「小説でもなんでもいいから、明るい未来を作る」
―― 野尻さんがニコ動にハマっていったのは「初音ミク」が誕生してからだと伺いました。どうしてここまで初音ミク・ニコニコ動画に熱中してしまったんですか。
尻P 初音ミクが発売されてから、ものすごい勢いでクリエイティブな人の輪が拡がっていったわけですよね。最初は初音ミクの声が良いというので見てたんですけど、それが1週間も経たないうちに口パクのアニメーションが出てきて、そこからあっという間に3Dのモデルが作られて。そういうことにかなりショックというか、ビックリしちゃったんですよね。
―― 進化のスピードはすごかったですよね。
尻P それにマッシュアップの連鎖がものすごくフリーダムで、許可とかもほとんど取らず、事後承諾で進めていく感じですよね。で、作ったモノは自分もフリーで公開して、さらにふくらませてもらうと。そういう感じで、どんどん創作の輪が拡がっていった。それを見て、ここにユートピアがあると思ったんです。「クリエイターのユートピア」が。ユートピアなんて言葉は普段使わないんですけど、それを久しぶりに思い出すくらい(笑)。
―― そういう「ユートピア」を求めたり、想像されたりしたことは。
尻P いや、それは意識してなかったと思いますね。ただLinuxであったり「オープンソースハードウェア」※というムーブメントも出てきてて、そういうオープンソースの世界っていうのはこれからの文明社会の中心となっていけば理想的だなと思ってはいたんです。だけど「まぁWindows並に使えるLinuxが出てくればいいな」くらいのものでしたね。それが初音ミクによって一気に引き寄せられたような感じです。
※ オープンソースハードウェア : 設計だけでなく、部品や基板など、製作に必要な情報をすべて公開しているハードウェアのこと。「Arduino」や「Simputer」が有名。
―― 音楽や動画のクリエイターにもオープンソース的なものがあるんだという発見ですね。
尻P そういうことです。
―― 小説家・野尻抱介さんと、ニコ動・尻Pで活動の違いはありますか?
尻P わたしはどうしても小説を書きたくて書いているわけじゃないんですよ。初めはゲームのノベライズから入って、もともと仕事で書いてるんです。だから小説を書くこと自体は目的じゃなくて。小説でもなんでもいいから、明るい未来を作るのが「目的」なんです。
―― 明るい未来というと。
尻P SFって未来を予言するものだと言われるけど、本当は予言じゃなくて「提案」だと思うんですよ。こんな未来っていいでしょ、って提案していくのがSFの役目だと思っていて。なので「ニコ動的な世界感がどんどん盛り上がっていった先にどんなものが生まれるか」を示すには、小説に書く必要はないですよね。だったら実際にニコ動を盛り上げてけばいいじゃないですか。
―― なるほど、未来を提案する手段が変わっちゃったんですね。
尻P だから、小説を書く必要がなくなっちゃったなあって感じなんですよねえ。
―― やってることは違うけど、目的は一緒なんですね。モノを作るのもお好きですし。
尻P 僕が思う理想の未来は、「自由に宇宙に行ける」っていう世界なんですね。これまで地球になかったもの、未知なるものと向き合える世界。行ったことがない世界に行きたいとか、そういうことが実現すればいいんです。これまでは小説を書いてそれを示していたけど、初音ミクとニコ動の誕生以来、必ずしも小説で示す必要がなくて。ニコニコ動画を盛り上げていけば、そのうちみんな宇宙に行けるようになるな、っていう。