IMEがAIを武器に特異な進化を遂げている中国

文●山谷剛史 編集● ASCII

2020年10月04日 09時00分

IMEの機能が独自の発展を続ける中国
もはやただの中国語入力アプリにあらず

 中国のスマートフォン向けIME(中国語では「輸入法」)アプリが独自の成長をしている。スマホでのIMEというと、日本ではGboardやWnnにATOK、それにBaidu(百度)のSimejiあたりがメジャーだろうか。日本のIMEだと、予測精度だったり、顔文字入力だったり、テンキースタイルがカスタマイズできたり、写真で着せ替え可能なスキン機能あたりが差別化の要素だろう。

中国のIMEは日本語入力にも対応しているものがあるが、日本語入力だけでいえばお勧めしにくいものの機能自体は面白い

 一方の中国では、iFLYTEK(科大訊飛)、百度(Baidu)、SOGOU(捜狗)をはじめとして多数のIME(輸入法)がリリースされている。Baiduは中国でもSimejiをリリースしているが、それと百度輸入法は別のものだ。iFLYTEKはポータブル翻訳機で日本にも進出していることからもわかるように、音声系AIで中国トップクラスの実力がある企業である。またBaiduは検索のほかにも、自動運転車やスマートスピーカーを開発するなどAIに注力している。SOGOUもBaidu同様にAIと検索事業を展開している。もちろん日本同様に、素早く入力できるための予想入力やスキン変更が可能だ。

日本語の入力機能もある

 音声入力もお手の物で、中国語を聞き取って入力できるのはもちろん、中国語の方言や、日本語を含む外国語もちゃんと聞き取って入力してくれる。また中国語を入力するとそのまま英語に翻訳して出力することも可能だ。3社とも翻訳機をAIから開発して商品化しているだけあり、こうした機能がしっかりある。ただ、日本語入力は変換予測がものすごく貧弱で、まともに使おうとすると誤字脱字を乱発してしまう。

 それでも中国のIMEアプリは面白い。競争が激しく、各社がIMEアプリに独自の変わり種機能をどんどん追加しているのだ。今回はそんな日本にはないようなIMEの機能を紹介したい。

テーマにあわせた無数の動画GIFや画像が用意されている

単語を入力しただけで、それっぽい文章が自動で生成
アスキーアートやアニメーションGIFも作ってくれる

 3社とも共通するのが、中国語の素早い入力へのこだわりだ。中国人は慣用句や美辞麗句を学び、よく使う。一言書いただけで、その単語に合わせた美辞麗句をぱっと出してくれる。日本語でたとえるなら、「夏コロナ」と入力したら「暑い日が続きますが いかがお過ごしでしょうか 暑さは続きます 熱中症はもちろんコロナの感染対策を行ない くれぐれもご自愛くださいませ」と出力するといった具合だ(美辞麗句ではないが)。また、オンラインゲームが流行っている中で、人気オンラインゲームで使うための予想入力機能も用意されている。

 BaiduのIME「百度輸入法」では、あらかじめ用意されたアスキーアート(AA)や画像や動画GIFが多数用意されている。日本では2ちゃんねるでよく見たようなAAが中国でも活用されるばかりか、どこか日本のAAの残り香がありつつも独自のAAを作成していて、AAが好きな人にはたまらないだろう。被写体の顔がCG加工されるARフレームも用意されていて、数秒撮影したものを動画GIFとして自動作成してくれる。出力が動画GIFなので、微信(WeChat)はもちろんのこと、Twitterに貼り付けることも可能だ。

日本のネット文化を知る者には少し懐かしさを感じさせるような物も含めて、さまざまなAAが用意されている

百度輸入法では入力した文字に対し画像を自動生成する機能も

百度輸入法のAR機能でメッセージスタンプ的な動画を作成してみた

音声を有名人風に変換して出力
チャット相手を驚かせたり、詐欺事件の発生も!?

 さらに、SOGOU輸入法(IME)の変わった機能として、ボイスチェンジャー機能がある。ただし、単なるボイスチェンジャーではない。吹き込んだ音声をAIによって老若男女、あるいは別の著名人の話し方に変更するものだ。たとえば、クレヨンしんちゃん中国語版の声優(といっても、これがまた日本のしんちゃんの声に似ているのだが)に変えたり、中国ネット業界を代表するAlibaba(阿里巴巴)のジャック・マー(馬雲)氏のような話し方に変えてくれる。音声を変えた上で中国で国民的人気のSNS「微信(WeChat)」にその音声を音声メッセージとして入力できるというものだ。

ボイスチェンジャー(変声)機能で他人の声でメッセージ送信

 つまりSOGOU輸入法を入れれば、あたかもジャック・マー氏になったかのようなボイスメッセージをWeChatのチャット相手に送ることができるというわけだ。筆者の非ネイティブの中国語を話してみても、いかにもジャック・マー氏が語りそうなしゃべり方に変換してアウトプットしてくれる。男性、女性、子供、老人、クレヨンしんちゃん、そのほか中国の有名人にも筆者の声を変えてくれる。

 ボイスチェンジャー機能は最近追加された機能だ。機能追加時にはネットの反応として「ジャック・マー氏ライクなニセボイスでの詐欺事件が多発する! 投資詐欺待ったなし!」なんて声が出てきたのは中国らしい。なにしろGoogleストリートビューやGoogle Earthに似たサービスが中国で登場したときは、「家々がさまざまな角度から丸見えで、泥棒に悪用される!」なんて話があったくらいなのだ。

 iFLYTEKの「訊飛輸入法」では、あくまでジョークツールとしてだろうが、有名大学の学生証や、有名企業の社員証、それに結婚証明書など身分証明書類のフェイク画像の作成が可能で、それを画像として出力する機能がある。これもまたジャック・マーの音声再現のようなわからない人は騙されてしまうようなジョーク機能だ。実際ニセの名門大学合格証により、村人が信じて村中お祭り騒ぎになったニュースもあるくらい。とはいえそんな機能を出してしまうくらい、活発な動きがIMEにはあるわけだ。

フェイクの給料アップ通知書や結婚証明書を作ることができる

 変わったところでは暗号文変換という機能がある。文字を入れると、意味をなさない文字や絵文字の羅列に変換されて出力され、それを他の人が訊飛輸入法を使うと復号して本来の文字が表示されるというもの。文字関係では、慣用句などで体や動物などの文字がよく入るが、絵文字にある漢字を入力した場合、自動的に絵文字に変換してくれるという機能もある。例えば馬耳東風と書いたら馬と耳がそれぞれの絵文字になるといった具合だ。

メッセージを暗号化して送信

WeChatで使うためのさまざまな面白機能がIMEに盛り込まれる
日本のIMEもかな漢字変換以外の進化はあるのでは!?

 細かくいえばまだまだいろいろあるが、3社のIMEの変わった機能を紹介した。WeChatがネットの中心にある中で、WeChatに入力するための音声や(GIF)画像、挨拶の長文テキストを手間なく入力できるよう、IMEアプリは成長していた。

 さらにIMEにはミニプログラム機能がついていて、このIMEのゲームから別のミニゲームを読み込んで遊べたり、電卓など簡単なユーティリティーがあって使えたりできる。誰もが使うIMEをポータルにして、ユーザーの囲い込みをしていくのかもしれない。ガラパゴスな進化を遂げる中国IMEアプリだが、学べるところは学んで何かの製品作りの役に立ててほしいと思うところだ。

IMEからミニゲームメニューを起動する

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