昨今はアイドルブームだ。その影響もあってか、若手のクリエイターがさまざまな楽曲を提供する場ともなっている。もともとアイドルには固定のジャンルが定まっていないため、通常のポップス以外にもロックやラップなど、ジャンルを問わずに多くの優れた楽曲が集まってきているのだ。そんな中、アイドルファンの中には「楽曲派」と呼ばれる者も出てきている。アイドルの見た目やパフォーマンスではなく、曲が好きだという理由でファンになる人たちだ。
そうした楽曲派を取り込むグループには、Especia(エスペシア)やlyrical school(リリカルスクール)、BELLRING少女ハートなどが挙るだろうか。そして、その中でも人気を得ているグループが「BiS」(Brand-new idol Society:新生アイドル研究会)だ。そんなBiSの楽曲が評価される裏にはサウンドプロデューサー・松隈ケンタさんの存在がある。
松隈さんは2005年にavextraxよりメジャーデビューし、現在は柴咲コウや中川翔子、Kis-My-Ft2などに楽曲提供をしている。さらには、音楽制作チーム「SCRAMBLES」を発足し、運営もこなす多才な人物だ。
そんな松隈さんに対談の申し込みをした。お相手は高級プリメインアンプやパワーアンプを扱うオーディオメーカー、ラックスマンの小島康さんだ。音を作る人と音響機器を作る人で、音に対するこだわりはどう違ってくるのか。また、今現在流行している音に対して、オーディオはどのように対応していくべきなのか。今回、松隈さんにBiSの音源の中から「ASH」と「IDOL」についてマスタリング前の24bit版をご用意いただき、CD音源と音質を比較させていただいた。そのうえで、両者の制作環境を絡めて、昨今のオーディオ機器と音楽制作について話し合ってもらった。
SCRAMBLES
松隈ケンタさんが率いる音楽制作チーム。8人のクリエイターが集まり、ドラム/ギターなどの演奏・作曲・楽曲のミキシングなどを手掛けている。楽曲は柴崎コウ、中川翔子といったメジャー歌手から、BiS、Especiaといったアイドルグループへ提供している。2013年4月には「SCRAMBLE RECORDS」を設立。詳細はウェブサイトへ
SCRAMBLES
SCRAMBLE RECORDS
ロックを意識してドラムは生録、制作環境は全てデジタル
松隈 (「ASH」を聴きながら)これが24bitですよね。僕が音楽制作時に思い描いていた最初の音に近いですね。
小島 楽曲の制作環境は32bitですか?
松隈 そうですね。中には24bitでやっているものもありますけど。
小島 現代的な音楽でも、ダイナミックレンジは16bit以上の解像度がほしいという場面があるかと思います。細かい話ですが、CDの16bitってダイナミックレンジでいうと100dB以下なんですよ。24bitだとそれが144dBくらいまで広がる。そうすると、今日、聴いていただいているアンプでもノイズレベルについては120dBくらい確保できますので。16bitだと、ちょっともったいないんです。デジタルの処理だと、制作環境が32bitなら、ダウンコンバートすることが、さらにもったいない感じがします。
松隈 そうですね。CDへのマスタリングで16bitに落とし込む作業はもったいないですよね。僕の世代はハナっから16bit以上のデジタル環境でレコーディングできる世代なので、違和感があるんです。MP3なんてもっと下げてしまうじゃないですか。数年前まではレコーディング用のPCのスペック的に、16Bitでも重い作業だった。でも今は32bit/96kHzなんかもあります。以前1度試しましたが、もはや異次元でした。
小島 あえて96kHzじゃなくて48kHzの方がいい、という人もいると聞いたことがあります。サンプリングの周波数によって、音の傾向とか肌触りが違うんでしょうか。
松隈 デジタルシンセっぽい音は48kHzがいいのかもしれません。
小島 松隈さんは制作されている中で、一度、音をアナログの外部機器に経由させたりしますか?
松隈 僕はもう完全にデジタルだけでやっています。
小島 制作される音源には、素材や打ち込み以外に、いわゆる生録りもあると思いますが、それらの切り分けにはなにかポリシーはありますか?
松隈 BiSに関しては、基本的にドラムは生でやっているんですよ。今回、ドラムを生音で取り込んだ曲を持ってくればよかったなと猛省しています。
一同 (笑)
Image from Amazon.co.jp |
2013年9月18日発売されたアルバム「Fly / Hi (CD+DVD) (BiS階段盤)」 |
松隈 ロックっぽい音を出したいというのがBiSの最初のコンセプトだったので。激しい曲も生で録っています。ロックといえばギターですが、今やどんなジャンルでもギター音が入っているじゃないですか。そんな中で、ロックっぽいものをどう表現するかを考えると、やっぱりドラムだということになったんです。アイドルものをやるって話なのに、ドラムだけは生でやらせてくれって頼んで(笑)。で、予算がないという話になり、安いスタジオを借りて独学で学びながらマイクを立てて、ドラムを叩いてもらったりしました。
小島 人が必要ということは、すなわちお金がかかるということなんですね。
松隈 人材とでっかいスタジオが必要! ドラムを借りられるスタジオなら、1日10万円くらいはかかってしまいます。しかも1日数曲も録れない。すると、ロックバンドでも生のドラムではなくてPC上の打ち込みを使ってしまったり……という流れになるんですよね。
小島 最近はドラムのマイクを立てられないサウンド・エンジニアも増えているらしいですね。
松隈 うちではサウンド・エンジニアも僕がやっていますよ(笑)。