世界1位のスパコン富岳は競争のために作ったわけじゃない

文●大河原克行、編集● ASCII

2019年12月12日 09時00分

今回のことば

「京の経験やノウハウの蓄積が、むしろ油断につながることを最も恐れ、時間をかけて、入念に準備をした。富岳の製造を通じて、社会課題解決の一翼を担うという誇りを胸に、すべての製品をしっかりと収める」(富士通ITプロダクツの加藤真一社長)

実用性を追求したスパコン富岳

富士通と理化学研究所が共同で開発したスーパーコンピューター「富岳」の生産および出荷が始まっている。

富岳を生産している石川県かほく市の富士通ITプロダクツでは2019年12月2日、富岳の第1号筐体を出荷。翌3日には、兵庫県神戸市の理化学研究所計算科学研究センターに到着し、同センターへの搬入が開始された。まずは6筐体が搬入され、最終的には400筐体が設置される。

理化学研究所に向けて初出荷される富岳

富岳は、スーパーコンピューター「京」の後継機として開発され、2021年~2022年頃の共用開始を目指している。

富士通の新庄直樹理事は「富岳は、スーパーコンピューターの性能競争のために開発したわけではない。科学技術の探求だけでなく、産業界をはじめとして実用的に役立つ汎用性の高いスーパーコンピューターを目指して開発したものである」と語る。

昨今では、日本、米国、中国によるスーパーコンピューターの性能競争が激しい。だが、性能競争のために特定の計算の速さだけを追求した結果、汎用性がなくなるという課題が生まれていた。

富岳は、そうした単純な性能競争から脱却し、実用性という点を追求。具体的には「省電力」「アプリケーション性能」「使い勝手の良さ」の3点を重視したとする。

消費電力性能で世界1位を獲得

新庄理事は「たとえば、エネルギーは地球規模の問題である。エネルギー効率を重視することは、これからのスーパーコンピューターにとって重要な指標となる。さらに、特定の計算の速さではなく、実際に動かすアプリの性能を重視することが大切。

そして、多様な言語やアプリ、機能に対応し、ポータビリティーを確保し、アプリケーション開発者が使いやすい環境の実現を重視している」とする。

富岳が重視する省電力という点では、11月18日に富士通沼津工場に設置している富岳のプロトタイプが、スーパーコンピューターの消費電力性能を示す「Green500」において、世界1位を獲得した。

ピーク性能の2.3593PFLOPSに対し、連立一次方程式を解く計算速度(LINPACK)で1.9995PFLOPS、消費電力1ワットあたりの性能で16.876 GFLOPS/Wを達成し、世界トップの消費電力性能であることを実証してみせた。

ここでは、GPUなどのアクセラレーターを用いず、汎用CPUのみを搭載したシステムで初めて世界一を獲得した点が評価されている。これは、GPUによる特定アプリケーションでの高速性を実現するものではなく、さまざまなアプリケーションにおいても高い性能と省電力を両立することを証明しているからだ。

Society 5.0の実現に貢献したい

新庄理事は、富岳がものづくり、ゲノム医療、創薬、災害予測、気象・環境、新エネルギー、エネルギーの創出・貯蔵、宇宙科学、新素材の9つの分野を重点領域として、コンピューターシミュレーションなどに活用されることを示しながら、「コンピューターシミュレーションは、見えないものを見えるようにし、実験できないものが実験できるようになる。

シミュレーションは、理論、実験と並ぶ、第三の科学、研究開発の手段になっており、企業の製品開発の分野にも取り入れられている。企業にとってもシミュレーションが生命線のひとつになっている」とする。

また「富岳は、AI向けの計算を高速化できる機能を新たに追加しており、将来的にはSociety 5.0の実現に貢献したい。科学的、社会的に役に立つことを目指す」とする。

さらに、富士通の時田隆仁社長は「富岳は、防災や医療、創薬にくわえて、産業利用にも貢献できるだろう。価値ある成果を届けることが、富岳の使命であり、富士通の使命である」と語る。

京と比べコンパクトになった富岳

富岳は、CPUにはA64FXを採用。ARMのv8-A命令セットアーキテクチャーをスーパーコンピューター向けに拡張した「SVE」を世界で初めて使用した。CPUピーク性能は京の24倍となる3TFLOPS、メモリバンド幅は京の16倍となる1024GB/sを実現する。

1ペタのシステムの場合、京では80個の計算ラックと、20個のディスクラックが必要であり、計算ノード数は7680、IOノード数は480、設置面積は128平方メートルが必要だった。だが、富岳では1ラックだけで済み、設置面積も1.1平方メートルで足りる。

生産されたスーパーコンピューター「富岳」

そして、富岳の開発で培った技術を、商用スーパーコンピューターである「FUJITSU Supercomputer PRIMEHPC FX1000/FX700」にも活用することになるほか、米クレイとのパートナーシップ契約により、A64FXがクレイのスーパーコンピューターにも搭載されることになる。

富岳は、石川県かほく市の富士通ITプロダクツで生産される。同工場は、富士通のサーバー、ストレージの生産拠点であり、京もこの工場から生まれた。

準備を重ねていよいよ出荷へ

石川県かほく市の富士通ITプロダクツ

富士通ITプロダクツの加藤社長は「富岳に関しては、できあがった図面通りにモノを作るのではなく、企画段階からこのプロジェクトに携わり、モノづくり側からの要望や提案を行なってきた」と語る。

さらに「約2年前から、当社が生産受注したときのことを考えて準備をしてきた。リスクを洗い出して、それを潰す作業を繰り返してきた。富岳の生産においては、約3万件ものリスク評価を行ない、ポカヨケの手法を考案したり、治具を拡充したりするなどによって、作業リスクの大幅な低減を果たした。

約10年前に京を生産した際の、経験やノウハウが蓄積されていることは強みであるが、それが油断につながることを最も心配した。時間をかけて、入念に準備をした」とも語る。

品質評価についても、製品単体テストを実施するだけでなく、OSやミドルウェアなどのソフトウェアを搭載した確認テストを実施。運用環境で想定される部品故障時のリカバリテストも実施している。

また、部品サプライヤーと連携して、品質を高めるための仕組みを源流にまで遡って構築。サプライヤーと共同で品質向上に向けた取り組みを展開してきた。

「富岳の製造を通じて、社会課題解決の一翼を担うという誇りを胸に、すべての製品をしっかりと収める」と、富士通ITプロダクツの加藤社長。今後、富士通ITプロダクツでは、月間60ラック以上の富岳を生産し、最終的には400ラックを生産。2020年6月までに全量を出荷する予定である。

日本が世界に誇るスーパーコンピューターが、どんな社会貢献をするのかが楽しみだ。

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