ネット配信という神風が吹く間に強いアニメスタジオを作る~P.A.WORKS堀川社長に聞く〈後編〉
文●まつもとあつし 編集●村山剛史/ASCII
2019年12月27日 12時00分
パッケージ時代から配信時代へ変化したいま
P.A.WORKS堀川社長が考えていること
後編ではアニメスタジオに制作依頼する企業や自治体に知っておいて欲しいこと、そして強い制作現場を作り終えた次に目指すべきものなどについて語っていただいた。
プロフィール〉堀川憲司氏
1965年生まれ、愛知県出身。富山大学理学部在学中にアニメ業界を志し大学を中退。専門学校を経て竜の子プロダクション、Production I.Gに在籍したのち、1997年真下耕一とともにビィートレインを設立。2000年に富山県東礪波郡城端町(現・南砺市)に越中動画本舗株式会社を設立。2002年に「株式会社ピーエーワークス」に社名を変更。代表作に「true tears」「花咲くいろは」「SHIROBAKO」など。
制作進行は個人の成長を鑑みて仕事を振るわけじゃない
—— (前編では)社員スタッフの成長を促すために年単位のプランを組んでいることをお聞きしました。それで個人的に感じたのですが、フリーのクリエイターは自分の成長計画を自ら立案しなくてはならないと思うのですが、それって相当難しいことですよね。
堀川 今年の初めに養成所で1コマ講義をしました。そこで話したのは、制作視点から見たフリーのアニメーターのことです。もし、養成所を出てフリーのアニメーターになることを目指すのなら、自宅では作業せずにどこかのスタジオに席を借りて、相談できる先輩クリエイターを見つけたほうがいいという話です。
とんでもなくアニメーターが不足している今の業界ですから、制作は納品に間に合わせるためにとにかく描ける人を集めてこなくちゃならない。制作進行ばかりじゃなく、プロデューサーや制作デスクも原画マンや作画監督を常に探しています。そんな状態で「この人の技能向上のためには、今はこの仕事を振ったほうがいい」とか「この仕事はさせないほうがいい」とか、そんな育成視点で仕事を振る余裕が制作にはありません。
だから気をつけようね、と。もし自分の今の技術レベルに合わなそうな仕事で制作に声を掛けられたとき、「この仕事を僕は受けるべきでしょうか?」と相談できる先輩クリエイターを見つけたほうがいい。
それをチャンスにして成長する才能あるアニメーターもいますが、全く技能的に対応できないまま、結局上手くもならずにボロボロになって潰れていく人も大勢いるような気がします。親身になって自身の経験から考えてくれる先輩を見つけたほうがいいという話をしました。
—— 相談できるぐらいの信頼関係を構築しようとすると、やっぱりお話されているように同じ釜の飯を食うというか、腰を据えた場じゃないとなかなか……っていうところはありますよね。教えた後輩がいつ次のスタジオへ行くとも限らない環境では信頼関係って築きにくいのかなと思ったりします。
堀川 特に、お互いがフリー同士ではね。それでも、同じスタジオに長く在籍しているのであれば、「先輩が若い世代を育てることが、このスタジオで受け継がれてきた育成方法なんだ」ということが肌で感じられると思うんですけど、人の出入りが激しいスタジオで、「この業界全体のことを考えて若い人を育てて欲しい」って言われても、報酬と時間に余裕がなければ知ったことか、ってなるじゃないですか。
人に教えることが天職の大塚康生さんみたいな人でもない限り、『こいつの才能は見どころあるし教えてやろうかな』と自発的に思える人材とか、なんらかのモチベーションが先輩側にないとね。
だから若手のクリエイターは、「自分は誰にどんなことで認められたら次のステップへ進めるのか?」そして、「自分が先輩から恩恵を受けて修得した技術は、同じように後進に伝えていくこと」を社会人として学んでいかなければならないと思います。
—— 『SHIROBAKO』の杉江さんのエピソードが僕は大好きで、あのエピソードにはそういう思いが込められているんだなということが確認できました。
企業にわかってほしいのは
アニメ制作の「予算感」
—— この拠点そのものが自治体との連携・協力で産まれたというところがあると思うんですけれども、地方自治体との向き合い方、そして自治体がスタジオの経営にどういったインパクトを与えているのか教えてください。
堀川 何かあるかなぁ……(笑) アニメーション制作会社であるということが、地方にとって珍しいことだと思うんですね。それが、大きな会社ではなくても、作った作品がそこから世界に向けて発信できるとか、メディアに取り上げられて注目されるという点では割と目立つ仕事なので、自治体としてその注目度を活用したいということであれば、それは全然活用してもらってもOKだと思うんです。
たぶん、地域密着型の制作会社というのは(制作会社自体が珍しくない)東京では生まれないだろうと思います。一方、僕らは地域に対して、どんな貢献ができるんだろうと考えています。例えば、ここを作品舞台のモデルにした町興しがテーマの『サクラクエスト』もそうですし、『true tears』には城端が登場します。
—— 作品内では地名は出ませんでしたが、ポスターなどには地名が入っていますね。
堀川 「城端ってどう読むんだろう?」から「富山県って日本のどこにあるんだろう?」まで(笑)、『true tears』で多くのアニメファンに認知されたと思うんですよ。『花咲くいろは』なら作品の舞台モデルになった湯涌という場所が金沢にあることを知ってもらう手段として、非常に大きな効果があるだろうなとは思っています。
一方で知って欲しいのは、アニメーション制作にはすごく手間暇とお金がかかるんですね。それが地方に限らず一般の企業には理解されていないと思います。「ちょっとウチの店のCMを作ってくださいよ」とか。
実写で社長が登場して、自分のお店や会社の名前を連呼する15秒CMなら比較的簡単に低予算で作れるかもしれませんが、アニメを音響まで含めて15秒作るとなると、それとは比べものにならない時間と予算がかかります。その感覚で企業や自治体から「こういうアニメをちょっと作ってよ」と打診されても、たぶん成立しませんね。
—— アニメ制作の予算感を企業や自治体にわかってもらうことは簡単ではないと仰いましたが、その一方で、P.A.WORKSさんは本社の所在地である富山県南砺市のPRアニメを作られています。やはり自治体側に理解ある担当者がいらっしゃったのでしょうか?
堀川 そうですね。打ち合わせごとに説明して、理解を得られてから作業を進めました。
—— 本社自体も特徴的です。この建物はP.A.WORKSさんのスタジオが入っていますが、同じエリアに市が運営する南砺市クリエイタープラザ「桜クリエ」があります。
堀川 このあたり一帯を、クリエイティブな仕事をする人たちが集まる地域にしたいという、南砺市の大きな構想によるものですね。以前入居していた場所もインキュベート施設でした。賃貸期限とスタッフ急増の時期が重なってしまったことと、僕がワンフロアの制作現場にこだわりがあったのでスタジオ探しは難航しました……。
—— 南砺市の再開発とP.A.WORKSさんが広い場所を必要とするタイミングがちょうど重なったのですね。ではこの流れで、制作上の技術環境などについてもお伺いします。アニメ制作は長年、紙を物理的に移動させながら作業が進んでいくかたちだったと思います。それがデジタル化によって、ある程度変化しました。デジタル化と地方スタジオの本格的隆盛はリンクしていると考えてよいのでしょうか?
堀川 アニメは1990年代後半から、仕上げも撮影もぼちぼち(デジタル化が)始まりつつあったんですね。その頃の映像技術では、TVシリーズ1本の撮影で必要な容量はせいぜい100GB程度でしたが、あっという間に膨れ上がっていきました。現在は、機材の性能向上と撮影データの巨大化が追っかけっこしている状態です。
—— そして出来上がった素材の納品・送信に欠かせないネットワーク周りも重要です。じつは私、アニメの配信を担当したことがあるのですが、2000年代はネットワーク周りで胃が痛くなるトラブルを何度も目撃しました。『SHIROBAKO』でも「ネットワークが落ちた」みたいな描写がありましたが、もしかして実話ですか?
堀川 実話ですね。あれは大変だったなぁ(笑)
—— 2000年代の富山での回線事情はいかがでしたか?
堀川 起業家支援センターの近くまで自治体が主導となって光回線を引いてくださるなど、インフラ面での協力は得られていましたね。
—— そこも自治体の協力というのはやはり大きかった、と。
強い制作現場の次は「強い制作会社」
—— ネットワーク周りに四苦八苦した2000年代を経て、最近ではアニメをネット配信サービスで観ることが当たり前になりました。それどころかネット配信サービスからの制作資金提供も珍しくありません。中国向けの配信も存在感を増しています。一方で、この状況がいつまで続くのか危惧する人間も少なくありません。こういった外部環境の変化をどう見ていますか?
堀川 今の制作費で「ようやくなんとかやっていけそうかな?」という状況なので、この海外配信ビジネスの好調から来る緩やかな制作費上昇の傾向が落ちなければいいなと思います。
そのためには、まずクオリティーを落とさず、制作会社の知名度を海外でも上げていくことが重要です。海外でも原作の知名度や、「この監督がこの制作会社で作るのなら高く買いますよ」といったブランド買いが多いようなので、内製率と企画力を高めることでしっかりとしたクオリティーの作品を作って、信用を獲得していくことが大切だろうなと思います。
また、大きく海外のビジネス環境が変われば企画が飛んだりもしますが、それを誰かのせいにして嘆いてもしょうがない。これから3年間で内製率を高め、「強い制作現場」の基礎を作ることがまずは目標ですが、その次は「外部環境に振り回されない強い制作会社」を目指したいと思います。
たとえばアニメーション作品に積極的に出資している現状のクライアントが戦略を変えたとしたら、制作会社は独自に資金調達する方法を学んで行くことでしか作り続けられないんだろうな、と思います。
そのあたりのことを、社内では若いプロデューサーたちと勉強会を始めています。僕もそうだったんですけど、ラインプロデューサーは作品を作る制作現場が楽しくて、そればかりに一生懸命になってしまうので、外部に視野を広げる機会を作ったほうがいいと思って。
—— 商品化・出版などの多角化、IPを活かして云々ではなく、あくまで制作にフォーカスしたうえで、自分たちで資金調達できるようにしていく、と。
堀川 そうです。出資だけではなく協賛やクラウドファンディングなど新しい組み合わせの可能性も探ろうと思っています。
2025年まで神風が吹き続けてほしい!
—— 昨今、アニメ業界は数年単位で環境が変わっています。ある時期は遊技機/パチンコが支えてくれていて、ある時期はソーシャルゲーム、今は中国ですがそれも流動的になってきました。配信も、サービスの勝敗が決した途端、条件が厳しくなる懸念があります。そんななか、次の変化に備えるために与えられた時間はどれくらいだと見ていらっしゃいますか?
堀川 僕にビジネス環境の未来を予測できる、そんな長けた目はありませんが(笑)、少なくともうちが今のアニメーション業界の環境で闘い続けることができる制作現場の基礎を築くまで3年、そこから外部のビジネス環境に翻弄されない強い制作会社になるのにも最低3年はかかるだろうなと思っているので、「2025年までにこうなる!」ではなくて、「2025年まで(今の情勢が)もってほしいな……!」と。
海外配信プラットフォームがアニメーション業界にもたらしたのは、先行きは不透明であれ神風だったんです。パッケージビジネスがシュリンクして『本当にこれからどうなるんだ!?』というところに勢いよく吹いてきて、『助かった、これでしばらくは生き延びられる!』と。僕らは闘える体力をつけて、新しいモデルにも頑張って挑戦していくので、そこまではなんとか風が吹き続けてほしい……お願いです(笑)
—— ドッグイヤーと言いますけど、ITは本当に早いですからね。今回、「P.A.WORKSさんではすでに次のステップをにらんだ計画が動き出している」ということがわかりました。そして2月29日には『劇場版 SHIROBAKO』が公開されますね。
堀川 20周年記念的な作品として。
—— 個人的にとても楽しみにしていて、前売り券も買って準備しています。本当にメタな話ですよね。『SHIROBAKO』を作りながら『SHIROBAKO』をやっているような感じ。
堀川 そうなんです。「リアル『SHIROBAKO』をやっていると思って経営すればいいんだ!」とか、そんな感じです(笑)
—— そう思えば苦しい局面も乗り切れる、と。
堀川 万策尽きるネタのストックが増えたと思えば楽しめるかもね(笑)
—— ありがとうございました。
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