このページの本文へ

トレンドマイクロがハードに進出したワケ

2013年08月12日 16時00分更新

文● 寺田祐子(Terada Yuko)/アスキークラウド編集部

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷

 セキュリティー対策ソフトを開発・販売するトレンドマイクロは7月3日、デジタル写真の管理ソリューション「JewelryBox(ジュエリーボックス)」を発売した。ソフトウェア企業がなぜ、ハードウェア事業に進出したのか。同社執行役員の吉田健史氏に聞いた。

吉田健史氏

トレンドマイクロ執行役員でプロダクト開発の責任者である吉田健史氏

 なぜトレンドマイクロがハードウェアを販売することになったのか──そう尋ねると、吉田氏は「我々はハードウェアを販売したが、ハードウェアの会社になるつもりはない」と強調した。あくまで、ソフトウェア会社だからこそ実現できる、カスタマーエクスペリエンスを提供したかったのだという。

 吉田氏は「ハードウェアがどんなに優れていてもソフトウェアが優れていなければ、ユーザーは感動しないと思うんです。トレンドマイクロはセキュリティーソフトの専業メーカーとして創業25周年を迎えましたが、我々が変わらなければならないこと、今やらなければならないことを考えたときの答えが、もう一度『驚くほどのカスタマーエクスペリエンス』に着目してモノを作ってみましょう、ということでした」と力を込める。

 この「驚くほど」という言葉が重要だと吉田氏は説明する。「昨今、広告宣伝してもモノは売れない。何か興味を持ったら、まず大体の人はレビューやクチコミサイトでユーザーの声を聞こうとする。その情報が正しいにせよ間違っているにせよ、それをもって購買の意思決定が行われているのが昨今のあり方。いろんな手続きをユーザーに強要するソフトウェアの作り方自体を見直さなければならない時期に来ている。我々は開発主体のソフトウェアメーカーなので、もう一度意識を考え直さなければならないのではないかというのが、戦略を転換しなければならないと考えた理由です」(吉田氏)。

 同社は昨夏の戦略発表会で、PC向けのウイルス対策ソフトを中心としたビジネス展開から、ユーザーがより快適により安心してデジタルライフを楽しめる世界の実現に向けて、コンシューマー事業を刷新すると発表。ユーザーの環境に合わせて不安を解消するソリューションを提供していくとした。その戦略の延長線上で生まれたのがJewelryBoxだ。

JewelryBox

JewelryBox。1枚350KBとして計算した場合、実に4万枚もの写真を保存できるデジタル写真管理ツール。なお、写真は自動的に平均350KBにリサイズされる

 トレンドマイクロでは、オンラインストレージ 「SafeSync」を3年前から提供しているが、ユーザーのエクスペリエンスを考えた場合、手間がかかってしまう。そこで、もっと分かりやすく提供するのが今回発表したJewelryBoxだという。「インターネットセキュリティーというところからもっと拡大して、カスタマーエクスペリエンスを意識して製品を提供して行こうと開発が始まりました」(同)。

 我々にとって最も守りたいデータとは何だろうか。音楽や映像データなど多々あるが、トレンドマイクロでは写真に注目した。東日本大震災以降、復興を支援する取り組み「ウイルスバスター SMILE PROJECT」を展開しているが、そこで印象的なエピソードに出会ったという。「『家が流されても家は建て直せばいい。でも、家族のアルバムがすべて失われたのが一番悲しい』という話を聞いた。お客様のデバイスには、例えば音楽とかダウンロードした映像データもあるが、これらは時間とお金があればあとから取り戻せる。でも自分で撮影した個人的な写真を失ったら取り戻せない。そこから着想を得た」(同)。

 吉田氏は「難しい、面倒くさいセキュリティーを簡単にしようというのが目標。この目標に特化して、徹底的にシンプルに使いやすいモノにしようと思った。バックアップソリューションは多数あるが、ユーザーは『そろそろやらなければならないな』『危ないな』と思いつつもなかなかバックアップしない。もう一歩掘り下げて『できない』という現実を解決しなければ、ユーザーに対してソリューションを提供しているとはいえない」と話す。

 「面倒」「難しそう」というユーザーにとっての「見えない障壁」を徹底的に解消しようというところから開発がスタートしたJewelryBoxは、とにかく簡単なのが特徴だ。「例えば、本体にUSBケーブルやSDカードをさすだけで、手間なくデータを保存できる。そしてクラウド側にも自動的にあげてくれる。設定次第で家でも外出先からでも写真を撮れば 自動的に写真を取り込んでくれる」(同)。

 いろんな設定ができると利便性は高まる一方、一部のユーザーにとっては使いにくくなる。そのため、スマートフォンの設定なども大変シンプルで分かりやすい。「写真を撮って家に持ってくれば自動的に転送。このようにカメラはUSBやSDカードをさすだけ、スマホの写真はとるだけ」(同)なので、幅広い年代で受け入れられそうだ。

 ユーザーの手間をひとつひとつ徹底的に検証したので、その開発には2年もかかったそうだ。「ハードウェアスペックの変更なら簡単だが、カスタマーエクスペリエンスを考えたとき、何かを変えるたびに全体的な見直しを迫られた。ハードウェアの経験を豊富に持っているわけではないので、作ってはこれじゃない、と試行錯誤した」(同)。

碁石

デザインにもこだわったという。碁石をモチーフにした本体は白と黒の2色で展開

 クラウド連携としては、月額の加入サービス「おもいでバックアップサービス」を提供。登録してから1年間は無料で利用でき、1年後からは月額480円かかる。外出先でもデータの送信や閲覧ができるのが特徴だ。「サービスに加入しなくても、テレビやネットワークなど家庭で利用するぶんには問題ない」とのこと。大体5割のユーザーが継続して使ってもらえると見込んでいる。今後は、フォトプリンティングやフォトブックサービスなど、パートナー企業と連携して付加サービスを提供していきたい考えだ。

 商品のメインターゲット層について聞くと、「全ての人がターゲットだが戦略的にいえば、『ウイルスバスター』のターゲットではない方にも我々のビジネスドメインを広げたいと思っている。例えば、小さい子供を持つご両親など。子供の写真をいっぱい撮って、あとはさすだけで保存できる。テレビにつければみんなで楽しめるという世界観を前に押し出したい。もちろん、お年を召された方でITは詳しくない、でも写真は好きという人にも使ってほしい」(同)。

「今後もハードウェアビジネスを継続していくか?」という質問に対して「必要があれば」と答えた吉田氏。その理由は「ハードウェアを売りたいというモチベーションが実はなくて、狙いを簡単に実現するためにハードウェアが必要だっただけ」だったからだという。「我々はソフトウェアメーカーなので、ハードウェアは得手ではない。しかし、このトータルソリューションを作る上で我々もハードウェアを巻き込んでいかないと完結しない。ソフトウェアメーカーのプライドとして徹底的にエクスペリエンスを提供していきたいという思いがあった」(同)。

吉田健史氏

 それでは、家庭内にあるこの製品を核にしてビジネス展開についてはどう考えているのだろうか。吉田氏は「入口は写真管理として柔らかいが、裏側の戦略としては幅広い構想がある。JewelryBoxが家庭内にあって、ネットワークにつながっているというのは意味が大きい。どんなネットワークデバイスが入って出て、どういうデータ通信があってというセキュリティー観点からも大事だ。どういうソリューションを提供するかは決めていないし、別の形になるかもしれないが、そこから広がるビジネス展開は想定している」と述べた。

 第二弾、第三弾のハードウェアを出す予定については、「まずは、JewelryBoxを進化させいきたい。すでに開発は始まっている。一方で、ファームウェアアップデートのようなイメージで、ソフトウェアを入れ替えてサービスを付加することも検討している。新たな機能が無料で追加される。JewelryBox自体はすでに完成されたモノですが、ここで満足してはいけないのでさらに進化させていきたい」と吉田氏は語った。

 JewelryBoxの今後にますます目が離せない。


■関連サイト

週刊アスキー最新号

編集部のお勧め

ASCII倶楽部

ASCII.jp Focus

MITテクノロジーレビュー

  • 角川アスキー総合研究所
  • アスキーカード
ピックアップ

デジタル用語辞典

ASCII.jp RSS2.0 配信中