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「覚醒プロジェクト」PMに聞く

「計算機分野以外からの応募も歓迎」ヒューマノーム研究所・瀬々 潤社長

2023年10月06日 10時00分更新

文● 松田 優

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 産業技術総合研究所(産総研)は2023年、若手AI研究者の育成を支援する覚醒プロジェクトを立ち上げた。35歳未満の若手研究者を対象に独創的な研究テーマを募集し、採択された研究者には研究資金や計算資源、プロジェクトマネージャー(PM)による助言などの支援を提供する。応募は10月13日まで、同プロジェクトのサイトで受付中だ。
 ホットなAI分野で先端を走るプロジェクトマネージャーたちは、「覚醒」にどのような研究者を求めているのか? PMの一人で、医療機関や自治体と協業しながら、AIによるゲノム解析等を通じて、健康社会への変革を推し進めている株式会社ヒューマノーム研究所代表取締役社長の瀬々潤氏に話を聞いた。

ヒューマノーム研究所 代表取締役社長
瀬々 潤氏

東京大学大学院新領域創成科学研究科にて博士号を取得。東京大学・助教、お茶の水女子大学・准教授、東京工業大学・准教授、産業技術総合研究所・研究チーム長を歴任。日本メディカルAI学会理事などを兼任。機械学習・数理統計アルゴリズムの手法開発および生命科学の大規模データ解析を専門とする。医療に限らず、生物・農学分野なども含めオミックス、ゲノム、フェノタイプ解析を実施している。米国計算機学会のデータ解析コンテスト KDD Cup 2001 優勝、Oxford Journals-JSBi Prize 受賞。2018年より株式会社ヒューマノーム研究所・代表取締役社長に就任し、AIの普及に向けたノーコード解析ツールの開発・販売や、IoTデバイスを用いたリアルワールドデータの計測・統合解析・フィードバックを実施している。

専門知識を活かしつつ、異なる分野にチャレンジを

――瀬々さんは生命科学の大規模データ解析を専門とされています。専門の内容や事業内容をご紹介いただけますか。

瀬々 1999年、私が東京大学の工学部計数工学科を卒業した頃、インターネットは全世界で普及し、データが急増していました。同じ時期、生命科学分野ではヒトゲノムプロジェクトが盛り上がってきた頃で、統計的機械学習を用いてゲノムデータを解析するアルゴリズム開発に取り組みました。この経験のなかで、生命科学系の研究者とコラボレーションすることが多くなり、そこから生命科学と情報科学の間をつなげる研究を続けています。

 2018年からは株式会社ヒューマノーム研究所を立ち上げ、AIを様々な分野・産業に広めるためにノーコード(プログラミングなし)のAI開発ツールを提供すると同時に、生体計測とAIの融合研究を進めています。

――生成AIをはじめとしてAIの進歩が目覚ましいですが、生命科学の分野においてのAI利活用も期待されています。

瀬々 AIは生命科学や医療の分野においてにおいても、どんどん活用されています。医師の画像診断のサポートは、すでに病院で活用されています。他にも遺伝子解析、新規薬剤の開発、治療方針の最適化など多岐にわたってAIの活躍が期待されています。最近ではタンパク質のアミノ酸配列から立体構造を予測するDeepMind社AlphaFoldが話題になり、創薬における実験の流れが変わりつつあります。

 高齢社会における介護分野でのAI開発も重要です。地球温暖化や人口爆発に対応するため農業分野への応用も期待されています。私自身も、医療から農業まで幅広くAIの開発を行っています。扱うべきデータの種類も様々で、カルテ・論文のような文章、遺伝子のような文字列、診断の画像など多様です。これらのデータを統合して扱うようなAIの開発も盛んになっていくでしょう。

 人の命や生活に密着したAI開発は、まだまだスタートしたばかりの印象です。計算機科学分野の人だけでなく、医学・生物学・農学などの分野の方々の経験や発想も、とても大切です。分野の壁を超えた研究が必要だと考えています。

ABCIは「扱いやすい高級車」、積極的な交流にも期待

――「覚醒プロジェクト」の募集が始まりました。このプロジェクトの意義をどのように感じていますか。

瀬々 若い研究者が自分のアイデアを試してみることは、とても重要だと思っています。面白いと思ったアイデアを無謀であっても試してみて、突き詰めた経験があると、その先の人生も豊かなものになると考えています。研究者として成長していくだけでなく、私のように、研究者をしていたのに起業する人間が出てくるかもしれませんが、どのような仕事でも、学生時代に昼夜問わずに真剣に考えた経験が活きています。

 「覚醒プロジェクト」では、産総研の「ABCI(AI橋渡しクラウド)」を使えるのは、とてもいい機会だと思っています。私自身も、大学院のときにゲノム解析でスーパーコンピュータを使い倒させてもらいました。パソコン1台でやっていて限界を感じていたことが、スーパーコンピュータを使わせてもらったことで、世界が一気に広がる感覚になりました。

――ABCIを使うにあたって注意点はありますか。

瀬々 ABCIはF1カーのように特殊なものではなく、最高級の市販車に類するようなつくりをしています。通常、スーパーコンピュータをつくろうとするとF1カーをつくってしまいます。そうすると乗れる人が絞られます。ですが、ABCIは最高級の市販車なので、扱いやすくて、誰でも乗れる。やりたいことを片っ端から試してみるといいでしょう。

 また使い方を含め、いろいろなことを「覚醒プロジェクト」のPM、採択者の間で議論したいですね。積極的な交流に期待しています。

――「こんな方と研究を進めたい」など、応募する方に伝えたいことはありますか。

瀬々 今回募集している健康・医療・介護の分野において、AI開発はまだ始まりの段階です。今、流行中のChatGPTのような大規模言語モデル(LLM)も、どのように医療で応用していくかは手探り状態ですし、LLMに限らず、機械学習のアルゴリズム全般について、さらなる具体的な応用が求められます。一方、計算機科学者たちが、医療や介護の実際の課題を理解していない場面もあるため、現場での活用を前提とした機械学習の工夫が必要となります。新しいAIを開発して、実世界に貢献できれば、とても魅力的だと思っています。

 計算機分野以外の人からの応募も歓迎しています。AIとは全く別分野の方で、「これを機にAI研究を1年間頑張ってみよう」という意志があって、AIの技術を身につけられれば、面白いことができるかもしれません。AI開発のプログラムはインターネット上で公開されていますし、計算環境は覚醒プロジェクトが提供してくれます。私は生活に密着したような社会課題にも関心を持っています。どのようなアルゴリズム改良が、より我々の生活を豊かにしてくれるのか、ディスカッションは惜しまずやっていきたいです。私自身も学ぶことがたくさんあると思いますので、若い方たちと一緒に考えながら、ともに成長していきたいと思っています。

覚醒プロジェクト概要

応募締切:2023 年 10 ⽉ 13⽇(金)23:59
募集内容:
以下の5つの分野に関する研究開発を提案してください。
・募集分野① 「空間の移動」
・募集分野② 「生産性」
・募集分野③ 「健康・医療・介護」
・募集分野④ 「安心・安全」
・募集分野⑤ 「その他の社会課題解決に資するテーマ」

募集対象:
高等専門学校専攻生、大学院生(学部生は対象外)、ポスドクなど、高専、大学、研究機関、企業等に所属する35歳未満の個人もしくはグループ(2023年4月1日時点)

応募⽅法:
公式サイトで応募を受け付けます。Webフォームに必要事項を記入のうえ、提案書や知的財産の確認書、所属組織の承諾書など、指定する必要書類をアップロードください。

研究開発支援:
採択された研究実施者には、以下の支援を行います。
・プロジェクトマネージャー(PM)の伴走・アドバイス
・1プロジェクトあたり300万円 を支援
・ABCI(AI橋渡しクラウド)等の産業技術総合研究所の共用施設の無償利用

覚醒プロジェクト公式サイト

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