アップルの開発者向けカンファレンス「WWDC 2011」の内容を見ていて、「これからコンピュータの世界はどこへ行くのか?」と思われた人もいるはずだ。iOSの標準アプリの完成度がとても高くなって、サードパーティ製のアプリはいらないかもと思わせるものがある。また、iPhoneやiPadが母艦(パソコン)なしに使えるようになるというのだ。
iOS 5がパソコンを無用にする?
Twitterとの連動やGame Center、同時に発表された「iCloud」も見逃せない。「なぜTwitterなの?」という人もいるかもしれないが、プラットフォーマーとなったFacebookとは組みにくいというのもあるだろう。“リベラルアーツとテクノロジーの交差点”を標榜するアップルには、万人向けのFacebookよりも、Twitterのほうが相性がいいというのもあるかもしれない。『Twitterはコミュニケーション革命なんかじゃない』で書いたように、ネットならではのクリエイティビティがTwitterにはある。
iCloudのほうは、iPhoneやiPadがパソコンを必要としなくなったことと同時に、モバイルと非モバイルの関係を問い直させる。アップルでいえば、iOSとMac OSの関係である。そこで注目されるのが、Mac OS用のネイティブアプリではなく、「iOSアプリ(正確にはiPhone ApplicationとiPad Application)とWebアプリの、どちらがこれからのコンピューティングの主流になるのか?」ということだろう。
今回のiOSの進化の方向(アプリケーションのブラッシュアップに注力)は、初代iPhoneが発表された当初の、標準アプリしかなかった時代を思い出させるものがある。当時(2007年)、わたしは『iPhoneは「携帯とPCを同次元にする」』という記事を書いたが、この中でiPhoneとAppleTVは「コンピューターと通信の完全なる合体」という言葉を使った。
当時の状況を振り返れば、Adobeが2007年6月に、iPhoneの発売とほぼ同時にリリースした「Adobe AIR」を無視できない。HTMLやFlashなどを組み合わせて、独立したアプリケーションが作れるというAIRは、「コンピュータと通信の合体」を意味している(AIRを使った代表的なアプリケーションといえばPC用の「TweetDeck」だろう)。
その「リッチインターネットアプリケーション(RIA)」というコンセプトに対するアップル流の解釈が、すなわちiPhoneだったのだ。
その証拠というわけではないが、アップルがFlashに対抗するフレームワーク「Gianduia」(ジャンドューヤ)を開発中であることはよく知られている。ほとんど情報が出ていないので詳細は不明だが、アップル製のサービスでは、すでにGianduiaが活用されているとされる。現在のiOSアプリの開発環境は、その表現力や設計の自由度からして、これのiOS対応ができるまでの場つなぎなものかもしれない。