30万円だが一生モノ! 世界最薄で光発電なシチズンの腕時計を衝動買い
文●T教授、撮影● T教授
2016年12月07日 12時00分
高級腕時計の開発には厳しい時代
腕時計ほど小さくて、メカニズムの塊で、見ていて楽しいモノはほかにない。
何百年もの歴史ある時計の世界は、時に世界中の全メーカーが“正確さ”に集中的に凝ったり、ある時は防水性能に凝ったり、時に小ささや薄さ、軽量さやデザインに執念を燃やす時期がある。
その栄枯盛衰は、新素材や新技術、エンジニアや職人などの人が絡んでいて極めて楽しい世界なのだ。
今や、電波腕時計が1000円で買える時代になり、発売時には45万円していたクォーツ式腕時計なら100円で買える。モバイル型セシウム原子時計の登場を待たなくても、正確性はすでに現代の“GPS衛星電波時計”で10万年に1秒の誤差だ。筆者をはじめ多くの人はその精度もせいぜいラーメン・タイマーに使うのが関の山なのだ。
もう腕時計においてはほとんどのジャンルの競争が終わってしまい、今、世界では他社のOEM提供用ムーブメントを拝借したオシャレ風ミニマル腕時計の洪水だ。
電気自動車とまではいかないが、パソコンや万年筆と同じくらいには、腕時計も今や誰もがメーカーになって新デザインの商品を生み出せる時代になってしまった。
しかし、実際の腕時計ビジネスはなかなかタフで、表層だけのデザイン開発やベルトとのコンビネーションのオシャレな提案だけでは、すぐに多くの競争相手が現われる。
1万円台のリーズナブルな腕時計だけではビジネス上の厳しさは加速するばかりだ。そして今では販売の中心は単価がより高額な上位クラスの腕時計へと推移している。
こんな時代に、腕時計の最大基本要素である歯車を含め、ほぼすべてのパーツを一から開発、製造して、いまさらながら世界で一番薄い腕時計を作ったクレージーな会社がある。
筆者が子供の頃からオマージュしていて、大好きで、日本が世界に誇る腕時計製造の老舗のシチズンだ。15年ほど前、Linuxを搭載した「WatchPad」というクレージーなスマートウォッチを一緒に作った会社だ。
腕時計は毎年年初に開催される欧州の「バーゼルワールド」でその年の新商品のお披露目が行なわれるが、今回筆者が夏の盛りに予約衝動買いしてしまった「Eco-Drive One(AR5000-50E)」(以降、エコ・ドライブ ワン)も同会場で展示されていた製品の一つだ。
年初にウェブのニュースで見て、夏に偶然寄り道した日本橋三越の腕時計売り場で実機サンプルを確認。衝動的に予約して、先月11月25日にやっと受け取った。
さまざまな時計と比較しても魅力的な「エコ・ドライブ ワン」
パッケージは旧来の高級腕時計やライカカメラのようなデカくて重くてずっと置いておくには相当のスペースと覚悟を要するものだが、中身のエコ・ドライブ ワンは極めて軽くて小さい。
保証書や取説、オーナーズクラブ案内や注意事項はまずすっ飛ばして、すぐにエコ・ドライブ ワン本体を取り出して、筆者が今も愛用するシチズンの代表的な腕時計と比べてみた。
親父の代から引き継いだ昭和中期の腕時計や世界初の多極電波時計、サラリーマン時代に清水の舞台から飛んだつもりで買った10年保証の「ザ・シチズン」、ただのクォーツウォッチなのに、筆者所有のものは年差2~3秒と驚異的。デザインもビジネスマン用腕時計としてこれの右に出るものを見たことがない。そして今回のエコ・ドライブ ワンだ。
こうして過去の逸品をいくつか並べてみると、シチズンという会社は、全般的には極めてなマトモで地味で堅実な腕時計を製造する会社だと理解できるが、世界初の多極電波腕時計のように、ほとんど電波受信アンテナしか見えないクレージーなデザインを堂々と製品化してしまう。
間違いなく筆者が長年、強くシチズンに惹かれて多くの腕時計を衝動買している最大の理由だろう。
広く世界に目を向ければ、筆者が見た瞬間に欲しくなって衝動買いしてしまったDevon Watchの「Tread 1」や、目立つことを常套手段としているカシオ「G-SHOCK」など、飛びつきたくなる腕時計会社は多い。
Devonは極めて狭いユーザーセグメントに向けて発信したテンションの高い腕時計で、一見して腕時計ではないイメージの変態腕時計なので納得だろう。
一方、カシオはG-SHOCKを従来の固定した若いG-SHOCK世代だけではなく、大人な高額のG-SHOCKがやけに目立つようになってきた。毎年年齢を重ねて行く過去のG-SHOCK世代にもリフォーカスした、新しいG-SHOCKを目指しているのだろう。
そして、最近にわかに注目を浴び、筆者も愛用している「knot」腕時計は、リーズナブルな廉価版のミニマルデザインで登場した新進の腕時計メーカーだが、すでに廉価版ユーザーからシフトした上位機種へ動きはじめているので、筆者としては今後が楽しみだ。
そんな個性的な腕時計と比べてもエコ・ドライブ ワンは別格の偏執狂的腕時計だ。最大の特徴である「世界最薄」(アナログ式光発電腕時計として)は、他の腕時計と一緒に手に持って見てみれば、その違いはもう明白だ。
機能が大幅に違うので単純比較はかなり大胆でおかしいが、エコ・ドライブ ワンを、筆者愛用の分厚い腕時計「グランドセイコー・スプリング・ドライブGMT」と較べてみたら、そのサイズ感はあまりにも大きく違うのが一目瞭然だ。
エコ・ドライブ ワンは実際の見た目だと、目の錯覚で付属のステンレスベルトの方が腕時計本体より多少分厚く感じてしまう(実測では0.5mm程薄い)。
実際に筆者の購入したエコ・ドライブ ワンの厚さを、「0.01mmまで測定できる」と言われて買った電子ノギスで測定してみたところ、実測は3.1mmだった。
これは、エコ・ドライブ ワンのカタログに記載されているスペック値(設計値)である2.98mmよりも0.12mm分厚いが、設計値との誤差はマルチプリンター用紙1枚分だ。
ちなみに世界最大をうたうカシオのG-SHOCKは実測16.9mm。若者に人気のknotで実測6.72mmだった。
世界最薄を実現した工夫とすばらしい装着感
エコ・ドライブ ワンはこの世界最薄を実現するために、歯車をはじめほとんどのパーツを新しく作ったようだ。そして85個ものパーツを内包した結果の新作ムーブメントの厚さがなんと1mmだという。これはもう驚異的な数値だ。
そして内包するムーブメントや長短二本の針を守るベゼルにはステンレス(デュラテクトα)を採用。裏ブタには「サーメット」と呼ばれるセラミックスと金属の合成素材を使用している。
そしてガラスには透過率99%のサファイアガラスを採用し、高い視認性を実現し文字盤の見易さに貢献している。
エコ・ドライブ ワンは世界最薄だが、これだけの要素と技術を詰め込んだ質量の高い腕時計なので、その重さも気にかかる。
そこで筆者宅のキッチン秤で計ってみたところ、実測重量はなんと69g。これは日常筆者が使っているいくつかの腕時計の半分から3分の1の重量だ。
エコ・ドライブ ワンは今年の夏、筆者が実機を見て予約した時も、ついつい世界最薄の手触りと、それを実現している新開発のメカ部分に目が行き、本来なら最も重要視すべき要素の最右翼である“装着性能”にまで気持ちが至らない。
しかし、実際に購入して毎日使ってみると、エコ・ドライブ ワンの最も素晴らしい性能は「装着性能」であることが鈍感な筆者にも追々理解できてくる。そして、世界最薄にも関わらず、精度±15秒、光発電、フル充電で10ヵ月稼働、日常生活防水を実現している。
それは同社の「時計づくりの原点」である「正しい時間を刻み続ける精度、永続的な駆動、そして、人が身に着ける」をただ伝統に培われた確実な技術と気迫で実践したに過ぎないことがわかる。丁寧で真面目な物作りを長年やってきた同社のストレートな回答だ。
一生付き合えるホンモノの腕時計を買おう!
アイキャッチ的な見せかけですごいと感じる楽しくて素晴らしい腕時計は世界に多いが、腕につけて1日を終えた時に、腕に付けていたことを忘れてしまっているほどの腕時計にはめったに出会わない。
普及モデルのエコ・ドライブ ワンも決して価格的には安くはないが、覚悟して腕時計を買うなら、冠婚葬祭に困らない程度の“チョイオサレな なんちゃってミニマルデザイン腕時計”を卒業して、一生付き合えて心底スゴイと思うホンモノの腕時計のローン返済で苦しんでみるのはどうだろうか!?
今回の衝動買い
アイテム:「エコ・ドライブ ワン(AR5000-50E)」
価格:日本橋三越にて32万4000円で購入
T教授
日本IBMから某国立大芸術学部教授になるも、1年で迷走開始。今はプロのマルチ・パートタイマーで、衝動買いの達人。
T教授も関わるKOROBOCLで文具活用による「他力創発」を実験中。
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