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電化だけではない脱炭素への道、「熱電池」は重工業を救うか

2023年11月07日 06時43分更新

文● June Kim

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Stephanie Arnett/MITTR | Envato

画像クレジット:Stephanie Arnett/MITTR | Envato

再生可能エネルギーによる電力を熱に変換して蓄積する熱電池は、重工業などの大規模工場の脱炭素化を進め、地球温暖化の解決につながる可能性がある。

この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。

先日、熱電池業界にとってエキサイティングな出来事があった。カリフォルニアに拠点を置くスタートアップ企業、アントラ・エナジー(Antora Energy)が、サンノゼに初の大規模製造施設を開設する計画を発表したのだ。同社は以前からモジュール式の熱電池を生産してきたが、今回の新工場により生産能力が大幅に向上し、重工業が化石燃料から脱却するのに役立つ可能性がある。

私は最近、MITテクノロジーレビューの記事で、この発表について詳しく取り上げた。今回の記事では、アントラの発表と業界全体についてより幅広く見ていこう。

製造業における「熱問題」

脱炭素化について話すとき、私たちがしばしば思い浮かべるのは、内燃機関自動車から電気自動車(EV)への移行や、ガスコンロからIHクッキングヒーターへの置き換え、石油暖房装置からヒートポンプへのアップグレードといった、日常生活の電化のことである。

しかし、世界の二酸化炭素排出量のかなりの部分は、目に映りにくい排出源からも発生している。ガラス、鉄鋼、セメントなどの必須材料や、缶詰食品、台所用品などの一般消費財を生産する工業製造プロセスである。それらのプロセスではしばしば、1000℃や1500℃を超えるような極めて高い温度が必要となる。

この高熱は現在、主に化石燃料を燃焼して発生させている。国際エネルギー機関(IEA)によると、工業用の熱は世界の二酸化炭素排出量の20%を占める発生源となっている。アントラをはじめとする熱電池分野のスタートアップ企業は、この必要不可欠な熱を供給するための効率的でよりクリーンなソリューションの開発に注力している。

MITテクノロジーレビューは、重工業の脱炭素化に対するユニークなアプローチとして、以前にも熱電池を取り上げたことがある。熱を発生および貯蔵する方法は各社で少しずつ異なるが、基本的なコンセプトは非常に単純だ。風力や太陽光などの再生可能エネルギー源を利用して生み出した電力で固体炭素ブロック(アントラの場合)のような比較的低コストの素材を加熱する。蓄えられた熱は断熱状態で保存され、その後、製造目的で使うときに放出される。

2024年に稼働開始予定のアントラの新工場は、顧客の特定のニーズに合わせてカスタマイズ可能なモジュール式熱電池を生産する。

「米国中部地域の再工業化」

アントラの共同創業者で最高執行責任者(COO)のジャスティン・ブリッグスへのインタビュー中、「米国中部地域の再工業化」というビジョンが提示された。熱電池は二酸化炭素排出量を削減する一方で、これまで化石燃料に依存してきた産業に、よりクリーンな熱を提供することで、それらの産業分野が成長を続けるのに役立つとブリッグスCOOは考えている。

この見過ごされがちな視点を、私は興味深く感じた。気候テクノロジーは、テクノロジーそのものや、それによって可能になるものだけに関するのではない。そうした産業で働いている人々や、このテクノロジーによって直接影響を受ける人々にもインパクトを与えるのだ。

ブリッグスCOOの見解では、すでに高温の製造プロセスに従事している人たちは、アントラの製品を使うのにそれほど多くの再教育を必要としない。そのため、クリーンエネルギー関連の資金調達ブームに乗りたい企業にとっては、魅力的な選択肢となっている。

このブームを後押しする材料の1つとなっているのが、化石燃料からの脱却を加速させるための資金を提供する「インフレ抑制法(Inflation Reduction Act)」のような政府の諸政策だ。化石燃料からの脱却における大きな懸念事項は、製造業のような二酸化炭素排出量の多い産業とその労働力が、よりクリーンなプロセスへ移行するのを、どのような方法で支援するのかということにある。移行にあたり、操業停止や、新技術を運用するためのまったく新しい労働力の導入といった、大きな混乱が起こることは回避しなければならない。

二酸化炭素排出量を削減しつつ、労働者が既存のスキルを引き続き生かすことができるような、よりクリーンな代替手段があれば、大きなエネルギー移行によって発生する可能性があると一部の人々が危惧する、失業やリストラといったストレスを軽減できるだろう。

熱電池業界の今後の展望は?

業界の専門家たちは熱電池産業の市場を注意深く観察しながら、その将来に期待を寄せている。しかし、この産業がまだ非常に初期段階にあることも強調する。

工業用熱の脱炭素化に取り組む連合組織、リニューアブル・サーマル・コラボレーティブ( Renewable Thermal Collaborative)のブレイン・コリソン事務局長の考えによれば、熱電池は「大きな初期段階のスケーリングが起きる寸前」だという。

コリソン事務局長が楽観的な見方をする理由の1つが、熱電池の持つ柔軟性と、複数の問題に同時に対処できる能力である。たとえば、そのような電池は余剰の再生可能エネルギーを貯蔵することで送電網への圧力を緩和できる一方で、これまで化石燃料に依存してきた産業によりクリーンな熱源を提供することもできる。

アントラの新工場建設の発表は、この傾向を示す明確な証拠である。熱電池を製造する別のスタートアップ企業、ロンド・エナジー(Rondo Energy)は、すでに自社製造施設を操業しており、間もなく生産能力を拡大する予定だ。ドイツの企業であるクラフトブロック(Kraftblock)は、ペプシ(Pepsi)などの企業と手を組み、ガス燃焼ボイラーを熱電池に置き換えることで、ポテトチップスや缶入り飲料などの生産によって発生する二酸化炭素排出量を削減している。

熱電池が産業用熱問題の唯一の解決策ではないかもしれないが、注意深く見守るべき興味深い分野であることは間違いない。

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