「申請から最短6日で振込」の給付金システムを八尾市はいかにして作ったのか
文●指田昌夫 編集●大谷イビサ
2020年07月10日 09時30分
新型コロナウイルスで注目を集める自治体の対応。大阪府の八尾市が実現したのは、市独自の事業者サポート給金を申請から最短6日で振り込むというシステムだ。約2週間という短期間リリースの裏側には、システムを支えるサイボウズのkintoneと開発パートナーの努力、そして郵送通知やハンコを省いた八尾市の「業務ハック力」があった。
手作業で処理することは半ば覚悟を決めていた
大阪府八尾市は、新型コロナウイルスの感染拡大で苦境に陥っている工場や店舗など、中小零細の事業者を支援するために、市独自の「事業者サポート給付金」の支給を開始した。これは、従業員数5人以下で、今年4、5、6月のいずれかの月の売り上げが、前年同月と比べて15%以上、50%未満の減少率の事業者を対象に、10万円を支給するというものだ。
売上減少率が50%以上の場合は、国からの給付金が出るが、そこまで落ち込まなかった事業者は、国や大阪府の休業協力給付金の枠組みから外れてしまう。そうした事業者を支援する目的で作られた。6月17日から郵送及びオンラインでの申請受付を開始している。八尾市ではこの給付金の申請システムに、サイボウズのクラウドサービス「kintone」を採用し、給付金の企画立案から1カ月、開発自体は約2週間程度という短期間でのリリースに成功した(関連記事:大阪府八尾市、中小事業者向け給付金申請にkintoneを採用)。
もともと八尾市とサイボウズは、2018年に連携協定を締結している。小さな町工場が多い同市では、ものづくりの情報発信拠点として「みせるばやお」というイベントスペースを開設していたが、そのイベント予約や、コンソーシアムの会員企業120社の情報管理にkintoneを用いたシステムを利用するなど、連携を進めていた。
今回の給付金は、国の定額給付金のように全員一律でなく、条件を満たすかどうか、市による審査が必要だった。開発を担当した中谷優希氏は、申請開始を急ごうと郵送による仕組みだけで作ろうとしていた。当然、申請書の処理は手作業を想定していた。「早く始めるため、オンラインはあきらめて手作業で処理するということに半ば覚悟を決めていた」と中谷氏は振り返る。
当時、市役所はコロナ禍でさまざまな支援業務を行なっていた。特に、資金繰りが苦しくなった中小企業への融資の認定業務が多忙を極めていた。直近3カ月間は、昨年と比べて5~6倍の審査依頼が殺到していたからだ。これは既存の制度をベースにしているため、職員は手作業での処理に追われていたのだ。
その様子を間近に見ていた松尾泰貴氏は、「新たな給付金業務を同じように手作業でやったらパンクする」と直感。中谷氏にオンラインを含めたシステムの開発を助言した。中谷氏はそれに従い、「連携協定を結んでいたサイボウズのkintoneなら、短期開発も可能でないかと思った」とシステムの開発に着手したという。
オンライン前提を貫き、申請書類のエラーもリアルタイムで判定
今回開発された八尾市の給付金システムは、基本設計の段階から極力運用時に人手を介さないことを意図して開発された。最大の特徴は、オンラインの手続き処理を本流にして、オフライン情報をオンライン情報に合流させる形を取ったことだ。
通常、オンラインと郵送などの紙の手続きを両立させる場合、両方の仕組みを作ってそれを最後に合致させる形が多い。だがそれでは手作業の集計や確認業務が大量に発生し、オンラインとオフラインで作業の進捗もずれが生じる。そこで八尾市では、処理はオンラインで行なうことを前提に、紙の情報はスキャン、OCRの技術で取り込む仕組みとした。そうすることで、最終的な給付金の判定や振込等の処理は一本化され、全体の進捗状況もすぐに確認できる。
もう1つ、市役所への問い合わせを極力減らすための工夫も実装した。オンライン申請には本人確認書類や確定申告書のスキャンデータをアップロードする必要があるが、誤った書類を送ろうとした場合、システム側で「これは違います」とその場でエラーを出す。それを見て申請者は正しい書類を添付し直すことができる。
国の持続化給付金の申請システムの場合、添付書類が間違っていても、申請自体は完了してしまう。後日、それを事務局が確認して、間違っていると「書類に不備」というメールを申請者に返してくる。この間が2週間程度といわれており、申請自体が進まないだけでなく、申請者、審査側双方の作業が終わらず、未了の案件が積み上がっていくことになる。システムの設計ミスが招いた不幸を、八尾市では他山の石として学んでいた。
「市役所の処理業務や問い合わせ対応が増えてしまうと、結果的に給付金の振り込みが遅れてしまう。1日でも早く給付金を振り込むために、我々の業務が滞らないことが重要だと判断した」(中谷氏)
実質2週間の開発は「精通したパートナーこその離れ業」
市としての給付決定が5月中旬、すぐに申請システムの検討を開始して仕様が固まったのが5月の終盤だった。そこから急ピッチで開発し、6月17日の申請開始にこぎ着けた。中谷氏は「開発期間は正味2週間程度だった。これは、システム開発に精通したパートナー企業がいたからこその離れ業だったと思っている」と語る。
その開発パートナーは、ノベルワークスである。2018年の「みせるばやお」のシステム開発も手がけたkintone使いのプロフェッショナル企業だ。代表取締役の満村 聡氏は開発時の状況を次のように語る。
「当社は他の自治体でも同様のシステムを開発していた。八尾市から最初に話を聞いたときは、そのシステムをベースにすればすぐリリースできると思っていたが、要求仕様をよく見ると、添付書類の不備を判定したときに、個々の申請者にエラーを返す必要があった。その仕組みを入れるためには、既存のひな形は使えず、一から新規に作る必要があることが判明した」
ゼロベースの開発が必要だとわかった時点で一瞬ひるんだ満村氏だったが、開発思想にも共感し、八尾市の要求に応えるべく開発を開始。約2週間で公開に成功した。
kintoneをベースに開発された本システムには、2つの外部機能が組み込まれている。1つは前述のオンライン申請時の添付書類チェックに用いた画像認識のAI(Google Cloud Vision)だ。
「本人確認書類の場合、免許証、保険証などが使えるが、まず何を添付するかを申請者がチェックし、その画像を添付する。システム側は、それぞれの画像を学習しているので、もし、免許証を送るつもりで保険証や、全く別の画像が来れば、エラーとして返すことができる」(中谷氏)
この仕組みを入れたことで、申請時の単純な書類不備などが大幅に減り、すぐに審査に入ることができた。
もう1つの外部機能は、郵送書類をスキャンしてシステムに読み込ませるOCRで、これは書類の認識に定評ある「Tegaki」を使用している。認識率は99%以上なので、事務処理の担当者は紙をシステムに転記する作業が必要ない。読み込んだ画面上で、申請書の内容が添付書類通りかを確認していけばいい。問題なければオンライン申請と同じkintoneの承認プロセスに合流させていく。狙い通り、紙の申請書の処理業務は大幅に効率化され、事務局の担当者は4~5名で問題なく業務が行なわれているという。
申請から6~7営業日で振込 郵送通知やハンコも省く
こうして6月17日に申請受付を開始した給付金システムは、順調に申請受付と処理を進めている。6月29日時点で、約400件の申請を受けており、オンラインと郵送の比率は、ほぼ同数だという。今回のシステムのメリットがフルに生かされた格好だ。
特筆すべきは処理の速さだ。29日時点で、すでに審査が通った150件程度は振込を済ませている。もっとも早いケースで、受付を開始した6月17日に入った申請を、6月26日に振り込んだという。その間わずか6~7営業日というスピード処理だ。郵送による申請も、紙の段階でチェックをしないためオンラインとほとんど処理速度に違いがないのも、このシステムの特徴だ。
また、「支給決定は振込をもって知らせる」ということにして、事後の給付完了の郵送通知なども省略し、合理化に徹している(不交付の場合は郵送で通知)。
合理化と言えば、実はこのシステムにはもう一つ、市役所としてチャレンジしたことがあった。
「今回、郵送の書類につきものだったハンコの捺印は不要としています。ちょうどハンコ不要説が賑やかだったこともあり、われわれもやめたかった。調べてみると、こういう申請に関してどこにもハンコが必要とは書いていなかったので、思い切ってやめています」(松尾氏)
実際、ハンコがなくても申請書の確認には何の支障もなかった。
八尾市役所では、今後の申請案件にもオンライン受付は必須と決めており、郵送など他の選択肢も用意する一方で、問い合わせ等の電話の受付を極力減らせるように、業務システムを見直していくこととしている。また、市民サービスの向上と職員のワークライフバランスを両立させるため、営業時間外の問い合わせにはBotで対応することも考えている。
「テクノロジーよりも前に、いかに前例を疑って不要なものはやめていくのが大事。個人的にも『業務をハックする』ことが大好きで、日頃からそういうネタがないか、職場を見て回っています」と松尾氏は笑った。
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