電王トーナメントは、まだ続くのでこちらは引き続き追いかけていきたい。

記者会見が終わったら、すでに22時を回っていた。スタッフはこれから撤収作業が続く。

■関連サイト
第2期電王戦第2局タイムシフト放送
第2期電王戦第2局棋譜

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