インクジェットをコンシューマーからオフィスへと
もうひとつは、「コンシューマ向けの画像・映像出力機器中心の企業」の脱却である。
ここでは、インクジェットプリンター事業におけるオフィス領域への展開があげられよう。これまでエプソンは、何度となく、レーザープリンターによるオフィス領域の攻略に取り組んできた経緯がある。だが、決して成功してはいなかった。そのエプソンが、自らが差異化でき、尖った技術で勝負できるインクジェットプリンターによって、いよいよオフィス領域への展開を本格化した。取り組みは、まだ緒についたばかりだが、成果は明らかに出始めている。
そして、インクジェットプリンターが持つ強みを前面に打ち出した提案には、これまでとは違う力強さがある。
碓井社長は、「インクジェットプリンターによって、オフィスプリンティング市場を破壊する」と宣言。「オフィスにおいて、より早く、より美しく、よりローコストで、便利に使える世界を、インクジェットプリンターで確立していく」と強い意志をみせる。
中核になるのは、新たなインクジェットプリントヘッド技術「PrecisionCore」だ。
「これにより、高速性、高画質、耐久性の実現はもとより、ウォームアッププロセスがないため、最初の印刷までの時間が短いこと、構造が簡単であるためにメンテナンスコストが低いこと、消費電力が低いこと、消耗品においても低コストで済むといったメリットがある」
レーザープリンターの置き換えに、エプソンの尖った技術が効果を発揮。これまでコンシューマ中心だったインクジェットプリンター事業において、オフィスという新たな領域にも挑む。そしてPrecisionCoreは、インクジェットプリンターを、捺染や商業印刷などの産業分野などにも事業を拡大する切り札にもなる。
経営理念の「誠実と努力」を忘れていた
セイコーエプソンには、「創造と挑戦」という精神がある。これが同社に根強く浸透し、自由闊達な風土を形成していた。だが、「これだけでは不十分。むしろ、それを実行する上で、我々は忘れていたものがあった」と、碓井社長は語る。
忘れていたものとはなにか。それは経営理念の「誠実と努力」だったという。
「創造と挑戦だけでは自由闊達を超えて、好きなことばかりをやってしまう。自分たちの技術が社会に役立つのか、お客様にどんな貢献ができるのかという基本的なことを忘れて、競争に打ち勝つ技術開発、製品づくりを行っていなかったか。そこに立ち返ったとき、『誠実と努力』という経営理念があってこそ、『創造と挑戦』の精神が生きることを認識した」
碓井社長は技術者出身だ。そして、エプソンのインクジェットプリンター事業を支えるマイクロピエゾ技術の生みの親でもある。だが、その開発に携わる直前、ビデオプリンターの開発を担当。「世の中の流れやお客様への貢献ということを考えずに開発を進めていた時期があった」と自らの若き技術者時代を反省する。結果として、ビデオプリンターは失敗した。
そうした自らの経験が、「創造と挑戦」、「誠実と努力」の重要性を認識することにもつながっているのだろう。
「産業インフラとして社会に役立つこと、そして、お客様に貢献すること。こうした志を持った技術や製品だけが生き残る」
こうした意識がセイコーエプソンの社内に定着しはじめている。
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