SDNの普及でネットワークエンジニアの仕事はなくなる?
こうなると、OnePKが目指すSDNはネットワークエンジニアにとってどういう存在になるのかも興味深い。SDNでネットワーク設定や運用が自動化されると、既存のネットワークエンジニアの仕事がなくなると考えるのは論理の飛躍だろうか? 特に業界最大手のシスコはスキルの認定制度を持っており、数多くのネットワークエンジニアがその認定を取得している現状がある。
これに対して吉野氏は、「新しい言語が出てきたところで、アセンブラやCのエンジニアは不要になっていません。いくらSDNが出てきても、ネットワークは自律的に動くべきですし、デバイスのアドレスまで分かっているエンジニアがいなければ、制御することすら不可能です」と語る。いくら抽象化が進もうが、運用が自動化されようが、ネットワーク設計や安定運用はエンジニアに負うところが大きいというわけだ。
一方で、エンジニアの二分化は進むと想定する。「レイヤーを深掘りしてくれるエンジニアがいてくれないと、われわれも困ります。ですが、一方でプログラマブルの能力を身につけてユースケースの開発に取り組みたいというエンジニアも、パートナー様や社内に多数現われています。当然、ネットワークエンジニアが活躍できる場面が増えると私は思っています」(吉野氏)。
財津氏もむしろ新しいビジネス領域になると考える。「ネットワークとプログラミングの接点という部分は、むしろエンジニアのアドバンテージになると思います。APIがあれば、なんでもできるように語られますが、結局お客様の要件を聞いて、サービスのパラメータに落とすところがミソなんです。もちろんチャレンジではありますが、エンジニアの付加価値になると思います」と持論を展開する。
業界のSDNとシスコのSDNって違いませんか?
ここまでの話を聞けば分かる通り、シスコのSDNは単に業界のトレンドを追うだけではなく、同社ならではの価値を追求しているのがポイントだ。最初から「標準化によるオープン化」が前提のネットワークの世界で、同社ならではの付加価値を追求し、イノベーティブな技術で他社をリードする。四半世紀に渡ってトップに君臨し続けている同社の強みが、ここでも発揮されていると言えよう。ネットワークビジネスを統括するシスコシステムズ 専務執行役員 木下剛氏にも、SDNのメリットやシスコならではの価値を聞いた。
木下氏は、「SDNのメリットはアジリティに尽きます。プライベートクラウド、パブリッククラウドにアプリケーションが集約される中、WANを経由したエンタープライズネットワークや、複数のセグメントにまたがった異なるネットワーク運用環境上において、アプリケーション利用環境を迅速に展開できないのが、今の一番の課題。これを解決するのがSDNです。もう1つはセキュリティ。クラウドやモバイル、ビッグデータなどの台頭で、IT環境は等しくオープンになっています。こうしたオープンな環境でセキュリティ対策をしようと思うと、実はSDNがないと難しいんです」と語る。
このように付加価値を追求した結果として、シスコのSDNは必ずしも業界のSDNと一致しなくなると語る。「アプリケーションに最適なインフラの調達を自動化するため、ネットワーク、コンピュート、ストレージをオーケストレーションして提供するというゴールは業界のSDNと共通しているかもしれません。でも、本当にこうしたことをしようと思ったら、単にコントローラーからの一方通行だけでは難しい。CiscoONEのようにネットワークレイヤが保有するインテリジェンスをコントローラー側にフィードバックさせて、その情報に基づくダイナミックなポリシー制御が必要と考えています」(木下氏)。
SDNの台頭でネットワーク機器はコモディティ化する?
もう1つ興味深いのは、SDNと既存のネットワーク機器との関係だ。一般論として、SDNはネットワーク機器のオープン化をもたらすと言われる。ネットワーク制御のファンクションがコントローラーとして独立すれば、OpenFlowなどの標準プロトコルに対応した安価なコモディティスイッチが使われ、シスコのようなスイッチを駆逐するという図式が展開される。事実、OSSをベースにした安価なスイッチを展開するベンダーは何社も現われており、インテルもリファレンスデザインを提供している。
これに対して木下氏はSDNが普及しても、ネットワーク機器はコモディティ化しないと断言する。「ネットワーク機器がやっている仕事は、単なるパケットやフレームの転送だけではなく、セキュリティやQoS、DPIなどのネットワークサービスが鍵です。SDNはあくまでコントロールプレーンなので、弊社がカスタムASICに載せているデータプレーンのサービスまではカバーしていません」(木下氏)。将来的にはカスタムシリコンで実装されるかもしれないが、現状はデバイス側で持っているインテリジェンスまでSDNでは実現できていないわけだ。
木下氏は、オープンなプロトコルであるが故の相互接続性も課題だと語る。「安定版であるOpenFlow 1.3も登場しましたが、マルチベンダーで検証するだけでも1年はかかります。しかも、現状はフローのコントロールまでで、ネットワークサービスまではスペックにありません。ですから実装したOpenFlowのバージョンが出たら、また相互検証のし直しになります」(木下氏)。木下氏は、相互接続性に難を抱えていたATMやSIPを例に、「コントロールプレーンのオープン化は成功が難しい。SDNはオープン性のメリットを得ながら、安定性を確保しなければならないというチャレンジがあります」と指摘する。
OnePK対応が進む2014年の先に何かが生まれる?
IPv6やワイヤレス以来、久しぶりにネットワーク関係者の胸を踊らせるSDNだが、このようにトップベンダーのシスコの捉え方はきわめて現実的だ。特に今回取材に対応してくれた方々は、長らくネットワーク業界に携わってきたベテランであるがゆえ、いたずらに理想に走っているわけではないようだ。
とはいえ、そのシスコがSDNを見据えた計画に本腰を入れているのも、また事実。同社のネットワーク機器のOnePK対応が一気に進む2014年は、より現実的なユースケースが現れてきそうだ。