新型コロナ/定額給付金、神戸市はたったひとりの職員が1週間で、申請状況確認サイトを構築
文●大河原克行 編集●ASCII
2020年06月11日 09時00分
今回のひとこと
「行政がITシステムの仕様書を作って発注し、入札を行い、請負契約を結ぶという時代は終わりつつあることを強く感じた。特別定額給付金の申請状況等確認サービスは、神戸市の職員自らが構築した。行政サービスを作り上げるひとつの試みであり、今後、広げていきたい」
特別定額給付金の申請状況を確認できるサービス
神戸市が、日本マイクロソフトの「Microsoft Power Platform」を活用して、新型コロナウイルス感染症対策に関する住民サービスの提供を開始している。
そのうちのひとつが、5月29日からサービスを開始した「特別定額給付金の申請状況等確認サービス」である。特別定額給付金の⼿続き状況を⾒える化し、それを住民が確認できるサービスだ。
神戸市は、5月14日に、特特別定額給付⾦の申請書の郵送を開始。100万⼈以上の都市では全国最速の対応が注目を集めたが、全国の自治体と同様に、コールセンターへの問い合わせが殺到したことで、十分に対応できないという問題が発生した。
神戸市の久元喜造市長は、「特別定額給付金は、すべての市民が対象であり、市民の関心が大変高い。そのため、コールセンターに寄せられる問い合わせ件数は、ピーク時には、1日4万件に達した。だが、対応体制や電話回線には限りがあった。また、電話対応では、聴覚障がいの方への対応が困難という課題があった」と振り返る。
そこで、「特別定額給付金の申請状況等確認サービス」を開発。申請書に記載されている10桁の申請者番号を入力すると、「審査中」「振込⼿続き中」「振込済み」「保留中」のいずれかのステータスが表⽰され、現在の状況が確認できるサービスを開始したのだ。
同サービスへのアクセス数は、1日約3万5000件となり、その一方で、コールセンターへの問い合わせは、約3000件に減少したという。
神戸市では、6月5日からは、電話の⾃動応答による申請状況を確認できるサービスを新たに提供し、スマホやPCを持たない人からの問い合わせにも対応できるようにするという。
6ヵ月間、無償提供のクラウドサービスを活用
「特別定額給付金の申請状況等確認サービス」は、神戸市情報化戦略部の職員が、ほぼ1人で開発。しかも、わずか1週間で完成したという。この職員は、エンジニアとして外資系SIerに勤務した経験を持ち、2017年に社会⼈採⽤枠で神戸市に⼊庁。そのスキルを活かして、サービスを構築した。
使用したのは、日本マイクロソフトのMicrosoft Power Platformだ。Power AppsやPower Automate、Power BIなどを活用することで、業務アプリケーションの作成をはじめ、データ分析および洞察(インサイト)の取得、業務プロセスの自動化、チャットボットの作成など、様々なツールを提供する統合型クラウドサービスであり、同社では、2020年4月から、自治体を対象に6ヵ月間の無償提供を開始している。神戸市も、この仕組みを利用して開発したという。
Microsoft Power Platformは、ローコーディングの特徴があり、実際に開発を担当した神⼾市 情報化戦略部ICT総合戦略担当の伊藤豪氏は、「スキルがほとんどない人でも扱いやすいツールであり、トレーニングする時間さえ⽤意できれば、多くの⾃治体職員が⾃ら使いこなせる」と指摘する。
新型コロナウィルスの健康相談もチャットボット化
神戸市では、Microsoft Power Platformを利用することで、特別定額給付金の申請状況等確認サービス以外にも、新型コロナウイルス感染症に関するサービスを構築し、提供を開始している。
ひとつは、5月20日からサービス提供を開始した「新型コロナウイルス健康相談チャットボット」である。
質問に「はい」、「いいえ」で答えるだけで、受診の必要性や相談先がわかるというもので、一日約100件の利用があるという。
神戸市の久元市長は、「セルフチェックができることから、コールセンターに問い合わせする前に、どうしたらいいのかを確認できる。質問への答えをもとに、チャットボットがかかりつけ医に受診することを案内したり、コールセンターに連絡することを提案したりすることができる」と、同サービスの役割を説明。「新型コロナウイルスに関する質問に対応するために、コールセンターを開設し、全力で対策を行ってきたが、一時的に電話回線がふさがるという問題が発生した。また、電話対応だけでは聴覚障がい者への即時の相談対応が困難という課題もあった。こうした課題を解決するために用意したものである」とする。
チャットボットであるため、24時間受付が可能な専⽤健康相談窓⼝としての運用も可能になっている。
分散していた新型コロナ情報を集約化、毎日1万件のアクセス
もうひとつが、6月1日からサービスを開始した「新型コロナウイルス対策データ解析サイト」である。
従来は、新型コロナウイルスに関する情報公開サイトが分散。さらに、分散したサイトごとに、最新情報への更新のタイミングが異なっていたり、サイト同士のデータが不整合のまま情報が開示されていたりといった課題が生まれていた。それをひとつのサイトに統合。オープンデータが更新されるごとに、サイト情報が⾃動的に書き換えられるようにしたり、Power BIの活⽤によって、Excelで集計した情報を画像に置き換えて、CMS に掲載するという⾮効率な手作業を実質ゼロにできたりしたという。
神戸市の久元市長は、「新型コロナウイルス発生状況を可視化することは重要な取り組みであったが、限られた時間のなかで用意したページは、コロナに関連する情報が分散して公開されており、必要な情報にたどり着きにくい、いちいちページを開かなくてはならないという課題があった。また、更新作業が手作業であり、更新が追いつかず、非効率であるという課題もあった」と前置きし、「ひとつのサイトに統合し、複数のデータを一覧表示するダッシュボード形式としたことで、視覚的に情報把握ができるようになった。また、元のデータを変えると、それぞれのグラフに反映される仕組みとなり、作業が大幅に効率化した。データ公開サイトの統合によって、必要な情報にたどり着きやすく、よりリアルタイムな情報提供が可能になり、更新作業の効率化や省力化が実現できた」とする。
アクセス数は1日1万件に達しており、コールセンターへの電話の問い合わせを大幅に削減することにつながっているという。
仕様書を作っての発注から、実務の課題を職員自らが解決するスタイルへ
こうした取り組みを通じて、神戸市の久元市長は、「行政が仕様書を作って発注し、入札を行い、請負契約を結ぶという時代は終わりつつあることを強く感じた。特別定額給付金の申請状況等確認サービスなど、3つのサービスは、神戸市の職員自らが構築した。これは、行政サービスを作り上げるひとつの試みであり、今後、広げていきたいと考えている」とする。
神戸市では、スタートアップ企業と協働しながら、地域課題の解決に取り組むプロジェクト「Urban Innovation KOBE」(アーバンイノベーション神戸)に取り組んでいるが、「このプロジェクトでは、仕様書を作って、発注するという仕組みではなく、行政の実務レベルで抱えている課題を解決するためのアプリやプログラミングを公募し、実験をしながら、実装していくものになっている。今回の特別定額給付金の申請状況等確認サービスなども、実務レベルでの課題をもとに、日本マイクロソフトと連携しながら、職員自らが作り上げた」とする。
日本マイクロソフトでも、「政策形成の段階から議論ができ、その課題をもとに、我々の経験を活かしながら、行政機関に対する解決策を導き出せる」とする。
そして、オープンの考え方を導入しているのも特徴だ。
今回、神戸市が開発したサービスは、多くの自治体が利用できるように、オープンソースとして公開する予定だという。
「特別定額給付金への対応をはじめとして、神戸市と同じ課題に直面している自治体が多い。神戸市が作ったものを、同じ苦労をしている自治体に使ってもらうのは当然のことである」と久元市長は語る。
DX時代を行政はどう乗り切るか
神戸市と日本マイクロソフトは、こうした協業の成果をもとに、6月4日、働き方改革などの取り組みにおいて、包括連携に関する協定を締結した。
日本マイクロソフトが持つ知見を活用した職員向けオンライン研修の実施、テレワーク環境や災害時の対応、職員の安否確認を含むデジタルツールの利活用の推進などを支援する「デジタルトランスフォーメーションの推進による働き方改革」、スマートシティ実現に向けたデータ連携基盤の検討や、海外スマートシティのデータ連携基盤の調査研究の実施、市民との接点の改善などスマートシティサービスに関するパイロットプロジェクトの実施などを行う「スマートシティ実現に向けたデータ連携基盤の推進」、デジタル活用人材育成のため、サービスデザイン思考ワークショップの開催、政策形成やビジネス創出にAIを安全に、有効に活用するためのAIビジネススクールの開催などが行う「デジタル人材育成・交流」、家庭学習の補完となるオンライン双方向通信などの充実化支援、子どもたちの主体的な学びを支援する様々なデジタルツールとその効果的な利用方法の提供、コミュニケーション教育ツールとしてのチャットボット活用の可能性を検討する「デジタルを活用した子どもや青少年の学びの支援」の4項目に関して連携するものであり、これらを通じて、神戸市のデジタルトランスフォーメーションを推進していくことになる。
縦割りの対応をAIが変える可能性も
神戸市では、2018年度~2020年度まで、働き方改革に取り組んでいる。また、デジタルを行政サービスに利用する動きも加速しようとしている。だが、久元市長は、「行政サービスの取り組みや利用者本位のサービスの実現が、民間企業に比べて遅れているのは間違いない」とし、「日本マイクロソフトとの今回の協定を通じて、生産性向上やサービス向上を図りたい」とする。
例えば、問い合わせ対応へのAI活用がそのひとつだ。
「市民からの問い合わせや照会に対して、電話を取った職員が必ずしも100%的確に答えられるわけではない。民間企業が提供しているサービスは限られているため、その範囲において、適切な対応が可能だが、行政の難しいところは、幅広い業務を担当していること、それらが相互に関連している点である。ここに、AIを使ってもっと高度化できる可能性がある。AIを活用することで、複数の行政分野に渡る質問にも、チャットボットで対応できるようにしたい」と期待を寄せる。
日本マイクソロフトとの連携では、データ連携基盤に関する項目が盛り込まれているが、これを活用することで、問い合わせに対するサービスの高度化も図ることができるだろう。
神戸市の久元市長は、「複数の行政サービスでデータを連携させることで、それぞれの業務やサービスの生産性向上と、行政サービス全体の生産性向上、市民の満足度の向上につなげることができる」とする。
そして、「令和の時代は間違いなくテクノロジーが進化する。神戸市の目標は、テクノロジーの進化に人間が支配されるのではなく、テクノロジーの進化を市民が享受し、人間らしい、人間スケールの街を作ることである。その点で、世界的なテック企業である日本マイクロソフトと包括連携協定を結べることはありがたい。日本マイクロソフトと神戸市は共通した方向性を持っている。協定を通じて、市民サービスの高度化、行政サービスの生産性の向上につなげたい」と語る。
自治体とIT企業との新たな連携体位性が、緊急時における迅速な対応の実現と、平時における市民の満足度向上へとつながることになる。
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