勉強へのやる気に満ちた泥臭いEdtech・センセイプレイスが気になる理由

文●北島幹雄/大江戸スタートアップ 撮影●曽根田 元

2016年01月15日 07時00分

「決してクラウドソーシングではない。先生をテクノロジーで応援する会社にしたい」

 そう語ったのは、専属の先生がマンツーマンの指導を行う中高生・大学受験生向けのオンライン教育指導サービスの『センセイプレイス』創業者。ネットを使った個別指導は教育系大手企業も行っているが、起業から1年に満たないスタートアップによるこの個別指導にはユニークな部分が多い。

 同サービスの特徴は、学びのログの共有だ。学びの場を単純にウェブ上にスライドさせただけでもなく、クラウドをつかった先生の乱暴なソーシングもない、一風変わった教育・テクノロジー両面から取り組むEdTech(エドテック)サービスについてお届けしたい。

運営を行っているセンセイプレイスの庄司裕一代表取締役CEO共同創業者(写真左)、馬場祐平CTO共同創業者(写真右)、鈴木友子プロダクトマネージャー(中央)

先生からの「いいね」や勉強ログの共有を開発して”見える化”する

センセイプレイスの先生一覧

 センセイプレイスのサービスリリースは2015年4月。同年12月にはリニューアルでインターフェース改善とSNS機能の追加を行ったばかりだ。サービス内容は、Skypeを利用した生徒と先生によるオンラインでのマンツーマン指導とSNSのようなウェブプラットホーム上でのやり取りが主となる。

 利用するには、生徒側はスマホがあれば十分。登録されている先生の中から自分に合った講師を選び、マンツーマンでの個別指導が始まる。授業は英会話サービスなどと同じくスカイプを利用したもの。

 60分を基本とする直接指導だが、重視されるのは塾や個別指導での”授業”というよりも、勉強のやり方・計画の立て方が中心となる。オンラインの指導外での生徒側の自主学習が重視されており、勉強時間の習慣や質を改善する場として、ビジネスのような「学習でのPDCAサイクル」を生徒に意識させるのだという。

 「実際の指導で知識を教えることは少ない。こちらから答えを教える対症療法のような学習法ではなく、重要なのは生徒による気づき。そういった学習のプロセスを身に着けさせるために、あくまで生活習慣・行動習慣・考え方を教える」と語るのはセンセイプレイスの庄司裕一代表。実際の指導でも、お互い事前に準備しておいた1週間のレポートについてのポイントチェックが中心となる。

 だが、週1回の指導だけではそう簡単にPDCAサイクルを回せるようにはならない。指導外での学びのサイクルを支えるためにあるのが、毎日の学習を記録して、日々先生から「いいね」や「コメント」がもらえるSNSのような機能をもつ「学びログ」だ。

GitHubのように学びのプロセスをオープンにしてやる気を高めあう

サービスへは、指導の有無に関係なく利用登録をすればログインできる。生徒側がフォローした先生のやり取りが閲覧できるが、生徒同士でのコミュニケーションはできない。

 学びログは生徒から先生へ毎日の学習記録をつづる日記のようなもの。学習時間や内容、今日の学び、発見、振り返りを記録して投稿すると、先生からのコメントやFacebookのような「いいね!」が返ってくる。自主学習の継続に必要なのは“緩やかな関係性の持続”で、信頼する先生からの1通の効果は非常に大きいという。

 「オンラインだけでは、指導を始めてから5日目にモチベーションが下がってくるのが経験からわかっている。そこで先生の存在を生徒に伝えることが必要になる。存在感を感じ続けられると勉強の熱は冷めない。コメントや“いいね”の返信は生徒からすると『やべー見られてる』となるが、その反面でうれしい後押しにもなる。そのような応答を重ねていくなかで、『がんばります』と返ってくるようなコミュニケーションが重要。その場にはいなくても、応援している先生の存在感を伝えられる」と語るのは馬場祐平CTO。

 以前はクローズドな1対1での指導履歴だったが、リニューアルとともに改善を行ってきた。「サービス開始から蓄積してきた先生と生徒のやりとりを見て、シェアすべきだろうとなった。たとえばGitHubはソースコードをオープンにしたことで、エンジニアのコラボレーションを加速して楽しくした。学びのプロセス自体もオープンにすることはやる気を高め合うことにつながる。生徒自身、先生自身のやる気を引き起こしたい」(馬場氏)

 このような共有は、生徒側だけでなく自らの指導の客観視、先生同士の学びあいという面もある。「どういう風にオンラインだけでお互いのコミュニケーションを築いていくのか、ほとんどの先生は最初からはできない。たとえ個別指導で長い経験がある先生でも、そこは別。一般的な勉強だけを教えるやり方とは異なっている」と庄司代表。

 個別指導の学習塾と同様に、センセイプレイスの先生は、プロの講師だけでなく受験を終えたばかりの現役大学生が中心。先生同士の“指導の勉強会”も積極的にオンライン上で行っている。

センセイプレイスのトップ画面。先生側の学びログへのコメントが確認できる。

 先生と生徒のコミュニケーションの1つとして、リニューアル以前は、”勉強法Q&A”を設けていたが、そこでは「感動や熱量につながるような生徒と先生のキャッチボール」は生まれなかった。オンライン上のQ&Aで生徒が勉強法を知ったとしても、習慣が根付いていなければ「そうやってDuo(英語学習指導本)って使うのか。さて遊ぼ」というのがこれまでの流れだったという。

 「対話型の問いかけコミュニケーション指導を続けていくと、毎日書いてくれるようになる。書いてくなかで生徒自身にも学びや気づきの成長実感が出てくる」(庄司代表)。発見や気づきを生徒が書き、そこに先生が客観的な視点でコミュニケーションを積み重ねていく過程が重要となる。

(次ページ、センセイプレイスの背景には何があったのか)

先生自身の看板で稼げる場をつくりたい

 センセイプレイスが解決を目論むのは生徒の勉強面だけではない。「先生が稼げる場をつくりたい」という考えもプラットホームのベースにある。

 塾講師の離職率は、飲食サービスなどと並び他業種と比べ高い水準となっている。生徒にかける指導以外での時間外業務の多さや、拘束時間の長さ、掲げる理想の教育とのギャップ、業界構造の面では個別指導型でのビジネスモデルが増えたことによる学生講師の増加、合否の評価が直接塾の評価に結び付くことからの経営の不安定さなどが理由に挙げられる。

 「優れた指導で生徒を何人も東京大学に送っているようないい先生でも、結果は塾の合格実績の数字に入ってしまう。がんばって生徒を合格させても、先生自身の看板にはならない」と庄司代表は問題点を指摘する。

 場所を選ばないこともあり、いい先生がどんどん指導できるのがセンセイプレイスのポイントだが、より最適なマッチングでの指導機会の増加、そして一人ひとりの先生へのフィードバックは、今後の課題となってくる。

 現在のセンセイプレイスでは、生徒側がログの投稿や経歴、生徒からの評価が書き込まれたレビューなどから先生を決めることになる。60分の無料体験指導をLINE@から申し込んだあと、保護者確認のうえで指導契約が結ばれている。

 1回の授業料はコマ単位での金額で、売り上げの15%がプラットホームの収益となるが、料金設定は調整中の段階だという。大学生講師だった先生に評価がたまって、プロとして継続できるような形がプラットホームとしての目標だ。

Twitter勉強アカウントの裏事情

PCを通して行う先生側の指導風景。

 サービス開始から1年にも満たない現在の流入は、Twitterが主。生徒からのアクションは”Twitterの勉強アカウント”からが中心となっている。

 勉強アカウントは、受験生同士がSNS上で励ましあってお互いのモチベーションを上げたり、学校の友人に隠れて自分の勉強の成果や勉強方法をTwitterやInstagramで共有するもの。高校生のTwitterユーザーのうち62.7%が複数アカウントを所持しており、それらは恋愛や学校、友人などアカウントによって使い分けが行われている。

 一部の先生は、センセイプレイス上での情報発信だけではなく、Twitter上で勉強アカウントに向けた情報発信を行っている。もともと講師として有名だった個人の先生や、勉強アカウントを持っていた先生は人気が高い。

 「友達同士で、勉強やってる?と聞かれて『やってねーよ。余裕だよ』と返事をしていても、心の中では『全然やってねー。まじあせる……勉強しないと』といったやりとりは、いつの時代でもあるもの。それがTwitter上の別アカウントに変わっているだけ。リアルではないつながり方だと、より本音が見え隠れする」と庄司代表は語る。

 実際勉強アカウントを作っている生徒は、親にも友達にも言えない悩みのはけ口をTwitterの勉強アカウントに求めるケースもあるという。中学校で勉強ができたが、高校で追いつけなくなったケースなど、理想と現状とのギャップが強い場合は何をすればいいのかわからなくなってしまう。

 「常に理想があるが、計画倒れになってしまい、できない自分につぶれていくケースを見てきた。彼らはがんばりたいが、周囲に言えない空気がある。そのような本当にがんばろうとしている子を応援したい」(馬場氏)

 生徒の熱量を引き出していくことを重視する同社だが、そこにはかつてオンライン上で同様の指導経験と、そこで感じた限界があった。

2ちゃんねるきっかけでの開塾とその限界

 庄司代表と馬場氏には、センセイプレイス以前に学生時代に起業したオンラインでの「道塾」という同じくSkypeを使ったオンライン指導を行う塾の運営経験がある。

 開塾のきっかけは、馬場氏による匿名掲示板2ちゃんねるへの投稿だ。「2003年当時、勉強の方法をネット調べてみると、集約されたものがほとんど出てこなかった。受験生を応援したいという気持ちから『早稲田への道』というスレッドを立てた」(馬場氏)

 ハンドルネーム”uさん”としてスレッド内の“生徒たち”への書き込みを続けていき、大学4年末に個人事業として馬場氏はオンライン私塾・道塾を起業する。2ちゃんねるの中で自然にできていた教え子たちの存在や、サークルの後輩が実際に「早稲田への道」を見て入学していた事実が後押しとなっていた。

 道塾は受験生を対象に、2007年からの6年間で約1000人の生徒をネット上で指導。先生は現役大学生がほとんどで、多いときには50名をリアルな校舎に抱えていた。売りは8カ月で志望校に合格させるというもので、集めた生徒は学校をやめたようなドロップアウト組が中心。当時、珍しいストーリーでできあがった塾は大手マスコミにも取り上げられ生徒の流入も増えた。

 だが、事業を継続していく過程で変化が起こる。当初は志望校に合格させるゴールだけを追い求めていたが、一方で学ぶことそのものの姿勢を生み出すこと自体も重要なのではという”ブレ”が馬場氏ら経営陣のなかで生じた。ビジネス的には黒字の無借金経営を続けていたが、社内でのぐらつきによって道塾は2013年に終わりを迎える。

 また一方では、合格の喜びを伝え合うようなコミュニケーションの広がりも見えなかったという。「集まった生徒は、(ドロップアウト組が中心だったため)そもそも合格したことを周囲に言いたくないため、口コミがまったく広がらなかった」(馬場氏)

 センセイプレイスは合格という結果にフォーカスするのではなく、勉強する過程そのものを共有し、広げようとしている。「一般の塾や個別指導とは持っている視点が違う。結果ではなくプロセスにフォーカスしてみると、自然と指導法が変わっていく。結果、どう考えていけばいいのだろうか、と生徒自身が変わる」(庄司代表)。

(次ページ、運営経験の先にある教育での課題とは)

成績が勝手に上がる魔法のような場所ではない

学びログ投稿フォーム

 センセイプレイスのサービス自体は、始まったばかりで、「ようやくプロダクトができたところ。これから幅を広げていく」(庄司代表)段階だ。

 2015年12月時点での生徒数は43名で、先生は14名。中には合格者も出てきているが、本当にうれしいのは「勉強を続けたい」や「次の目標ができた」という声だという。

 1000名をかかえたオンライン指導塾の運営経験があるとはいえ、生徒と先生のマッチングにはまだまだ課題も多い。「そもそもプラットホームとしてやろうとしていることを理解しない生徒もいる、彼らは(成績をよくするだけの)魔法を探している。正直なところ、学びログのような地味なプロセスが回らない子や、保護者も含めてセンセイプレイスを魔法の場所だと思い込んでしまうとなかなか難しい」

 たとえば、50問中のうち2問しか正解できていなかった生徒が50問中30問正解できるまで“成長”しても、あせりから本人はダメだと思っているケースもあるという。そのような変化を気づかせることも狙いの1つだ。「本人も保護者も”ほめるポイント”を客観視できておらず、お互い息苦しくなってしまうケースを数多く見てきた。そのようなときこそ、勉強で努力しているプロセスに喜びを実感してもらいたい」

 学びログや週間レポートを通じて”勉強のプロセスを可視化”することで、センセイプレイスではテスト結果だけではない学びそのものへの判断ができるようになっている。ブラックボックスだった学ぶ過程そのものの評価を明示することがポイントだ。実際、着目点を変えた指導を行うことで、変化を起こしている手応えが運営側にはあるようだ。

 「プロセスが明示されることで、『テストどうだったの?』という結果の確認ではなく、『この工夫はいいね!』とほめたり、『その気づきは次に活かせるね!』といった会話を始めることができる。計画の立て方、勉強の仕方、心構え、改善点とほめるポイントはいくらでもある。センセイプレイスは、テスト結果だけで測る教育から、プロセスに着目する教育への変化を起こしたいと思っている」(庄司代表)

“理想と現実のギャップ”を埋めるEdTechとなるのか

ベータ版のインターフェース。「勉強を面白くしよう」とかかげられたサイトのUI・UXはかなり粗削りだった。

 取材前の勝手なイメージでは、「スカイプのプラットホームに乗っかった、クラウドソーシングで学生講師をまとめたようなもの」と思っていたが、方向性は真逆だった。センセイプレイスのログに書き込まれた生徒、先生それぞれの長文のやり取りは、半クローズドなコミュニティならではの文章の熱量で、そのやり取りはいい意味で泥臭い。

 KPI(事業での指標)が何かを尋ねると、生徒の成績ではなく、学びログの数、文字数、そして継続率が重要な要素ということで、塾というより完全にコミュニティサービスそのものとなっている。現在の100人にも満たない状況が、将来的にどう変わるのか興味深い。

 教育事業サービスとして見ると、そもそも塾や教材などを“魔法”と扱う保護者・学生が世の中の大方を占めているはずだ(本人はそうだと思っていなくても)。生徒と先生がハイタッチできるわけでもなければ、一度も直接会わずに合格発表を迎えるようなこのサービス。今後規模を拡大させてスケールするにあたって、オンライン指導での熱がどこまで保たれるのか、またサービス自体を魔法として頼るような層をどのようにコミュニティに巻き込んでいくのか。

 つい”結果”や”魔法”を探してしまう教育関連でありがちな“理想と現実のギャップ”こそ、本当にEdTechで解決すべきポイントだ。コミュニケーションの密度を維持しながら、テクノロジーをさらに活用してセンセイプレイスを理解しない層も巻き込むようなサービスの成長ははたしてできるのか。同社の取り組みから第2のビリギャルが生まれるという結果があったとしたら、そこから先のストーリーこそが本当に気になるところだ。

●センセイプレイス株式会社
教育領域に特化した独立系ベンチャーキャピタルの『Viling Venture Partners』でのアクセラレータープログラムを経て2015年4月より創業と同時にベータ版サービスを開始。
2015年6月にスローガン、スローガンコアント、Viling Ventures Partnersからシード段階での資金調達を行っている。今後、2016年春から夏にかけて新たに調達を予定。
2016年1月現在の社員数は5名。

■関連サイト
センセイプレイス

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