コロナ禍でアニメの現場はどうなった? 制作スタジオ社長に聞いてみた

文●まつもとあつし 編集●ASCII

2021年05月22日 18時00分

コロナ禍でアニメスタジオはいかにサバイブしたのか? 今後の戦略やトレンドは? CGアニメの雄、グラフィニカを率いる平澤直社長に伺った

アニメスタジオ社長に聞く
緊急事態宣言下の制作現場

まつもと 今回は、「コロナ禍でアニメの現場はどうなった? グラフィニカ平澤社長に聞いてみた」と題して、詳しくお話を伺っていきたいと思います。

 さて、平澤さんにはASCII.jpの取材などで何度かご対応いたいているのですが、お会いするたびに立場や肩書きが変わるので……なんというか“人気が集まるにつれ、だんだん遠くに行ってしまうアイドルを眺めてるファン”みたいな気分で見てるところもあるんですけれども(笑)

平澤 いやいや、とんでもないです(笑)

まつもと 平澤さんはおよそ20年間、アニメ業界の変化の最前線にいらっしゃいます。まずは、初めて平澤さんを知った方のために、簡単な自己紹介をお願いできればと。

平澤 2001年にバンダイビジュアルさん(現・バンダイナムコアーツ)でキャリアをスタートさせて以来、約20年間アニメ業界にどっぷりです。プロダクション I.Gさんとウルトラスーパーピクチャーズさんにてプロデュースと企画立ち上げを経験させていただいた後、ARCH(アーチ)という企画開発プロデュース会社を設立しました。現在はデジタルに強いアニメスタジオ「グラフィニカ」の社長を2020年4月から務めております。

まつもと バンダイビジュアルでは法務のお仕事をされていたと聞きました。

平澤 いわゆる海外へのライセンス販売を入社1年目にやらせてもらって、2年目3年目が法務という感じでした。大学時代は著作権法を専攻していたこともあり、結構得しましたね。

まつもと まさに英語と著作権の世界ですね。アニメ業界志望の学生には敬遠されそうな分野ですが、平澤さんはそこをきちんと勉強されてきたと。

 そして平澤さんはマイルストーン的な『ここでちょっとアニメの空気が変わったよね』という作品を手がけている印象があります。たとえば『モンスターストライク』(2015年)は、YouTubeで短いエピソードを連続公開していくアニメの嚆矢とも言える作品です。

 当時、市場調査をすると「子どもはテレビじゃなくてYouTubeを、それもゲーム機で見ている」という結果が出ていましたが、誰も本気で取り組んではいませんでした。そこにモンストという当時のキラータイトルをYouTube限定アニメとして公開した結果、業界の潮目が変わりました。現在、動画配信の存在感は大きくなっています。

平澤社長の初仕事は新入社員への自宅待機要請!?

まつもと 平澤さんには配信周りの動きも聞きたいのですが、まずはコロナ禍での業界動向について伺いたいと思います。ちょうどグラフィニカの社長に就任されたタイミングと被っていますよね。

平澤 仰る通りです。

まつもと 現場での集団作業を断念せざるを得ないような状況で制作会社、それも締切をしっかり守れることが長所のCG制作を生業とする会社の経営を任されたわけです。相当大変だったのでは?

平澤 ひょんなことから2019年4月に「取締役をやってくれないか」と言われまして、そこから1年経って社長に任命されたという次第なのですが、ちょうど去年の今頃は『なんかこれ、ヤバイんじゃないの……?』と。

まつもと コロナ禍以前はCG制作会社らしく「すべての工程が目の前で展開されていく」という環境だったわけですよね?

平澤 そうですね。基本的には多くのアニメスタジオと同じように、リモート前提ではなく、できるだけ床面積の大きなところに集まってスタッフがなるべく見えるようにしながらお仕事をさせてもらっていました。手描きでもデジタルベースでも、どちらにせよ多くの人が集まってワイワイガヤガヤ意見交換しながら作るのがアニメのよいところなので。

 3月に『この感染症はマズいのでは』という空気になったところに4月の緊急事態宣言ですから、社長としての初めての仕事は、新卒の方々に「ようこそグラフィニカへ! ……ところで、ちょっと明日から自宅待機でいいですか」と大変罪深いメッセージを伝える、というものでした。

 『CGを使っていれば、すぐリモートに切り替えられる』と思われるかもしれませんが、ハイスペックな機材はそんな簡単に持って帰れませんし、たとえ持って帰れても自宅の回線が細くて仕事にならないなど、CGなりに難しいところはあります。当然クライアントさんによっては秘密保持の観点から「ご家族に画面を見られちゃいけませんよ」と。

 やっぱり一筋縄でいかない難しさ、特にさまざまな会社と連携してアニメを作っていることをあらためて感じましたね。

まつもと あの頃、たとえば渋谷のIT企業が会社のパソコンを家に持って帰って次の日から自宅で仕事しています、みたいなニュースがよく流れてました。しかし、アニメ制作の現場ではそういうわけにはいかない。

 端折って言うと、まず課題が3つありましたよね。パソコンのスペック、セキュリティー、それから回線の太さ。どれか1つ欠けてもアニメ制作の在宅勤務は実現しないわけです。グラフィニカさんではどんな施策を?

平澤 ここから先はだんだんと秘密事項が増えてくるのですが……他社同様、作業用パソコンを揃えつつ、クライアントさんに「在宅で進めてもいいですか?」と交渉、そして各部門のマネージャーさんたちに出社必須な人員を割り出してもらいつつ、同時入室できる人数との兼ね合いで調整してもらうなどしました。

 あと、まつもとさんが仰った3つに加えてコミュニケーション、特に指導と育成が大事です。クリエイターさんにも、一人で作業するのが向いてる人と、先輩や同僚に確認しながら進めるのが好きな人とがいらっしゃいますから。

まつもと アニメ業界はすでに割とリモート/在宅勤務な部分がある一方、CGはゲーム制作の流れも汲んでいるので、むしろ一ヵ所に集まって……という指向はあったのでしょうね。

平澤 デジタルはインハウスのニーズが高いのです。会社オリジナルのツールを扱ったり、もちろんセキュリティーの問題もあったりして、「オペレーターさんはなるべく会社内で作業をしてください」というのが原則としてあります。そういう意味でも手描きと比べると集まって作業することが多いのですね。

いつもは急かす製作委員会がまさかの……

まつもと 制作スケジュールはいかがでしたか? わかりやすいように、オートデスクさんの公式サイトを見ながら話をしたいと思います。まず前提として、アニメ制作はウォーターフォール方式で、前工程が終わらないと次に進めないという特徴があります。

基本的にアニメ制作はウォーターフォール方式だ(オートデスク公式サイトより)

平澤 (画面を示しながら)それぞれの工程が、ときに別れ、ときに合わさって進んでいるというところだけでも把握していただけると。そして物理的に集まらないと如何ともしがたい工程もあるにはあるのです。

 たとえば音響・アフレコ。基本的には大勢の声優さんたちが、密閉された空間で順繰りに声をあてていくという、コロナ禍の状況下では対応の難しい作業形式を取っていました。そのため音響作業、特にアフレコは「どれだけ少ない人数で細かく小分けにして録るか?」をトライアンドエラーするために時間がかかりました。

 もう1つはクライアント、いわゆる製作委員会を構成する人たちも、さすがにコロナ禍の大変な状況で作られたアニメをそのまま放送するよりは、アニメスタジオ側の体制が整ってからのほうがいいんじゃないかなという空気も少し出まして。タイトルによっては、こちらは待機していたものの、製作委員会の判断として延期になったりしました。

まつもと なるほど。それはスタジオに対する配慮のほか、多くの劇場作品がペンディングになったように、「いま上映/放送してもお客さんが少ない、あるいはいないから」という事情も合わさってのことでしょうね。

平澤 本当に良い状況でお客さんに届けるなら、このクールに放送しなくてもいいのではという判断は、確かにあり得ます。

 そういった諸々の事情によって、2020年の4月から6月にかけてはスケジュールが少しずつ遅れていきました。これまでは顔を突き合わせて作業していた工程が突然リモートになるわけですから、同じ効率では進みません。ただ、いつもならそんな状況を見たら「いやいや、間に合わせてくださいよ」と言うのが仕事の人たちも、「まあ今回はしょうがないな」と。

コロナ禍によって
短期間での変化を余儀なくされた

まつもと 先日、アニメの制作にも使われている三菱の色鉛筆が生産終了とのアナウンスがありました。

平澤 あれは大変ですよね。

三菱鉛筆からも異例のニュースリリースが発表された

まつもと ところが、世間では「鉛筆が何?」みたいな感じで割と流されちゃったかなと。ちょっと結論めいたことを言うと、ただでさえアニメのデジタル化が進んでいる、あるいは進めなければいけないというところに、今回のコロナ禍はどんなインパクトを与えたのでしょう? ある意味、変化のきっかけとなったのか、それとも単に大変なことになっただけなのか。

平澤 長い時間が必要だろうと思われていた変化のスピードが上がった、という言い方はあると思いますね。それが良いか悪いかは、それぞれ置かれた当事者のご判断だと思いますが。デジタル化に拍車がかかったのは事実です。『やっぱり(設備)投資が必要だな』というのは割と……。

 でも、それは他の産業と一緒ですよね。メディア関係も一気に配信シフトして、何年もかけて起こるはずだった変化が短期間に起こらざるを得なくなった、そんな感覚がすごくあります。

「コロナ禍で磨かれた」才能が10年後に登場?

まつもと もう1つ、平澤さんにお伺いしたいのは「コロナ禍はアニメの企画をどう変えるのか?」。

 たとえば、東日本大震災はアニメの企画に大きな影響を与えました。アニメは企画立案から完成物を我々が目にするまでに2年ぐらいかかるので、震災からしばらく経って、似たような企画がたくさん現われたと思います。

 今回のコロナ禍でも同じようなことが起こるのか? プロデューサーとして平澤さんはどういうふうに見ているのかお聞きしたいと思います。

平澤 仰る通り、今の時代を生きるお客さんにいろんな影響を与えていると思うので、その精神性を代弁したタイトル、あるいはキャラクターが出てくるのはおそらく間違いない。

 具体的には2つのステップで出てくると思うのです。1つは、この時代に受ける作品をどうやって作っていこうか、お客さんに届けるべき作品をどうやって作っていこうかっていう、作品制作のステップで出てくるのが約1年半から2年後。

 基本的に、大きな不合理や不景気が起こったとき、多くの人は難しいものよりシンプルで笑えるものを好む傾向はあるかもしれません。そういった、シンプルに多くの人が笑えるようなタイトルが出てきたり、あるいは、たとえば同じタイトルでも「これは笑顔になれる作品ですよ」という宣伝をする作品が増える可能性もあります。

 そしてもう1つが才能。巨大な理不尽は、必ずその理不尽を浴びた人のある種の感性を磨く部分がありますので、新しい才能が生まれてくる可能性が十分にあるなと思っています。

まつもと 確かに、制作工程が短いテレビのコマーシャルを見ていると、(最近のCMは)なんて言うのかな、すごく俗っぽい言い方をすると“エモい”。活気に満ち溢れていて、活発な音楽を使って、明るい画面で構成されていて、すごく派手な感じがあります。それは「コロナ禍でしんどい」という空気が世間にあるからこそですよね。

 それがアニメでも起こってくる。企画としてたくさん出てくるだろうと。

「思ったより良かった」がヒットのきっかけに

平澤 ここまでクリエーションの話が中心でしたが、もう少しビジネスに寄ると、(コロナ禍で)配信プラットフォームの加入者がドンと増えたので、配信プラットフォームにお金をもらって作るような企画が成立しやすくなるという状況が起こっています。その成果がハッキリ出てくるには早くても1年から1年半後だなと思います。

まつもと 配信プラットフォームは僕も大好物なのでいっぱい伺いたくなっちゃうんですけど、そこに行く前にクリエイター/クリエーションの話をもう少し続けましょう。話題作の『PUIPUIモルカー』について。

【公式】PUI PUI モルカー 第1話「渋滞はだれのせい?」

 

平澤 いやー、幸せな気持ちになります。まさに時代の空気をつかんでいると思いますよ。

まつもと 今だからこそなんですかね?

平澤 いくつかとらえ方があると思います。まず「明るいものを見たい、可愛いものを見たい」は時代の空気としてあります。

 そして、深夜アニメのユーザーさんたちは3ヵ月にいっぺん新たな気持ちで話題にできる作品を探していくという動きをクラスター全体でやっている感じがあって、今回その動きに合致したのが『PUIPUIモルカー』だった、という。

 お金と人を集めて作る『呪術廻戦』のような王道タイトルがドンときたかと思えば、すごい才能のある方――海外での受賞経験もある見里朝希さん――が作ったショートアニメが注目を集めたりもする。

TVアニメ『呪術廻戦』ノンクレジットOPムービー/OPテーマ:Eve「廻廻奇譚」

 

 この十数年間、アニメのコアユーザーは「集団として何を面白がるか?」を毎クールごとに選んできました。ですから宣伝がさほど大きかったとは言えないタイプのものでも、ある種の独自性があるとパッと喰らいついてみんなでワーッと見る。ある種、すごく良いお客さんが揃っているとも言えると思います。

まつもと しかも『PUIPUIモルカー』は朝放送ですからね。明らかに深夜アニメのお客さんの生活動線にはいないものが、ネットで「何だこれ!?」って発見された。朝リアルタイムで見た人は少ないと思うんですよね。あと、非言語全世界対応(の作品)だということもありますけど。

平澤 ええ、まさにご指摘の通りと思います。

まつもと そういうところを上手くつかんだのかな? 狙ってこうなるものじゃないと思うので。

平澤 ソーシャル視聴ってまさに「何を話題にするかを決めていく」ってことだと思います。割と確固たるお友達のクラスターがあって、そのなかで何を話題にするかひたすら見つける作業をしている。ですから独自性があり、クオリティーが伴っていると、みんなが見る。そして「確かに期待した通りだ」あるいは「思ったより良かった」(と評判になる)。

 現在は「思ったより良かった」という体験がすごく尊い時代になっていると思います。いわゆるソーシャル視聴、仲間視聴のなかで、誰かが「思ったより良かった」と言い出して、自分も見てみたら確かに「思ったより良かった」。それをソーシャルに流すと別の誰かが見て、また「思ったよりよかった」……と、ある種の体験が連鎖していってヒットにつながっていく。

 今のアニメ、特に深夜アニメや劇場アニメなどいわゆるハイクオリティーアニメの世界では、本当に優れた批評眼をお持ちの、まさに目の高いユーザーさんたちが発信し合うことである種のシーンが形成されていて、これは大変すごいことだなと。

現在の最前線はYouTubeのアニメMV

まつもと 次に取り上げたいのは、ソーシャルメディアとしてのYouTubeです。まず、平澤さんには特徴的な作品をいくつか挙げていただきました。

ずっと真夜中でいいのに。『勘冴えて悔しいわ』MV (ZUTOMAYO - Kansaete Kuyashiiwa)

 

乃木坂46 『僕は僕を好きになる』アニメver.

 

『ホロライブ・オルタナティブ』ティザーPV

 

平澤 乃木坂46さんのアニメMVは、『映像研には手を出すな!』の作家さん(大童澄瞳)による個人制作ですよ! ビックリです。

 そしてホロライブ・オルタナティブは、映像のクオリティーがとんでもないですね。これはA-1 Picturesさん、CloverWorksさんをはじめ各所で活躍されているアニメーター/演出家の榎戸駿さん、そしてここ最近のFate関係の映像に参画されているクリエイターさんが数多く参画されたお仕事に見えています。

まつもと つまり、深夜の30分アニメではないところから、明らかにムーブメントが起こっている。平澤さんが創業した企画会社のARCHでも、こういったネットを中心に話題を広げていく作品を結構手掛けていらっしゃいます。こうしたメディア露出の変化と、コロナ禍がどう関係するのか。やっぱりこの潮流は加速していくのでしょうか?

平澤 はい、仰る通りです。スマートフォンを介した映像視聴の傾向が強くなっていくだろうなと思っています。なぜなら、今はスマホの画面が、あらゆるモニターを見ている時間のなかで一番長いから。

 そこにアニメが入っていくとき、果たして――まさに『モンスト』のときも思いましたけど――“週にいっぺん30分”って今でも最適なのか? 異なるフォーマットを望んでいるユーザーさんもいらっしゃるのでは?」と。

 一方で、先ほど挙げたような「メッセージ性の高いボーカル曲とそれを演出するMVのセット」は、お客さんへ感動を提供するのに適した媒体になってきているのかもしれません。電車の移動中でも見られるし、繰り返し見てもそのたびに気持ちが昂ぶるわけですから。

 30分アニメと比べて、より限られた時間のなかで感動を何回も、効率的に味わえるという側面があるかもしれず。……で、そのムーブメントを先導しているのが「夜系」と呼ばれるアーティストたちと、楽曲に動画を提供している、結構な数の個人アニメーションの制作者さんたちですね。これはすごく新しいムーブメントだと思っています。

オタク文化がヤンキーに広まるまで
多くの年月がかかる

まつもと ついでに聞いてしまいたいのですが、ニコニコ動画ではすでに「歌ってみた」「踊ってみた」そして「初音ミク」の組み合わせで、今回挙げていただいたようなMVがすでに出来上がっていました。でもそれは、現在の夜系ほど大きな潮流にはなっていません。それがYouTubeに舞台を移したことで大きなムーブメントとなっているように見えます。

 コロナ禍がそれを加速させているのかもしれませんが、この流れとか違いって平澤さんはどう見ていらっしゃいますか?

平澤 ニコ動の時代に始まったのは、「根は陰キャだけど、不特定多数に歌や踊りを披露する」というムーブメント。それを一定の同年代まで――オタク、あるいはオタクじゃない人にまで――割と波及させたということは、ニコ動の巨大な功績です。たとえば昔のハチさん(米津玄師)やカゲプロさんはまさにニコ動が生んだ素晴らしいコンテンツたちですよね。

 対して現在のYouTubeは、年代の幅が広いんです。

【オリジナル曲PV】マトリョシカ【初音ミク・GUMI】

【オリジナル曲PV】マトリョシカ【初音ミク・GUMI】

 

まつもと YouTubeはより一般化した?

平澤 そうだと思います。若い世代であればオタクじゃない人も見ていたのがニコ動だと思うのですが、それがより上下に広がった。実際、民放の情報番組でAdoさんの「うっせえわ」が特集されて、しかもサラリーマンが「共感できる」とコメントしている。これは、YouTubeという媒体がニコ動よりもさらに外に、より多くの人を巻き込んでいるからだと思います。

まつもと もともとニコ動で活躍していた人がYouTubeに舞台を移して、手法は一緒なんだけど、じつは音楽レーベルが支えている……というのがYouTubeで起こってきていて。でも、私みたいに年齢を重ねた者からすると、ちょっと懐かしいというか、「ニコ動で楽しかったアレだ」という感じで受け入れられやすい。つまり、年齢が上がっている……広がっているということなのかな。

平澤 ある文化がオタクからヤンキーに広まるまで、だいたい10年、長いと20年かかると僕は思っています。たとえば『Fate』シリーズも成人向けゲームから始まり、『Fate/Grand Order』である種のテキスト・エンターテインメントとして世界規模の大ヒットを遂げるまでだいたい10年から15年ぐらい。

「Fate/Grand Order」第2部後期オープニングムービー

 

 長い間続けていくとだんだんファン層が広がって馴染んでいくというか、見慣れることで(一般人の)抵抗感が落ちる現象がたぶん発生している。ニコ動よりも少しバラエティーに富んだ人たちの参入があって、そのなかにアニメMVで展開するIPが生まれている。そしてその支持層はアニメのコアファンに留まらない……というところまで含めて面白い現象だなと思います。

いよいよ「彼らがこっちに来た……」

まつもと ファンが広がるということは、つまり市場が広がることなので、ここらへんで次の話題に移りましょう。

 次は、グラフィニカの経営者という立場の平澤さんから見た、「コロナ禍がアニメスタジオの経営に与えた影響」についてお話していただきたいと思っています。コロナ禍によってYouTubeなどの配信サービスを見る時間が増えているわけですから当然、市場は広がっています。これはおそらく経営にはプラスです、と。

平澤 はい。

まつもと 一方でアニメ制作は、集団作業特有の制作プロセスの変更を伴うわけで、必ずしもプラスばかりの部分ではない。むしろ変えるためにコストがかかるでしょう。そのあたりの良い部分、悪い部分の組み合わせを、平澤さんは経営者としてどのように描いていこうとしているのか聞きたいです。

平澤 先ほど、映像を見るという体験がテレビやパソコンからスマホに移ってきているという話をしましたけれど、もう1つ決定的に進んだのが、映像を「見る」よりもインタラクティブに「ゲームをプレイする」という体験が進み、より時間を取っているように感じます。

 マーケットサイズをみても、アメリカですら映画のマーケットよりもアプリゲームのマーケットのほうが大きいのです。そのくらい、同じ映像でもよりインタラクティブな映像(ゲーム)にお客さんが夢中になる時間が長くなっています。

 たとえ一本線の映像でも、VTuberのような少しインタラクティブ性とライブ感のある映像にユーザーさんの関心と時間が集まっている。ちょっと前まで女の子が可愛い深夜アニメのBlu-rayを買ってくれていたお客さんのなかには、ホロライブさんやにじさんじさんのVTuberさんに課金している人たちが少なからずいらっしゃるかもなと思っています。

まつもと 参加意識を持ちやすいのでしょうか? たとえばアイドルアニメで参加意識を持ってもらおうとすると、ライブで演者さんがパフォーマンスして、アニメの物語が目の前で再現されていることに感動するわけですが、今はコロナ禍で難しい。しかも非常に大掛かりで、会場という物理的なキャパシティーの制約もある。

 一方、VTuberは(ライブのたびに巨大な会場を借りるよりは)制作コストが低くて済む。かつインタラクティブでもあり、他メディア展開をより効率良く進められます。

平澤 そうした状況のなかで、ついにホロライブさんという最強の一角がホロライブ・オルタナティブのPVを公開しました。もちろんお馴染みのキャラクターは登場するけれど、いつもと違うプロフィールだと思うんですよね。PVを見る限り、ファンタジー世界にバーチャルアイドルたちが出てきて物語が始まるっぽいんですよ。

まつもと 平澤さんはそこにどういったスゴさを感じているのでしょう?

平澤 ホロライブさんはバーチャルアイドルプロダクションです。バーチャルのキャラクターたちが「オルタナティブ」ってことは、キャラクターは出てくるけれども、これまでの物語の世界観とは異なる世界に登場して、何かしらのストーリーを伴った映像作品を作り出そうとしているように自分には見えています。

 自分たちは一本線な映像をずっと作ってきたのですが、VTuberさんのような存在とどのように協業・共存共栄できるかを考えています。

まつもと いよいよ「彼らがこっちに来た……」ということですよね。

平澤 そういうことです。決して陣取り合戦的なモデルで考えているわけではありませんが、やっぱり動きが早いですし、お金も投入しています。また、PVがスゲー良いんですよ! これと同じようなものを作ってと言われるとちょっと躊躇するレベルで良いムービーでした。

 (ゲームやVTuberなど)インタラクティブな産業が、一本線の映像を作る(アニメ)産業をある種、包み込み始めている、その過程の中に自分たちがいると、私には見えています。その一員として、どうやって仲良くできるかっていうのをずっと考えてます……って感じですね。

まつもと だからアニメスタジオも、少なくとも平澤さんが考えるアニメスタジオは、一本線の物語を作って納品して終わりという時代ではなくなってきている、ということですかね。もちろん、従来のやり方も継続されると思いますが。

平澤 仰る通り。それが継続するなかで、一緒に組む相手が漫画や小説の出版社さんだけではなく、極めて速いスピードでインタラクティブな映像を作って提供していく人たちも加わってくるだろうから、この人たちと仲良くする術を自分たちなりに考えないと。

 この人たちは超頭が良くてどんどん試行錯誤していくので、優しく包み込まれて「今までと一緒で良いですよ」と言われているうちに、自分たちが成すはずだった物事をすべて彼らが達成してしまう……という可能性があるんですよ。それはそれで幸せなことだとも思いつつ、映像を愛するものとして、少しでも映像の発展に貢献できたらと思うので、なにがしか自分たちなりにできることはないかと考えている、という感じです。

新世代のアニメビジネスは「運用」がキーワード

まつもと ありがとうございます。アニメ業界ではよく「座組」という単語を使いますが、これまでは製作委員会がテレビアニメにおける「座組=どう組んでいくのか?」に対する1つの解だったわけです。最後にお聞きしたいのは今後の座組についてです。コロナ禍の影響で何か変わるのか? それとも引き続き、製作委員会方式でVTuber含めたインタラクティブな産業とも一緒に組んでビジネスをしていくのか? 経営者の観点からお答えいただければと。

平澤 それは、どちらもあり得ます。なぜなら「どのようにユーザーさんに届けるか?」「どういったクリエイターさんにお仕事をお願いするか?」「どうやってお金を集め、そして儲けたお金を出資者さんにお返しするか?」がこれまでのやり方と違うほど、これまでの製作委員会システムとは相性が合いづらくなるからです。

 現在の製作委員会はある意味、洗練されており、「1クールとか2クールの深夜アニメを作る3ヶ月間ないし半年間を一緒に並走してビジネスをする」ことにとても適しているのです。半面、制作をずっと継続させながら、1年2年と長丁場で、しかもユーザーさんの評判に応じて小刻みに内容を変えていく場合には、かえって動きが鈍くなったり、意思決定に時間がかかったりしてしまうことがあるのです。

 また、『モンスト』のときもそうでしたが、たとえば「YouTubeで流します。ゲームの宣伝が主眼のアニメなので、映像での投資回収をさほど重要視しないビジネスです」という場合、製作委員会を組むとかえって不自由になってしまいます。

まつもと 仮に音楽会社が入っていたら、「いやいや、うちも儲けさせてくださいよ!」となりますね。

平澤 出資しているわけですから、ビジネスのやり方に口を挟む権利も当然あるわけです。というわけで、7分のアニメをYouTubeで流す、なんなら原作ゲームアプリ内で見られるようにする、みたいなことまでやろうとするスピード感で考えると、『製作委員会システムを組まないほうがいいな』とモンストのときは判断しました。

 元になるIPが何であれ、「深夜アニメ的に作りたい。売り切りがベースです。3ヵ月一緒に走り切ります」というのでしたら製作委員会システムが向いています。

 でも運用型でオーダーがコロコロ変わる場合、たとえば「今までテレビで流していたけれど途中からYouTubeオンリーにします」というように、柔軟性を持って切り替えていきたいと考えるのであれば、製作委員会システムではないほうがたぶん向いています。あるいは、それに対応できる会社だけで製作委員会を組んだほうがよいでしょう。

まつもと わかりました。僕の脳裏には福原慶匡さんが仰っていたパートナー方式などが浮かんでいます。運用型が1つのキーワードになっていくのかなと。

平澤 はい、キーワードは「運用」ですね。

まつもと 話をまとめると、現在平澤さんがARCHおよびグラフィニカを経営をされているなかで、そういった運用型への対応を企画・経営の両面で進めていかれるのかなと、お話を伺っていて思いました。大変勉強になりました。最後に平澤さんから告知などあれば。

平澤 今回はありがとうございました。グラフィニカはアニメスタジオでございまして、取り組んでいるアニメがいくつかあります。そのなかでも自分たちが制作の主体となって頑張っている作品があります。『終末のワルキューレ』というタイトルで、現在は公式サイトとPVが公開されています。近い将来、皆さんにご覧いただけたらうれしいです。続報をお待ちくださいませ。よろしくお願いします。

アニメ「終末のワルキューレ」 PV1

 

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