AIファーストが生み出したコロナ禍注目の首かけ型配信ウェアラブルデバイス・LINKLET

文●松下典子 聞き手・編集●北島幹雄/ASCII STARTUP

2022年01月04日 09時00分

 「LINKLET」は、ハンズフリーでZoomやMicrosoft Termsによるビデオ配信ができる首かけ型のLET搭載ウェアラブルデバイス。メガネ型やヘッドマウント型のように目や耳を覆わないため、違和感や動きの制限がなく、どこでもネットにつながる。作業者の遠隔サポート、ものづくりのオンライン講座、観光ガイドなどコミュニケーションに便利だ。

 コロナ禍の状況下、このありそうでなかったこのデバイスを開発したのは、音声AIスタートアップのフェアリーデバイセズ株式会社。世界での注目を集めるCES 2022 Innovation Awardsでは日本企業で唯一「Wearable Technologies」、「Streaming」、「Digital Imaging/Photography」の3部門を同時受賞している。フェアリーデバイセズ株式会社 代表取締役CEO/CTOの藤野 真人氏、取締役CSOの竹崎 雄一郎氏にLINKLET開発の背景、その先にある目的を伺った。

LINKLETは、2021年1月5日から米ラスベガスで開催されるCES2022のJ-Startup/JAPANパビリオンにてデモ展示される

 フェアリーデバイセズは、2007年創業のAIスタートアップ。2012年からディープラーニングを活用した音声認識AIの研究開発に取り組み、2017年からはAIの学習データを集めるためにハードウェア開発も手掛けている。

 「スマートスピーカーのような据え置き型だけでなく、動き回れるものがほしい」という現場の声に応えて開発されたのが同社のコネクテッドワーカーソリューション「THINKLET」だった。

 THINKLETはAIを搭載し、現場作業の音声・画像データをクラウドに収集・学習、遠隔支援や作業の効率化を目的としたデバイス。作業の自動化、ナビゲーションといったAIによる効率化には、分析に適切なデータが欠かせない。現場DXのためにAIが必要とするデータを効率的に蓄積することを目的に、ハードウェアから設計された。先進的な企業で採用が多いという。

 だが、本格的な作業支援AIの構築はまだ先と考えている企業であっても、その第一歩となる声と映像による遠隔支援のニーズは高い。そこでTHIKLETの遠隔作業支援の機能だけを切り出して手軽に使えるUXにしたのがLINKLETだ。

 ワンクリック登録だけで、簡単にZoomやMicrosoft Teamsとつながり、ビデオ会議や作業の配信などに利用できる。コロナ禍でリモートの便利さを誰もが知ることになった現状、一般の事業者はもちろん、講師・配信者といったプロシューマー(生産消費者)向けにLINKLETで簡単に使える遠隔支援デバイスをまず世の中に普及させDXを加速させるのが本来の狙いだ。

フェアリーデバイセズ株式会社 代表取締役 CEO/CTO 藤野 真人氏

 「AI事業は適切なデータがないと始まりません。遠隔支援という便利なツールを広く使ってもらうことで、自然にデータがたまる状態にしていく。デバイスとプラットフォームが普及すれば、あとからデータを抽出するのは楽ですから」と藤野代表。

 すでにエンタープライズ向けのTHIKLETは世界13カ国で導入・PoCの実績があり、量産体制が整っていることから、2022年にはLINKLETの一般販売が開始される見込みだという。

160グラムとカメラ、ここ感をすることなしコンパクトな首掛け型。

160グラムとカメラ、ここ感をすることなしコンパクトな首掛け型。

 LINKLETは、いわば画面がない首掛け型のAndroidスマートフォンだ。コンセプトは、ハンズフリーで人間の視界に近い形で見ているものが見え、聞こえているものが聞きとれること。

 基板設計から自社開発し、背面部分にスマホ基板やバッテリーとスピーカー、アームにマイク、先端に4Kの広角カメラを搭載している。取材で実機を試させてもらったところ、重さは約160gと軽量で肩になじみ、着けていることを忘れてしまいそうだ。

 頭部や首ではなく、肩にかけているため、うなずくなど上下左右に顔を動かしても首元はほとんど動かないので、映像の揺れが少なく見ている側も快適だ。落下やズレ防止のために首の前をつないで固定するストラップや、首の後ろで固定できるマジックテープなどのオプションも用意されている。

データファースト、現場ファーストだからこそできた形

 これまで、ネックバンド型のスピーカーや、メガネ型のウェアラブルデバイスはあったが、首掛け型のスマートフォンはなかった。LINKLETは、まさにありそうでなかったデバイスと言える。取締役CSOの竹崎氏は、「AIの会社がハードをゼロからつくらないと、この形にはなりません」と断言する。

 「ひとつは、データファーストであること。そもそもデータを収集・活用する目的で仕様から設計しなければならず、ハードメーカーが作ろうとしない構成になっています。もうひとつは実現場の作業者のニーズを把握できていることです。ARやVRのスマートグラスなどはどうしてもハードウェアファーストになりがちで、例えば、長時間の利用には耐えられない大きさ・形状・重量のデバイス構成など、産業現場の実用から離れてしまいがちです」(竹崎氏)

フェアリーデバイセズ株式会社 取締役CSO 竹崎 雄一郎氏

 LINKLETは、省電力プロセッサーのクアルコム製Snapdragon 4シリーズを採用しており、長時間稼働し、小型軽量で装着する利用者の負担にならないように設計されている。

 アプリケーションとして入っているのは、同社がToBで培った技術のうちのほんの一部。例えば、マイクには最低限のノイズ除去機能は入っているが、THIKLETに搭載されている工事現場の激しい騒音を除去するレベルの技術は入れていない。

 あくまで最初はZoomとMicrosoft Teamsのビデオ会議用だが、今後、LINKLETのユーザー向けに音声のテキスト化や画像認識、感情認識といった同社のAIサービスが追加されていく可能性もある。フェアリーデバイセズの音声認識技術には10年近い実績があり、2020年設立の「総務省委託・多言語翻訳技術高度化推進コンソーシアム」のメンバーでもある。2025年の大阪万博に向けて多言語の自動同時通訳プラットフォーム技術の研究開発にも取り組んでいる。

 例えばLINKLETにこの同時通訳機能が付けば、多国間会議や海外拠点への遠隔支援に使えるようになる。今後は現場のニーズに応じて、5G対応、IoT機器や外部サービスとの連携機能が追加される可能性はあるが、同社の目的は、あくまでデータを収集・学習して作業支援AIを作り、育てていくサイクルを回していくこと。

 「将来的にはGoogleの広告モデルとは異なる、データドリブンでの経済圏エコシステムがつくれるのではないかと考えています。現時点で、例えば工事現場の作業員、八百屋の店主、薬剤師などが仕事の中で日々扱っている一人称視点のデータはデジタライズされていません。こうしたまだ見ぬデータを適切な形に加工して流通させることで新しい価値が創りだせると我々は考えています」(藤野氏)

 熟練者のノウハウや知見をデータとして解析することは、スキル教育やAIチャットボットに応用できる。また、それをAIの学習データにすれば、より多くの人が幅広く利用することもできる。「これまでAIの活用法としては、ウェブのスクレイピングなどただデータが個人から収集されるのみだったが、AIがより普及した社会では、有用な技術や知識の情報を提供した個人に対して、逆に利益を還元することが当たり前になるかもしれない」といった未来像も含めて、藤野氏は将来ビジョンを語ってくれた。

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フェアリーデバイセズ

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