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IT技術者に未来はあるか? 第1回

IT業界の就職を敬遠する学生が増えている?

IT技術者の3K説を検証する

2011年04月28日 06時00分更新

文● 政井寛/政井技術士事務所 代表

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リーマンショック以来の2年間、IT技術者は企業のIT投資削減の影響でリストラに怯え、クラウドの登場で自身の技術の陳腐化を憂い、中国、インド技術者との競争にしり込みする日々であった。この先否応なく巻き込まれるグローバル大競争の時代に、どう生き残ればいいのか?6回の連載を通じて、ITサービス企業とIT技術者に問いかける。

IT技術者の置かれた状況とは?

 いわずと知れた3Kとは「きつい」、「汚い」、「危険」を意味し、厳しい労働環境を比喩したものである。いつからかIT技術者の職場は、「きつい」、「帰れない」、「給料が安い」という新たな3K職場として学生の間で敬遠されるようになった。しかし2008年9月22日号日経コンピュータ調査記事のデータを見ると、必ずしも3Kといわれるほど明確に他産業と差があるわけでない。労働時間は他業種と同程度、年収はむしろ10%超上回っている。

 ITの戦略やマネジメントのコンサルテーションを担当するITコンサルタントや、システムの構想を練り機器やソフトを調達するシステムインテグレータの技術者などの収入は、IT職種の中でも上位にある。これに対して、多くのIT技術者が所属するITサービス企業(ソフトハウス)では、確かに低めになっている。

 しかし、他業種と比べると、どうだろうか。実は、低めというITサービス企業であっても、他業種より収入は高めなのだ

 にもかかわらず、IPA調査による産業別「仕事に対する満足度調査」では、残念ながらIT(ソフトウェア)関連が他の5業種を押さえてワーストである。不満の理由は「給料、職場の雰囲気、労働時間」となっている。私は、この相反する調査結果にこそ、日本のIT技術者の置かれた状況がよく表われていると考える。

IT技術者は一様ではない

 IT技術者は、ITという共通の技術知識をもちコンピュータを媒介にして仕事をするので、一括りにまとめられることが多い。しかしその実態は、所属企業、担当領域、職種(表1)など多岐にわたり、それぞれの置かれた立場で悩みや不満が異なっている。

表1 IT技術者の職場や担当の分類
所属企業の種類
ITユーザー一般のIT利用企業のこと。ITベンダーと対比して使う
ITベンダーITの機器やソフトウェアの製品を提供する企業
ITサービスベンダーITの技術を人的なサービスとして提供する企業
担当領域
インフラ技術ITシステムの中で基盤となるネットワーク、OS、ミドルソフト、DB等を総称してITのインフラストラクチュア(インフラ)と呼び、その技術全般を総称した略称
アプリケーション開発ITユーザ企業の業務を支援するソフトウェアの設計や開発
運用・メンテナンスITシステムを正確・安定的に稼働させる為に必要な日常の運転やソフトウェアの維持管理
主な職種
プロジェクトマネジメントプロジェクト型で人間集団を統率する場合の管理統率手法
ITコンサルティングITシステムの企画・立案や構築マネジメントのコンサルテーションを行う
SE(システムエンジニア)システムエンジニアの略称、要件に基づき、ある制約の中で最適にシステムを設計する
プログラマーシステムの設計書に基づいてプログラムを作成しテストを実施する

 さらにその上、日本だけに見られる垂直型分業構造という業界の階層が加わり、わかりにくさに拍車をかけている。3K問題を考える時は、この構造と職場や担当の組み合せで考えないと本質は見えてこない。

  1. 下請け構造の底辺に位置する企業の技術者は、何層もの上位企業に中間搾取され仕事の対価が目減りする
  2. 開発や運用現場でひとたびトラブルが発生すると回復に向けて大きなプレッシャーがかかる中、優秀な技術者ほど非人間的な勤務を強いられ、かつ余人に代えがたい

という現状が、3Kといわれるようになった所以であろう。

IT技術者をむしばむ、3Kより悪しき問題とは?

 しかし私は直接的な3Kといわれる原因よりも、下請け構造の中で長年働くことにより育まれるもっと大きな悪しき問題がある事を指摘したい。将来展望を奪われ、人との信頼関係を疑い、仕事に対する生き甲斐を失いIT技術者に見切りをつけた、多くの優秀な人を私は知っている。図1の「不信の因果」は、そうした関係を表わしているので参考にしてほしい。

不信の因果(IT業界の下請け構造で発生する不信の関係図)

 本来IT技術者の仕事は創造性が必要で、工夫次第で大きな成果が期待でき、成功すればお客様からも感謝される。自分の能力向上も実感できる。そして、達成感があり、誇りを持てる仕事のはずである。私自身の体験でもそうであった。

 日本のIT技術者は130万人存在する。そのうちITユーザー企業で活躍する技術者は25万人、ITサービス企業側に103万人とのことである(NTTデータ副社長の榎本隆氏の講演より)。このITサービス企業技術者のおそらく30~50%が下請け構造の中に組み込まれている。このすべてが3K職場とは思わないが、生き甲斐/仕事のやりがいを奪っていることは認めざるを得ない。

 こうしたことから、階層構造の上位層に位置する技術者、ユーザー企業に所属する技術者、研究開発型企業に属するIT技術者は、ますます重要になるIT技術と共に存在感も大きくなり、重責を担うことになる。しかし、下請け構造の下部層に位置する技術者は、残念ながら3K説が当てはまるといわざるを得ない

 日本経済で企業の設備投資が2010年後半から予測を上回っていると聞く。業種によるまだら模様はあるが明るい話である。しかし残念ながら前述の下請け構造の下部層には景気のよかったころの活気は戻ってこない。その理由は次回以降の掲載に委ねるが、端的にいえば開発や構築の需要は大きくならないと、仮に大きな案件が出ても労働集約的な開発・構築工程は中国、インドに流れることが予想される。

 したがって少しばかりのIT需要が回復しても、下請け構造の下部層で人材派遣型のソフトウェア会社※1までは十分に仕事が回らず、従来型のビジネスモデルを変えないで(変えることができないで)雇用調整助成金に頼って持ちこたえている企業は、点滴が切れた時に淘汰される運命にある。そうなれば、所属するIT技術者はどうなるか。一部の個人的に評価されている技術者を除けば、ITの世界から離れなければならない。

※1人材派遣型のソフトウェア会社 主たるビジネスモデルが、社員のIT技術者を同業のITサービス企業に派遣している会社

 一方で、上位層に位置する企業や技術者は安泰かといえば、そうではない。確かにITは今後の社会の中で重要な位置を占め、それに従事する技術者は期待され重責を担う必要がある。しかしながらその有資格者となるには、かなり高いハードルが待ち受けている。

 ハードルの高さを知り、乗り越え方を訓練する必要がある。この連載が、そのためにいくばくかの参考になれば幸いである。

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