次の技術ブログを狙う「Zenn」がクラスメソッドへ 改めてエンジニアの情報発信を問う
文●大谷イビサ 編集●ASCII
2021年02月01日 10時00分
クラスメソッドがエンジニアの技術情報発信サービスである「Zenn(ゼン)」を買収する。自らもエンジニア向けの技術情報発信メディア「Developers.IO」を運営するクラスメソッドが、なぜZennの運営に乗り出したのか? 数十社による争奪戦の舞台裏とは? そして今後目指す情報発信の姿とは? Zenn開発者のcatnose氏とクラスメソッドの横田聡CEOに聞いた。(以下、敬称略 インタビュアー アスキー編集部 大谷イビサ)
既存のブログサービスでは満足できなかった
オオタニ:まずはcatnoseさんからZennの開発経緯を聞かせてください。エンジニアの技術情報発信って、それこそ個人ブログもあるし、最近ではQiitaがメジャーだったりして、決して真新しくはないですよね。あえて、この分野にチャレンジした背景を教えてください。
catnose:もともと私は個人でWebメディアをやっていて、十分食べていけるくらいの広告収入を得られるようになった経験があります。その経験から記事を書いてもプラットフォーム運営者しか収益を得られない構造に違和感を覚えるようになりました。
個人が価値のあるものを作れば収入を得られるのが当たり前になってきたというのもあります。書くことによりインセンティブが得られるエンジニア向けのプラットフォームはまだなかったので、十分チャンスがあるのではないかと考えました。
オオタニ:なるほど。コンテンツを売れるという点ではnoteもありますが。
catnose:noteはあらゆる分野の投稿が集まるため、一部の人しか興味のない技術記事を書いてもなかなか注目されません。エディタに関しても、エンジニアであれば、やはりマークダウンで書きたい。ITエンジニア向けに特化したプラットフォームには需要があるのではないかと考え、Zennを作るにいたりました。
オオタニ:Zennでは書き手へのインセンティブはどのようにしているのでしょうか?
catnose:まだ迷っているというのが正直なところです。その前提で言うと、今のところZennでは書き手がコンテンツを販売する方法と読み手が書き手に対して対価を払う方法の2種類が用意されています。
書き手がコンテンツを売るという方法は、今のところ単発の記事では販売できず、複数のチャプターから構成される「本」のみ販売できます。記事単位での有料化をやっていない理由としては、ググって記事にたどり着いても、「ここからの文章は有料です」と突然終わっていたら腹が立つと思ったからです(笑)。
オオタニ:確かにイラッときますね(笑)。
catnose:その点、本という単位だとどこまで有料かがわかりやすいし、書く方もある程度のボリュームでちゃんと書かなければならないと感じますよね。販売するとなれば、なおさらです。
Zennでは売上の8割以上がユーザーに還元されます。商業出版のような査読や校正の仕組みはない分、還元額の大きさで魅力を感じてもらえればと思っています。もちろん、Zennで書いた本が商業出版に進むというのも理想的な流れだと思います。そういう世界観をイメージして、本の販売機能は作りました。
オオタニ:やっぱり書店に自分の本が置かれてたら、テンション上がりますしね。逆に読み手が書き手に対価を払うという方法については?
catnose:こちらは書き手のモチベーションを上げたいという側面もありますが、読み手からしても感謝を明確に伝える手段があるのは良いなと思っています。
というのも、僕自身が読み手として、自分に役の立つ記事に出会うと、書き手にすごく感謝したくなるからです。でも、わざわざコメントしたり、SNSでリプライするのは少し気がひける。そのためにユーザーの意思で著者に対して金銭的なサポートをできる機能を付けました。いっしょにメッセージの付いたバッジを送ることができます。
手を挙げてもうまくいくと思わなかった
オオタニ:サービスも一気に成長したんですよね。
catnose:昨年の9月にオープンしたのですが、知名度の高いエンジニアがZennに投稿してくれたということもあり、ユーザー数は思った以上に伸びました。その一方で、やはり個人が開発やデザイン、サポートまでやるのは大変で、アプリの改修になかなか手を付けられませんでした。お金がからむプラットフォームなので、個人での運営は心配という声も聞くようになります。そこで、どこか企業のサポートがほしいなというブログを書いたんです(Zenn needs help:https://catnose99.com/zenn-needs-help/)。そうしたら、20社以上のところからお声がかかったんです。
オオタニ:20社以上!めちゃモテ期到来じゃないですか(笑)。
catnose:本当にありがたいことです。その20社の中にクラスメソッドさんがいました。
オオタニ:わりと一目惚れというか、相思相愛だったんですか?
catnose:いいえ。魅力的なオファーだらけで、すごく迷いました(笑)。
オオタニ:なるほど。では横田さん、今回クラスメソッドとして手を挙げた理由を教えてください。
横田:Zennがリリースされてしばらくして、社内のSlackチャンネルでZennというサービスがいいねという声は出ていました。さらに、catnoseさんの募集ブログが上がったときも「うちも手を挙げた方がいいんじゃない?」という意見があったので、早速記事を読んだり仕組みを調べてみたら、とてもフィット感がありました。社員が「手を挙げたらいい」と言う意見に納得し、僕もその気になりました。
オオタニ:どこらへんにフィット感がありましたか?
横田:自社で運営する技術情報発信メディアである「Developers.IO」もすでに10年目になっています。基本は社員による情報発信なので、間違いの修正などクオリティコントロールはやりやすいのですが、より多くの人が関わって有益な技術情報を発信する方法がないのか長らく模索していました。執筆者を増やし、クオリティをコントロールしつつ、誰か役に立つ、治安のよい情報発信プラットフォームを作りたい。でも、具体的なアクションに至らず、今に至っています。
そんな中、新しくリリースされたZennを知って、執筆者の方にお礼をする機能や書籍を作る機能があったり、うちがまさにやろうとしていたことをかなり実装していたんです。だから、catnoseさんのブログを読んだとき、開発や運用に関してもお手伝いできるのではないかなと思って、こちらから連絡しました。
オオタニ:勝算はあったのでしょうか?
横田:うーん。手を挙げても、正直うまくいくとは思わなかったですね。いいサービスなので、高いお金を積んでくる会社はいっぱいあるだろうし、M&AやVCの会社とかもありますし。
ただ、読者のためになる記事を執筆し、発信し続けようと思ってDevelopers.IOを10年間続けてきた自負はあります。金額に関しては負けるかもしれないけど、エンジニア向けの情報発信プラットフォームという観点ではZennとの相性はいいので、唯一そこは勝ち筋につながるかなとは思っていました。
あこがれのあの会社からもオファーいただいたけど……
オオタニ:ここまで聞いたら、catnoseさんは、なぜクラスメソッドといっしょにやったか興味ありますね。たぶんお金じゃなかったんでしょうし。
catnose:魅力的な会社からのオファーがいくつかあったので、最初に横田さんのメールを読んだときに、正直あまり惹かれなかったんですよね(笑)。あこがれの会社からもオファーをいただいて、とてもうれしかったです。だから、ほかの数社で候補が決まっていて、クラスメソッドさんは入ってませんでした。
ただ各社と話しをする中で、クラスメソッドだけは他の会社と空気感が違ったので印象に残ったんですよね。ほとんどの会社は、サービスを今後どうスケールさせるか、どうマネタイズするかということに関心があるようだったのですが、クラスメソッドだけはなんだか空気がゆるくて(笑)。僕自身、スケールやマネタイズの話を重要だと思ったからこそ、横田さんのゆったりした雰囲気が印象的でした。
オオタニ:「うち買収する気ある?」みたいな(笑)。
catnose:はい。でも、Developers.IOみたいに、読者にメリットを与えつつ、回り回って自分たちに戻ってくればいいやみたいな感じがすごくいいなと思って。Zennのようなサービスはマネタイズももちろん必要なんですけど、正直時間はかかるはず。その成長フェーズを自分のペースでやれそうだなと感じて、クラスメソッドがポッと浮上しました。
でも他社のオファーはより魅力的で、実はクラスメソッドさんには一度断りの連絡を入れていました。
オオタニ:えーーーっ?
catnose:はい。でも、お断りのメールに対する横田さんからのメールが「残念ですが、ここまで検討してくれただけでもうれしいです。その会社でうまく行かなかったら、ぜひうちに声かけてください!」というものすごく前向きな内容だったんです。
そんな答えをもらい、自分の中で「本当に断っていいのか?」という迷いが生まれました。そして、その迷いを捨てきれず、話を進めていた他社さんには謝罪して、最後は直感でクラスメソッドさんとやらせていただくことに決めました。
オオタニ:ドラマチックですね。個人的にもDevelopers.IOが持っている「売りよし、買いよし、世間よし」の近江商人的な思想は、書き手にも、読み手にも、メリットを還元していくZennのコンセプトにあっていると思います。
請求周り、サポート、開発までクラスメソッドでいろいろ巻き取れる
オオタニ:さて、今後の戦略について聞かせてください。クラスメソッド入りすることで、どんなことができるのかを教えてください。
catnose:まず自分が苦手としているインフラ周りをクラスメソッドのチームといっしょにやることで、できることは拡がりそうです。私はとにかくユーザーに「ここで書いてみたい」と思わせるサービス開発に専念できそうです。
横田:まずはお金周りですね。うちは2000社近くのお取引させてもらっているので、請求や入金などを専門に手がける経理チームがあります。あとはユーザーサポート。初心者向けの質問からテクニカルな内容まで、今までcatnoseさん一人でやっていたことを、弊社のチームで巻き取れるかなと。
最後は開発チームですね。これは人数が多ければいいわけではなく、相性も重要ですし、スキルセットもある程度フルスタックなエンジニアが少数精鋭でやったほうがいいなと考えています。社内で声をかけたところ、十数名から手が挙がったので、その中からフルスタックかつフルタイムで動けるメンバーを絞り込んで、開発に貢献していきたいです。とにかくcatnoseさんが当初から描いていたサービスに近づけ、開発に専念できる体制を作っていくのが重要だと思っています。
オオタニ:とはいえ、早々のマネタイズは難しいですよね。
catnose:はい。マネタイズについてもやっていかなければならないのですが、まずはユーザー数を増やしたり、お金が循環する仕組みを作ることかなと。ただ、具体的になにかが見えているかと聞かれると、そういうわけでもないです。
横田:基本的にはDevelopers.IOと同じ思想で、イビサさんが言ってくれた近江商人的にやっていきたいです。広告をバンバン打つのではなく、「よいプラットフォームになれば、人とお金が集まってくる」という考え方ですね。
仮に広告を設置するとしても、アドネットワークではなくて、より関連性の強い純広告に近いモノを作ったり、よい記事が多く集まっているZennを応援したいスポンサーを集めるイメージです。企業の方がZennというプラットフォームを支援し、よい記事を書けば書くほど、書き手にも多少なりとも還元できたらいいですね。
オオタニ:クラスメソッド傘下になることで、ある意味「クラメソ臭」がついてしまうのではという懸念はあるのですが。
横田:Developers.IOはあくまでクラスメソッドの社員が執筆するため、ある意味閉じられたプラットフォームです。ゲストブロガーもいますが、信頼のおける数名だけ。セミナー告知もあるし、ビジネス系の記事もあります。でも、Zennにそれらを載せるつもりはなくて、あくまでコミュニティの中で運営されるプラットフォームだと思うし、両者を統合するといったこともありません。基本的には独立運営です。
最初はエゴイストでいい Zennはあくまでコミュニティベース
オオタニ:先ほど、「開発に専念できる体制を作る」と言ってましたが、クラスメソッド側としては、基本的にcatnoseさんを応援するという考え方で、サービスに深くコミットしていく感じではないのでしょうか?
横田:Zennに関しては、すでにある程度世間に認められているサービスなので、クラスメソッド側が当初から追加機能をリクエストするような筋のものではないと思っています。「クリエイターの活動を応援する」くらいなスタンスです。
catnose:でも、自分だけですべてを決めることがベストだとは思っていません。今まで作ったものでも、失敗したり、付けなきゃよかったかな?と思ったりするものがいくつかあります。開発の舵取りを最初は僕がやることになるかと思いますが、最終的にはチームとしての判断で、合理的な意見を採用する体制を作っていかなければいけないと思ってます。
オオタニ:ですって、横田さん。
横田:Zennって最初から良いものなんですよ。これって「起業あるある」なんですけど、合議制でやると、意思決定や開発のスピードは遅くなるし、結局は平均的でどこかで見たモノの集まりになってしまうんですよね。なので、最初はエゴイストでいいと思うんです。
最初の開発者の想いはとても大事なので、今はあくまでそれを支えるチームが重要。そのうちチームがだんだん主体性を帯び、カルチャーをシェアするようになって、彼がいなくてもチームの方向性がぶれないというのが理想ですね。
ビジネスモデルに関しても、自分たちが実現したい世界観を支える手段としての収益だと思うんです。だから、Developers.IOとZennが実現したい世界観はけっこう似ていると考えていて、そこに近づけるサポートができればいいなと思います。
オオタニ:今後のZennのチャレンジについてはいかがでしょうか?
横田:クオリティの維持ですね。Developers.IOをこれまで社外に開放しなかったのは、記事内容の間違いや誤字脱字を指摘したり、カルチャーに反するような書くべきではない内容を抑制するためでした。Zennは誰でも登録し執筆できるので、誰かの助けになる良質なコンテンツを執筆したくなる環境を継続的に提供できるのかが、これからのチャレンジだと思います。
さまざまな情報発信プラットフォームがいまだに解決し得ていない問題で、厳しいルールで縛るよりもカルチャーや仕組みで解決したいですね。どのように実現するかは社内外の人にいろいろ相談しながらやっていこうと思います。
catnose:クラスメソッドといっしょにやれば、そういった課題にもより積極的にチャレンジできるし、ユーザーにもっと喜んでもらえるサービスが作れると思っています。まだサービスとして未熟な部分はいっぱいあるので、時間をかけて育てていきたいです。
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