ついにアニメスタジオでも働き方改革が始まった!~P.A.WORKS堀川社長に聞く〈前編〉

文●まつもとあつし 編集●村山剛史/ASCII

2019年12月26日 12時00分

地方アニメスタジオの雄、P.A.WORKSを率いる
堀川憲司氏に聞いた「アニメ制作現場の働き方改革」

 労働集約型産業の常で、アニメ制作の現場は東京の一定地域に集中しがちだが、昨今は日本各地にアニメスタジオが勃興し、地方から世界へエンタメを届けるべく奮闘中だ。今回はそんな地方アニメスタジオの雄、P.A.WORKS代表の堀川憲司氏に、東京以外に拠点を持つことのメリットのほか、今年から試行を始めた独自の働き方改革の内容など、豊富なテーマで語っていただいた。「社員の10年後の成長」を見据えて奮闘する堀川氏の試みとは……?

プロフィール〉堀川憲司氏

 1965年生まれ、愛知県出身。富山大学理学部在学中にアニメ業界を志し大学を中退。専門学校を経て竜の子プロダクション、Production I.Gに在籍したのち、1997年真下耕一とともにビィートレインを設立。2000年に富山県東礪波郡城端町(現・南砺市)に越中動画本舗株式会社を設立。2002年に「株式会社ピーエーワークス」に社名を変更。代表作に「true tears」「花咲くいろは」「SHIROBAKO」など。

作品づくりから組織づくりへ

―― 今、東京の拠点はどのように機能しているのですか? チラッと伺った話では、以前はほとんど東京に出張していらっしゃったのが逆転して、今は畑仕事もされているそうじゃないですか。

堀川 してますね(笑)

―― 富山に居る比率が高くなっている?

堀川 ええ、『さよならの朝に約束の花をかざろう』を最後に、今後はこちらで。これまでは情熱を持って、「僕(堀川氏)はこういうものを作りたいんだ」と制作現場に近いところで作品をプロデュースしていたんですけれど、社内のプロデューサーの年齢がファン層と同じぐらいになってきたこともあり、各プロデューサーたちが見たいものを作ったほうがファンと同じ目線になると思ったので、彼らに対して、「もっと作りたいものをどんどん出して。チャンスはいくらでもあるんだよ」と。

 外でのプロデューサー経験がないとわからないかもしれないけれど、割とうちはオリジナルの企画を通してきたので、彼らに「作りたい企画があるんだったら強くアピールして通せばいい。だから情熱を込めてどんどん企画を生み出していこう」という話をしています。

 あとは経営的に、僕が楽しんで作っている場合じゃなくて、組織を強くする経営者の役割を担わないとダメだと思ったので、本当はずっと現場で作品を作っていたいのですが、組織を作るほうに完全にシフトしようと思って富山に戻ってきましたね。

―― 富山のスタジオを拠点にして組織を作る、と。

堀川 そうですね。

―― これまでは堀川社長がプロデューサーという立場で、東京で製作委員会とも話をされてきたわけですが、では現在の東京拠点には相馬さんが?

堀川 相馬も富山本社が拠点です。東京のスタジオには辻(※一点しんにょう。以後同じ)、山本、橋本という3人のプロデューサーがいます。辻は取締役であり制作部の部長でもあります。彼らを中心に東京のスタジオを回していて、富山本社の制作管理は相馬が中心になって回している感じですね。

―― 堀川社長は経営者としての組織づくりのほかに、相馬さんとペアで動きながらプロデューサー道みたいなものを次の世代へ伝える役割も担っていらっしゃるのかな、と感じました。

いずれは富山のスタッフから監督を輩出したい

―― どうしてもこの点にこだわってしまうのですが、昨今テレビから配信の時代に移りつつあるようにみえますが、やはり東京にも拠点は引き続き必要であると思いますか?

堀川 富山本社で制作できる内製率を高めることを目標にしていますが、必要な人数にまでスタッフが育つにはまだ時間がかかりますね。あと、音響等ポスプロのスタジオが東京にある限りは、やはり東京にもひとつ拠点は必要です。制作管理の中核になる作画・演出・3DCGのスタッフは富山本社で増やしていくつもりではいます。

―― 制作中は監督も富山の拠点に詰めて作業されるんですか?

堀川 今のところ本社に在籍している監督は『有頂天家族』の吉原正行監督くらいですね。吉原監督はここでクリエイション部の部長もやっているので。そのほかの作品の監督はフリーランスの方ですべて東京のスタジオです。吉原は本社でプロパーの演出も育てていて、今は4人になったのかな。演出を希望するスタッフには適正があればチャンスを与えて、いずれ彼らのなかから監督が出てくれば……と。ここは長い目で見ています。

―― 現状、監督は東京からリモートで指示を出しているのですね。

堀川 基本的に、プリプロとポスプロ(編集・音響)は東京、作画と3DCGと演出は富山本社です。監督は東京にいるスタッフとは直接打ち合わせをします。一方、富山本社にいるスタッフとはテレビ会議システムを使って打ち合わせするかたちです。

―― そして終盤、音響の段階で東京へ。

堀川 はい、演出はポスプロになると上京します。なお、富山本社のスタッフが担える作画は、まだ全体の半分くらいだと思いますね。

―― 1クールの作品だったら6話分くらいですか?

堀川 たとえば12話あったら、グロスとして制作会社に発注するのが2本くらい。富山本社が作画を担当するのが6~8本で、2~4本は東京でフリーランスの作画を集めて作る。今はそんな割合だと思います。

今夏、生産性向上計画が発動

―― そして今後は、内製の比重をさらに増やしていくと。

堀川 アニメーションのスケジュール管理は年々大変になっていて、どんどん作りづらくなっています。まあ極端な人材不足ですね。やはり内製率を上げて作品専従のスタッフで回せるようにしようと思います。

 たとえばTVシリーズ1本に対して作画期間10週を確保してくれとプロデューサーに話をするんですけど――これ、TVではまず取れませんが――専属契約ではないフリーランスのスタッフに作画期間10週を確保して発注したとしても、作品を掛け持ちで請けていることが多いので、10週間がまるまる有効に使われることはないんです。そこを作品に専従してもらうために、業界ではスタッフの囲い込みがどんどんエスカレートしています。

 うちもここ数年スタッフ確保と管理に時間がとられて、どんどんタイトなスケジュールになっているので、これを立て直す計画を2018年から続けています。作画期間10週を確保できないのは、企画を成立させるまでの期間と、そこから絵コンテアップまでのプリプロのコントロールが弱かったんです。

 とにかくそこを立て直して、原画マンが完成させるために火を噴きながら短期間の人海戦術で描くのではなく、作画期間10週間を取って少人数でしっかり作る。「『自分はこの作品に、この話数に参加したんだ』『やりがいがあった』と思えるような作り方をさせてやってくれ。じゃないと、みんないいように使われていると感じて離職していっちゃうよ」と。それと並行してどんどんアニメーターを社員採用して内製でできるようにする。

―― 『SHIROBAKO』の絵コンテのエピソードって割と実話なんですね……。

堀川 そうです。EDテロップを見ればわかりますが、今は1本に対してフリーランスの原画マンが20人くらい関わっていることが多いです。これを、1本に対して5人の原画マンで作れるようにするのが目標です。1人が50~60カットを専従で担当する計算です。すでにその方法で制作を始めている作品もいくつかあります。

 作画以降のスケジュール管理は、初期の立ち上げが最も肝心です。作画打ち合わせが終わりました。次の日から作業に入れます。レイアウトを短期で上げます。遅れずに総作監チェックまで通します。そして原画マンが原画作業に入るときまでにはレイアウトの戻しが積まれています。原画の締切がこの日です……と制作工程をスムーズに進めるには、日々スタッフ間の綿密なやりとりが必要です。

 今はトライアル期間で、どうしたらスケジュールを崩すことなく生産性を上げられるか、ということも含めて学びながらね。

 とにかく、やりがいがある創作の現場の成功体験をつくるんだ、ということを2018年10月に大きくビジョンとして掲げました。それを計画に落とし込んで進めてきて、ようやく成果が現われ始めたところです。

アニメ制作の働き方改革は進行管理が肝
目標はまず10週で原画50~60カット

―― 生産性に関してサンジゲンの松浦さんにお話を伺ったことがありますが、フル3DCGということもあり、進行管理をガチガチにやることで生産性を安定させていました。一方で、手描きの世界で進捗状況の管理はなかなか見えにくいのかなと思ったりします。他のスタジオでも試行錯誤されているでしょうが、P.A.WORKSさんではどのように管理されているんですか?

堀川 進行管理は今進めている働き方改革ともつながっています。そして働き方改革を考えるなら、やっぱり生産性を上げる方向しかないなぁと思っているんですよ。

 全社一斉に始めるのではなくトライアルからということで、今年の1月にトライアル班の8人で作画チームを1班だけ作って、まずはチーム内でどう生産性を上げるか話をしながら7月まで進めました。その後、8月からトライアル班を5人のチームと4人のチームの2班に増やしました。このチームで1年間試行錯誤を繰り返すつもりなんです。

 現時点でうちが組めるのは原画マンだと5班が限界。だから、現在も養成所で育成もしているし、アニメーターを社員採用して増員する。来年は6チームを組めればいいなと思っています。再来年には目標の8チーム体制を目指すつもりです。トライアル班を中心にして、これから3、4年くらいかけてノウハウを少しずつ溜めていこうと思って。

―― トライアルに参加しているのは社員だけですか?

堀川 はい。トライアル班では描く実務以外にもチームで協力してもらうことが多いので、フリーランスのクリエイターには頼めません。生産性を上げるための働き方をチームで検討しながら作画作業をするので。やはり育成や改革など長期の組織的な取り組みに大きな時間を割いてもらうのは、社員じゃないとできないと思います。

 実際にトライアル班は何から始めているかというと、業務管理の基本ですが、毎日15分単位で何をしたかを記録して集計と分析をしています。作画なら実際に描いている時間がどれだけあるのか、打ち合わせの時間はどの程度か、資料探しや準備の時間はどれくらいか、食事や休憩は? ……と。

 それを集計するプログラムを作って、そのデータをもとに毎週会議を開きます。制作が作成したスケジュール管理表には、各原画マンの1日単位のUP数予想が記されています。この表と照らし合わせながら、各自の進捗の確認と今後の見通しや作業上の問題点を話題にします。

 みんなすごく真面目に取り組んでくれているので、制作は数週間先までシミュレーションから乖離することなく物流を先読みしやすくなります。クリエイターは自身の担当カットだけではなく、チームのメンバーの状況を把握できますし、新人アニメーターは先輩が経験から教えてくれる問題解決案を聞く場にもなります。

 それと、今まで経験できなかった10週間で60カットの原画を上げるスピードとリズムを、体感として掴んで欲しいと思っています。10週間をレイアウト4週間、原画6週間の配分で考えれば、レイアウトは1週間で15カットになります。週5日間の稼働と考えて平均1日3カットです。TVシリーズであれば、まず若手が超えるべき最初のハードルだと思います。

 1日の行動を記録したデータの集計から1週間の描き時間の合計がわかります。これを1週間にUPしたカット数で割れば、平均1カットを何時間かけて描いているかがわかります。逆算で1日に3カット上げるためには1カットを平均何時間で描くことを目標にするかも算出できます。1カットに3時間かかってしまうなら3カットで9時間かかります。1カット平均1時間で描くベテランなら3時間です。これは能力によって個人差が大きい。

 まず1日のはじめに予定を立てます。今日はこの3カットを上げよう。このカットに何時間かかるかな、このカットは3時間はかかるだろうなと……。その予想と結果を比べてみます。作業時間がだいたい読めるようになるには何年もかかるでしょうけど、その訓練を続けなければいつまで経ってもできるようにはなりません。これは簡単なものではありません。所要時間を予測する根拠を経験のなかから見つけます。

 若手は時間を縮める何をすればいいのか、チームの先輩の経験からアドバイスをもらえます。レイアウトで押さえるポイント。机に座って紙に向かうまでにやれるプランニング。作画打ち合わせまでに絵コンテを読み込んで、演出確認が必要な処理をまとめておく。理解を曖昧にしない。UPしたら指示漏れがないように確認リストを作る……などです。

 そんな地味なルーティンワークでも意識して取り組むことと、先輩が若手にノウハウを継承することを育成システムに組み込むことで、チーム全員が作画期間10週間で上げられるようになる……というのがトライアルの内容です。

 10週から遅れた人はそのチームの次のローテーションから外れるのではなく、メンバーの一員だという意識を持ってもらう。チームが主体的にスケジュール管理に参加することで、クリエイターも制作も働き方が劇的に改善されます。

 現時点の業界にはいろいろ問題があるけど、改善に組織的に取り組んで、積極的に全員で参加していくことが重要だと思います。それにはスタッフの理解と協調性、そして大変な努力と継続を必要としますが、結果的には最短で成果につなげられるでしょう。僕にはそれ以外の方法が思いつきません。

―― チーム全体としての生産性を高めたい。

堀川 そうです。

ベテランの後輩指導が無駄にならない環境づくり
「若手を育てれば、いずれ自分がラクになる」

―― もしかしたら、ある人は描く時間よりも指導の時間が長くなるかもしれないけれど、それによって若手の描く効率が上がれば、全体としてはOKである、と。

堀川 そうです。うちの場合、クリエイターは実作業時間以外にも、トライアル班のミーティングや指導者ミーティング、養成所の講義の仕込み、カリキュラムの作成と、時間をとられることが多い。彼らは中長期視点で組織を強くするために時間を割いてくれているんです。

 なので、たぶん業界の一線で活躍するアニメーターは、TVシリーズの原画なら10週間で60カット以上上げると思いますが、「今は強い組織作りのために、作画以外のことに時間を割いてくれているので、この目標数で構わない」と皆には話しています。

 作画監督や演出の生産性を上げる最も効果的な方法は、原画マンの力量を底上げすることです。上に立つ人間が若手を育てれば演出や作監のチェックがスムーズに進み、いずれ自分がラクになりますよね。大事なのは、その考えと成果が継承されていくこと。離職率が高くて、「あそこまで親身になって、オレの時間を割いて教えたのに一人前になった途端、辞めていった!」ということでは、一線を退いたベテランくらいしか教える気にはならないでしょう。

―― せっかく教えてもどうせ辞めていっちゃうんだろうな、と。

堀川 その無力感との戦いは常にあると思います。

―― なるほど。私も企業さんの働き方改革のWebサイトを手伝っていたりするんですけど、P.A.WORKSさんのトライアルは本当に働き方改革そのものですね。しかもITを使って云々ではなく、言葉は難しいですが生臭いというか、人の気持ちの部分が絡んでくるところに切り込んでいる。

堀川 そうですね……昨今は『なつぞら』のようにみんなが意見をぶつけ合う場が作れないんです。そういう体験がないし、場もない。活発な現場を作るには、まずそんな機会を作ることが必要だと思います。じつはトライアルの1期は高望みをしてしまったんです。どうやって成果物の物量を上げていくかと並行して、どうしたら上手くなるか/技能の質を上げる定性目標も立てながらやろうとしたのですが、後者は上手くいきませんでした。

―― 技能についても数値化しようとした?

堀川 評価指標を作り、「これが数値化できたら上手くなった」ということを月に1回見てみようとしました。でも半年続けてみて、まだそれをやるレベルじゃないなと思ったんです。原画の技術は数ヵ月くらいで急激に上手くなるものじゃないんです。

―― 数値化とは、たとえば描いた絵に作監の修正が入る割合とか?

堀川 ええ、どれくらいの割合で直しが入るか、などですね。しかし、ちゃんとスケジュールが確保されていないなかでそれをやっても、「そんなもので評価されたくない」とか、色々思うところが出てくるじゃないですか。

 そこで、しっかり作画スケジュールを確保した作品であらためて見ていきたいんですが、生産性向上のうちの定量目標と定性目標は分けてやってみるつもりです。

「スタッフみんなで見るラッシュチェック」の
復活が技能向上のカギ!?

堀川 やりがいについて、みんなにシンプルなアンケートを取ったんです。それであらためて確認できたのですが、クリエイターは自分で描いたものが褒められると嬉しいという、当たり前の事実があるにもかかわらず、制作工程中にその機会がほとんどないんです。演出部などではあるんですけど。

 自分が描いたものを他者がどう見ているのか、どう評されているのか……今の作り方ではそれを知る機会がないんだ、とクリエイション部の部長から言われて気づきました。

 僕が業界に入った頃は「ラッシュチェック」というものがあって、そこではスタッフが大勢集まり、監督が中心になってフィルムを回しながらリテイク出しをする。それをみんながピリピリしながら見るんです。

 でもフィルムが無くなってムービーがデータになってからは、「各自がデータで確認してください」が主流になっているので、スタッフが集まって見る機会がない。だからその機会を作ろうと思っています。編集後でも納品後でもいいんですけど、作品1本分のフィルムがつながったらやりたい。原撮/線撮=原画をそのまま撮ったムービーがあれば完成映像と比較したい。

 5人の原画チームだったら、出席者はその5人と作監だけ。リテイク出しではなく、他者のカットを評価する。これをやることで、まず自分のカットが他者からどう見られているかがわかる。そしてもうひとつ勉強になるのは、他者のカットをどう評価するか。上手い人はこの技術的視点を沢山持っているんです。若手は「上手くなりたい」とか「誰々みたいになりたいなぁ」という漠然としたものはあるんですが、なぜ「誰々みたいになりたい」と思うのか。

 たとえば中村豊さんというすごくアクションが上手い原画マンがいます。みんな「中村さんみたいな原画が描けたらいい」と言う。彼の原画はたしかにカッコいいけれど、なぜ自分はあれを生理的にカッコいいと思うのか、技術的な視点で探究する能力が弱いんですよ。

 そのカットを「カッコいいね!」っていうレベルの評価ではなく、プロのアニメーターとして、「ここの体重移動が」「アウトラインの処理が」「カメラワークが」「カメラのレンズが」など、技術的な視点で他者の技術的特徴を語る習慣を作りたいんです。「上手い原画マンはそこを意識して描いているのか!」と、経験も知識もない若い原画マンが刺激を受ける機会になると思います。

―― ある意味では失われてしまった能力かもしれません。『なつぞら』の頃は皆持っていたのかもしれませんが。

堀川 昔はそれを語れる制作現場の環境が多かったのかもしれません。今も語れる人はいますが、それができる人は日常的に分析しているし、勉強もする人です。つまり、できる人は放っておいてもできるようになる。しかし、それでは業界クリエイターの人材不足は全く解消されないので、まず先輩がプロの職人としての技術的視点を提供し、若手が学んで継承するための場を作ってみようと思います。

 おそらく3年とか5年かけてようやく技術論が活発に、フランクに交わされる社内文化が醸成していくものだと思うので、やはり人を育てるということは中長期スパンで計画的に導入しないとできません。「この作品を作る間だけはやる」というのでは人は育たないんですよ。

若手が育たないのは
リテイクを出す余裕すらないから

―― その「場」をP.A.WORKSさんでは何と呼んでいるんですか?

堀川 今は「ムービーの批評会」と呼んでいます。ただ、まだ「今後こんなことをやるよ」と発表した段階です。年明けから編集が始まる作品から導入します。その前に、批評会では中心的役割を担う作画監督がムービーを見て、カット内容をどんな作画の視点で語れば若手の技術的好奇心や探究心を刺激するかを意識しておく必要があります。各チームの作監全員を集めて、クリエイション部の部長がそれをレクチャーするところからです。

―― ハリウッドのCGスタジオはその批評会がルーティーンになっていると聞きます。CGは作り直しが比較的容易なので、「ここはもっとこうしたほうがいいよ」という話を次の改善につなげるという前提で毎日やるとか。ただ、手描きのアニメでは、批評会自体はすごく価値があるのですが、絵としては出来上がっているので、それに対して手を加えることは基本的にはできません。

堀川 そうですね。たとえば、しっかりしたスケジュールのもと、「自分はこのカットを最後まで責任を持ってやりました」と言えるものに関しては、技術的に弱いポイントを批評されて次回から注意しようと言われても、「わかりました、その通りですね」と言えます。

 でも今は、原画マンがあまりの人材不足で、1カットの原画を分業する「二原システム」が増えています。レイアウトとして上げるのではなく、最初から動きのタイミングをつけたラフ原までしか担当しないものは、二原に渡される前にどんな演出指示が加えられたのか、どんな作監修正が入れられたのかを見る機会がありません。

 だから、「自分が最終フィニッシュまで責任を持てていないものに対して批評されてもなぁ」みたいなモヤモヤしたものが残ってしまいます。また、自分のところにリテイクが戻ってこないこともありますし、そもそも戻す時間がありません。

 若手を育てるには、できていないところは本人に戻して勉強させることが必要なんですよね。「この人に戻してもしょうがない/時間がないので、作監で直してください」というような進め方が常態化すると、作画監督の負荷ばかりが増えてしまいます。

 「ここができていないから、こういう意図で直しなさい」というマンツーマンのシステム/やり取りを可能にするためには、演出や作画監督とアニメーターが同じフロアにいて気軽にやり取りできる環境が望ましいです。とはいえ、その場を作るにしても、1本の作品に原画マンが40人参加しますとなると、そんな広い場所を1作品のために用意するのはなかなか難しいと思います。

―― 東映アニメーションさんの新しい大泉スタジオはそういったコミュニケーションをかなり重視されていて、制作のチームが完成した映像を見られるコーナーが設けられています。また、オフィスをあえて人の交流が生まれるレイアウトに変えるというのも最近のトレンドですよね。ひるがえって、アニメのスタジオはどちらかというと「作業に集中できる一人空間がセクションごとに区切られている」と思います。P.A.WORKSさんのスタジオで工夫されていることはありますか?

堀川 うちは『なつぞら』みたいな机の並びですね。1フロアで、部屋が区切られているでもなく、机の高いところに何か置くでもなく、みんなが見える。『なつぞら』はたぶんドラマ上の都合で作画ブースは少人数のユニットでしたけど、参考になっている昔の東映動画はもっとアニメーターがひしめき合っていたと思います。うちのスタジオは80人くらいまでは1フロアに机を並べられるかなあ。

スタッフの机がズラリと並ぶP.A.WORKSのスタジオ

―― 『SHIROBAKO』ネタになりますが、気分転換で散歩したくなっても富山の本社スタジオならすぐにできますよね(笑)

堀川 隣の建物に行けば温泉に入れるし、気分転換の場所はいくらでもあります(笑)

―― 働く環境としては東京よりもずっと優れていると思います。

堀川 それは田舎が好みかどうかにもよりますね。僕は、ストレスを溜めずにリラックスして、外を見れば緑がいっぱいだしいいなと思うけれど、「夜が静かすぎて怖い」という都会育ちの人もいるので、人それぞれです。若者文化の最先端に常に触れていたいという人にはたぶんここは向かなくて、のんびりした環境で腰を落ち着けてクリエイティブな仕事がしたいという人が残ってくれればいいかな。

―― それが企画の作風にも反映されていくという。

堀川 そういうことだと思います。(12月27日(金)公開の後編に続く

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