YouTube「Content ID」 非権利者の動画投稿を裏で支える技術とは
文●西田宗千佳 編集●飯島恵里子/ASCII.jp
2019年07月24日 17時00分
YouTubeは、いまや単に「動画を共有する場所」ではない。あらゆる産業が使う巨大なプラットフォームだ。
特に音楽産業については、単にプロモーションの場としてではなく、リスナーとアーティストをつなぐ重要なパイプであり、収益獲得の場にもなっている。そのための主軸技術が「Content ID」だ。
YouTubeは自社で、有料プランを含む音楽配信サービスである「YouTube Music」ももっているし、今年も7月27日から開催される「フジロック・フェスティバル '19」の公式配信を行う。そうした部分でも、Content IDが広く使われている。
Content IDの存在は、音楽産業とYouTubeの信頼関係をつなぐ要である。みなさんも名前は聞いたことがあるかもしれない。しかし、それが実際どう作られ、働いていているかを理解している人は少ないのではないか。
では、Content IDはどのような技術で、なにをしているものなのだろうか? YouTube Musicも担当する、グーグル 日本音楽ビジネス開発統括の鬼頭武也氏に話を聞いた。前編となる今回は、Content IDとはなにか、その仕組みについてまとめていく。
YouTubeの「Content ID」とはなにか
Content IDとはなにか。鬼頭氏は次のように答える。「著作物を検出し、正しく権利者がその利用をコントロールするための仕組みです」
YouTubeは他の映像配信や音楽配信とは違う存在だ。一般的な配信ビジネスは、著作権者が自らアップロードした権利をクリアーしたコンテンツだけを扱っているが、YouTubeはそうではないからだ。仕組み的には、消費者も自由に映像をアップロードできる。
その中にはミュージッククリップなどもあれば、「歌ってみた」「演奏してみた」「MADビデオ」のようなUGC(ユーザー・ジェネレーテッド・コンテンツ)も含まれる。
過去には、そのようなコンテンツは一律に「著作権違反コンテンツ」であり、権利者にとって許されざるものだった。だが、YouTubeが巨大な存在になり、消費者にとっても欠かせない存在になった。単純な排除は難しく、権利者に理解を得た上でいかに収益化を進めるかが重要になった。
そこで登場したのが「Content ID」である。この技術はアメリカでは2005年に、日本でも2007年に導入され、すでに10年以上に渡って利用されている。
Content IDは、YouTubeにアップロードされた映像が「権利者の著作物を含むのか」を判断するために使われている。映像や楽曲の特徴的な部分(通称、フィンガープリント)を判別し、フィンガープリントが「登録済みの映像・楽曲と一致するか」という点から、アップロードされた映像や音楽が「本来は誰が権利を持つものか」を判断する。
Content IDがマッチして「コンテンツの権利者」がわかるとどうなるか? 基本的には3つの選択がある。
- ブロック
- トラック
- マネタイズ
一つ目は「ブロック」。権利者の意向として、動画の公開を止めるものだ。
二つ目は「トラック」。動画の公開は止めない上に、その動画がどこで見られているのか、いつ見られているのか、といったアナリティクス情報を権利者が見られるようにする。「主にマーケティングに動画を利用したい、という権利者が選ぶものです。あるアニメ会社では、特定の国でのUGC動画の盛り上がりをチェックし、そこからビジネス戦略を作る、という例がありました」と鬼頭氏は実例を挙げる。
そして三つ目が「マネタイズ」。その動画から生まれる収益を、動画のアップロード者ではなく権利者に渡す仕組みだ。
このパターンのもっとも有名な例は、2016年に大ヒットした、ピコ太郎の「PPAP」だろう。公式以外にも大量の関連動画がアップロードされたが、それらのほとんどはContent IDで処理され、YouTube上で生まれた収益が、権利者であるピコ太郎氏に、マネジメント会社であるエイベックスを通じて支払われた。「PPAP」での収益の多くは、このContent IDによるものだった、と言われている。
ここでいう収益とは、一般的な広告収益だけを指すわけではない。「YouTube Music Premium」などの有料サービスから生まれた収益も、同様に還元される。ピコ太郎の成功とYouTube Musicの登場により、「権利者の方々の見方は変わってきた」と鬼頭氏は言う。
「音楽業界も、3年から5年くらい前までは、ほぼ『ブロック』を選択しておられました。しかし、ピコ太郎の成功から、『活用していくべき』という風に見方が変わりました。もうひとつ大きな転換点となったのはYouTube Musicのスタートです。このタイミングから、音楽業界の皆様も『収益化をしない理由はない』と、確実に考え方が変わってきています」
結果として我々は、「これは違法なものではないか」「アーティストに収益が渡らないのではないか」とビクビクすることなく、YouTubeで音楽を楽しめるようになっている。
メロディーから「歌ってみた」も判別
では、Content IDは、具体的にどう働いているのだろうか?
Content IDを作るには、「権利者がはっきりしているコンテンツ」が必要になる。そのため、Content IDを使えるのは、基本的には、音楽出版社などのGoogleと契約した法人、ということになる。だが、個人であっても、権利や配信の管理を行うアグリゲータ事業者を介することで利用できる。
楽曲はGoogleのシステムで分析され、前述の「フィンガープリント」が作られる。そして、特に楽曲の場合、現在は2つの方向で使われている。
ひとつは、楽曲そのもの、すなわち「原盤との差」を判別するためのContent ID。そしてもうひとつは「メロディー」を判別するためのフィンガープリントだ。いわゆる「歌ってみた」「演奏してみた」映像の権利処理を適切に行うには、メロディーを判別するフィンガープリントが必要であり、原盤の認識と両軸で必要、という判断からだ。
この特徴が明確に現れている場所がある。それは、YouTubeの「音楽チャート」だ。
「弊社から他に提供している情報も同じなのですが、このチャートには、原盤を使った楽曲の再生数だけでなく、『歌ってみた』などのUGCの再生数も含まれています」と鬼頭氏は説明する。現在の音楽シーンにおいて、楽曲の盛り上がりを示すには「元の曲」の再生数だけでは不足であり、UGCのカウントが欠かせない。そのためにはContent IDでの楽曲判別が必要なのである。
また、Content IDは「1つの動画で1つの楽曲を抽出」するものではない。例えばライブ動画などに複数の楽曲が含まれる場合、それぞれがちゃんと認識される。アレンジ曲や「歌ってみた」曲などに見られる、テンポや音階を変えた曲であっても認識される。テレビの画面を撮った動画のように、ノイズが多いものでも、もちろん認識される。
「白黒つける」のではなく「円滑利用」が目的
そうなると気になるのは、「どこまで正確に認識できるのか」ということだ。ここについて、現時点では明確な指針はない。しかし、この点については誤解して欲しくない点がある。そもそもContent IDは「コンテンツの権利について白黒つけるためのものではない」(鬼頭氏)からだ。
動画の権利侵害の申し立てとContent IDは同一視されやすいが、実際にはまったく違うもので、Google内でも扱いは異なる。
Content IDのフィンガープリントや、その適用条件は常に変更されているという。技術の進化やユーザーの動画の使い方などによって、適切な状況が変わるからだ。日本だけでも10年以上使われている仕組みだが、当初のものと現在のものとでは、中身が違ってきている。それは、この仕組みが「判別の手間を大幅に省くためのもの」であるからだ。
もちろん、判別が難しいシーンや間違った判別もある。
「まったく違ったシチュエーションの映像なのに、絵だけを見れば似ている……ということはあり得ます。例えば、白い車のカギを開けているシーンと料理をしているシーンは、別のものですが、シーンだけを取り出すと、ぱっと見似ている。そうした部分にどう対処するかも含め、日々変更が加えられている」(鬼頭氏)という。
その上で、間違った判別が行われたり、判別をすり抜けたりしているものについては、権利者が直接申し立てをすることができる。
あくまで、大量の映像から権利者へと還元すべきコンテンツを見つけやすくすることで、権利者が「ブロック」以外の方法論を採れるようにすること、YouTubeの利用者が安心して視聴できるようにすることが狙いなのだ。
では、こうしたシステムを使い、現在はどのようにビジネスが行われているのか? ライブ配信などでどう利用されるのか? Content IDをベースにして、音楽業界での利用は、我々が思う以上の変化を遂げつつある。そうした部分は後編で解説していくことにしよう。
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