1ヵ月ほど間が開いたが、またもやスーパーコンピューターの系譜に戻る。今回は久しぶりにIBMのものだ。
IBMは、1991年~1993年にやや財務的にまずい状況になった。これは連載279回で書いたとおり、記録的な赤字決算に陥ったためである。いろいろ方針転換をしたが、少なくとも1990年あたりまでは業界最大のメーカーであることは間違いなく、その体力もかなりなものだった。
これはスーパーコンピューター分野の取り組みに関しても言えることで、一体同時期に何本の開発プロジェクトが同時に走ってるんだろう? と思わなくもない。今取り上げるのはそうした1つである。
量子色力学の計算のために作られた
「GF11」
1983年~1986年にかけて、ニューヨーク州ヨークタウンにあるIBMのT. J. Watsonリサーチセンターで、GF11というマシンが作られた。これを指揮したのは同研究所のDonald H. Weingarten博士らである。
Watsonリサーチセンターでは、1981年に物理とコンピューターサイエンスのコラボレーションプロジェクトが始まった。このプロジェクトは、QCD(Quantum ChromoDynamics:量子色力学)の計算のための専用マシンを構築するとともに、これを利用してQCDの研究を進めることである。
Weingarten博士はGF11と名づけられたこのマシンを利用して、ハドロンの質量の計算などを目論んだ。このQCDの話は、連載298回でも出てきた話であるが、GF11とQCDSP/QCDOCの間には直接的な関係はない。
Weingarten博士が目論んだシミュレーションを実行するためには、少なくとも10GFLOPS以上の性能が必要とされた。1980年代前半にこれを実現するのはなかなか難しい。
絶対性能で言えば、1988年に登場したCRAY Y-MPの4P構成がだいたい10GFLOPSなので、これと同等のものが必要になるからだ。これを実現するため、GF11はSIMD+MPP(超並列)、というおもしろい構成を取った。
下の画像がGF11の基本的な構成である。P1~P566、とあるのがプロセッサー、D1~D10がストレージで、これが3層構造のスイッチで相互接続される、というかなり独特な構成である。
画像の出典は“An Implementation of Back-Propagation Learning on GF11, a Large SIMD Parallel Computer”より。
もう少し細かく見てみる。まずプロセッサー部は本当に576個のプロセッサーがそのまま並んでいる構図である。ただしこのプロセッサーは「数値演算しか出来ない」ので、その制御は別に用意したCentral Controlが担う。画像の下半分の破線で囲われた部分だ。
ちなみに576プロセッサーは、実際には512プロセッサーがメインで、64プロセッサーはスペア扱いになっている。どうもしばしばプロセッサーは故障したようで、それもあって64ものスペアが用意されたらしい。
画像の出典は“The GF11 Supercomputer”より。(以下同)
各プロセッサとスイッチの間は9bit(8bitデータ+パリティ)で接続され、転送速度は20MB/秒となっている。
そのプロセッサーの中身が下の画像である。浮動小数点演算はWeitckのWTL1032(MPY:乗算器)と、WTL1033(ALU:加算器)がそれぞれ2つづつ搭載されるというものである。
WTL1032/1033は1983年にWeitekが発売した、IEEE754互換の32bit FPUで、1.5μmプロセスで製造され、3段のパイプラインモードで動作させると5MFLOPSの性能を持っていた。
画像を見るとわかるが、MPY/ALUの演算結果はレジスターファイルに戻されるので、うまくタイミングを合わせればMAC演算がパイプラインで動作可能となる。
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