ネット上の名誉毀損に新解釈──「ネットでは何でもアリ」にならないか?

文●松岡美樹

2008年03月04日 13時40分

「あのラーメン・チェーンの運営会社はカルト集団だ──」

ネット上のウェブページでそんな書き込みをし、都内の会社員が名誉毀損罪に問われた裁判で、東京地裁の裁判長は2月29日、「名誉毀損には当たらない」と無罪の判決を下した。

この判決はネットによる個人の表現が名誉毀損罪になるケースについて、新しい基準を示した。だがこの基準は曖昧で拡大解釈が容易であり、「インターネットの実情にマッチしているか?」とも併せて議論を呼びそうだ。



「よく調べずウソを書き込んだ」のでなければ無罪になる


従来、名誉毀損の判例では、それが事実でなく名誉を毀損していても、本人が「真実だ」と信じるに足る「確実な資料」や「証拠」があれば罪に問われないとしていた。

だが今回の判決では、ネット上における個人の表現には従来の名誉毀損の基準を当てはめるべきではないと判断された。「ネット上では簡単に反論できる上、個人がネットで発信している情報の信頼性はそもそも低いと認識されている」というのがその根拠だ。その上で公益を目的とした個人の書き込みについては、わざとウソを書き込んだか、それが事実かどうかを個人で可能な限り調べずに書いた場合に限り名誉毀損罪に問われるとした。

つまり書き込みが確実な資料や根拠に基づいておらず事実でなくても、個人ができる範囲で調べた上で本人が「真実だ」と信じていれば、名誉毀損罪には問われないことになる。

ぶっちゃけて言えば以下のような理屈だ。

ネット上に個人が書いてることなんて、どうせ世間は信用できないと考えてるよね。みんな信じないさ。しかも反論だって簡単にできる。だから従来の名誉毀損罪の基準より、ゆるくてオッケーだ。

書き込みが事実でなくても、本人が「真実だ」と信じていれば名誉毀損じゃない。確実な根拠に基づいてなくても、個人ができる範囲で調べていれば名誉毀損罪には当たらない──。

この解釈をみて、いかにもネットの実情にそぐわないなと感じるのは私だけだろうか?

「反論しやすさ」は状況によって大違いだ


例えば「特定の個人A」に関してマスコミが誤報をした。それにAさんが反論したい。この場合、「反論しにくさ」はすごく大きい。もちろんこれとくらべればネットはマシだ。だがたとえネット上であってもシチュエーションによって状況はえらく違う。

まずネット上で相手に反論しやすいかどうか? は、相手の書き込みが行われた媒体やツールによってまったく異なる。

たとえばAさんがブログに書いた内容に反論し、トラックバックを送ろうとしても、相手がトラバを受け付けていなければAさんのブログに反論は表示されない。相手がコメント欄を閉じている場合も理屈は同じだ。

さらには「その言説」がソーシャルブックマーク上のコメントで行なわれたのか? それともブログのコメント欄か? またはブログの記事上か? によっても反論のしやすさはずいぶんちがう。

また相手がメジャーなブロガーならば、膨大な数の読者を抱えている。この場合、いくら相手の記事に反論しても、こちら側の記事を読んでいる人はケタちがいに少ないのだ。

つまり媒体やツールの機能だけみれば、表面的には「反論しやすい」とは言える。だがその反論を見た不特定多数の第三者に、両者の「議論」が広く公平に行き渡るか?(つまり名誉毀損が解消される可能性)ははなはだ疑問である。結局、「言われ損」になる可能性が高い。



リテラシーが低い人は「事実だ」とすぐ信じる


もうひとつ重大なポイントは、ある言説を「事実と信じるかどうか?」は人によってまるで基準がちがう点だ。たとえばネット上のブログで、こんな記事が公開されていたとしよう。

「牛丼屋のAで店員をしていたオレは、牛丼にハエを入れまくってクビになった。半年間、入れ続けたが、店には気づかれなかった」

反応は次の2通りだ。

【リテラシーが低い人】

この記事を読んだ時点で「事実だ」と考える。


【リテラシーの高い人】

自分で牛丼屋のAに確認し、当該ブログ記事のウラが取れた時点で初めて「事実だ」と認識する。

ネット上には、前者に該当する人がたくさんいる。

だがそれでも本人は、「自分はネットで検索して調べた。よそのブログを読んで確認したんだ。個人に求められるレベルの調べ方はすでにやった」と考える。

しかも本人はすでに事実だと信じているのだ。その認識にもとづき次の行動に出る可能性がある。

ネット上の流言蜚語は簡単に拡大再生産される


情報の取り扱いに関する知識や常識を持ち合わせていないこうした人が、もし自分のブログでこの情報をもとに記事を書いたらどうだろう?

「牛丼屋のAで店員をしていた○○は、牛丼にハエを入れまくってクビになった。ハエが入っているかどうかは、半年間確認されなかった」

あたかも客観的事実であるかのように、こんな記事やコメントを書いた。しかも書いた本人は次のように思っているとしたらどうか?

「半年も気づかないなんて大問題だ。事実を世の中に知らしめる必要がある。こんな不衛生な牛丼屋には改善を促さなければならない。これをオレがブログで書くのは公益のためだ」

このテの面白おかしいウワサは、ネット上ではとても人気が高い。どこかのブログで読んだ人が次々に自分もブログに書き(または引用、コピペし)、あっという間に広範囲で広まる。牛丼屋Aの被害は甚大だ。

この場合どうなるのだろうか?

別に私はこの人たちが「名誉毀損罪に相当する」とか、彼らを「名誉毀損罪に問え」と言ってるわけじゃない。また、ここではたまたま牛丼屋の一例をあげたが、ネット上で似たような理屈、心理が働くケースはいくらでも考えられる。

例えば今回は名誉毀損罪の話だが、この判決がひとつの大きな社会通念になり、ネット上の「誹謗中傷」や「嫌がらせ」、「いじめ」などにも拡大解釈されて行ったらどうなるか?

「罪には当たらない」とは裏を返せば、「やってもOK」ということだ。「オレはできる範囲で調べた。その結果、あいつは『○○だ』と確信するに至った──」

つまり今回の判決が、「ネット上では何でもアリだ。やっちゃえ、オッケー!」につながる第一歩にならないか? って話である。

その意味で東京地裁は、重大な判断をしたと言えるのではないだろうか。


松岡美樹(まつおかみき)


文筆家、ネットメディア・アナリスト。ブログやmixi、ソーシャルブックマーク(SBM)などのネットメディアを利用する人間の心理分析や、ネット上で起こる炎上などの社会現象・ブームの分析に定評がある。著書に『ニッポンの挑戦 インターネットの夜明け』(RBB PRESS/オーム社)など。自身のブログ「すちゃらかな日常 松岡美樹」も運営している。