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収益を得る手段として音楽産業を支える

YouTube「Content ID」ありきで変わる 音楽ビジネスの今

2019年08月05日 08時00分更新

文● 西田宗千佳 編集●飯島恵里子/ASCII.jp

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「単一ビデオの再生回数」の呪縛からアーティストを解き放つ

 では、Content IDは「再生数に応じた収益」だけに寄与しているのか? 「そうではない」と鬼頭氏は言う。自動的に判別できるという特性から、より多彩に使われている。どう変わったのか? 鬼頭氏は「音楽チャートが合算になったことの変化が大きい」という。

 前編でも説明したがYouTubeの音楽チャートでは、権利者が作った「楽曲そのもの」の再生回数だけでなく、いわゆる「歌ってみた」系動画のような、UGC(ユーザー・ジェネレーテッド・コンテンツ)に属する派生映像も含まれている。過去にもカラオケが音楽のヒットの指針であったように、現在はそうした派生動画の再生量が、楽曲そのもののヒットを計るために必須のものとなっている。Content IDのように、自動的に一致・不一致を分析できる技術がなければ、こうした合算をマス向けのヒットチャートに使うのは難しい。

 だが、「合算」の効果はこれだけに留まるものではない。「アーティストにとっては、単一のミュージックビデオの再生回数にこだわる必要がなくなったことが、非常に大きい意味を持つ」と鬼頭氏は話す。

 例えば、アリアナ・グランデは、2018年に発表した「Thank U, Next」で、同じ楽曲からアレンジやビジュアルの異なる複数のミュージックビデオを作り、週を分けてYouTubeに公開した。あるものは伝統的なミュージックビデオだが、あるものはオーディオトラックに特化したものであり、またあるものは「歌詞」に着目したビジュアルを用意した。

2018年11月7日に公開したバージョンは、歌詞を生かした映像だ

2018年12月1日に公開したバージョンは、アリアナ・グランデ本人も登場するドラマ仕立ての仕上がりだ

 楽曲をシンプルな「再生回数」で評価するのであれば、複数のミュージックビデオを公開することは、再生回数の分散を招く自殺行為だ。だが、Content IDによってちゃんと「同じ楽曲」と判断されるのであれば、複数のテイストのミュージックビデオを用意することは不利ではなくなる。人々の嗜好や視聴タイミングに応じた多様化ができるので、むしろプラスといっていい。

 「ウインドウ(コンテンツを提供するタイミングのこと)を戦略的に、分けながら配信することができます。それだけでなく、アーティストにとっても重要です。アーティストはいろいろなことを試したいと思っていても、ヒットさせることを考えると、これまでは1本に絞らざるを得なかった。しかし、今は取捨選択して1本に絞る必要はなく、いろいろ試すことができます」(鬼頭氏)

 これは、Content IDの意外な利点といえるだろう。コンテンツの見せ方は多様化しているが、これまでは「メインは1本、他は派生」というのが常識だっただろう。だが、もはやその必要はない。流路や時期によって見せ方を変えても、同じコンテンツに違いはなく、ヒットは合算される。短期的に色々なバリエーションを出すことで注目を集める方法もあるだろうが、1つの作品を季節などの変化に合わせて提供することで、より長く楽しんでもらうことができる。物理媒体を流通させず、コンテンツが再生される回数でヒットが決まる今だからこそ、クリエイター側にはより多くの選択肢が必要だ。

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