日本人の「バチ」の精神――秋葉原事件の背景
飽戸 やっていいこと悪いことの範囲は、昔はそれこそ、お爺ちゃんとお婆ちゃんがいて、「そんなことすると神様見ているよ」って、毎日のように言われていたわけですよね。僕なんかイタズラっ子でしたから、イタズラやるたびに「これくらいなら神様見ていないかな」と思いながらしていたわけ。これも枠だと思うんです。枠が全然与えられていないと暴走しちゃうわけですよね。
桜子 ふむ、ふむ。
飽戸 悪いことをするとバチが当たると思っている人は、地域差も学歴差もないんですよ。日本人は皆、悪いことするとバチが当たる、という意識は染みついていました。僕が心配しているのは、そういう意識がだんだん薄れてきているんじゃないかと。今、核家族になってそういうことを教える人がいないし、先生もあまり言わなくなったでしょ(笑)。
桜子 先生自体に問題のある方もおられますからね……。
飽戸 「神を恐れる」ということは良心だと思うんですね。そういう気持ちがあれば人を殺さないし、多くの人を傷つけてでも株を操作して自分だけ大儲けするなど、神を恐れる心があったらそんなことしないですよ。そういう意味で、日本人のほとんどは無宗教ですけど「信仰は大切だと思うか」と聞いたら、過半数は「信仰が大切だ」と言うんですね。
桜子 そうなんですか?
飽戸 自分は神を信じていないけど信仰というのは大事だ、という風に思っているわけね。だから別に教会に行かなくても、日本の色んな仏教やお寺に行かなくても、神を恐れる心というのがあれば、限度を超えた逸脱というのは起こらない。
桜子 じゃあ、この間の秋葉原事件が起こった背景はそこなんですかね。
飽戸 だからこの人たちにはやっぱり神はいないんです。どんな神様でもいると思えば、肝心な時にブレーキになるんだけど、そういう情報が一切入っていないんだから。
今は大変な時代――夢を持てない若者たちに言いたいこと
桜子 若い世代のお話ですが、飽戸先生ご自身は若い頃いかがでしたか? 英語がお嫌いだったとか(笑)。
飽戸 英語大っ嫌いでね。助手から助教授になりたての頃、米国に留学したくて色んなフェローシップ(基金)を10ヵ所ぐらい受けてね、みんな落ちてた。
桜子 それはちょっとイメージと違ってなんだか励まされます(笑)。
飽戸 落ちまくってたの。全滅でね、これはもうダメだと諦めかけてた。それが一つたまたま補欠で受かった。一年間アメリカへ行ってすっかり米国が大好きになっちゃった。そこで人生がガラッと変わっちゃったのね。それからは受けるもの全部受かって、それまで連続で落ちていたのにほとんど落ちない。まあ、不思議ですけどね。だからやっぱり“時”があるんですね。すべてに時があって、それが一つの転機になって、だから非常に運がいいんです。もう本当に能力がないのに運がどんどん……ラッキー。
桜子 いやいや、能力ないのにってそんな……。
飽戸 ラッキーな時に仕事が一番のピークでぴったり与えられたんですね。だからまあ、焦らないで時を待っていればいいのでしょう。焦ってガタガタすると余計悪くなる。静かに、準備だけはしっかりして待つ。
桜子 東洋英和の雑誌「楓園」で学生へ夢を持つことの大切さを説いておられる。以前、東大卒のIT社長が「東大に入ったら東大生の顔が余りにも暗くて驚いた」とおっしゃっていました。
飽戸 ほんとですね。子供も辛い社会に生きているし、若い学生も大変な所で生きているわけですよね。僕らが大学生の頃は貧乏人でも一生懸命やれば道が開けるっていう、皆ある程度の夢を持っていましたよね。カリカリやり過ぎていたというのはちょっと気になるけど。今どきの子供は小学生の頃から夢がないんですよね。お父さんのようになりたくない、大人になりたくない、と子供は平気で言うでしょう。大学出ても大した仕事はつけない。一生懸命頑張っても先が知れているという時代の閉塞感の中で若者は青春を過ごして、そういう意味では大変だと思うんですよね。職場環境が非常に厳しいんですよ。そういう大変な中で今の若い人たちは生きている。
だから僕はせめて大学生の間にね、一人一人がそんな一流企業に入らなくてもいい、偉くならなくてもいいから、本当に自分がやりたいことは何か、向いている仕事は何かを見つけてほしいと思っています。最初の目的と違ってもこの4年間で挑戦して、自分で夢を見つけ、夢を育て、自分にこんなところがあったのかと発見して、それで社会に出て行ってほしい。それが僕のスローガンなんですね。
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