「ニコ厨の幸せはリア充に見られること」ドワンゴ川上量生会長

文●盛田諒 写真●Yusuke Homma(カラリスト:芳田賢明) 編集●村山剛史/ASCII.jp

2015年11月22日 18時00分

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 「じつはニコ動ってリア充の居心地しか考えてないんですよ」「ユーザーには確実に嫌われるけど、それはどうでもいいやと」──。

 日本のインターネット文化といわれて思い浮かぶのはニコニコ動画だ。創業者はドワンゴ会長であり、カドカワ社長の川上量生氏(47)。川上会長の目に日本のインターネットはどんなふうに映っているのだろう?

 川上社長は近著『ネットが生んだ文化(カルチャー)誰もが表現者の時代』(角川インターネット講座 第4巻)の監修を務め、自身も日本のネットカルチャーを「非リア・コピー・炎上・嫌儲」というキーワードから解説している。

 ばるぼら、佐々木俊尚、小野ほりでい、荻上チキ、伊藤昌亮、山田奨治、仲正昌樹(敬称略)と多彩な執筆陣がそろった本書は、売れ行きも上々という。

 ニコニコは2006年12月開始から来年でいよいよ10周年を迎える。書籍の内容を振り返りながらインターネットとニコニコの関わりについてあらためてたずねてみたところ、意外な答えのオンパレードとなった。

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話し言葉コミュニケーションの敗者であるオタクが
書き言葉空間のネットで“声が大きい人”になった

── 書籍『ネットが生んだ文化(カルチャー)誰もが表現者の時代』が評判ですね。最初に企画を持ちかけられたときは何を考えましたか?

川上量生……カドカワ代表取締役社長、ドワンゴ代表取締役会長、角川アスキー総合研究所主席研究員。角川インターネット講座第4巻『ネットが生んだ文化(カルチャー)誰もが表現者の時代』では監修を務めた

川上 最初の依頼は「二次創作について」だったんだけど、あんま興味なかったんですよね。

── だめですか、二次創作。ミクさんとか。

川上 深い議論ができるような気がしなかったんですよ。二次創作の構造は東浩紀さんの『動物化するポストモダン』、大塚英志さんの『物語消費論』がすでにあり、それ以上に深めていくのは難しい。それより、もう少しネット文化全体について考えたほうがいいんじゃないかと思って。

── 書籍では、現実からネットという「新大陸」に移住した「ネット原住民」という表現を中心に展開していますね。

川上 ネット文化を扱うとき、どういう切り口がいいのか議論する中、言葉になったのがそれだったんですよ。

 たとえば、ネットの中でよくあるケンカが「匿名の是非」。あれをつきつめると、結果的には「実名を使いたい人が実名を支持する」という結論になるんです。匿名というのは、実名を出したくない人、実名を出してもしょうがない人が選んでいる。要はその人の置かれてる立場のちがいなんです。

── 匿名・実名は是非というより、社会的に選ばれている部分がある。

川上 つまりね。現実社会であるヒエラルキーの上にいる人は実名でやりたがる一方、匿名でないと発言できない人がいる。これは本の序文でも書きましたが「ネットなんて簡単だ」という人がいるんですよね。なぜなら「ネットはツールだから」と。そういう人はよくいるんですけど、じつは「ネットに住んでない人」の典型的な考え方なんです。

── ある種の格差があらわれているわけですね。するとネット文化は少数派の文化になるはずですが、最近ふしぎと多数派に見えますね。

川上 「オタクは書き言葉、リア充は話し言葉」という指摘があるんですよ。オタクとはある種、話し言葉によるコミュニケーションの敗者であると。その結果、ネットや本のように趣味の世界に入っていき、書き言葉が得意な人になった。

 しかし書き言葉におけるコミュニケーションというのも当然あり、話し言葉が得意な人は書き言葉も得意かというとそうではない。最近「LINEいじめ」なんていうのもありますが、そこでは書き言葉が得意な人がいじめをやって「炎上」させてるわけです。

 ぼくも若い人たち相手に講演することがあるんですよね。普通なら「若くない人より、若い人が集まるところで話したほうがウケるはずだ」と思うんですが、実際はあまりウケなかった。でも後からツイッターで「すごく面白い」とか「ウケるwwww」とか書いていたりする。

 そういう人ってけっこういるんですよ。無表情で、現実で感情表現をしない傾向がある。そういうのもふくめて「逆転現象」が始まっているんじゃないですかね。

(次ページでは、「ニコ動の居心地がよかったのは「リア充に見てもらえたから」」)

「ニコニコ超会議」に代表されるリアルイベントを積極的に開催し続ける理由は……?

ニコ動の居心地がよかったのは「リア充に見てもらえたから」
だからリア充の居心地しか考えない

── 「ネット原住民」の発想はいつごろ生まれたんですか?

川上 ニコ動を作ったとき気づいたんです。2007年に「ニコニコ宣言」を書いたとき。

── そんなに前から。

川上 ニコニコは何なのかっていうと「オタクが作って、リア充が見るもの」なんですよね。ニコ動が始まってすぐのとき、エイベックスの人から(私がやっているのを知らずに)「ニコニコ動画というめちゃくちゃ面白いサイトがあるんだ」と教えられたことがあったんです。エイベックスの人というとこれはリア充の典型みたいな人たちなんですよ。

 これは一体どういう現象なんだろうとニコ動のユーザーを集めてヒアリングしたところ、なんとニコ動を使ってる人はGoogleさえ知らない人ばかりだったんですよ。ヤフーは知っているけどGoogleは知らない。

── ニコ動はインターネット文化を知らない「普通の人」が面白がっていたというのは面白い!

川上 YouTubeに切断されて、ニコニコがID制になってから相当(普通の人は)消えたましたけどね。でも、初めは本当の初心者が見ていた。これはすごいことだなと思って。オタクの閉じていた文化がリア充の世界に浸透し、その媒体になったのが「コメント」だった。コメントで盛り上がるのがリア充のコミュニケーションに近かったんです。

── コメントは「ネットらしさ」の象徴に見えますが、実際は逆なんですね。

川上 逆ですね。ログをとってユーザーがどこから来たかを調べてみたことがあるんです。最初は2ちゃんねるのVIPPERが来て荒らしていったんですが(笑)、その後は普通のユーザーがほとんどでした。そのあとネットの記事で「二コ動が流行っている」と聞いたVIPPERが戻って「俺たちが育てた」と言いに来た。

── 育てた部分もあると思いますが、実際には一部だったと。

川上 「ニコ動はオタクのものだ」とオタクも信じてますけど、実際にはリア充のサービスだった。要はみんなが「自分のものだ」と思ってるサービスなんです。それがすごく面白かった。

 ニコ動はリア充とオタクが奇跡的にも混じりあう不思議な空間として続けてきた、それを考えてるうちに「ネット原住民」ということを考えるようになったんです。リア充とネット民がネットにおける主導権をとりあう、たぶんこれは未来に起きる現象でもあるだろうし、と。

── その考え方はサービス設計にも反映されてきたんでしょうか?

川上 うちの基本姿勢は「釣った魚にはエサはやらない」ですね。

── なんですかそれは。

川上 リア充の居心地しか考えないってことです。ぼくたちはユーザーがほんとに何を求めてるのか考えてるんですが、そこで本当の幸せは何か。ニコ動の居心地がよかったのは「リア充に見てもらえたから」なんですよ。

“ネット発の暴動”が起きない環境をつくるため
「リアルの人がネットを見てくれていると感じる」という状況を作る

── ネット原住民の幸せは「リア充に見てもらうこと」なんですか?

川上 ネット原住民には、ニコ動が「自分たちのもの」だけという錯覚がありましたけど、彼らが望んだとおりのものになったら「あれっ」という場所になっちゃう。リア充たちが居続けることがネット原住民にとっての幸せなんですよ。

── てっきり、インターネットにどっぷり浸かっている人の声を一番に汲んで設計するものなのだろうと勝手に思ってしまっていました。

川上 ニコ動が存在することで相当な人の心を救っている、そっちのほうが大事ですよね。ニコ動の環境そのものが、ある種の奇跡みたいなものなので。まあユーザーからは確実に嫌われるけど、それはいいやと。

── いいんですか。

川上 「ニコニコ超会議」もリアルなイベントということで最初は批判されたけど、いざやってみたら望んでいた人のほうが多かったことがわかった。

 本の中でも書きましたが、インターネットの歴史の中では現在は「リアルな人がツールとして使い始めて移住してきた」、要するに「リアルからネットへの侵略」がされている時代なんです。でもニコニコの場合、リアルにネットユーザーの拠点をつくって、ネットからリアルへ逆に攻めていくのが成功してるんです。最初にそれが成功したのは政治コンテンツですね。

── いきなり飛躍しましたけど、政治ですか。

川上 炎上の構造はネットとリアルの乖離が問題なんです。リアルはネットを見てないし、リアルがネットを見てないとネット民は思っているんですよ。その乖離がなくなれば、世の中の不幸も減っていくはずです。ニコ動が政治にかかわることにしたのは、その乖離を減らすためなんです。

── 政治をどうやって扱っていこうと?

川上 ニコ動としてのイデオロギーは持ってませんが、ニコ動に政治に関する役割があるとすれば「日本ではアラブの春のような暴動を起こさない」ということでしょう。いま日本で暴動や革命が起きるとしたら山谷でも釜ヶ崎でもなく間違いなくネットですよね。

── たしかに、ネットでデモの情報を見る機会はとても増えました。

川上 もともとニコニコは「2ちゃんねる」のひろゆきと一緒につくったものです。もっともネットで暴動が起きそうなところに関わっていた。ならニコ動にもネットで暴動が起きない環境をつくる使命、責任があるんじゃないかと思いました。

 じゃあなにができるかというと「リアルの人がネットを見てくれていると感じる」という状況を作ることが大事じゃないか、ということが、ぼくのとりあえずの結論だったんですね。

(次ページでは、「ニコ動前夜のドワンゴは「モバゲーをつくろうとしてた」」)

ニコ動前夜のドワンゴは「モバゲーをつくろうとしてた」

── 社会に対するネットの意義・役割まで考えることになったニコニコ動画ですが、もともとドワンゴは動画と無関係な会社でした。2003年、35歳でマザーズ上場したとき、川上さんはどんなことを考えていたんですか。

川上 当時ネットはまだ虚業だったんです。ヤフー以外に儲かってる会社はなくて、ネットではなく実態は金融市場で儲けていた。ネットのコンテンツビジネスが本当に成立していたのは、携帯電話のネットサービスのところだけ。

 でも、2006年に近づいていくにつれ、iモードをはじめとした日本独自のモバイルインターネットがスマートフォンの登場で脅かされ始めていたんです。嫌だけどインターネットでなんかやんなきゃなと思って。

── 嫌だったんですか、インターネット。

川上 インターネットは広告料主体のビジネスだったおかげでビジネス規模が小さかったんですよね。iモードのコンテンツのほうがよっぽど儲かった。でも、世の中はインターネットのビジネスのほうが本命だと思い込んでいるんです。

 この欺瞞に満ちたインターネットのビジネス構造に風穴をあけよう、広告収入ではなくユーザーからどうにかしてお金をとれないかと考えたんです。いまはソシャゲなんかが出てきて(ユーザー課金も)普通になりましたけどね。

── 2003年からニコニコができるまでの3年間は何を考えていたんでしょう。

川上 要はモバゲーをつくろうとしてたんですね。

 ゲームにコミュニティをのっけたものがモバゲーだとぼくらは分析しました。じゃあ、ぼくらは動画にコミュニティをのっけよう

 でもケータイでは動画は大したものがつくれない。ケータイの動画サービスで勝つためには、まずはパソコンの動画マーケットをおさえるしかないだろうと考えました。しかし、パソコンの動画サービスにはYouTubeがいました。まともに戦っても勝てる気がしないからというので、まずは生放送にコメントをつけるしくみをつくってたんですよ。

── なるほど。

川上 で、うちのエンジニアの中野(真)君が生放送にコメントつけるサービスはどんなかんじになるかをイメージするためにプロトタイプとしてYouTubeにコメントをつけたものを1日で作って持ってきた。つまりたんなる実験だったんです。でも、眺めているうちに、これでいいんじゃないか、勝負できるんじゃないか、ということで始めてみたのが2006年8月です。

イベントは新ver完成までの時間稼ぎだったが……まさかの成功!

── そんなニコ動も来年で10周年です。会社の規模が大きくなるにつれ、社員やサービスが「普通」になってしまう不安はありませんか?

川上 いや、「普通」は、とっくになってるんですよ。

── 普通の会社になっちゃって大丈夫なんですか?

2007年2月、YouTubeからアクセスを遮断された旨を伝える公式アナウンス

川上 ニコ動は2006年12月にできて、あっというまに巨大サービスに成長して、3ヵ月後の2007年にはYouTubeに切断されました。

 そのとき「ニコ動は終わった」と言われたんですよね。それからなにかあるたびに「ニコ動は終わった」と言われ続けています。だから再来年は「ニコ動が終わったといわれて10周年」なんじゃないですか。ニコ動は何回も死んでるんです。JASRACと包括契約を結んで、動画の一斉削除をやったときに死んでる。二コ生でユーザー文化が破壊されたときに死んでる。

── バージョンアップのたび「終わった」と言われながらも続いてきた。

川上 なので、とっくにサービスの寿命は終わってるはずなんですけど、それを超会議でごまかしてるんですよね。

── ちょおおおお、ごまかすって!

川上 4年前にニコ動の開発が行き詰まったんです。「変更に変更を重ねてきたけど、これ以上は無理だ、何の機能追加もせずつくりなおしたい、2年間は何も変えずに現状維持にしたい」と開発の責任者が言ってきた。

 そう言われて困ったんですよ。2年間新しいサービスが出せなければウェブサービスとしてニコ動に本当の寿命が来るだろうと。どうしようかを悩んだすえに決めたのが、世界で誰もやってない「イベントでごまかす」という作戦です。それがまさかの大成功をしたんですよ。

── たぶん株主のみなさんも読んでますからこれ。

川上 2年は新サービスが出せないとぼくはそのとき聞いたんですが、それからもう4年が経ったのに、ニコ動の新しいサービスは未だに出てないんですよ。4年間ずっと、イベントでごまかしてきたんです。

── 超会議も通信制高校「N高校」もそうですが、外から見ているとネットだけでおさまらないコミュニティビジネスを志向している印象はあります。

川上 まあドワンゴとしてネットとリアルの「接点」でありつづけたいというのはありますよね。ぼくら自身ネット住民がつくった会社で、ユーザーがネット住民だけじゃないというサービスをつくっている特殊な会社、そこがうちの原点になってるんじゃないかなと思います。

(次ページでは、「今の時点での“ネットの構造”がわかる」)

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今の時点での“ネットの構造”がわかる

── 最後ハラハラしましたが、ニコニコの思想がよく分かるお話でした。そろそろ時間なのでこのあたりで……って、あれ?なんですか?

(書籍の編集者がニコニコしながら睨んでいる)

── ……あ、ああっ! そういえばこれ……書籍のインタビュー!

川上 あ~……ほとんどドワンゴの話になっちゃってますね。どうしましょう。

── (本を手にとる)さて川上さん、本は監修者としていかがだったですか?

川上 どれも面白かったですよ。「本歌取り」をテーマに「コピペは日本の文化」という話も面白かったし、ばるぼらさんも歴史の文化史の整理という点ですごく面白かった。あと、小野ほりでいさんも超面白かったですよ。インターネットを肌感覚で教えることのできる貴重な本ができたと思います。

── いつもマンガで見ている小野ほりでいさんが文章を書いているということ自体が珍しいですしね……どんな人に読んでもらいたい本だと感じましたか?

川上 ぼくらみたいに30代以上の人が振り返って『あ、やっぱり、ぼくらの感覚が正しかったんだな』と思える本ですね。ネットの構造がわかる、現時点での構造がしっかり切り出されている本だと思います。

── なるほど、川上さんが自身の考えを整理したように、わたしたちインターネット世代が自分たちの住んでいる世界がどうやってできているか知るために役立つ本というわけですね……いやーよくわかりました! 本日は本当にありがとうございました!

(書籍の編集者がまだニコニコしながら睨んでいる)

みんな買ってね! 角川インターネット講座
『ネットが生んだ文化(カルチャー)誰もが表現者の時代』

 インターネット時代の新たなカルチャーとは。非リア、炎上、嫌儲、コピーの4つのキーワードでネットの精神風土を解説する。日本最大のネットメディア「ニコニコ動画」の川上量生が語るネットカルチャーの本質。

川上量生 監修
『ネットが生んだ文化(カルチャー)誰もが表現者の時代』
目次
第1部 日本のネット文化と精神風土
序章 ネットがつくった文化圏……川上量生 著
第1章 日本のネットカルチャー史……ばるぼら 著
第2章 ネットの言論空間形成……佐々木俊尚 著

第2部 ネット文化を支配する原理
第3章 リア充対非リアの不毛な戦い……小野ほりでい 著
第4章 炎上の構造……萩上チキ 著
第5章 祭りと血祭り 炎上の社会学……伊藤昌亮 著
第6章 日本文化にみるコピペのルール……山田奨治 著
第7章 リア充/非リア充の構造……仲正昌樹 著

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