ガルパン杉山P「アニメにはまちおこしの力なんてない」

文●まつもとあつし 編集●村山剛史/ASCII.jp

2016年08月06日 17時00分

(C) GIRLS und PANZER Film Projekt

劇場版は興行収入21億円超、累計動員数120万人を突破
BD発売後も異例のロングランが続く『ガールズ&パンツァー』

 「ガルパンはいいぞ」――もはやそう表現するよりほかないほどの快進撃が続いている。テレビ、OVA、劇場版と続いた大ヒットは社会現象とも言える規模になりつつある。そして『ガールズ&パンツァー』の主人公たちが活躍する舞台、茨城県大洗町には日々多くのファンが訪れ、町の人々との交流があちこちで見られる。

 どのようにして地方都市「大洗」とアニメ「ガルパン」は幸せな関係を築くことができたのだろうか? その中心人物の一人、バンダイビジュアルの杉山潔プロデューサーに詳しくお話を伺った。

プロフィール:杉山潔プロデューサー

『ガールズ&パンツァー』プロデューサー杉山潔氏

 1962年生まれ。大阪府出身。バンダイビジュアル所属。航空・軍事に造詣が深く、「AIR BASE SERIES」をはじめとするドキュメンタリー作品を多く手掛けている。アニメの担当作品には『青の6号』『戦闘妖精雪風』『ストラトス・フォー』『よみがえる空 -RESCUE WINGS-』『ガールズ&パンツァー』などがある。


ストーリー:『ガールズ&パンツァー 劇場版』

 学校の存続を懸けた第63回戦車道全国高校生大会を優勝で終え、平穏な日常が戻ってきた大洗女子学園。ある日、大洗町でエキシビションマッチが開催されることに。大洗女子学園と知波単学園の混成チームと対戦するのは、聖グロリアーナ女学院とプラウダ高校の混成チーム。今やすっかり大洗町の人気者となった大洗女子学園戦車道チームに、町民から熱い声援が送られた。
戦いを通じて友情が芽生えた選手たち。試合が終われば一緒に温泉に浸かり、お喋りに華が咲く。そんな時、生徒会長の角谷杏が「急用」で学園艦に呼び戻される。いぶかしがる大洗女子のメンバーたち。果たして「急用」とは…?
大洗女子学園、決断の時―。新たな試合(たたかい)が始まる!

(C) GIRLS und PANZER Film Projekt

スタッフ
監督:水島 努 脚本:吉田玲子 考証・スーパーバイザー:鈴木貴昭 キャラクター原案:島田フミカネ キャラクターデザイン・総作画監督:杉本 功 キャラクター原案協力:野上武志 ミリタリーワークス:伊藤岳史 プロップデザイン:竹上貴雄、小倉典子、牧内ももこ、鈴木勘太 モデリング原案:原田敬至、Arkpilot 3D監督:柳野啓一郎 音響監督:岩浪美和 音響効果:小山恭正 録音調整:山口貴之 音楽:浜口史郎 主題歌:ChouCho「piece of youth」 3DCGI:グラフィニカ アニメーション制作:アクタス 製作:バンダイビジュアル、ランティス、博報堂DYメディアパートナーズ、博報堂DYミュージック&ピクチャーズ、ムービック、キュー・テック 配給:ショウゲート

キャスト
西住みほ:渕上 舞/武部沙織:茅野愛衣/五十鈴 華:尾崎真実/秋山優花里:中上育実/冷泉麻子:井口裕香 ほか

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『ガールズ&パンツァー 劇場版』Blu-ray/DVD発売中!

(C) GIRLS und PANZER Film Projekt

発売日:2016年5月27日(金)
Blu-ray特装限定版 BCXA-1123:9800円(税抜)
カラー 本編119分+映像特典224分 DTS-HD Master Audio(5.1ch)・リニアPCM(ステレオ) AVC BD50G×3枚 16:9(1080p High Definition)・一部16:9(1080i High Definition) 聴覚障害者対応日本語字幕付(ON・OFF可能)

特典
キャラクター原案・島田フミカネ描き下ろし収納BOX キャラクター原案・島田フミカネ描き下ろしジャケット(本編DISC) 総作画監督・杉本功描き下ろしジャケット(映像特典DISC) 聴覚障害者対応日本語字幕付(ON/OFF可 ※本編のみ対応)

新作OVA『愛里寿・ウォー!』『3分ちょっとでわかる!!ガールズ&パンツァー』 ノンクレジットOP・ED 『不肖・秋山優花里の戦車講座』 劇場特報・本予告・PV・CM集(蝶野正洋CM含む) 劇伴収録メイキング 『プレミア前夜祭』『全国舞台挨拶ツアー』『大洗 あんこう祭2015』

DTS Headphone:X(本編音声) キャストコメンタリー 渕上 舞(西住みほ役)、茅野愛衣(武部沙織役)、尾崎真実(五十鈴華役)、中上育実(秋山優花里役)、井口裕香(冷泉麻子役) スタッフコメンタリー 水島 努(監督)、柳野啓一郎(3D監督) ミリタリーコメンタリー 鈴木貴昭(考証・スーパーバイザー)、岡部いさく(軍事評論家)、吉川和篤(ミリタリー監修)、田村尚也(ミリタリー監修)、斎木伸生(ミリタリー監修)、杉山 潔(プロデューサー)

特典CD・ボコのうた「おいらボコだぜ!」 歌:西住みほ(CV:渕上 舞)、島田愛里寿(CV:竹達彩奈) 特製ブックレット(88P) 杉本 功自選作監修正集(20P) 「BANDAI VISUAL +」シリアルコード スマホゲーム「ガールズ&パンツァー戦車道大作戦!」DL特典シリアルコード☆5西絹代(大洗女子学園制服ver) イベントチケット優先販売申込券

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最初の候補地は大洗ではなかった

―― 本日はガルパンと大洗の関係についてお話を伺っていきたいのですが、まずは大洗が舞台に選ばれた経緯を教えてください。

杉山 実在の町を舞台にしたのは演出上の理由から来ています。作品の設定が“女子高生が戦車に乗って試合をする”という荒唐無稽な世界ですから、舞台まで架空の町ではリアリティーやキャラクターの存在感が地に足の付いたものにはなりにくい。

 登場人物が女子高生たちである以上、やはり現実に居そうな女の子たちとイメージが重ならなければなりませんから、どこかの町を舞台にして、その風景・習慣・食べ物といったものを取り入れることが必要だろうと。

 じつは、大洗は最初の候補地ではなく、山陰地方の某都市を想定していました。なぜかと言えば、作品の内容が“スポーツもの”なので、企画当初はいわゆる高校野球みたいなイメージを持っていました。

 そして高校野球といえば“東北勢”です。冬は雪に閉ざされるのでグラウンドではなく室内練習場での練習を強いられる。そういったハンデを背負ってくるから、日本人の好きな判官びいきで、応援したくなる。この作品についても、弱小校が勝ち上がっていく、という話ですから通じるものがあるだろうと。

次に、ならば“戦車を動かしにくい場所”ってどこだろうか? となったわけです。平地が少なくて豪雪地帯……といったところではないか? ということで山陰かなと。最初の候補地は私も訪れたことのある場所なのですが、山がすぐそこに迫っていて、海に落ちている。しかも豪雪地帯ということで『あそこだな』となんとなくイメージしてはいたんです。

 ところがロケハンをする段になって距離が問題になりました。ロケハンに行くスタッフは少なく見積もっても10人を下りません。1回行って写真を撮り、あとは適宜資料を集めて描くという考え方もあったのですが、それだとたぶん“背景が町になっているだけ”になるだろう、と。そして追加取材をしたくても(距離的に)ちょっと現実的ではないよね……という話になり、「じゃあ北関東あたりは?」ということで検討が始まりました。

 ただ、大前提として、設定上“学園艦”というものが登場しますから、巨大な船が入港できる港湾設備を備えた港町であることが望ましい。そしてある程度フォトジェニックというか、ランドマークになる建物があったり、キャラクターたちが遊びに行ったりする生活感を感じられる場所が良い、となったんです。

大洗町にひときわ高くそびえる「大洗マリンタワー」(撮影:佐藤ポン)

 たまたま私は茨城県に住んでいて、子どもたちを連れて大洗に行っていました。茨城で海水浴といえばあのあたりか大洋村(現在の鉾田市)でしたので。土地勘もあり、先ほどお話ししたランドマークも備えている。

 たとえば港、展望台(マリンタワー)、その足元には女子高生たちが買い物をしそうなアウトレットモール、関東最大規模の水族館、由緒ある磯前神社があり、海の中に鳥居が立つ神磯の杜がある。温泉施設もあり、電車は1~2両編成のディーゼル車が高架を走る鹿島臨海鉄道が――といった具合です。そこで提案したところ、水島監督がすぐ見に行って「いいよね」と仰り、大洗に決まりました。

 大洗は、特急に乗れば東京から1時間半程度、クルマでも1時間から2時間くらいで着きます。先ほど懸念として挙げた、ロケハンを何度も行くことになった場合も、地理的に便利だろう、と。

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「コソコソ作戦」はこうして始まった

―― 杉山さんはガルパンをいわゆる“まちおこし”の文脈で語られることには否定的です。それはなぜなのでしょうか?

杉山 すべてのアニメが“まちおこし”と紐付かないわけではありません。積極的に自治体を巻き込んで、宣伝費まで出してもらって、という作品ももちろんありますし、個別の作品のやり方について私たちは評価する立場にありません。ただ少なくともガルパンは違います。

―― そのあたり順を追って“ガルパンの場合”がどうであったのか聞かせていただけますか?

杉山 “このアニメで最初から町を巻き込むことはしない”というのが、大洗側のキーパーソンである常盤良彦さんと交した約束だったんですね。

 作品の内容上、町を壊さないといけないのですが――戦車戦をするわけですから――相談もなく自分たちの町を勝手に壊されたら、そりゃ気分悪いだろうなと。なので、まずは大洗に「舞台にさせてください」というお願いをしなきゃいけないだろう、というのがいちばん最初でした。

市街地での試合シーンに大洗の町並みが使われている。劇中で勢い余った戦車が突っ込んだ旅館「肴屋本店」にはファンの宿泊予約が殺到した。(C) GIRLS und PANZER Projekt

こちらは実際の「肴屋本店」玄関。キャラクターの立て看板が並んでいる(撮影:佐藤ポン)

 常盤さんと出会う以前は、大洗という町には遊びには行ったことはあるけれど、商工業者・行政の方面にはまったく知り合いがいないので、町役場の商工課とか観光課に飛び込みで電話しようかなと思っていました。

 そこで製作委員会で「(舞台を)大洗にしたいと思っています」という話をしたときに、たまたま出資者であり音楽を制作しているバンダイナムコグループの関連会社でもあるランティスの関根陽一プロデューサーが、「僕、大洗出身ですよ」って(笑)。これはなんの仕込みもない、本当の偶然です。

 たまたま彼の実家が、大洗の商店街で工事資材店を営んでおられたんです。そこで関根さんの父上を通じて、商工会長で当時県議会議長であられた田山東湖議員をご紹介いただきました。

 田山さんは非常にスピーディーに物事に対応される方で、「俺はよく分からんけど、そういうことなら、面白い奴がいるので紹介するよ」とその場で電話をしてくれたのが常盤さんだったんです。そのとき常盤さんはご自身が経営するとんかつレストラン クックファンでお仕事をされていました。あとから聞いた話では、震災の影響でお客さんが減少して、スタッフを一時的に解雇せざるを得なかったと。しかし、その日はたまたま混んでいて忙しくて、自らホールに立っていたそうなんです。

 そこにいきなり電話が掛かってきて「いまから人がそっちに行く、お前アニメやれ、アニメ」って(笑) で、わたしも車に乗せられ、直接紹介されて。とんかつ屋さんで差し向かいになり、『これ、どういう展開になるのかな。ホントにこの人でいいのかな?』って思いながら企画書を見てもらいました。常盤さんって、洒落たメガネをかけていて、格好も同様で、わたしからすると、なんというか――ちょっと胡散臭い感じだったんですよ(笑)

―― (笑)

杉山 でも常盤さんは、「アニメのことはよくわからないけれど、なにか町で面白いことができるなら、ちょっと考えましょうか」と言ってくれたんです。

 わたしから常盤さんには、まず初めに「私どもとしては、町を使わせてください。壊せる町・建物が欲しいんです。ロケハンもしたいんです。僕たちは町のことがわかりませんから、案内をしてくれる方はいませんか?」と話しました。その時点では純粋に制作準備をお手伝いいただくつもりだったのです。

 ミーティングを重ねるなかでも、「この作品はオリジナルなのでヒットするかどうか保証できません。だからあまり商売面で“本気”にならないでください」と話しました。世間一般に“アニメでまちおこし”という言葉が一人歩きしていた状況ではありましたので。舞台になった町にファンが遊びに来てくれることはあるかもしれないけれど、まずそれはヒットしないとありえない話なので。

大洗には、ファンならピンと来る場所がそこかしこに(撮影:佐藤ポン)

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 対して常磐さんは、「面白い事さえできればいいので、我々は経済効果を求める気はまったくない」「これについてはまずごく小さなプロジェクトチームを組みます。気心が知れていて、失敗したら『ごめんね』って言える範囲からスタートします」と言ってくれました。

 逆にそれでわたしは(彼のことを)信用したんですね。『この人、変わっているけれど、本質をちゃんと分かっているかも』と。

 そのころ2人で言っていたのは、「行政を巻き込むのはホントに最後の最後にしましょう」ということ。行政がトップダウンでやった途端におかしなコトになった例も多いように聞いていましたから。最初の約束事“町を巻き込まない”とはそういうことだったんです。できるだけ大きく“やらない”ことを選択しました。

―― なるほど。実写映画はその場で撮影しますから、行政にOKをもらいながらでないと進めにくいところがあると思いますが、アニメの場合はロケハンのみで済むので、行政は最後、まずは商工会の有志のみという小さなチームで動けたという部分はありそうですね。

杉山 それはもちろんあると思います。町を使うといっても写真や映像を撮って回るくらいで済みますから。実際は、あんこう祭(毎年11月に大洗で開催される名産品あんこうを題材にしたお祭り)への参加が決定あるいは打診の時点で町長と面会しました。町のお祭りですから、よそ者が勝手に入り込むわけにはいきません。きちんと趣旨を説明して了解を得る必要がありますから。
※『ガールズ&パンツァー』のテレビ放送は2012年10月~12月。11話と12話は翌年3月。あんこう祭への参加は2012年の第16回から。

―― その後、あんこう祭で予想を超える人数が押し寄せたり、最近では劇場版の興収が15億を超えるに至りました。

杉山 昨日で19億を超えましたね。
※記事公開日現在、興行収入は22億超。

―― そういった効果といいますか、数字は評価として高いわけですよね。最初は想定されていなかったとはいえ。

杉山 振り返ってみれば効果はすごく大きかったとは思うのですが、最初に町の方々と約束したのは経済効果の話は一切止めましょうということです。だから今でも正式にどのくらいの経済効果があるのですか、と聞かれれば「いや、測っていないのでわかりません」という答えが返ってくると思います。

 我々は経済効果に変えるためにやるわけではないので、そこは絶対に踏み外さないようにしましょう、と。「コンテンツには必ず終わりが来るので、コンテンツにばかり寄りかかっていると、なくなった途端また元に戻っちゃう。次に皆さんがやったほうが良いことは、いま来てくれているお客さんに“大洗のファン”になってもらうことですよ」と、町長にも直接言っていたんです。

「アニメでまちおこしなんてできない」

杉山 基本的にわたしは(アニメ)コンテンツでまちおこしとか地域復興はできない、と思っています。なぜかというと、普通に考えればよくわかるんですが、たとえば深夜枠のアニメーションって(放送は)夜中の2時とか3時じゃないですか。視聴者層がものすごくセグメントされています。ほとんど男性のアニメマニアしかいないわけです。

 そういう枠の特性がある上に、視聴率1%取れば成功と言われます。ドラマみたいに10%は要らないわけです。深夜で、視聴率1%で、セグメントされた人たちが見ている作品を、1クール12本・30分放送して影響力があると思いますか?

 ない、と思うんです。よくコンサルの人たちが“コンテンツツーリズム”って言いますが、後付けならわかりますけれど、コンテンツツーリズムを前提に、行政を巻き込むのは(わたしは)すごく反対なんです。

 だからよくそういう話が来るんですけれど、違います!ってずっと否定して回っています(笑) 我々はそんなおこがましいことを考えていませんでしたと。我々は面白い作品を作るための努力はできるけれど、それ以上のことはできませんとずっと言い続けていたんですね。

―― ロジカルに考えて、深夜アニメとまちおこしがつながらないというのはまったく仰る通りだと思います。きっかけであって、コアな人たちが来て、町を好きになってくれても、そこから先はコンテンツとしてできることはあまりない。

杉山 ないですね。面白い作品を作るしかないので、我々は。最低限の条件は、作品がヒットすることですが、ガルパンはオリジナル作品だし、我々はそこに絶対の自信はなかったんです。(ヒットする約束を)先物取引のように、舞台となる町との交渉材料には使えません

―― 逆に、大洗での盛り上がりは、当初は一部のコアなファンのみだったと思いますが、その後あんこう祭の盛況ぶりが新聞やテレビで伝えられました。そのことは、作品のさらなるヒットに貢献しているわけですよね。

杉山 それは客観的にとても貢献していると思いますけれども、我々からすれば大洗をプロデュースした気持ちは全然ないんです。なぜならテレビシリーズで初めて大洗が登場するのは第4話なんですよ。

 常盤さんも4話まで大洗が出てこないことを、どう町の人に話そうかと考えていたらしいですけれど(笑) 作中で大洗って言葉もほとんど使っていません。学校の名前としては出ていますけれど、“大洗のここが”といった紹介はほとんどなく、第4話でも試合会場として使っているだけで大洗町をそれほど積極的にアピールしたつもりはありません。

 あくまでも“リアルな町並みを描くため”。ただそれを見て、「どうも大洗って町があるらしい」ということで、あんこう祭にもたくさんの人たちが訪れてくれたのは予想を超えていました。

運と偶然が重なったあんこう祭

杉山 祭りにあわせての電車やバスのラッピングは自分たちでやりました。作業しながら常盤さんと話していたのは――これ、あとから聞くと良い話に聞こえちゃうけれど――「どれくらいファンが来るんだろうね。1000人来たら泣いちゃうよね」って。本当にそういう話をしていたんです。

 そのときに初めてグッズも作りました。キーホルダーのようなささやかなものです。数も(来場者の)2割か3割は買ってくれるかも、ということで2~300個しか用意しなかった。だからあっという間になくなってしまいました。それくらい我々には予測がついていなかったんです。

ラッピングもおカネがないので、住友スリーエムさんに電話して「(御社の)ロゴをバスや電車に貼りますから、ラッピング用のフィルムロールを無償でご提供いただけませんか」とお願いしました。さらに知り合いのツテで、ラッピング施工会社が破格の値段で出力してくださいました。で、「あとは自分たちで貼りますから」と始めたのですが、うまく貼れない。すると出力してくれた会社がワザワザ来て貼ってくれたんです。

 普通はそのまま貼れずに終わりだったと思うんですよ。綺麗事ではなく、善意に支えられて迎えたあんこう祭だったんです。

 それをきっかけに大洗町に来る人が増え始めて、なんとなく町の人たちも「なんか最近人が多いね」と。常盤さんにも問い合わせが少しずつ入るようになった。でも、まだその程度だったわけです。

現在はラッピングバスが常時運行中(茨城交通)

あくまでもフィフティ・フィフティの関係

―― グッズを小ロットで作ることも通常は難しい面があると思います。数が少ないとそれだけで単価が高くなってしまったり……。

杉山 ところが地方には、小ロット対応の小回りが利く記念品屋さんのような存在があるみたいなんですね。

―― グッズの話ですと、大洗でのロイヤリティーの料率やMG(最低保証料)はどのように処理されていたのでしょうか。特別な許諾のプロセスがあったのですか?

杉山 弊社とムービックさんが商品化の窓口権を持っていますので製作委員会に報告はしますが、オリジナル作品なのでわたしたちのハンドリングで進められます。ロイヤリティーは当然必要ですが、MGについては大洗だけではなく――ケース・バイ・ケースですが――ガルパンに関しては商品化にあたってMGをいただいたことはほとんどないですね。

―― 大洗が一種の“特区”というわけではなく?

杉山 プロモーションタイアップなどを除けば、いただいたことはありません。

―― 大洗のグッズ販売についてはMGはなしで、売上に対するロイヤリティーは設定されていた?

杉山 設定していました。そこも最初に常盤さんと握りあったところなんですが、50:50(フィフティ・フィフティ)の関係は維持しましょうと。先ほどの“町を巻き込まない”と言い始めていたころですね。

 「我々も町には必要以上に甘えません。だから町の皆さんも我々に必要以上に甘えないでください」と。どちらかがどちらかに甘え始めた途端に、関係はきっと不健全になります。だから我々は大洗だからといって、特別扱いはしません。いや、もちろん舞台として特別扱いはしますが、ロイヤリティーは(設定を低くして)いただきます、という話をしました。

 いまでもその話は変わっておらず(大洗でのグッズ販売でも)ロイヤリティーは全部払ってもらっています。

(C) GIRLS und PANZER Film Projekt

杉山 ただ、町の人たちは今まで著作権など気にしたことがなかったわけです。そこの理解をしてもらうのは大変だろうなと思いました。たとえばあるお店が、あんこうチームなどのマークを冠した商品を作って売るといったことを始めたわけです(笑)

 ホントはそれはダメなんですが……常盤さんと話をしていたのは、そういうケースに関しては、応援してくれているわけだし、その自主的な応援の気持ちは大事にしたい。しかも値段も安いものだから、これについては「いまは片目をつぶっておきます」と。

―― というと?

杉山 商工会などできちんと版権処理の窓口を設けて――これはいずれ設けるつもりではいましたので――それが軌道に乗った段階で、少しずつ正常化していきましょうと。

―― つまり大きな企業以外は、商工会で版権の利用申請受付と利用状況をまとめてレポートし、それを元にバンダイビジュアルさんから商工会へ請求が届き、商工会がお支払いする、という流れですね。

杉山 しかし大洗に行って、実際に商品を手に取ってみるとわかりますが、ほとんどロイヤリティーが乗っていないような金額で商品が販売されています。そんな商売っ気のなさがファンに受け入れられた――つまり『俺たちをカモにしようとしている』と思った途端にファンは一気に離れるんですけれど、逆に「こんな値段でいいの?」という声が多かったんですよ。

 得てして、キャラクターを載せて値段を上げるという商売をしがちじゃないですか。ですが大洗は食べ物も含めてものすごく物価が安い。その上に(ライセンス料が)載っかっても、それこそデザインを変更した包み紙の実費分くらいしか上がってないんです。

大洗の商店では、それぞれ工夫をこらしたオリジナルグッズが販売されている(撮影:佐藤ポン)

―― ファンはわかりますよね。普段他のキャラクターグッズも買っていますから。

杉山 これもラッキーなことに、ガルパンのファンって30代後半以上だったんです、最初のコアな人たちは。

 社会で仕事をしている人たちが中心なので、原価というものに理解があるわけです。だから「えっ! こんな安くていいんですか?」となる。この人たちは儲ける気がないのかもしれない(笑)という風に理解してくれたのだと思います。これが高校生とか大学生とか、社会に出ていない子たちが中心の作品だったら、たぶんこうはならなかったでしょう。

 典型的な例がウスヤさん(ウスヤ精肉店)という、劇中にも登場する串カツを売っているお店です。最近は大晦日にガルパンファンが、磯前神社で初日の出を見ようということで夜明かしをするんですね。年末の海のそばだからものすごく寒い。そうしたらウスヤさんは朝の5時まで店を開けてくださったんです。ファンが暖まれるようにって。串カツも売るんですが、一緒に甘酒を振る舞っちゃうんですよね。

―― 無料で……。

杉山 それ、下手をすると赤字でしょ、と。でもそれをやる人たちなんですよ。誰から頼まれるでもなく、自分たちでやり始める。そういうことをしてくれる町だからこそ、「ガルパンがきっかけだけど、大洗が好きで、どこそこの商店のおばちゃんに会いに来ました」って、ファンが手土産持っていくわけですよ。

 それは、やっぱり作品を作る上で予想もしていなかったし、こうしてくださいなんて一言も言っていないし、言ったところでできることではありません。本当に偶然と、町の人たちのホスピタリティーがあったからこそですね。こんなこと、企画の段階から仕込めないですよ(笑)

(撮影:佐藤ポン)

ガルパン「後」の大洗

―― たくさんの幸運もあったと。とはいえ、先ほど杉山さんが仰ったようにコンテンツはいつか終わる、つまりガルパンブームもいつかは過去のものになります。そうなったときでも、作品ではなく“町のファン”が生まれていれば繰り返し足を運んでもらえる、つまりおカネを使う。……場所によっては移住する人もいらっしゃったりという話もありますが。

杉山 大洗にも20人くらい移住した人がいますね。

―― 自治体が制度を整備したわけではない、そこに暮らす人たちが自主的に始めた取り組みであったわけですが、“結果的に”まちおこしになった、ということですね。

杉山 結果として、移住者が増え、週末ごとにファンがやってきて楽しみ、おカネを使ってくれるということがまちおこしだと言えば、まちおこしだと思いますが……。“興し”という言葉って意図的なものだと思うんです。意志がそこに感じられるんですよね。だからそういう意味では違和感はありますね。

 大洗って、もともと観光地で、ホスピタリティーが高く、年間を通じてイベントが多いんです。いろんな仕掛けをしてお客さんを誘引する努力をしてきた町なので、ガルパン1つに町の命運を委ねる気はないと思います。

 そんなことされても我々も困るし、そんな気はなくて、おカネ・経済効果を度外視してみんなでガルパン面白いねって言ってくれる町だから、ファンが安心して来られるということだと思うので。たぶん、いまでもガルパンを使って町をどうのこうのというのは、意識していないんじゃないかな……。

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町との良好な関係は、ファンの高いモラルあってこそ

―― たしかに観光課の資料でも、まずご当地キャラのアライッペが登場します。しかし、このようにお話を伺っていくと、書き手の立場として、やはり“ガルパンでまちおこし”という方向に結論を持っていきそうになることに気付かされます。

杉山 たしかにそのほうが外からはわかりやすいですからね(笑)

―― 北関東出身の担当編集曰く、「臨海学校といえば大洗で、広い砂浜が小学生で埋まっていた光景をよく覚えている。家族で海に遊びに行くときも大洗。だから“鄙びた海辺の町がガルパンで一気に観光地化!まちおこし大成功!”みたいな言説ってピンと来ない。そもそも大洗は、まちおこしなんてする必要がないレベルの有名観光地でしょ」とのことでした。

杉山 もともと観光地だからという面はすごくあると思うんです。お客さんとの交流に慣れているんですよ。賀詞交換会でスピーチをさせていただいた際、「このポテンシャルの高さというのは他にはないと思います。そこはもっと自信をもってください」という話をしたんですね。

 たぶん、おカネにならなくてもファンを歓待するというのは、目の前の利益じゃなくて、町や店を好きになってもらうほうが先……といった商売人ならではの嗅覚が働いているのかもしれないと思っています。

 ただ、気を付けたいと思っているのは、町全部がガルパンを好きなわけでもないし、ごく初期にはアニメファンみたいな人が来たら、子どもを歩かせられないというような声もわずかではありますが聞こえていました。一枚板になることなんてないと思いますし、さまざまな背景を持って生活されているので、そこはずうずうしいと言われないようにしたいと思ってます。

もともと大洗は海水浴の名所として知られる観光地だ(撮影:佐藤ポン)

―― 大洗としてはもともと持っていた観光地としての魅力――そこで暮らして商売をしている方々のポテンシャルがあり、震災という突発的な出来事で落ち込んでいたところにガルパンが、なんらかのきっかけを作ったけれども、そこからまちおこしという話は地域の取り組みであって、ガルパンと直接関係がないということですね。

杉山 もう1つガルパンにとってラッキーだったのは、先ほど挙げたファンの年齢層が高かったことですね。ファンと町の関係がこれだけ良くなったのは、ファンのモラルの高さなんですよ。社会人なので非常識なことをあまりしないんです。だから町で大きなイベント――たとえばあんこう祭にファンがわあっと来て街中にいっぱいいても、ゴミが落ちないんですよね。

 自分たちの行動によって『やっぱりアニメファンは……』と思われてしまう可能性があることをすごく自覚しています。年季が入っているオタクって――わたしもそうですが――いわゆる偏見に晒されながら生きてきたので、自分たちがどういう風に見られがちか、よくわかっています。

 せっかく町の人たちがよろこんでくれているのに自分たちが間違った行動をして、それを台無しにしてはいけない、という認識の人がすごく多いのです。だから、町の人たちも“ガルパンさん”って呼んでくれて、「ガルパンさんはとってもマナーが良い」って言ってくれるんです。

コンテンツがなくなっても築いた関係が切れることはない

―― 杉山さんはいまも毎週のように足繁く大洗に通い、“コソコソ作戦”会議に出席されています。この活動はいつまで続きますか?

杉山 わたしがどれだけ会社のお金を使って動けるか、というのは収益規模によって変わってくると思いますので、いい加減なことは言えません。ただ、わたし自身、大洗の人とのつながりができました。わたしの子どもも、向こうの子どもと友だちになって、いつも一緒に遊ぶのを楽しみにしています。

 ありがたいことに、仕事を通じてではありますが、友人もたくさんできたし、特に手弁当で手伝ってくれているKGO(元・勝手にガルパン応援団)の若者たちとは兄弟のように接しているので、彼らとの関係はコンテンツがなくなったからといって、切れることはないし、縁を切るつもりはまったくないので、引き続きお気に入りの“遊び場”として大洗に行きたいですね。

 大洗の人たちにも『昔ガルパンってあったよね』って思い出してもらえればそれで良いんじゃないかなと。いま遊びに来ている人たちの数%が、ガルパンが縁で大洗と個人的なつながりを持ち、遊び続けてもらえれば……それが最大、我々が望めることではないかなと思います。

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町が先を走り始めた

杉山 2013年の海楽フェスタだったかな? 2話分テレビシリーズが落ちてしまって、11話と12話(最終話)は2013年3月に放送することになったんですね。そうしたら最終回放送日と海楽フェスタが同日だったんです。

 この偶然は活かすべきだろうということで、前日の土曜夜に最終話込みの全話をオールナイトで観ようというイベントを企画したんです。テレビ局に許可をいただいて、シネプレックス水戸に企画を持っていったら面白がってくれて、じゃあ2スクリーン空けましょうという話になりました。

 ところが予約をとってみたらあまりにも殺到してしまい、結局全スクリーン使うことになったんですね。それはうれしかったのですが、よく考えたらオールナイトなので5時過ぎには劇場から退出しないといけないんですよ。観客はたぶん翌日、というかその日の朝、海楽フェスタに行くでしょうと。

 移動手段をどうするかという話になって、鹿島臨海鉄道さんと茨城交通さんに相談して臨時便を出していただいたんです。しかし、いざ大洗の駅まで辿りついても3月の朝6時頃。凍死者とか出たら大変だという話になって、わたしがふと思いついて無茶ぶりをしたんです。町の文化センターを開放してもらえませんか、と。

 皆無理だよそんなのって言うんですけれど、とりあえず町の生涯学習課に話を持っていってもらったんです。色々あったとは思うのですが、最終的に開放してもらえることになりました。そこを暖めないといけないから職員さんが朝5時くらいにやってきて、暖房を入れなきゃならないにもかかわらず。駅からは茨城交通さんがピストン輸送してくれました。

 これが実現する自治体ってあまりないと思うんですよ。

―― 普通はどこかで(話が)止まりますよね。

杉山 通常の勤務形態から逸脱していますからね。そして2014年は水戸で剣道の全国大会があって、そもそも宿泊施設が足りなかったんです。でも前年のあんこう祭が10万人を超えていたので宿泊施設不足は明らか。どうしようという話になって……またわたしが無茶ぶりをするわけです(笑)

 潮騒の湯、それから町運営のゆっくら健康館をシェルターに使えないかなって話をしたら、潮騒の湯のおかみさんが乗ってくれたんです。一泊2000円で雑魚寝だけれど食堂を開放して、朝まで騒ぎたい人は2階でねって感じにしてくれて。すると町営のゆっくら健康館もシェルターとして稼働していいよという話になり、ありがたくてわたし当日の夜、ご挨拶に行きました。

 そして今年の海楽フェスタでは町長から話があって、潮騒の湯とゆっくら健康館だけでなく商船三井フェリーの「さんふらわあだいせつ」がホテルとして稼働しました。

―― たとえは良くありませんが、それこそ震災のときのような対応ですね。

杉山 その発想ってまず我々には無理だと思うわけですよ。それを実現してしまう町の人たち、商工会や行政。これができる町はそうそうないでしょう。

―― もとから持っているポテンシャルが高い。

杉山 高いし、あの人たちの……そのなんて言うんですかね、お祭り心。

―― ガルパンがそこに火を点けたという部分はあるでしょう。

杉山 まあ、そうですね。火が点きやすかったと思うんです。皆困っていたというのはありますから。そうしたら意外と面白くなってきて、ファンもマナーの良い人たちだし……というすごく良いスパイラルで上昇気流ができたと思っています。それを作ったのもやっぱり地元なんですよね。

 町内にキャラクターのパネルを立てて、ファンに探してもらう「ガルパン街なかかくれんぼ」というイベントがありましたが、これも我々ではなく、商工会発案なんです。このイベントによって、それぞれのお店がガルパンというものを意識し始めて、店頭に立てたキャラクターを通じてファンとコミュニケーションもできるようになると。この導線の作り方は見事でしたね。

 だから、わたしはホントに、アニメをポンと持ってきたらパアっと町がどうにかなる、なんて夢見るのは止めたほうが良いと思うんですよ。

ファンからも大好評だった「ガルパン街なかかくれんぼ」は大洗町からの発案で始まった。現在も継続中

―― テレビ映像作品の一般的なライフサイクルからしても、このガルパンを巡る動きは非常に長いと思いますし、地域の人たちのポテンシャルなくしてはあり得ない話ではありますね。

杉山 たまに、コンサルタントから送られてくる企画書を見るんですけれど『うーん』って。過去事例を並べて「あなたの町もこうすれば……」という内容で、言い方は悪いけれどお手軽過ぎというか『考えてないでしょ』って思っちゃうんですよね。

―― あなたたち、6年間毎月のように通って、面倒事もモデレートしながらやっていけるんですかっていう。

杉山 どこまで関わる気がありますか、ってことだと思うんですよね。わたしの場合は苦にならないからやれていたというのはあると思うんですけれど。町の人たちを中心に作って盛り上げていく形でないかぎりは、たぶんうまくいかないんじゃないかなあ……。

―― アニメの舞台に万が一選ばれたとしても、ヒットしなければその先は拡がらない。ヒットしても町の人の取り組みあってこそ――アニメそのものに“まちおこし”の力はないという言葉は、率直だけれども大切な立ち位置の確認だと思いました。

杉山 はい。自分たちのやっている仕事を卑下するつもりはまったくありません。ただ、その部分(地域振興)では必要以上に評価され過ぎている感じがしていて。

 アニメが持っているものはそこじゃなくて、訴えたいことをきちんと伝えて感動してもらったり怒ってもらったり……物語そのものから何かを受け取ってもらう、そのための表現媒体としての力はもちろんあると思っているんですけれど、町を興すことについては、アニメの持っている力とは違うと思うので。そんな力はない、というのはそういうことなんです。

著者紹介:まつもとあつし

 ネットベンチャー、出版社、広告代理店などを経て、現在は東京大学大学院情報学環博士課程に在籍。デジタルコンテンツのビジネス展開を研究しながら、IT方面の取材・コラム執筆などを行なっている。DCM修士。
主な著書に、堀正岳氏との共著『知的生産の技術とセンス 知の巨人・梅棹忠夫に学ぶ情報活用術』、コグレマサト氏との共著『LINE なぜ若者たちは無料通話&メールに飛びついたのか?』(マイナビ)、『できるネットプラス inbox』(インプレス)など。
Twitterアカウントは@a_matsumoto

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