プログラミング教育 忙しすぎる先生を助けて

文●盛田 諒

2019年10月24日 09時00分

 2歳児くんの保護者をしています盛田諒ですこんにちは。2020年度から小学校でプログラミング教育が必修化。「どうしたらいいの?」と不安に思っている親御さんも多いと思いますが、それは実際に授業をする小学校の先生たちの多くも同じよう。小学校ではいま来年度からの授業開始に向けて、手探り状態のまま、あわただしく準備が進んでいます。現場を取材しました。

●子どもたちが「暗号解読」

 茨城・鉾田北小学校は10月10日、6年生を対象に、総合的な学習の時間を利用して「暗号解読アプリをつくる」というプログラミング体験の公開授業を実施しました。6年2組はアプリをつくること、6年1組はつくったアプリを発表して、自動化の進展について考えを深めることが目的です。

 まず6年2組では子どもたちが宇宙人となり、自分たちの星におけるオリジナルの数字を0~9まで考えます。次にオリジナルの数字を書いた紙をパソコンのカメラで撮影し、画像として数字を学習させました。これを何度かくりかえしたら「暗号解読アプリ(というか仮想数字認識アプリ)」ができあがるので、実際にアプリを使い、認識率の高さをはかります。

 面白いのはここでアプリの認識率が低いことを改善するため「デバッグ(修正)」という概念が出てくるところでした。

 子どもたちは「なぜ認識率が低かったと思う?」と聞かれて、「他の数字と似たような部分が入っていたから」「書き方が悪かったから」などと理由を予測。次に「どうデバッグ(修正)すればいいと思いますか?」と聞かれて「似たような部分のある数字を変える」「書き方をていねいにする」「逆だよ、むちゃくちゃに書いたほうがよかった」などとそれぞれの考えを発表していました。

 6年1組ではこうしてつくった暗号解読アプリを発表。同級生のアプリを使って気づいたことを伝えあった後、オリジナルの数字で書いた誕生日を「解読」していきました。ヘンテコな記号から無事に誕生日が復号されたときには「よっしゃ!」とガッツポーズをしたり、「やったー、できたできた!」と拍手をしたり、にぎやかにかわいらしく喜びを表現していました。

 6年1組の授業の終わり、技術を自分たちの生活にどう活かせると思うか聞かれて、子どもたちは「プログラミングで自動化して生活を便利にするものを作っていきたい」「難しいことをする楽しさがあった」などと答えていました。中でも「AIで仕事がなくなるかもしれないけど、逆に新しい仕事が作れると思った」という答えが印象的でした。

●「みらプロ」月間の取り組み

 暗号解読アプリの教材を作ったのは、深層学習技術の研究開発をしているプリファードネットワークス。担当者の西澤勇輝さんによれば、教材は実際にある機械学習の研究をもとにしたもので、子どもたちがつくった暗号リストは、手書き数字の認識精度をはかるためのデータセット「MNIST(エムニスト)」がモデルになっています。

 公開授業は、文部科学省などが今年9月から推進している「未来の学びプログラミング教育推進月間」(みらプロ)の一環として実施された取り組み。国がグーグルやアップル、プリファードネットワークスなど民間企業の協力をとりつけて、プログラミングの授業に取り組んでみるよう、全国の小学校および教育委員会に呼びかけたものです。

 鉾田北小学校の校長先生にみらプロをすすめたのは教育委員会の五十野亀久雄さん。昨年まで学校で校長先生をしていた五十野さんはプログラミングにも理解があり、今年から「ICT指導員」という肩書きで市内のICT教育を進めています。みらプロに興味をもったのは、今回のように面白い授業ができることを知ってほしかったからだといいます。

 「プログラミング教育にはこんな素晴らしいやり方もあるんだと。Scratchで多角形を描くなんてほんの入り口。こんな素晴らしい教材を活用して子どもが喜ぶ授業ができるんだと、体験してもらいたいと思ってやっています」(五十野さん)

 6年1組の授業をした生井沢敦子先生は授業をする前はやや懐疑的だったものの、いざやってみると、プログラミング体験の意義を理解できたと話していました。「子どもたちがすごく喜んでいて。こういうことをわたしたちも勉強してどんどんやらせていったほうが、この子たちがこれから生きる未来のために必要になるんだなと思いました」

 6年2組の授業をした宮嶋将人先生は3年目の若手で、生井沢先生はベテラン。ICT教育は得意ではなかったそうですが、「授業を推進していくために協力してくださった方々や、詳しい先生方に教わりながらやらせてもらったことが私にとっては大きかったです」と話していました。

 教師の仕事は、自分が学んだことを子どもに教えて伝えるもの。その点プログラミング教育は自分が学んだこともなければ他人の授業も見たことがないものです。子どもに対してやったことのない授業をすることは恐怖もあるはず。学校に日参し、先生たちとともに授業をつくりあげてきた五十野さんは、「やってくださった先生には感謝したいです」と話していました。

●モノより「ヒト」の支援が大事

 取材をする前はハードやソフトや通信環境などモノ周りが気になっていましたが、取材を終えた後は、授業に関わるヒトの多さが印象に残りました。

 実際に授業をするのは担任の先生ですが、教材をもとに授業の形を組みあげたのは教育委員会の五十野さんや研究主任の先生たちです。授業を合計8時間のコンパクトな形にまとめ、教材になかった「修正(デバッグ)」という考えをとりいれたのも先生たちのオリジナル。授業中は学校に端末を導入した会社や、ICT支援員たちも子どもたちのサポートにあたっていました。

 教材開発元のプリファードネットワークスも、授業に際しては教育委員会と連絡をとりあっていたそうです。認識率が低すぎると子どもたちが達成感を得られないからと、サーバー側で「暗号」を認識する精度を調整したといいます。たった8時間の授業をするだけでも裏側ではこれだけ多くの人たちが関わり、さまざまな調整をしているものなのかと驚かされました。

 来年度から小学校では英語教育が強化され、道徳が特別教科として変わるなど、先生たちのやることが増えていきます。必修化では「プログラミング」という授業ができるわけではなく、算数や理科や図工などの時間に「プログラミング体験」を盛り込む形。先生たちは「新しい授業で今までの教育目標をどう達成すればいいか」「減ってしまう授業の時間をどう補っていけばいいか」などを考え、話し合いながら、プログラミングについて勉強していかなければいけません。

 また、どれだけ熱心に取り組んでいる先生がいたとしても、公立校の場合は先生がひんぱんに異動してしまうという問題もあります。地域によって予算や環境に差があるのも問題ですが、どれだけモノや環境を整えても、今回のように豊富なヒトの支援がなければ、先生たちが疲れきってしまい、子どもたちにしわよせがいくことになるのではないかとちょっと心配になりました。

 鉾田北小学校の公開授業はとても楽しいもので、子どもたちも目をきらきらと輝かせていました。今回のように楽しい授業が定着すればプログラミングを趣味とする子も増えてきそうです。残り時間は少ないですが、子どもたちがプログラミングを好きになれるよう、国や自治体がしっかりと現場の先生たちを支援して、万全の体制を整えて来年度を迎えてほしいと感じました。





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