GitHub(ギットハブ)は、2024年5月14日、開発者向けの生成AIアシスタントである「GitHub Copilot」およびAI法規制に関する記者説明会を開催した。
同社は日本市場において、GitHub Copilotを、2023年2月より一般提供を開始、コーディング支援からその機能を拡充してきた。
2024年2月にGitHub Japanの日本・韓国担当 シニアディレクターに就任した角田賢治氏は、「私のミッションは、AIを活用したGitHubの開発プラットフォームを日本企業に浸透させること。企業の生産性や開発者の満足度を向上させ、イノベーションの加速やセキュアな製品リリースのために伴走することがGitHubプラットフォームの価値」と説明する。
実際にサイバーエージェントやLINEヤフー、ZOZO、パナソニックコネクトをはじめとした日本企業が、GitHub Copilotを利用しているという。
GitHub Copilotは「2025年の崖」解決に寄与するのか?
GitHub Copilotの現状について、米GitHubのChief Operating Officerであるカイル・デイグル(Kyle Daigle)氏から説明された。
現在、GitHub Copilotは有償で展開され、個人向けにはIndividual、企業向けにはBusinessとEnterpriseの2つのプランが用意されている。GitHubでは生成AIの適用領域を、当初のコーディング支援からGitHubプラットフォーム全体へと拡げてきた。
「GitHub Copilot Chat」では、自然言語を介して対話型でコーディングをサポートし、「Code scanning autofix(現在パブリックベータ中)」は、コードの脆弱性を検知して修復の提案をしてくれる。
2024年4月末にテクニカルプレビューを開始した「GitHub Copilot Workspace」は、開発前のアイデアから仕様策定、実装プラン、コーディング、ビルド、テスト、コード実行まで、開発ワークフロー全体を支援する。機能リクエストやバグレポートなどがIssueに追加されると、Copilot WorkspaceがIssueやコードを理解した上で、ステップバイステップの実装プランや修正コード、その修正内容に基づいたドキュメントなどを提案してくれる開発環境だ。
「開発者が、何度も何度も、同じような問題に対応しなくてすむ。負荷の高い作業が減って、より創造性が求められる作業に集中できる」とデイグル氏。
さらに、開発者以外の従業員も生成AIによって「最高の仕事」を享受できると述べて、GitHub自身の業務におけるAI活用を紹介した。
GitHubでは、従業員の30%が携わる、7つの生成AI活用の社内プロジェクトが進んでおり、いち早く活用を始めたのが情シス部門だという。同部門は、四半期あたり社内から5000件の問い合わせがあり、同じリクエストに対して繰り返し対応しなければいけないことが課題だった。そこで、AIボットでプロセスを自動化、問い合わせの30%をAIボットが対応することで、情シス部門の業務は週1人あたり3時間削減されたという。
「AIが人に置き換わるというのは間違った考え方。我々が取り組むのは、繰り返し作業のようなコンピューターが得意な領域をAIに任せて、人は本来の強みであるクリエイティブな領域を担当するという、役割分担を推進することだ」(デイグル氏)
また日本は現在、システムの老朽化と開発者の引退が重なる「2025年の崖」の問題に直面しており、その経済損失は最大年間12兆円といわれている。デイグル氏は、「GitHub Copilotをはじめとする生成AIの力で、ベテランと新人の開発者のギャップを埋め、この問題を解消できる」と強調する。
例えば、GitHub Copilotを用いることで、メインフレームのCOBOLなどのレガシーコードを、最大で80%自動で書き換えることができる。また、Copilotのコード提案と向き合うことは、レガシー言語を理解するのに役立つという。
デイグル氏自身も「数年前に作ったリポジトリをレビューして欲しいと言われ、Copilot Chatに当時のプロジェクトの内容を説明してもらった」といい、ベテランから新人へのスキルや知識の共有をGitHub Copilotが橋渡ししてくれる。「私の願いは、AIの活用で、仕事の在り方が変わり、新しいものを創出する機会が生まれ、イノベーションを起こせる世界が拡がっていくことだ」(デイグル氏)。
世界最大のオープンソースコミュニティを抱えるGitHubが、AI法規制において果たす役割
続いてAI法規制の現状とGitHubの対応について、Chief Legal Officerであるシェリー・マッキンリー(Shelley McKinley)氏から説明された。
マッキンリー氏が、ユーザー企業の法務、コンプライアンス担当者や、各地域の政策担当者、さらには自身の母親にまで話しているのが、「誰もがこれまで以上に、テクノロジーについて深く理解する必要に迫られている」ということだ。日々、AIに関するニュースが飛び交う中、事業者はAIがどういったものかを明確に訴求する必要があり、GitHub自身もGitHub Copilotを開発する中で、公平性や安全性に配慮した“責任あるAI”を念頭に置いているという。
現在のAI規制の焦点は「システム」と「モデル」、「社会的レジリエンス」の3つの視点にわかれるとマッキンリー氏は説明する。
まず、現時点での規制の中心は、“システムレベル”のリスクへの対応であり、過去の他の領域の規制適用をみても「妥当なあり方」だとマッキンリー氏。例として、2026年の適用に向けて進んでいるEUのAI規制法案があり、「AI規制の今後の方向性を決めるもので、ヘルスケアや重要な意思決定に関わるハイリスクなシステムの安全性や透明性の確保にフォーカスしている」とマッキンリー氏。
AIモデルの領域でも規制が進んでいる。今後登場が見込まれ、社会的な影響力が大きい、次世代のAIである“フロンティアモデル”に対する規制だ。日本政府が主導した広島AIプロセスがその例で、AIに携わる関係者の守るべき責務および開発者に対する行動規範が示されている。
最期の社会的レジリエンスは、AIが生み出す機会や変革に対して、柔軟性を持って享受していく社会体制を整えるための規制だ。例として、米バイデン大統領による大統領令があり、AIの安全性やプライバシー保護を確保するために、政府レベルでAI事業者への協力を呼び掛けた。
このようにAI規制が形成されていく中で、GitHubは「ユニークな役割」を果たせると、マッキンリー氏は強調する。なぜなら、商用のAIツールを提供する“規制対象の企業”であると同時に、“世界最大のオープンソースのコミュニティ”を持つ立場でもあるからだ。
「われわれは世界最大のオープンソースコミュニティを管理する立場から、コミュニティの利害を守る責任がある」とマッキンリー氏。政策担当者が、規制の内容や法的な責任を定めるために必要な知見を、このユニークな立場から共有している。
例えば、オープンソースの在り方を基に、「法的な責任を負うのは(AIを組み込んだ)完成品を提供する企業で、コンポーネントレベルで携わる開発者ではない」ことを強く主張している。その結果、EUのAI規制法案において、オープンソース開発者に配慮した条項が盛り込まれるなど、実際の成果も得られているという。
最期にマッキンリー氏は、広島AIプロセスにおける日本のリーダーシップに対して、「人中心の信頼できるAIの将来を構築するための全体像が策定できた」と高く評価した。グローバルで整合性のとれた協力関係が続くことで、コンプライアンスやイノベーションのレベルが上がる。そして、開発者も含むより多くの人々が、AIのエコシステムに参画できるようになるという。
GitHub Copilotは、最終的に開発者の定義を変え、開発者を指数関数的に増やし、労働力不足や社会全体の生産性向上に寄与する可能性を秘めているが、こうしたことも、開発者が責任を持ってイノベーションが起こせる環境が守られてこそだと、マッキンリー氏は締めくくった。