苦労は2倍、しかしこだわれる──ペンタックス「K20D」と「K200D」の開発者に聞く(前編)
文●小林 伸(カメラマン)
2008年03月28日 18時12分
ペンタックス(株)から、今年1月に発表された2機種のデジタル一眼レフカメラ「K20D」と「K200D」。ボディー内手ぶれ補正機能や、防塵防滴ボディー、画像処理エンジン「PRIME」など、ミドルレンジ機「K10D」の開発で培った機能を投入し、さらなる画質の改善、高機能化を図った製品だ。
特に上位機のK20Dでは、クラス最高の有効1460万画素CMOSイメージセンサーやライブビュー機能なども装備。常用でISO 3200相当(カスタムでISO 6400相当)の高感度撮影に対応するなど、スペック面でも充実した1台に仕上がっている。ペンタックスの開発陣に、K20DとK200Dについて聞いた。
中級機は「画質」、エントリー機は「質感」にこだわり
── まずは「K20D」と「K200D」、それぞれの狙いからお聞きしたいと思います。
畳家 K20Dはハイアマチュア機「K10D」の正当な後継製品として開発を進めてきました。K10Dの開発が終了し、「次をどうするんだ」という議論が始まりました。最終的にこのクラスのお客さんがこだわるのは「やはり画質だ」という結論に達しました。
K10Dは言うならば「全部入り」を目指したカメラでした。K20Dはそれをベースにしながら、より画質の方向にベクトルを振った製品です。写真をよく分かっている人に使ってもらいたいという願いがあります。
一方、K200Dはエントリー機の「K100D」や「K100D Super」と同じように、「使い勝手」を前面に打ち出した製品となります。コンパクトなボディーに、K10Dの性能を入れようと努力した。ファミリーフォトがメインというコンセプトは変わりませんが、写真好きなお父さんだけでなく、お母さんもたまには使ってくれる。そんなカメラにしたいと考えました。
もうひとつこだわったのが完成度です。例えば、外観の仕上げに関しては、これまで純粋に値段で区切ってきた部分がありました。しかし、最近ではどのメーカーの製品でも「アンダー10万円」の価格帯で、レンズキット付きの製品が買えてしまう。同じ値段なら「質感」や「価値の高いもの」を求めたい。そう思うに違いないから、外観の仕上げにもこだわろうと思いました。
── 防塵防滴のボディーをエントリー機に搭載した点にこだわりを感じますね。K200Dは、K100D Superの後継機と考えるべきなんでしょうか。
畳家 後継機という位置付けではありません。投入時の価格帯もK100D Superよりは若干高い(7万5000円前後と9万円前後)ので、K100D SuperとK10Dの中間を担う感じになると思います。K100D Superの生産自体は完了していますが、市中在庫はまだあるので、現状ではK20D、K200D、K100D Superという3製品が入手できる状況です(2008年3月現在)。
── ということは、K100D Superの次世代機が別に出てくるということでしょうか。
畳家 う~ん。申し訳ないですが、現状でそれは申し上げられません……。
サムスンと共同開発した撮像素子
── K20Dは、サムスングループと共同開発したイメージャー(撮像素子)を採用されていますね。
堀田 はい。正確に言うとサムスンテックウィン、サムスン電子、ペンタックスの3社で共同開発しました。
── これまでは汎用品を調達するやり方だったと思います。実際に開発から関わることでどんな違いが出ましたか?
堀田 試作してそれを評価し、フィードバックして再度試作する……という工程を踏まなければなりません。その作業に時間がかかりましたね。いろいろ苦労もあったのですが、製品という形で結果を出せたので、成功だったと感じています。
特にK20Dに関しては、画質の追求がメインで、このセンサーありきという部分がありました。撮像素子の開発には本当に大きなパワーを使いましたし、強い思い入れがありますね。
── 堀田さんには、K10Dの発売直後にも取材させていただきました(関連記事1、関連記事2)。その時点ですでに開発が始まっていたということなんでしょうか?
堀田 ……はい(笑)
畳家 基本仕様の策定という部分で言えばそうです。
── その時点で「次世代機は1400万画素クラスにしよう」とか「ISO 3200を常用できるようにしよう」といった仕様が固まっていたわけですか。
畳家 カメラにしたときの仕様として、そのぐらいまでのポテンシャルが出せるような撮像素子が必要だと考え、要求を出しました。
── 画素数が有効1020万画素から1460万画素に増えたわけですが、K20DのS/N比(ノイズの少なさ)はどうですか?
堀田 K10Dよりも上がっています。画素数が増えても、S/N比などの基本性能が下がってしまっては本末転倒です。CMOSイメージセンサーでは画素の周辺に回路が付くのですが、プロセスルールを最新のものに変更することでその面積を小さくし、フォトダイオードの開口率を高めました。これにより画素あたりの集光効率も向上しています。結果として、S/N比も上がりました。
── その点は絵にも反映されていますね。ライブなんかで、ピンスポットの照明が当たっている状況でも、背後の暗い部分をうまく拾っていました。
さまざまなレンズに対応できるマイクロレンズを
── 要求仕様を固める以外に、ペンタックスが担当したことはあるのでしょうか?
平井 マイクロレンズの仕様検討もしています。ペンタックスの一眼レフの特徴のひとつに、使用できるレンズの種類が非常に多いことが挙げられます。古いレンズも含まれているのですが、焦点距離やFナンバー、絞りの配置など、光学的な性能はまちまちです。
例えば、当社のDAレンズは「テレセン性」を考慮した設計(レンズの射出光がほぼ垂直に撮像素子に入る設計)ですが、撮像素子に対して斜めに光が入ってくるようなレンズに対してはどうするんだとか。そういうことも考えなければなりません。汎用性を持たせていこうと考えた場合、どこらへんを落としどころにしていくかには苦労しました。
── Kマウント用のアダプターは充実しているから、私のように「PENTAX 67」シリーズ用のレンズを付ける人もいるでしょうし……(笑)
平井 望遠鏡を装着しているという人も多いと聞いています。
── 開発者としては汎用品を社外から取り寄せて作るよりも、自分たちの意見が反映されたセンサーを使うほうが楽しいものなんでしょうか。
堀田 汎用品を買うより大変になりますが、やりたいことができるんで、面白いですね。これをやればよくなるんじゃないかというのを提案して、それを盛り込んだものが上がってくる。苦労が倍に増えても、いいものを作りやすくなりますね。
畳家 ただし進行状況を横から聞く立場としては、ヒヤヒヤする面もありました。ある程度、カメラとして形になっていたはずなのに、開発から「細かな調整を含めてやり直さないといけない」と報告を受けた。「なんでそんなことになったの?」と聞くと、「撮像素子の特性が変わったからです」という回答があったり……。
── それは大変そうですね。K20DはCCDではなく、CMOSイメージセンサーを採用していますが、利点はどのあたりにありますか?
堀田 S/N関係でメリットがあると考えています。ケース・バイ・ケースですが、消費電力も抑えられ、電池の持ちも良くなった。ライブビューを実現しやすいというのもCMOSにした恩恵のひとつです。
── サムスングループとの共同開発は今後も継続していきますか。
畳家 まずすべてのモデルをこのアライアンスで作っていくわけではありません。K20Dのセンサーは、このカメラのために作られているので、非常に高価なんです。画質を最優先に考えるなら、迷わず今回のようなやり方を選びますが、そうでない選択もありうる。今までは汎用品しかなかったわけですが、それぞれのモデルに合わせた選択肢が増えたということです。
アナログ基板は2パターンを複数回試作して検証
── アナログ周りのノイズ低減が画質のために重要だと前回のインタビューで話していましたが。
堀田 それは今回も同様ですね。
中田 センサーも新規ですし、基板もより合ったものを作ろうということで、K10Dのときよりも難しいところがありました。
── 回路周りで苦労した点はどこですか?
堀田 K10Dでは、AFE(撮像素子のアナログ信号をデジタルに変換するチップ)が22bitの精度だったのですが、K20Dでは14bitの精度に落としました。実はアナログの段階──センサーとAFEとの間には相性があるんです。今回は結果として14bitの内部処理にしましたが、これはいくつかのセットを作って、マッチングのいいものを選んだ結果です。スペック値ではなく、実力で判断しました。階調再現の面では今までと比べても引けをとりません。
畳家 電気的な部分は、純粋に数字で比較されることが多いと思います。K10Dでは「22bit」というペンタックスならではのものを選んでいたので、当初はその点をアピールしたほうがいいのではないかという話もありました。今回は22bitと14bit、両方の回路を基板から起こしましたが、出たデータを見て、14bitのAFEが吐き出す絵のほうが圧倒的にいいという結論でした。
── 14bitと22bit、2種類の基板を作ったということでしょうか。
堀 2種類では済まなかったですね。トライ&エラーの繰り返しで、何回も試作と検証を繰り返しました。
── 他社のセンサーでは、内部でA/D変換してデジタル信号として出力するものもありますが。
畳家 そういう拡張性があるのがCMOSのいいところですね。CCDよりも高い自由度があるので、今後はそういう選択もありうると思います。ただし、そうなると「俺の仕事なくなっちゃうんでは」と、アナログ関係の技術者が冗談交じりに嘆いていましたが(笑)
色ノイズはなくす、輝度ノイズは残す
── 画像処理エンジンの「PRIME」に関しては従来と同様ですか?
畳家 チップ自体は同じものですが、基板や回路はすべて作り直しています。内部処理が14bitになったとしても、画素数は1.5倍に増えていますから、その負荷に対応できる高速なエンジンが必要なんです。
── 今回K20Dをお借りして、テストすることができたのですが、実際に試してみるとISO 800~1600程度までは色の傾向が同じですが、それを超えると「かなり変化が生じてくるな」という印象でした。
堀田 高感度NRはISO 3200を超えた領域(ISO 4000以上)から強制的に入ります。ノイズには大きく分けて、輝度ノイズと色ノイズの2種類がありますが、当社の場合、主に色ノイズを抑える処理を入れています。
他社の製品では、輝度ノイズをつぶした結果、解像感まで下がってしまう機種もありますが、当社はエッジが失われず、高感度でも「解像度を再現できる」点を重視しています。色ノイズは目立つので落としますが、輝度ノイズは多少残っても不自然でないという考え方です。この点は、K20DとK200Dのベクトルをそろえて作りました。
── 3段階のNRがありますが、実際にはあまり効果に違いがないように感じたのですが。
堀田 派手には抑えていないですね。階調表現には色の表現が含まれるので、そこをつぶすと単色が続いた単調な画になってしまう。その点にこだわれるような、細かい設定を用意しました。
(後編に続く)
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