グラボの電源コネクターが変わる? 大電力に対応する新規格「12VHPWR」

文●大原雄介(http://www.yusuke-ohara.com/) 編集●北村/ASCII

2022年04月11日 12時00分

 前回の続きとなるNVIDIAの話は来週まわしにさせていただいて、今回は連載616回で説明した電源規格ATX12VOに関する新しい話が出てきたのでこちらを紹介したい。

12Vで600W供給が可能な電源配線12VHPWR

 3月23日、インテルはATX 3.0 Revision 2.0とATX12VO 2.0という新しい電源に関する規格を発表した。ATXは広く使われている電源規格であり、一方ATX12VOは連載616回で説明した「供給電圧を12Vに限ることで低コスト化を図った」新規格である。この両方の規格に新しい仕様を追加した、というのが今回の発表である。

 ではなにを追加したのか? という話であるが、細かいアップデートはいろいろあるものの、最大のものは、下にあるPCIe 5.0の拡張カード向けの2つだ。

  • 12Vで最大600W供給の電源配線を追加した
  • 48V供給の600W供給の電源配線について言及した
    (まだ仕様化されていない)

 この600W配線、仕様では12VHPWR(12V High Power)ないし48VHPWR(48V High Power)となっているが、ただし48VHPWRに関してはどちらの仕様書にも“48VHPWRコネクターは本書とは関係ないため、これ以上説明しない。これらは今後言及する予定である”とあって、今後のリビジョンで仕様がもう少し明確になるものと思われる。とりあえず当面は、12Vで600W供給が可能となる12VHPWRが新たに追加された電源配線ということになる。

 この600Wの規格を定めたのは他でもなくPCI-SIGである。PCI-SIGは2019年5月にPCI Express 5.0のBase Specificationを発表したものの、CEM(Card Electrical Mechanical)Specificationのリリースは少し遅れた2021年6月となった。

 ただこの間は、従来のPCI Express 4.0 CEM Specificationがそのまま使えたし、2021年6月にリリースされたPCI Express 5.0 CEM Specificationでも信号速度の高速化にともなう配線タイミングの見直しと、これにともなうReTimer周りの仕様変更以外はおおむね変わらなかった。少なくともこの時点ではAIC(Add-In Card)への最大供給電力は300Wに抑えられていた。

 これが変わったのは、2021年12月のことである。CEM WG(CEM Working Group)より“Power Excursion Limits for 300-600 W PCIe AICs ECN”という、AICに最大600W供給を許すECN(Engineering Change Notice:仕様変更の通知)が発行され、これにより最大600W(厳密に言えば全部では675Wになりそうな気もするが、CEMを確認できていないので断言できない)の電力供給が可能になった。

 このECNの理由は明白である。一時期は300Wの枠をなんとか保ってきたAICであるが、ここ数年は平気で300Wの枠を超える製品が現実問題として市場に出てきている(例:GeForce RTX 3090)。加えて言えば、NVIDIAのA100/H100やAMDのRadeon Instinct MI250シリーズのように、OAM(OCP Accelerator Module)フォームファクターを使い、消費電力700Wという製品も市場に出てきている現状では、PCIeのAICももう少し消費電力を供給できる必要がある。

 その結果として12Vレーンのまま、最大600Wというのは正直驚いた。つまり12Vで50Aを流すわけで、これはけっこう危険である。OAMの場合でも、700Wが可能なのは48V供給(つまり電流そのものは15A弱)の場合であり、12V供給では350W(30A弱)に抑えられているからだ。

 このあたりはどういう議論があったのか不明だが、最終的には50Aを供給することで決着がついたようだ。ちなみに50Aというのは連続供給電力で、ピーク時には最大55Aが供給できることになっている。ちなみに12VHPWR以外にも、互換性維持のために従来の2×3と2×4のコネクターは引き続き残る、としている。

脚注の1は電流変動に関するもので、最大でも5A/マイクロ秒未満に抑えないといけないとしている。したがって、0→55Aまで出力が変わる場合、11マイクロ秒以上をかけないといけない

 その新しい12VHPWRコネクターであるが、下の画像のように12+4pinで合計16pinのケーブルとなる。

amphenol-iccの“Minitek Pwr CEM-5 PCIe Connector System”という製品のカタログより。上の6×2pinが電源供給、下の4pinが制御用となっている

こちらも同じく。ケーブルを接続した状態のイメージ図。実際には上の黄色い配線と下の緑の配線は一体化される形になると思われる

12VHPWRでは2倍以上の電流に対応
コネクターに電力を監視する4Pinを追加

 コネクター部の3Dモデリングが下の画像だ。寸法としては、幅20.85mm×高さ8.45mm(下の4pin部を含む)×奥行14.00mmとなっており、現在の2×4pinより少しだけ横幅がある程度の小さなコネクターである。

なんとなく下の4pinの強度が心配になる感じだが、大丈夫なのだろうか?

 上の画像で、左下から右に向かってPin 1, Pin 2, ……Pin 6となり、上の段が左からPin 7で始まって右上がPin 12となる。一方その下の4pinコネクターは左からS1, S2, S3, S4という番号がついている。ここでそれぞれのコネクターの役割は下の画像の通りである。

配線一覧。結果的に12V3/V4の配線数は従来の倍になったが、出力は4倍なので、結果として電流値も2倍になった

 まずPin 1~6の+12V3/V4というのは、これまでの2×3あるいは2×4コネクターに供給されていたのと同じ、+12VのAIC向け電源である。2×3では3pinで75Wなのでpinあたり2.1A弱。2×4では同じ3pinで150Wだったのでpinあたり4.2A弱だったのに対し、12VHPWRではpinあたり8.3A強(ピークでは9.2A弱)と電流が2倍以上に増えるので、電源側もこれに対応して出力を大幅に引き上げる必要がある。

 大電流に対応するため、配線についても16 AWG(外径1.29mm)が要求されている。Pin 7~12はCOM(Common)で、要するにGND(厳密に言えばGNDとCOMは違うのだが、ここではほぼ同じ意味と考えてよい)である。こちらも当然16 AWGでの配線が要求されている。

 さて問題はその2×6の下にぶら下がる4つのPinである。S1/S2は後にするとして、先にS3/S4のSense0/Sense1について。実はこのSenseという信号は2×3なり2×4コネクターにもある(2×3はSense0のみ)。これはなにか? と言うと、AIC側にどんな電力が供給されているかを認識させるものだ。

 2×3の場合は、Sense0がOpen(なにもつながっていない)の場合は電源コネクターがつながっていない、GNDになっている場合はコネクターがつながっていることを認識できる。これは2×4も同じで、以下の状況が把握できる。

2×3/2×4コネクターと電源の関係
Sense0 Sense1 状態
GND GND 2×4コネクターがつながっており、150W供給できる
Open GND 未使用(予約)
GND Open 2×3コネクターがつながっており、75W供給できる
Open Open コネクターがつながっていない

 ただ2×3/2×4コネクターの場合は、2×3と2×4の両方の場合がありえるためにこうした構成になっているが、12VHPWRコネクターではそもそも2×6の構成しか存在しない。その代わり、というのもなんだがSense 0/1では実際に出力できる電力を示すことになっている。

12VHPWRコネクターと電源の関係
Sense0 Sense1 起動直後の出力 初期設定完了後の出力
GND GND 375W 600W
Open GND 225W 450W
GND Open 150W 300W
Open Open 100W 150W

 要するに12VHPWRコネクターを搭載しているからといって、必ずしもフルに600Wが供給できるわけではなく、もっと供給電力が少ないものも存在する(このあたりは電源自身の製品構成による)という話である。

 この結果として、同じコネクター形状ながら出力の違うケーブルが混在する可能性もある。このあたりを明確にするために、2×6の12VHPWRコネクターには、明示的に最大出力を示すように規定されている。

ラベルの例。最大出力がわかれば良い、という規定があるだけで、具体的な表示方法などは規定されていない

 ちなみに仕様によれば、この最大出力は「ダイナミックに変更することもできる(ただし変更はスタンバイモードに入っている間のみ)」という規定がある。この規定がどういうケースで利用されるのか、という話はこのあとに説明する。

サーバー向けの機能を実装

 先ほど後回しにしたS1/S2だが、以下のようになっている(どちらもオプション扱い)。

S1/S2の仕組み
S1 CARD_PWR_STABLE
S2 CARD_CBL_PRES#

 まずCARD_PWR_STABLEだが、これはSense0/1とは逆に、AICから電源に対して「電源供給状態が良好である」ことを通知する。具体的には、電源が供給する電力枠内でAICが正常に稼働していることを通知する仕組みである。ついでCARD_CBL_PRES#だが、こちらもやはりAICから電源に対して通知する配線である。このCARD_CBL_PRES#には以下の2つの目的がある。

  • 12VHPWRコネクターが正しく接続された事をAICから電源に通知する
  • AICから電源あるいはホスト側のコントローラーに対して、AICが存在することと、Power Budgeting Sense Detect Registerを搭載していることを通知できる。これを利用することで、システムはどのスロットにどんなAICが装着され、どの電源ケーブルが装着されているかを認識できる

 先ほど最大出力をダイナミックに変更できる機能があるという話があったが、この規定は複数スロットに消費電力が大きなAICが搭載されているという、デスクトップというよりはサーバー向けの要望に沿ったものだ。

 この場合、システムが立ち上がったら電源(とシステム側のコントローラー)は、どのスロットにどんなAICが装着されているかを自動的に認識し、最適な電源出力を行なえるように調整したうえでシステムをスタンバイ→復帰させると、最適な出力になるというわけだ。一般のPCでは使われることはなさそうな機能である。

 なおS3/S4の、つまりSense0/1を認識しないAICの場合、利用できるのは最小の150Wに抑えられるという規定もある。これは既存の2×4pinコネクターを2×6pinコネクターに変換するようなアダプターが出てくることを想定してのものと思われる。

 ちなみに600W出力が可能な電源の要件はないのだが、普通に考えるとこんな構成になる、という例が下の画像だ。

もっともRest of Platformの値を削って、1000W電源だけど12VHPWRで600W供給可能、という例もありそうだ

 PCIe AIC Powerは2×3/2×4/2×6のいずれか(もしくは複数の組み合わせ)でPCIeカードに供給される電力、CPU Continuous PowerはCPU(とおそらくメモリーサブシステムなどを含む、要するにマザーボード)に供給する電力、Rest of PlatformはSSDやファン、その他の周辺機器への電力の合計、PSU Rated PSU Sizeというのは俗に言われる電源容量である。12VHPWRで600Wを供給する電源は、1200W以上になるだろう、というのが1つの目安となっているわけだ。

 ここまでの話はATX 3.0 Rev 2.0をベースに説明してきたが、ATX12VO 2.0についてもまったく同じである。つまり、既存のATX12VOに、この12VHPWRの規定を追加したのがATX12VO 2.0である。

 今のところATX12VO 2.0に対応したビデオカードを含むPCIeの拡張カードは存在しないが、インテルはAlder LakeですでにPCIe 5.0対応を果たしているし、AMDもZen 4世代でPCIe 5.0への対応を明らかにしているので、AMD/NVIDIAともに次世代のハイエンド製品はPCIe 5.0への対応と併せて12VHPWRコネクターを採用してくるかもしれない。

 むしろ問題はATX12VOの普及の遅さであるが、今回インテルはMSIのCreator P100AMPG Trident ASがATX12VOを採用したことを明らかにしている(ATX12VO 2.0ではない)。

 ただ逆にいうとこれだけという話であって、かつてのBTXみたいな雰囲気になっているのだが、果たしてこれに続くベンダーはどの程度出てくるのだろうか?

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