『SAO』『ポケモンGO』から見える都市の新たな可能性 自由に使える「デジタルツイン」データが、エンターテインメントを変える

文●西田宗千佳 ●撮影 森ひろみ ●編集 北島幹雄/ASCII STARTUP

2021年03月26日 18時00分

この記事は、国土交通省が進める「まちづくりのデジタルトランスフォーメーション」についてのウェブサイト「Project PLATEAU by MLIT」に掲載されている記事の転載です。なお、3月29日発売の「週刊アスキー特別編集 週アス2021April (アスキームック)」 では、本インタビュー完全版が6ページにわたって掲載されています。

 日本はデジタル関連施策で遅れている、と言われることが多い。だが、こと特定のジャンルについては、ビジョンと認識の面で世界の最先端を走っている。それが「エンターテインメント」だ。VRやAR関連業界では、「市場規模以上に日本は積極的である」という声を聞くことは多い。それはまさに、小説やアニメ、ゲームなどでVR・AR世界に触れている人が多いからでもある。

 では、そんな世界を描いている人々は、Project “PLATEAU”(プラトー)のような存在をどう感じるのだろうか?

 仮想世界と現実の関係を描いた大ヒットライトノベル『ソードアート・オンライン』『アクセル・ワールド』の著者である川原礫氏、位置情報・ARを活用したスマートフォン用大ヒットゲーム『Ingress』『Pokémon GO(ポケモン GO)』を開発した、Nianticの米国本社 副社長である川島優志氏に聞いた。

『ソードアート・オンライン』『アクセル・ワールド』著者
川原礫(REKI KAWAHARA)
第15回電撃小説大賞《大賞》受賞。2009年2月、受賞作『アクセル・ワールド』にて電撃文庫デビュー。別名義にてオンライン小説を自身のホームページにて発表しており、その作品『ソードアート・オンライン』が2009年4月より電撃文庫から刊行スタート。2012年には、両作品がTVアニメ化。2014年6月からは新作『絶対ナル孤独者《アイソレータ》』を刊行。著作は60冊以上におよぶ電撃文庫の人気作家。

Niantic, Inc. 米国本社副社長
川島優志(MASASHI KAWASHIMA)
2013年、Googleの社内スタートアップとして発足したNiantic Labsの UX/Visual Designerとして参画、『Ingress』のビジュアル及びユーザーエクスペリエンスデザインを担当。また、プレイヤーが現実世界でポケモンを探し、集める、スマートフォンゲーム『ポケモンGO』では、開発プロジェクトの立ち上げを担当。2015年10月にNiantic, Inc.(ナイアンティック社)の設立と同時に、アジア統括本部長として同地域を統括。2019年、副社長に就任。

Project PLATEAUが2017年にあれば……

――対談はまず、Project PLATEAUの概要を国土交通省側から説明するところから始まった。プロジェクト詳細を聞くと、お二人はそれぞれの観点で強い感銘を受けたようだ。

川島:まずは、PLATEAUの「挑戦の姿勢」を讃えたいです。

 今の時代、失敗するとSNSなどでめちゃめちゃ叩かれますよね。場合によっては「予算の無駄遣い」と言われかねないので、昨今であれば「こういうことはしない」という風潮になってもおかしくはない。都市の3Dモデル化のような、個人ではやりづらい部分を国土交通省が支えてくれるというのは、非常に素晴らしいと思います。

 またNianticでも、世界を3Dデータ化するために、点群のデータを収集しています。それを扱ってみると、「都市を触ってみる」ような感覚があるのです。

 世の中には多数の地図がありますが、「真に正しい地図」というものは存在しません。それぞれの地図が相対的な正しさを持っています。そして地図によって、作った人の思想が反映されます。PLATEAUの3D都市モデルはまだシンプルなデータですが、たくさんの人が参加し、情報を付加していくことで、そこに物語が刻まれていくでしょう。どんな情報が追加され、物語ができあがっていくのか、楽しみです。今はまだ生まれたばかりの赤ちゃん。人間だって、世界と関わって物語が生まれて行くわけですから、地図も同じ。どう育つのか楽しみですね。

川原:PLATEAUは本当にすごいですね。エンターテイメント方面には、本当に夢が広がる話です。

 2017年に公開された劇場映画『劇場版 ソードアート・オンライン -オーディナル・スケール-』を作った時のことです。

©2016 川原 礫/KADOKAWA アスキー・メディアワークス刊/SAO MOVIE Project

 あの作品は現実世界を使ってARでゲームをする姿が描かれます。その中で本当は、「劇中に出てくる東京の各地域を3D CGですべて作りたい」という希望があったのです。例えば、秋葉原の夜景がゲームステージになる時に、CGで実景がダイナミックに動きながらゲームの世界に変わるといった感じにしたかったのです。

 ですが、エンターテイメント向けには、各地域のデータを3次元計測したデータを使うことはできませんでした。ごく一部の地域のデータはあったのですが、ほとんどの地域はイチから計測しないといけない状態だったのです。『シン・ゴジラ』では、空撮から作った3Dデータを使った、というお話を聞いていますが、『オーディナル・スケール』でそれをやるには、時間的にも予算規模的にも難しかった。

 ということで、実際の映画では3Dの背景はほとんど使われず、2Dの作画になっています。

 でも、もしPLATEAUで公開されるようなデータがあって、自由に使えるとなれば話は変わってきますよね。

川島:そうだったのですね。『オーディナル・スケール』はARがテーマの作品です。アメリカでも劇場公開されたので観に行きました。アメリカのエンジニアたちとも、『ソードアート・オンライン』の話題がきっかけで仲良くなれたこともあります。

電撃文庫「ソードアート・オンライン25 ユナイタル・リングIV」(著/川原 礫 イラスト/abec)
電撃文庫「ソードアート・オンライン プログレッシブ7」(著/川原 礫 イラスト/abec)
©Reki Kawahara

 企画段階で、弊社の『Ingress』を参考にされた部分もあったと伺っていて、とても光栄でした。「ここがそうかな?」というシーンがいくつもありましたよね。

©2016–2021 Niantic, Inc.

川原:ありがとうございます。『オーディナル・スケール』を企画しているときには、ああいうAR的なゲームの世界が、多くの人に理解していただけるだろうか……? と不安になることもありました。

 でも、ちょうど時期を同じくして、『ポケモン GO』が大ブームになりました。プレイヤーが一気に増え、ARに関する社会の関心も高まっていきました。そのタイミングであの映画が公開できたことは、神のようなタイミングだったと思います(笑)。

©2016–2021 Niantic, Inc. ©2016–2021 Pokémon. ©1995–2021 Nintendo / Creatures Inc. / GAME FREAK inc.

「仮想空間で移動する」デジタルツインの可能性

――PLATEAU VIEWでは、国土交通省が整備したデータだけでなく、デベロッパー等が保有するビルの建築情報モデル(BIM)のデータ提供を受け、3D都市モデルに統合することに成功している。それにより、まだ一部ではあるが、建物の内部を含めた詳細な情報が閲覧可能になっている。

川原:建物内部のデータまであるのはいいですね。企業からのデータを集めて一般公開できる、というのは国土交通省でないとできない取り組みです。

川島:一般公開することに意味がありますね。建築に使ったBIM(Building Information Modeling:建築物を設計・施工するワークフローで使われる3Dモデル)データを公開していただくのはなかなか難しいです。

川原:戸建て住宅の場合も、設計やプレゼンテーションに3Dモデルを利用する例は増えてきていると思いますが、そのデータが集まって使われるだけでも、大幅にリアリティーは増すでしょう。

 『アクセル・ワールド』では、あらゆる場所がデジタルデータ化されている世界を描きました。ただ、それをどうやって実現するかが課題で。

 だから作中では、防犯のために街中に膨大な数のカメラが設置された結果、それを使ってデジタル化が行なわれた、という形で描写したのです。

電撃文庫「アクセル・ワールド25―終焉の巨神―」(著/川原 礫 イラスト/HIMA)
©Reki Kawahara

川島:Googleもインドアのマップを作るようになってきましたね。

 Googleマップが始まった頃は、「ストリートビューには自分の家を出してほしくない」という方もいらっしゃいました。でも、少しずつ使われていくうちに、何ができて何をしないかが理解されてきて、みなさん便利に使うようになっている。だんだんと「なぜ自宅の周囲のデータはアップデートされていないのだろう?」という感覚にシフトしてきています。

 『ポケモン GO』や『Ingress』でARを体験する人も増えてきています。データを提供する時にどのデータを提供しているのか、どれなら安心でどれなら気をつけるべきなのかという点を意識できるようになってきたのではないでしょうか。ある意味国でやっていることですし、「これを応援したい」と思う人も出てきそうです。

川原:今の社会情勢では、リモートワークの要請がとても高くなっていますよね。まだVRが生活レベルにまでは浸透していないですが、もしかすると将来、コロナ禍が引き金になり、「VRであちこちに出かける」ことが当たり前になるかもしれません。そういうときは、PLATEAUのようなデータが重要になりますね。

 この対談だって、3年後だったらVR空間の中でやっていたかもしれません(笑)。

川島:みんな自分の体の3Dデータを持つようになっているかもしれませんよね。

川原:ロボット端末を現実の都市の中で動かして、自分の代わりをさせることだってできるでしょう。

 これはAI研究者の三宅陽一郎さんと対談した時に伺ったのですが、ゲームの中のAIが動くには、単に形としての地図があるだけではダメで、「どこが動ける場所なのか」という属性をもった地図でないといけない。

 PLATEAUのデータはそういう性質のものですよね。ならば、(属性も含めて)高精度なマップができれば、ロボットが動けるところ・動けないところを把握して、実際に動かせる世界がやって来るかもしれません。

川島:5年くらい経てば、近いところまでいけるのではないでしょうか。

川原:そうなるといいですね。

川島:PLATEAUでは、LOD(Level of Detail:建物の詳細な再現度)が進化していくロードマップになっています。今はLOD 1や2が主流ですが、どんどん進むと、建物の素材など、そんな情報まで埋め込まれる時代が来るかもしれない。そうすると、「バーチャルな建物の中で物体がどのように跳ね返り、どんなふうにどこが壊れるか」といったことまでシミュレーションできるかもしれない(笑)。

川原:ちょっとネガティブな使い方も思いついてしまいますね(笑)。

川島:でも、こういう話はメリット・デメリットの両面がありつつ、メリットが上回っていくことが多い。そこが重要だと思います。

 現在のコロナ禍では、実際の場所にいけず、距離を感じることがあります。直接見に行けないが故に、誤解が生まれるなど、さまざまなことが起きます。

 Nianticはこれまで「現実の場所に、実際に行くきっかけを作る」ことを重視してきました。しかし、今はそれが難しくなった。でも、会って話したりすること、印象が変わるじゃないですか。今だからこそ「距離をどう縮められるか?」を考えています。実際に会えなくても、デジタルデータの中で助けになるようなことをできればいいな、と思います。

 今回の話で言えば、「日本のことをもっと知ってもらえる」きっかけになると思うのです。日本のクリエイターが「日本のデータ」を使ってどんなことをするのか、海外へのプロモーションにもなりますよね。

川原:先日、スイスのとある村が丸ごとVR化されて「VRChat」(ソーシャルVRサービス)で公開されましたよね。あの村の場所を実際に知っている人は少ないだろうけれど、VRで訪れた日本人は、確実に親しみを抱いたはず。そんな風に、世界の距離を縮めることはできるかな、と思います。

ゲームの世界をPLATEAUが変える

――川原氏も川島氏もゲーム好きであり、ゲーム開発にも幅広く関わってきた。その目から見ると、やはりProject PLATEAUが「ゲームに与える価値」には注目せざるを得ないようだ。

川島:僕は子供の頃、親に「ファミコンを買ってほしい」とお願いしたのです。でも、買ってもらえたのはセガの「SG-1000Ⅱ」というゲーム機で。

 キーボードが付いていてプログラミングができたのですが、結果としてそこで世界線が変わってしまったのですね(笑)。

 その頃夢中になったゲームに『ZAXXON(ザクソン)』っていう作品がありまして。

川原:ありましたね。

川島:斜めから見下ろした形の画面でスクロールするシューティングゲームだったのですが、高さの概念がちゃんとありました。子供心に「高さって革命的だ!」って思ったんですよ。

 検地などで土地の広さを図ることは、国の戦略にとって重要なことでした。今は技術の進歩により「高さ」の把握精度も上がりましたが、それを戦略に組み入れてはいなかったようにも思います。

 PLATEAUのような試みによって「建物やフロアの高さの概念」が入ったデータが日本中で利用できるようになると、より多角的なものの見方ができるようになるのでは、という期待があります。

 ちょうど僕が小学生の時に、ZAXXONを「革命的だ!」と感じたみたいに。

川原:私にとっては、『SILPHEED(シルフィード)』が最初に触れた3Dゲームかもしれません。それ以来、『バーチャファイター』を筆頭に、ポリゴンによる3Dグラフィックスによるゲームの進化を、ずっと見てきた世代です。

 都市の3Dデータを使った「デジタルツイン」は、その極致と言えるかもしれません。

川島:『アクセル・ワールド』はまさに、そういう世界を描いていらっしゃいましたよね。

川原:はい。『アクセル・ワールド』は、現実世界で問題を抱えた子供たちが、デジタルミラーのゲーム世界の中で、もう一度人生と誇りを取り戻す……という若干ネガティブなアプローチではあるのですが。

 でも「デジタルツイン」には、それに触れることで、現実世界をもう一度再認識する力があるのではないか、という気がするのです。

 今後「デジタルツイン・ネイティブ」のもとで育った子供たちが、どのようなカルチャーを持つのか、ちょっと楽しみですね。

©2016–2021 Niantic, Inc.

川島:『Ingress』のプレイヤーに、こんなことを言われたことがあります。

「僕は千葉の生まれで、千葉のことがコンプレックスに感じられていました。しかしIngressをプレイして、『周りにはこんなにいいものがあふれているのか』と認識できました。だから、千葉が好きになったんです」って。

 ゲームとかエンタメって、「これを真面目にやってください」と強制する取り組みではありません。みな「面白いからやっている」のですが、結果として、結びついていたものを見つけたり、世界の中での居場所を見つけていたりするのです。正面から取り組むと解決できないものを、別の形で実現させてくれる力を持っています。

「これで社会に役立つ何かを」というのではなく、開かれた取り組みであることが、いろんなアプローチを生むのではないか、という気がします。それが、「エンタメによる社会問題の解決」につながっていかないか、と思うのです。

 ある意味、国土交通省が音頭をとったプロジェクトで「こんなけしからんことができた」という方が面白い。そこから、なにかを乗り越える力が生まれる気がします。

川原:ゲームって、義務や訓練ではないですからね。そこが強い。

 個人的には、現実世界を舞台にしたゲームが大好きなんです。レースゲームの『グランツーリスモ』に、東京の実際の道を使ったコース(東京・ルート246)がありましたよね? あそこを走るのが大好きで。単純に考えても、ああいうことがもっと簡単にできるようになる。

 現在、ゲーム業界は大変です。規模の大きな、俗に「AAA(トリプルエー)」と呼ばれる大作ゲームを作るのは、かかる費用が大きすぎて、全世界的なヒットが見込めるものでないと開発が難しくなっています。しかし、データ制作の面でコストが下げられるのであれば、話はまた変わってくるかもしれません。

 こういうデータが自由に使えるということは、ゲーム会社が「東京のこの部分のデータが欲しい」ということになっても、自由に入手できるわけですから。しかも、エンターテインメント業界のスタートアップ的な、規模の小さなところでも使える。これは革命的なことだと思います。

 ここから先は個人的な願いですけれど……。

 私は都内をバイクや車で移動することが多いんです。そうすると、「道路がこの2倍、3倍広ければ!」って思うことはすごくあって。

 なので、実際の地形と建物を使って「理想の東京を作れるゲーム」が作りたいです。それがやれるならどんなに楽しいか……(笑)。

川島:街づくり! いいですね。

©2016–2021 Niantic, Inc. ©2016–2021 Pokémon. ©1995–2021 Nintendo / Creatures Inc. / GAME FREAK inc.

 『ポケモン GO』がスタートしたばかりの時に感じたのは、「街というのは、住んでいる人がみんな出歩いて、公園に人がたくさん来ることを想定しては作られていないのだな」ということでした。本当はもっと外に出て運動してほしいと思っているのだけれど、実際にはハードルがあります。

 街をそういう観点でデザインし直すことができたら、面白いですね。

 それこそ、『オーディナル・スケール』をそのまま遊べる、リアルな街ができるじゃないですか!

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