中国の漫画家が日本で活動する理由
夏達さんは日本で話題となったことで、中国でも話題になった。この時のネット掲示板の書き込みは「漫画文化で遙か上を行く日本で漫画を描くんだ。応援しようじゃないか」というような内容のものが主である。
中国でも漫画雑誌はあり、雑誌も売る売店で売ってはいるが、あまり売れているようには見えない。金龍賞を受けた他の漫画家の多くは、受賞後に中国の漫画雑誌で書いているが、調べるに作家生命が数年で途絶える漫画家も少なくない。
漫画先進国の日本で漫画が描ける夏達さんは、中国漫画界におけるイチローのようなもの。だが夏達さんですら、可愛すぎると評され日本で話題になってから中国での知名度があがったのだ。金龍賞を受賞して中国の漫画雑誌で書いたところで名声や多くの人々の記憶に残る結果が出せるわけではない。
ネットでのQ&Aサイトで「漫画家になりたいけれどどうすればいいか」との問いに対する回答のほとんどが「現実は甘くないし、仕事漬けだ。そんな生活でいいのか。やめておいたほうがいい」といったものとなっている。
日本と比べて商業誌の漫画雑誌が極めて少ないため、プロの漫画家は非常に少ない。漫画家の地位が低く、また中国の物価は安いので、漫画家の月収は5千元(6万6000円)前後が相場である(もちろんページ単価など出来高制ではあるが)。
漫画家は、日本の漫画の影響を受けた世代ということで、若い80年代生まれが多く、インターネット世代とかぶるが、漫画家の月収はその80年代生まれのホワイトワーカーの2~3倍くらいである。
またアシスタントは、ホワイトワーカー並の月収が相場なので、勉強もできるとあってアシスタント志望の人は少なくないが、漫画家の数が絶対的に少ないために門戸は狭い。最近は台湾や香港の漫画家も安い労働力を求めて中国本土のアシスタント志望をアルバイトとして雇おうとする動きがあるが、いずれにしても募集枠が少ないことには変わりない。
プロの漫画家でも所得的には微妙な上に、例によって中国だとコンテンツに表現の規制がかかるので、創りたいモノに制限を加えざるを得ないこともある。日本で採用されれば、名声があがるし、給料もより高い。漫画先進国にして自由なコンテンツも書けるとあって、夏達さんのように日本で書こうとするのは自然の流れだ。
しかし漫画大国の日本でも、行政が「非実在青少年」がキーワードの「東京都青少年健全育成条例改正案」により、表現に規制をかけようという動きがある。こちらの話題は中国のネット上では一部の日本漫画ファンとおぼしき人々がニュースを紹介する程度で、興味のない人々への情報の伝播はされていない。
夏達さんが新天地を求め日本に来たことを踏まえれば、日本で表現の規制が掛かる日には、「AppStore」での漫画発表など、新天地を求めて本格的に世界市場に眼を向けるかもしれない。将来中国人とパイを争う時代が来たときに、作者が美人かイケメンかでないと売れない時代にならなければいいが。
山谷剛史(やまやたけし)
フリーランスライター。中国などアジア地域を中心とした海外IT事情に強い。統計に頼らず現地人の目線で取材する手法で,一般ユーザーにもわかりやすいルポが好評。当サイト内で、ブログ「中国リアルIT事情」も絶賛更新中。最新著作は「新しい中国人~ネットで団結する若者たち」(ソフトバンク新書)
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