類を見ない計算資源を持つ「富岳」、産業用途での活用が加速
文●大河原克行 編集●大谷イビサ
2021年03月16日 12時00分
コロナウイルスの飛沫シミュレーションなどニュースに取り上げられることも増えてきたスーパーコンピュータ「富岳」が産業利用を加速させている。ここでは「HPCIフォーラム~スーパーコンピュータ『富岳』への期待~」の講演と元に産業利用における富岳のメリットと募集についての詳細についてレポートする。
9つの重点課題で産業利用を推進
一般財団法人高度情報科学技術研究機構神戸センター(RIST)は、2021年3月9日から共用が開始されたスーパーコンピュータ「富岳」の利用に関して、3月11日から「令和3年度(2021年度)利用研究課題」の定期募集を開始した。
今回は、2021年度の第二回目(B期)の定期募集となるもので、一般課題、若手課題、産業課題を募集対象課題としている。一般課題では、A期募集と同様に、政府の方針などを踏まえ重点的に推進する研究分野を重点分野として設定し、募集する。重点分野として設定されるテーマは、A期募集に引き続き、「感染症対策に資する研究開発」と「次世代コンピューティングに資する基盤研究開発」となる。
3月11日から申請書の配布を開始。4月13日から課題申請書の受付を開始する。5月13日に課題申請書の受付を締め切り、8月中旬に課題選定結果を発表。課題実施期間は、2021年10月1日~2022年9月30日の1年間となる。3月25日および4月8日に、オンラインによる募集説明会を行う予定だ。
富岳は、一般利用や成果創出加速のために利用されるほか、産業利用が行われるのが特徴。すでに、A期の富岳の一般利用および産業利用課題で74件が採択されており、健康長寿社会の実現、防災・環境問題、エネルギー問題、産業競争力の強化、基礎科学の発展の5つの社会的・科学的課題において、「生体分子システムの機能制御による革新的創薬基盤の構築」、「個別化・予防医療を支援する統合計算生命科学」、「地震・津波による複合災害の統合的予測システムの構築」、「観測ビッグデータを活用した気象と地球環境の予測の高度化」、「エネルギーの高効率な創出、変換・貯蔵、利用の新規基盤技術の開発」、「革新的クリーンエネルギーシステムの実用化」、「次世代の産業を支える新機能デバイス・高性能材料の創成」、「近未来型ものづくりを先導する革新的設計・製造プロセスの開発」、「宇宙の基本法則と進化の解明」の9つの重点課題に取り組むことになる。
世界に類を見ない計算資源と積極的な産業利用
では、富岳の利用募集はどんな形で行われているのだろうか。
3月9日にオンラインで行われたスーパーコンピュータ「富岳」共用開始記念イベント「HPCIフォーラム~スーパーコンピュータ『富岳』への期待~」(主催・理化学研究所および高度情報科学技術研究機構)において、その説明が行われた。
日本では、富岳をはじめとした「HPCI (High Performance Computing Infrastructure)」が利用できる環境が整っている。理化学研究所に設置している富岳のほか、大学や研究機関が持つスーパーコンピュータやストレージを、国立情報学研究所(NII)が設置、運用している学術ネットワーク「SINET-5」で結び、シングルサインオンできる環境をHPCIとして提供しており、RISTが各機関からの計算資源の提供を受けて、この資源を利用するプロジェクトの募集、選定を行い、利用者の支援のほか、プロジェクトの成果を発信することになる。
定期募集は年2回行われており、A期はHPCI全体を対象に実施され、9月から募集が始まり、翌年4月から利用ができる。B期は富岳だけを対象に行われ、3月から募集を開始し、10月から利用ができる。なお、今回開始した募集はB期となるため、富岳の利用研究課題のみを対象にしている。
日本のHPCIと同様の環境は、米国ではINCITEやXSEDE、欧州ではPRACEやEuro HPCがあるが、高度情報科学技術研究機構神戸センター(RIST)の奥田基副センター長は、「HPCIは世界に類を見ないスーパーコンビューティング環境である」と胸を張る。
そして奥田副センター長が「類を見ない」と表現する理由に挙げるのが、計算資源の総量の大きさと積極的な産業利用の2点だ。2021年度に、HPCIで利用できる計算機の資源総量は250ペタフロップスに達し、信頼性が高い二重化された共用ストレージは45ペタバイトに達するという。「これだけの資源総量は世界にはない」という。
また、産業利用という点では、富岳の資源配分をもとに説明する。文部科学省が示した富岳の資源配分では、全体の約45%の資源をHPCIによる公募で利用。そのうちの約40%が一般利用となっている。また、産業利用は全体の約10%の資源が配分されることになり、そのうち5%程度が公募による利用、残り5%程度がSociety 5.0推進枠となっている。さらに成果創出加速で約40%、高度化利用促進で約10%、それ以外に政策対応にも利用されることになる。
「産業利用は京のときから始まったものであり、学術利用に留まらず、産業利用も積極的に推進する制度は、世界にはほとんどない」と語り、「富岳では、産業界に寄り添う伴走型支援プロジェクトを新設し、『産業利用の広場』、『初めてのHPCI』など、富岳の情報を産業界向けに発信。産業界を中心に利用が多い著名なフリーソフトウェアを富岳で使えるようにしている。また、AIやデータサイエンスで利用されるツールやライブラリなどの利用を可能にするように整備を行っている」(奥田氏)
実際、A期の募集においては、採択された74件のうち、22%が産業利用になっているという。
定期募集と随時募集の2つを用意
RISTでは、こうした資源を活用するための制度として、定期募集と随時募集の2つの方法を用意している。
定期募集は、富岳では年2回行われており、その他のHPCIでは、年1回の募集となっている。定期募集の特徴は比較的多くの計算資源を利用できるのが特徴で、ピアレビュー方式によりプロジェクトを選定しているという。
富岳の定期募集では、「一般課題」、「産業課題」、「若手課題」が用意され、1課題あたりの最大利用可能資源量は、一般課題が1時間1000万ノード、産業課題が800万ノード、若手課題が500万ノードとなっている。なお、富岳以外にHPCI共用ストレージの利用も可能となっている。
「一般課題では、国が重点的に推進すべき課題を優先的に採択する制度がある。2021年度は、感染症対策に資する研究開発と、次世代コンピューティングに資する基盤研究開発がそれに該当し、A期では9件が選定されている。一般課題で利用できる1時間あたり1000万ノードの規模は、約1100台のサーバーを1年間利用できるのと同じ規模になる」(奥田氏)。
随時募集は、少量の計算資源を利用可能で、比較的短期間の審査で利用が可能になるという。機動的課題、試行課題、有償課題を募集しており、応募はいつでも行えるのが特徴だ。
一般課題、産業課題、若手課題のすべてを対象にした機動的課題は四半期ごとに選定を行い、1時間あたり100万ノードの利用が可能となっている。試行課題は、一般課題および産業課題の利用を対象にしており、応募ごとに短期間で資格審査を行い、1時間あたり10万ノードの利用が可能だ。付加価値サービスなども提供する有償課題も、応募ごとに短期間の審査を実施。利用可能な資源量は現在検討中だという。有償課題においては、優先実行や定額制、占有利用、成果公開免除などのメニューも用意するという。
「富岳では、タイムリーに利用できる資源量を増やすことにしており、京の2.5倍にあたる、全資源量の5%を割り当てている。試行課題の1時間あたり10万ノードの資源量は、約140台のサーバーを1カ月間利用するのに匹敵する」(奥田氏)。
京では見られなかった新しい分野や利用が広がる
奥田副センター長は、富岳のおけるA期の応募状況についても説明した。
RISTでは、2020年10月から、富岳上で、ソフトウェアの動作確認や移植、性能確認などを行う目的で「利用準備課題」を募集していた。2021年2月末の募集終了までに、100件近い応募があり、91件を採択したという。
「当初は50件程度の応募を予想していたが、それを大幅に上回る応募数であり、京の利用がない人やリーダー(代表)としての経験がない人の応募が中心となっている点も特徴だった」(奥田氏)。
利用準備課題に採択された課題の49.5%が新規の応募であり、代表実績なしは27.5%を占めた。また、海外からの利用が19%を占め、シンガポールや米国での利用が目立った。「海外からも富岳が注目されていることがわかる」とした。また、産業利用は25%を占めたという。
一方で、A期の募集では、富岳の利用について74件の採択が行われたが、その内訳をみると、代表者のHPCI利用実績は77.0%に達しており、新規の利用者は4分の1に留まったという。また、海外利用は1%に留まっている。74件のうち、AIおよびデータサイエンスに関する課題については、全体の20%を占めているほか、半分程度が、AIやデータサイエンスになにかしら関係しているという。
「利用準備課題においても、14%をAIおよびデータサイエンスに関する課題が占めており、富岳からロボットを制御したり、工作機械のデジタルツイン、エージェントベースの経済モデルの構築、マクロ経済モデルのパラメータ推定など、これまでの京ではほとんど見られなかった新たな利用に挑戦する課題も出ていた。Society5.0に関する課題も増えている」(奥田氏)。
74件をテーマ別にみると、数理科学が1件、物理・素粒子・宇宙が11件、物質・材料・化学が17件、工学・ものづくりが19件、バイオ・ライフが12件、環境・防災・減災が8件、情報・計算機科学が4件、エネルギーが2件となっている。
現在、富岳を活用して行っている防災に関する課題は、A期の採択課題と、成果創出プログラムをあわせて7件となっている。
HPCIコンソーシアムの朴泰祐理事長は、「分野の広がりや利用者の広がりがみられている。富岳の使いやすさやarmプロセッサであるということが影響している」とした。
なお、富岳を除くHPCIの利用に関する募集については、年1回の定期募集が行われており、ここでは、一般課題、産業課題、一般若手課題を対象に実施している。また、随時募集は産業利用だけとしており、産業試行課題、産業有償課題、臨時募集課題を用意。応募ごとに短期間の審査を行う。臨時募集課題については、社会的に重要かつ緊急に推進すべき課題を公募。2021年度は、新型コロナウイルスを含む感染症対策に対応する課題募集を予定しているという。
利用できる資源量は、各システムによって異なるため、詳細は、HPCIポータルサイト(https://www.hpci-office.jp/)を参照してほしいとしている。
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