HPCやグラフィックスカードに使われるも……
教訓となったソフトウェアの重要性
低性能の結果として、i860はまったくといっていいほど普及しなかった。当初は1μmプロセスで作られた「i860XR」が25/40MHzでリリースされ、後に0.8μmプロセスに微細化して40/50MHz駆動となる「i860XP」がリリースされた。
i860XPでは、キャッシュの容量増加や2次キャッシュの搭載、マルチプロセッサーに対応した高速な外部バスなど性能改善の手段が講じられたが、根本的にはソフトウェア側の最適化が進まない限り、性能は出なかった。
ただし、整数演算はともかく浮動小数点演算は同時期のRISCプロセッサーよりもずっと高速であったので、米ロスアラモス研究所に納入された256プロセッサー構成の「iPSC/860」や、その後継として最大2048(計画では最大4096)プロセッサーを集約した「Intel Praragon」といったHPC(High Performance Computing)用途には使われたりもした。
また意外な用途としては、(後にアップルに買収される)NeXT Computer社が最初にリリースしたワークステーション「NeXT Cube」用のグラフィックカード「NeXT Dimension」にも、i860が利用されている。NeXT CubeはグラフィックをすべてPostScriptで実現するという意欲的な製品だったが、これを実現できるグラフィックスコントローラーが当時存在しておらず、処理のほとんどをCPUで行なっていた。
i860は(後のMMXやSSEと同じように)複数のピクセルを1命令でSIMD的に扱えるグラフィックパイプラインを装備していたので、これを利用することで高速にPostScriptの実行が可能だったというわけだ。
そうは言っても、肝心の整数演算性能は如何ともしがたく、しかも1990年代に入るとi386やその後継製品が急速に性能を上げていったこともあり、結局1990年代中盤には、ひっそりと製品ラインから消えることになった。
i860の黒歴史入りの要因を挙げるとすれば、やはり「やりすぎ」に尽きるだろう。あまりにRISCのコンセプトに忠実すぎたうえ、コンパイラーなどの開発は後手に回ったから、性能が出るわけもなかった。ただ、少なくともこの教訓は、「Itanium」の開発に生かされたとは言える。Itaniumは当初からかなりの資金を投入してソフトウェアの開発も同時に進めており、結果はともかくとしてソフトウェアの重要性を知らしめる価値はあったと言えるだろう。
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