Midori - 人知れず消えたMSの極秘OSプロジェクト
文●鈴木淳也(Junya Suzuki)、編集●ハイサイ比嘉
2015年11月30日 11時00分
皆さんは「Midori」というプロジェクトを聞いたことがあるだろうか? Midori単体では8年近く、その前身となったプロジェクトも含めれば実に10年以上にわたって研究開発が進められてきたMicrosoftの極秘プロジェクトだ。
筆者も小耳に挟んだことがある程度のこのプロジェクトだが、今年2015年11月になり同プロジェクトの元メンバーだったJoe Duffy氏が、Midoriプロジェクトで進められてきたことを語りつつ、その成果の一部を自身のBlog上で定期的に公開し始めて話題になっている。本稿では「Midoriプロジェクト」の概要に触れつつ、それがMicrosoftで果たした役割について考えてみる。
「Windowsの次」を目指したOSプロジェクト
現時点でMidoriについて一般に公開されている情報はほとんどない。最盛期には100名以上のMicrosoftでも一流の技術者や研究者らがチームに参加し、それこそ次のMicrosoftやWindowsを担うべく極秘に進められていたプロジェクトだからだ。
Midoriの前身となったのは「Singularity」と呼ばれる2003年にスタートしたOSプロジェクトで、2008年にOSソフトウェアの最新版リリースを発表して終了しており、そのまま事実上の後継プロジェクトであるMidoriへと引き継がれている。Singularityが非常に実験的なプロジェクトだったのに対し、Midoriはそれを「商用レベル」あるいは「次のWindows」とする可能性も含めて開発が進められていたようだ。
このSingularityやMidoriがスタートした経緯は、ZDNetのMary Jo Foley氏が2008年6月に公開した記事に一部まとめられている。
Singularityプロジェクトがスタートしたのは、Windows XPの発売から2年後の2003年。Microsoft社内的にはWindows Vistaの開発が本格化していた時期だ。すでにWindows XPの延長サポートが終了した現在において、「Windows XPは古いスタイルのOS」という意見に異を唱える人は少ないだろう。セキュリティや信頼性は現在のOSに比べて低く、プロセスの並列実行やパフォーマンスの改善など、見直すべき点が多かった。
折しも、2000年にMicrosoftが「Next Generation Windows Services」(NGWS)構想を発表し、その成果としてC#や.NET Frameworkといった概念が登場すると、これら技術をベースに次世代OSを構築するプロジェクトがスタートすることになった。OS自体をマネージドコード(Managed Code)で構成し、新しいファイルシステムの「WinFS」といった意欲的なアイデアを盛り込んだ次世代OSは開発が難航し、2007年にようやく「Windows Vista」の名称で市場投入された際には、当初想定されていた機能が盛り込まれず、世間的な評判もあまり芳しくなかったという不遇の道を歩んだ。
Windows Vistaが不評だった一方で、Singularityは「マネージドコードで構成されたシステム」といったコンセプトを保持したまま、マイクロカーネルをベースにした「より安全なOS」を実現し、一定の成果を出している。Singularityのタイトルが「Rethinking Dependable System Design」(安全なシステムデザインを再考する)となっていることからも、このプロジェクトが目指していたことがわかるだろう。
解散したMidoriプロジェクトがMicrosoftに残したもの
Singularityの成果を活かしつつ、商用向けの製品開発に向けてスタートしたのが「Midori」ということになる。Singularityに比べて不明な部分が多いが、チームメンバーだったDuffy氏は2009年に同プロジェクトに参画しており、その後同氏を含むチームメンバーの次のMicrosoft内での行き先が決まる2012~2014年まで、Midoriは比較的活発に活動していたようだ。
Jo Foley氏が11月10日に掲載した記事によれば、同プロジェクトの中核の1人だったとみられるChris Brumme氏が2015年にMicrosoftを離れてGoogleに移籍しており、おそらくMidoriは2014~2015年の時点で事実上解散していたと考えられる。
実際に、Midoriの研究や開発がどこまで進んでいて、どのような理由や経緯で解散していったのかはわかっていない。事実、Duffy氏自身が「Midoriがどのように消えていったのか、我々の間で知る者はいない」と述べており、メンバーが少しずつ消えていった2012年以降にMicrosoft上層部の政治判断が入り、徐々にフェードアウトしていったのではないかと考えられる。Singularityがスタートした2003年からMicrosoftやIT業界を取り巻く事情は大きく変化しており、プロジェクトの見直しが入っても不思議ではない。
ふたつの大きな後悔は、OSS化と論文提出をしなかったこと
ただ、これだけの大プロジェクトがほとんど成果も認識されずに人知れず消えていくのは非常にもったいないという気持ちもある。現在Microsoftで異なるプロジェクトに参加しているDuffy氏は、Midori時代にできなかったふたつの大きな後悔を挙げている。
ひとつは「プロジェクト初期からOSS(オープンソース化)を進めなかった」ことで、もうひとつは「論文を積極的に出してこなかった」ことだ。同氏によれば、インターネットの世界でプロジェクトや成果が評価されるのはOSSや論文の形式であり、秘密裏にスタートして秘密のまま消えていったプロジェクトでは、ほとんど評価を得られないと述べている。
そこで、その成果の一部を紹介すべく始めたのが冒頭にも出てきた同氏のBlogエントリということになる。原稿執筆時点で、同氏のBlogにはすでに3本の研究成果に関するエントリが掲載されており、今後も不定期に投稿していく予定だという。
また、Midoriは何も実現できずに消えていったわけではない。同氏はMidori内でIDEやツール、並列実行モデル、コアフレームワーク、コンパイラ、言語といった開発者向けの環境整備のチームを率いていたという。
当然、この成果はチームが解散しても各人が研究成果をもって次の配属先での研究開発に活かしているわけで、おそらくは現行のWindowsや関連製品のほか、将来登場する製品や技術に応用されていくと思われる。今後、完成品としてのMidoriが直接日の目を見ることはないだろうが、元チームメンバーらによって違う形で成果が紹介されたり、あるいは当時の証言が語られることになるかもしれない。
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