マイニング禁止になったはずの中国なのに、今もビデオカード市場は修羅場
文●山谷剛史 編集● ASCII
2022年05月22日 10時00分
中国ではマイニングは禁止になったが、
結論から言えば、ビデオカードはいまだに定価の倍
ASCII.jpの読者なら、よくご存じだろうが、マイニング特需によりビデオカードの価格が上がっている。中国では儲かる話には飛びつく人々がいることから、マイニングも例に漏れず多くの人が参加し、2020年頃から価格が高騰した。あまつさえ電気を勝手に拝借する巨大マイニング工場まで各地で登場して話題となった。
しかし、ちょうど1年前の2021年5月18日、「中国インターネット金融協会」「中国銀行業協会」「中国決済清算協会」という3つの権威ある組織が共同で、金融機関や決済会社に対して仮想通貨取引業務を止めるよう声明を発表した。中国の閉鎖されたマイニング工場が見せしめとばかりに報じられ、一旦はマイニング活動に終止符が打たれたはずだった。これにより、ビデオカードの価格は落ち着くだろうという声もあったが、そこは中国、タダでは転ばず、予想外の方向に話が進む。
結論から言うと、中国ではまだマイニングは行なわれていて、ビデオカードも入手が難しい状態である。より正確に言えば、問題なく使えるビデオカードを入手することが難しくなり混沌とした状況になっている。たとえば、人気のGeForce RTX 3070搭載カードは定価の倍で売られている。
マイニングが禁止になり、中古カードが余った昨年6月
使い込まれた中古カードを売るための策略が展開
というわけで、昨年5月から話を順に進める。当局の締めつけによって一旦はマイニングの動きが消えていく。そうするとビデオカードが無用の長物となるので市場に流れるようになる。マイナーは効率よく確実にマイニングしたいので、大手メーカーの定番ビデオカードを導入していた。
これを大量に手放すことになるわけだが、これらのカードはマイニングで酷使されていたために、1年以内の故障率が80%との報道も見られた。中国のIT系メディアで報じられているため、ITリテラシーの高い自作PCユーザーがこうした中古カードをわざわざ買うわけもなく、使い込まれたビデオカードを処分したい販売者側と問題ないビデオカードを買いたい消費者とのとんち比べとなる。
まずは6月。中国二大ECセールの1つで、「618セール」が6月18日に開催された。6月18日は中国大手ECサービスの「京東(ジンドン、JD.com)」の創立記念日であり、京東がセールをするのはもちろん、ライバルのアリババや他のECサイトも便乗して、大きな盛り上がりを見せる。
この日を商機とばかりにマイニング業者が大量に中古品を出品するも、ネットユーザーはこれまでビデオカードが買えなかった恨みとばかりに一丸となって、日本でいうところのネットの“祭り”状態で不買運動が広がった。広告枠に出品されたビデオカードをクリックし、購入はするが支払わない、届いても受け取らず送り返すといった戦術でマイニング業者を困らせようという動きが行なわれた。
ならばと業者側も考えたのか、ECサイトの淘宝(Taobao)、フリマサイトの閑魚といった手軽に出品できる場所で、謎のインディーズブランドのビデオカードが大量に登場した。たとえば、ECSは中国語で「精英」というブランド名なのだが、それに似た「精影」というブランドを作って、それっぽいメーカー公式ショップを立ち上げる業者が登場。ほかにも「華碩(ASUS)」に似た「和碩」をはじめ、怪しいブランドのビデオカードが続々と出てきたのである。そんなわけで、聞いたことのない中国ブランドの格安ビデオカードはかなり使い込まれている可能性があり、人柱としてネタで買うにはコストがかかり、お勧めしない。
また新たにパッケージングして未使用新品として売る業者も登場した。中国では昔から「安すぎる価格の場合は地雷製品の可能性がある」と言われているが、ビデオカードもしかり。オトクすぎる場合は怪しいと疑うべきだ。たとえば、透明パッケージでカードが見えるなら黄ばんでいたり、油が付着していたりしていないかなどの使い込んだ形跡がないか、製造時期がわかる番号がボードに記されていれば、それを元に生産時期をチェックすべきだといった情報が出ている。
当局が規制しても、結局マイニングは行なわれている
グラボを入手できないPCユーザーの怒りは中国でも同じ
9月、10月には中央政府がマイニングは違法行為だとする通知を続けて発表し、さらに引き締めを強化する。しかしそれを無視するかように9月以降、再び中国でマイニング活動が行なわれ始め、現在に至る。このことは英国ケンブリッジ大学のCCAF(Cambridge Center for Alternative Finance)が発表した国別ビットコインハッシュレート(採掘速度)の国別チャートを見ると確認できる(https://ccaf.io/cbeci/mining_map)。
また、中国でのマイニングは禁止されているはずなのに、中国語でのマイニング関連のテックニュースはさまざまなメディアで掲載される。それはかつて44号文書と呼ばれる中国国内での外国のテレビゲームの販売禁止ルールがあり、ゲームは売れないはずなのに、日本などの最新ゲーム情報をまとめた雑誌が販売されていた光景を思い出す。記事が頻繁に出ているということは、隠れたマイニングのニーズが今もあるのだろう。
すでに報じられているように、NVIDIAはGeForce RTX 3060、3070、3080と、本来のゲームなどの用途などで使いたい人のためにマイニング性能を抑えた「Low Hash Rate(LHR)」の製品をリリースしている。LHRの新製品が登場されるたびに中国ではビデオカードの相場が下がり「これで転売業者は困る!」とばかりに報じられ、その後LHRをクラックしてマイニングでも本来の性能をひき出せるソフトが登場するたびに「悲劇、またビデオカードが値上がり!」と報じられ、ビデオカードに高値がつく。
こうした中、5月には広東省政府(省発展改革委員会)が、仮想通貨のマイニングマシンを処分する通達を発表した。ただこれまでも「上に政策あり、下に対策あり」が続いた中国だから、そう簡単にことは収束しなさそうだ。
ビデオカードがここ2年以上異常な高値で売られ、怪しい中古製品も大量に流通した。この背景には多額の金を投じ、ビデオカードを買いだめした転売業者やマイニング業者がいる。あまりにビデオカードが買いにくい状況に、ゲーム遊びたさにPCゲームを諦め、PS5などゲーム機に移行するユーザーも少なくない。中国メディアは「あまりにも長く続いた不条理により、すでに取り返しのつかない亀裂を生み出している。すぐに人々の信頼を取り戻すことは困難」と現状を嘆いている。
山谷剛史(やまやたけし)
フリーランスライター。中国などアジア地域を中心とした海外IT事情に強い。統計に頼らず現地人の目線で取材する手法で、一般ユーザーにもわかりやすいルポが好評。書籍では「中国のインターネット史 ワールドワイドウェブからの独立」、「中国のITは新型コロナウイルスにどのように反撃したのか? 中国式災害対策技術読本」(星海社新書)、「中国S級B級論 発展途上と最先端が混在する国」(さくら舎)などを執筆。最新著作は「移民時代の異国飯」(星海社新書、Amazon.co.jpへのリンク)
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