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最新ユーザー事例探求 第25回

話題のVblock導入だけでは語れない

「豊の国IaaS」に見た自治体クラウドの現実と未来

2012年08月28日 06時00分更新

文● 大谷イビサ/TECH.ASCII.jp 写真●曽根田元

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「豊の国IaaS」は大分県の自治体や民間企業向けのクラウドサービスで、オールインワン型のクラウドプラットフォーム「VBlock」を採用する点が目玉となっている。今回は運営元のオーイーシー(以下、OEC)にサービス開始までの経緯はもちろん、自治体クラウドの実態や地方のIT事情などを含め、話を聞いた。

閉域網で自治体をつなぐ豊の国IaaS

 豊の国IaaSは、OECがソフトバンクテレコムの大分データセンターに構築したクラウドサービスで、2011年3月にサービスを開始している。VMwareの仮想化サーバーをリソース使用量に応じて提供するという点は他社のIaaSと同じだが、仮想化基盤としてシスコ、EMC、VMwareのVCE(Virtual Computing Environment)連合が提供するVblockを採用するのが最大の特徴だ。また、インターネットだけではなく、大分県の閉域網である「豊の国ハイパーネットワーク」と接続されており、県庁や各市町村とセキュアな通信が可能になっているのも特筆すべき点であろう。

豊の国IaaSのシステム概要

 この豊の国IaaSを提供しているOECは、大分県最大の地場システムインテグレーターだ。地元企業の共同出資により、1966年に大分県下初の共同電子計算センターとして創業。もともと税の受託計算からスタートし、その後は市町村向けの住民情報や介護保険、公共施設予約などのパッケージソフトなどを提供してきたという。当初は県内の自治体を対象としていたが、今では県外で積極的に展開している。OEC 取締役 常務執行役員 公共ソリューション事業部長の安東道郎氏は、「財務会計の分野では3府県に導入してもらっていますし、公共施設予約も50~60件。その他、自治体のゴミ収集を管理するパッケージの導入も多いですね」と話す。

OEC 取締役 常務執行役員 公共ソリューション事業部長 安東道郎氏

事業計画なしで進めたクラウドサービスの立ち上げ

 さて、このように公共案件比率の高いOECがクラウドサービスを手がけるようになったのは、総務省の「自治体クラウド」の構想が背景にある。

 自治体クラウドのコンセプトは、システム共用による「割り勘効果」だ。従来、市町村ごとに類似システムがあり、しかもベンダーごとに独自仕様になるため、ロックインになりやすいという弱点があった。クラウドにより地方自治体の情報システムをデータセンターに集約すれば、法改正にも迅速に対応でき、共同利用によるコスト削減も実現されるわけだ。

 このコンセプトは、今では自治体クラウドとして知られているが、もともとは2002年の「共同アウトソーシング」に端を発している。共同アウトソーシングは、特に平成の市町村合併を前提にしており、2004年にはOECも、富士通九州システムズや九州東芝エンジニアリング、新日鉄ソリューションズなどとともに「大分県自治体共同アウトソーシングセンター(以下、OLGO)」という子会社を設立。地元のSEを集めて、共同アウトソーシングを扱う受け皿を設けたという経緯がある。大分県では58から18までに統合される激しい市町村合併が進んだが、安東氏は「なかなかアウトソーシングに踏み切る自治体は少なかったですね」と当時を振り返る。

 必ずしも順風満帆ではなかった共同アウトソーシングに引き続き、2009年に総務省が打ち立てた自治体クラウドだったが、自治体のコスト削減意識が向上し、インフラが整備されたこともあり、現実味を帯びてきた。これを受け、実施されたのが全国で唯一県境をまたいだ大分県と宮崎県によるクラウド実証実験だ。この実証実験にはOLGOが参加し、データセンターの機能や基幹系・内部情報系のパッケージの共同運用を実施した。また、LGWAN(Local Government WAN)を介して、佐賀県にバックアップをとるという実験も行なったという。

大分市内にあるOECの本社

 実証実験は2010年に終了し、そのまま自治体クラウドとして本稼働へ進むというのが条件であったが、大分県からするとデータセンターが宮崎県にあったのがネックとなった。「県をまたがった運用はやはり難しいという実験結果もありましたし、県内の各所から、自治体の膨大な個人情報が宮崎にあるのは違和感があるという声が相次いだのです。しかも県内でやるなら、地元企業がやるべきという大分県等、地方公共自治体の働きかけもありました」(安東氏)。結果として、クラウド利用に向けた大分県の積極的な取り組みを受け、OEC自体が自治体クラウドの構築・運用に携わることになった。「2011年度内には本稼働を始めなければなりませんでしたし、検討期間はまことに短かったです。正直、事業計画も立てられませんでした」という状態で、安東氏は取締役会をパスし、クラウドを構築せざるをえなかったと背景を話す。

 一方で、技術的に見れば、大分県内で自治体クラウドを構築するのは、無理な話ではなかったという。安東氏は、「大分県内にデータセンターはありましたし、豊の国ハイパーネットワークという光ファイバー網も整備されています。データセンターに仮想化インフラを構築し、ネットワークにつなげば、非常にセキュリティの高い環境で、自治体サービスが提供できるんです」と述べる。つまり、クラウド環境をとにかく迅速に構築できるインフラさえあれば、本稼働に耐えうるサービスが実現できるというわけだ。

既存のサーバーとはまったく違うVblock

 ここで検討の遡上に挙がったのが、VCE連合のVblockだ。VMwareの仮想化環境を迅速に提供すべく、シスコのサーバー「UCS」とデータセンタースイッチ「Nexus」、そしてEMCのストレージで最適化されたVblockは、とにかくスピーディにクラウドサービスを導入するのにぴったりだ。

 また、ネットワンシステムズがVblock販売代理店を務めており、導入や運用を一本化できるというのも大きかった。OEC 公共営業部 公共営業第1グループ グループ長 塩月輝氏は、「たとえば、サーバーを導入しても、どのように豊の国ハイパーネットワークにつなげばよいかなど、なかなかノウハウがない。その点、サーバーやストレージのほか、こうしたネットワークの接続や管理までネットワンさんにお任せでき、導入の障壁が下がりました」と語る。安東氏も、「われわれはアプリケーション開発をメインにやってきたので、正直インフラは得意ではない。トラブルを特定するのも難しい。今回は規模も大きいですし、ネットワンさんにすべてお任せできて、安心できました」と述べており、製品選定にはネットワンの存在が大きかったようだ。

OEC 公共営業部 公共営業第1グループ グループ長 塩月輝氏

 とはいえ、官公庁の案件でほとんど実績のないシスコのサーバーを選定するのはやはり異例。安東氏は、「正直、不安もあったので、実物を見てもらおうとエンジニアを派遣してみたら、『すごい』と言って戻ってきました。われわれも各社のサーバーを売っていますが、Vblockはまるで違うものでした」と語る。実際に製品を触りにいった塩月氏は、「今までのサーバーのように数多くのケーブルを引き回さなくても、シスコのサーバーはFCoE(FibreChennel over Ethernet)で数本の光ファイバーをつなげば利用できます。設定もWebブラウザから行なえるし、運用も簡単なのがわかりました」と語っている。

 結果として、2010年11月にネットワン経由で「Vblock-1」の導入を決定。ソフトバンクテレコムのデータセンターに設置し、インターネットや豊の国ハイパーネットワークと接続。2011年3月から豊の国IaaSとして正式サービスを開始している。

課題を抱えつつも進む自治体クラウド

 さて、豊の国IaaSをスタートして1年以上が経つが、すでに県内の半分にあたる9市町村でクラウド化を実現している。しかし、システム更改やリースのタイミングが合わないことから、大分県では利用例が少ない。また、民間企業の利用はほとんど進んでおらず、財団法人とSIerの2社にとどまっているという。「そもそも県内では、IaaSに持ってくるようなシステム規模の会社が少ない。逆に規模が大きすぎるとか、クラウド化以前にIT資産の棚卸しが困難という会社も多いんです」(安東氏)とのこと。順調にクラウド化が進んでいるとは言い難いのが現状だ。

 仮に残りの自治体が移行を進めても、ビジネス面の大きな拡大もなかなか難しい。「自治体クラウドを使えば、従来に比べてコストを3割カットできる」と総務省が謳っていることもあり、コスト面での低廉さを要求されるからだ。また、各自治体のオンプレミスのシステムがクラウドに移ることで、均衡を保っていた地元のIT勢力図は大きく変わっていったという。安東氏は、「もう本当にいろいろなところから怒られましたよ(笑)」とこぼす。しかし、こうした苦労を持ってしても、理想からはほど遠いのが自治体クラウドの現状といえるのだ。

 こうした現状もあり、OECは次の段階として豊の国IaaSの全国展開を進める予定だ。「LGWANをつなぐことで、自治体向けサービスを全国に展開します。また、他のデータセンターのバックアップとして利用するという提案も進めていきます」(安東氏)と語る。災害を考えてサーバーを預けたい、メンテナンスができないという自治体の抱える課題を解決していきたいと考えている。

 さまざまな課題がありながらも、安東氏は豊の国IaaSの立ち上げを後悔していない。「事業計画もないところでスタートしたクラウドでしたが、あの時点で始めて本当によかったです。勢いで始めてなかったら、LGWANにつないで、全国展開を目指すといった構想すら考えつかなかったと思います」と語る。今後も豊の国IaaSの困難は続くかもしれないが、自治体クラウドのあるべき姿を描くモデルケースとして、これからも前に進むことが求められている。

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