松岡陽子氏「10年後も、AIがすべてを解決する環境にはならない」

文●大河原克行 編集●ASCII

2021年09月20日 09時00分

今回のことば

「AIスピーカーは、音楽をかけてくれたり、アラームをかけてくれたりするが、毎日の苦労を解決してはくれない。それは、AIがテクノロジーとして、そこまで届いていないからである。10年後も、AIがすべてを解決する環境にはならない」

(Yohana. LLCの松岡陽子創業者兼CEO)

Google Nestにも携わった松岡氏

 パナソニックの子会社であるYohana. LLCが、「Yohana Membership」という新たなサービスを開始した。

 Yohana. LLCは、2019年10月にパナソニック入りし、現在、常務執行役員 くらし事業戦略本部長を務めている松岡陽子氏が、創業者兼CEOを兼務して設立。同社が展開する新サービスについても、松岡氏が陣頭指揮を執ることになる。

 1971年生まれの松岡氏は、中学校までは日本で育ち、その後、米国に渡った。渡米した理由は、テニスプレーヤーになるためだったが、相次ぐ怪我によってその夢を断念。得意な数学や科学の道に進むことを決断し、一緒にテニスができるロボットの開発を、新たな夢に掲げ、様々な人たちを助けることができるロボットやウェアラブルデバイス、AIなどの開発、活用に挑んできた。

 愛称はYoky(ヨーキー)。カリフォルニア大学バークレー校(UC Berkeley)科学学士号を取得、マサチューセッツ工科大学(MIT)では電気工学とコンピュータサイエンスの博士号をそれぞれ取得。1998~2000年まではハーバード大学工学・応用科学部で博士研究員、2001~2006年まではカーネギー・メロン大学教授、2006~2011年まではワシントン大学教授を務め、ロボットによる人体および脳のリヒバリ機器の開発などに携わった。

 教授を務めている期間中には、感覚運動神経工学センター(Center for Sensorimotor Neural Engineering)と、ニューロボティクス研究所(Neurobotics Laboratory)を設立し、人間の身体の感覚および運動能力を回復させるデバイスの開発を指揮。ロボット工学と神経科学における研究成果が認められ、天才賞と呼ばれるマッカーサー賞を受賞した経歴を持つ。この賞で得た助成金を元手にして、身体面および学習面の課題を抱える子どもたちのために、読字に関する障害を取り除き、すべての子どもの潜在力を解き放つことを追求するヨーキーワークス財団(YokyWorks Foundation)を立ち上げている。

 一方、産業界においては、未来に向けた技術を開発するGoogle Xのイノベーション責任者兼共同創業者であったほか、スマートサーモスタットをはじめとして、家庭内で利用するIoTデバイスを世の中に送り出したNestの最高技術責任者(CTO)を務め、アップルの経営幹部や、ウェアラブルヘルステクノロジーのベンチャー企業であるQuanttus(カンタス)の最高経営責任者(CEO)などを歴任。Googleヘルスケア部門の副社長を経て、2019年にフェローとしてパナソニックに入社した。最近までは、米ヒューレット・パッカードのボードメンバーも兼務で務めていた。

 松岡氏は、「ロボットやハードウェア、AIを使いながら、人を助け、生活を豊かにするためのモノづくりをしてきた。Yohanaは、働く親とその家族が、家族全員の幸せを最優先し、お互いと向き合う時間を大切にするためのサポートに特化した、新しいウェルネス企業である」とする。

30~40代の働く親に向けたパーソナルアシスタント

 Yohana. LLCが第1弾サービスとして開始する「Yohana Membership」は、30~40代の子育て世代の女性など、働く親を対象に、「こなさねばならない⽤事(タスク)」への負担を軽減するパーソナルアシスタントサービスだ。2021年9⽉9⽇から、⽶シアトルにエリアを限定してサービスを開始した。

 月額149ドルを支払えば、件数制限なしで、利用者のタスク遂行を支援してくれる。

 「利用できるタスクの件数を制限してしまうと、それを気にして使わなくなってしまう。だからアンリミテッドにした。料金は1日5ドル程度。スターバックスのコーヒー一杯分のコストで利用できる」という。

 具体的には、利用者は、Yohanaアプリのチャット機能を利用して、Yoアシスタントと呼ばれる問題解決のプロフェッショナルに連絡を取り、やりたいことや、やらなくてはならないことを相談。Yoアシスタントは、社内外の様々な分野別エキスパートや専任リサーチャー、地域ネットワークを駆使して、タスクを実行するための⼿配を⾏ってくれる。

 たとえば、家の修理や改装、カーペットのクリーニング、友人の誕生日のプレゼントの相談や注文、水泳教室などの⼦どもの習い事や課外活動の相談、旅行やデートの企画、歯医者や美容室の予約などの様々なタクスについて、Yoアシスタントは、最適な専門業者を見つけ、見積もりを取り、作業予定などの手配を行ってくれる。

 Yoアシスタントは、データシステムと直感的なツールを利⽤して、完了したタスクを学習することで、利用者の好みに合わせた解決策の提案ができるようになり、蓄積されたデータとAIを活用して、短期間に、効果的なタスク完了に取り組むことができる。子供の洋服の購入の際にも、好みやサイズを理解していたり、スケジュールや行きつけの美容院、好きなブランドなども理解して、毎日をサポートすることになる。

 「このサービスがないと困る、あるいは生きていけないと思ってもらったり、なにかをやらなくてはいけないときに、最初にYohanaを考えてもえたりするようになることを目指したい。それができれば、会員数は増える。悩みや課題を、人やテクノロジーに助けてもらうことで、生活が豊かになるという仕組みを広げたい。いまは、スターティングポイントであり、小さい発表かも知れないが、夢は大きい」と語る。

 松岡氏自身も、この1年間に渡って実施したフィールドトライアルに参加。やりたいと思っていた自宅のガレージの改装を、Yoアシスタントの提案や手配によって実行。映画館のようにして、ポップコーンを食べながら、子供たちと楽しんだり、友人が遊びに来た時に使える空間に変えたという。

 「少しカビ臭いという話をしたら、Yoアシスタントが専門家に相談をして、私のスケジュールにあわせて専門家を手配し、水漏れしていることやシロアリがいることを発見し、ガレージを改装する前に、修理や駆除をしてくれた。また、改装についても、多くの費用をかけるものから、手軽にできるものまで、いくつものオプションを用意してくれ、私は、手軽にできるほうを選び、設置する家具などは子供たちと一緒にカスタマイズすることにした。自分だけではできなかったことが、周りの人が動かしてくれることで実現できた」とする。

 そして、「私たちの周りには、やらなくてはいけないが、積み重なりがちなタスク、後まわしになってしまうタスク、やりたいと思っていてもできないタスクという3つの要素がある。だが、Yohana Membershipによって、すべてのTo doを、1人で負担する必要が無くなり、大切なことに使える時間を増やすことができる」と語る。

人が解決策を提示するサービスである

 Yohana Membershipは、テクノロジーだけに頼らないサービスであることが特徴だ。

 Yohanaアプリの向こうにいるYoアシスタントは人であり、利用者と⻑期的に渡って、信頼と⼈間関係を築き、サービスを提供する。

 松岡氏は、「私が事業を開始すると、すべてAIでやるのではないかと思われがちだが、Yohanaアプリの向こうには、実際の人がいる。AIスピーカーは、音楽をかけてくれたり、アラームをかけてくれたり、ゲームを一緒にしてくれたりするが、毎日の苦労を解決してはくれない。その理由は、AIがテクノロジーとして、そこまで届いていないからである。10年後も、AIがすべてを解決する環境にはならないだろう」とする。

 その上で、「Yohana Membership は、AIと人をつなぎ、AIや人がそれぞれに活きるところで、それぞれの良さを活かしていく。この関係は、しばらく続くことになるだろう」としながら、「Yohana Membership では、Yoアシスタントが、AIスマートツールを利用することで、利用者の課題を解決できるスーパーヒューマンになれるようにしている。そして、その後ろにもプロフェッショナルの人がいる。人とテクノロジーがつながることが、このサービスの特徴である」とする。

 松岡氏自身、4児の⺟親であり、妻であり、⾼齢の親を持つ娘であり、CEOとしての役割もこなしている。「⼭ほどある仕事をなんとかこなしてきたが、コロナ禍により、夫も私も、⽣活をまったくコントロールできなくなった。仕事もうまくいかず、母親としてもうまくいかず、多くのストレスを抱えた。そして、何100万⼈もの⼥性や家族も同じ経験をしている。技術者として⻭がゆく感じたのは、多くのイノベーションがあるにもかかわらず、家族が幸せで、最も良い状態でいられるようにサポートするものが無いことであった。そこで、最先端のテクノロジーと⼈間を融合したソリューションの開発に取りかかった」とする。

 調査によると、米国では、コロナ禍によって、40%の母親が家族の世話や介護への負担が増えており、それは平均で1日3時間にも達するという。この背景には、女性の社会進出が積極的な米国においても、いまだに母親が家事の大半を負担することが求められていることがある。その結果、母親への負担が一番大きく、米国の約1000万人の母親が燃え尽き症候群に苦しんでいる状況が生まれているという。

 松岡氏も、「米HPのボードメンバーの仕事は楽しく、やりたいこともあったが、どうしても辞めないと、ほかのことができなくなってしまった。新型コロナウイルスは、私のキャリアにも影響があった」と、この約1年半を振り返る。

 「一番やりたかったのは、子供を持ち女性を助けたいということである。To doを手伝ってくれるだけでなく、そこで得られた時間によって、身体に余裕ができ、家族全員のウェルネスにつなげることが大切である。Yohanaの役割はそこにある。そして、私のミッションは、家族のウェネルスの実現に向けて、テクノロジーを構築することである」とする。

 気になるのは日本でのサービス提供だが、「日本市場向けにどんなサービスにするかということを、しっかり考える時間は必要だが、日本にもニーズはあると考えている」と述べる。まずは、Yohana Membershipのシアトルでの成功に期待したい。

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