Honda F1第4期を支えた元HondaのF1マネーメントディレクター・山本雅史さんの著書「勝利の流れをつかむ思考法 F1の世界でいかに崖っぷちから頂点を極めたか」(KADOKAWA刊/1650円)が発売された。
F1ファンはもちろんのこと、ビジネス書、そしてノンフィクション・エンターテイメントとしても楽しめるこの著書について、山本さんのインタビューを交えながらご紹介したい。
マクラーレンとの別れから
Red Bullでのチャンピオンまでを駆け抜けた
まずは著者の山本さんの経歴をご紹介しよう。山本さんは1982年、本田技術研究所に入社。ご本人によるとエンジン設計を希望されていたとのことだが、配属先は埼玉県の和光市にあるデザイン部門だったとのこと。
その後、栃木研究所技術広報室長を経て、2019年よりHonda F1専任のマネージングディレクターに就任。第4期Honda F1の陣頭指揮をとり、昨年Red Bull Racing Hondaの2021年ドライバーズ・チャンピオンに貢献した。
だがHondaは同シーズンをもってF1を撤退。山本さんも後を追うように2022年1月末をもってHondaを退職された。現在はRed Bull PowertrainsのアドバイザーとしてF1に参画する一方、全日本スーパーフォーミュラ選手権に参戦するTEAM GOHの監督として活躍されている。
F1関連でのメディア露出が多い方なので、レース畑一筋かと思いきや、実は様々な経験されている方だったりする。
著書では山本さんの目を通した第4期Honda F1の舞台裏のみならず、Honda側のマネージメント術、人心掌握術、そしてドライバーやチーム代表との交渉術が描かれている。併せてRed bull Racing代表のクリスチャン・ホーナー氏、スクーデリア・アルファタウリ(旧スクーデリア・トロ・ロッソ)代表のフランツ・トスト氏のインタビューも収録し、彼らのマネージメント術も併せて紹介している。
ビジネス書としてはもちろん、現代F1の貴重な資料としても価値のある一冊といえる。
最初に出版の経緯から話をうかがうことにした。というのも本著は、モータースポーツはおろか自動車専門媒体がないKADOKAWAから刊行されるため。そのことを尋ねると、山本さんは笑いながら優しい口調で経緯を語り始めた。
山本雅史氏(以下敬称略) 「10年以上前、僕がたまたまHondaの社員としてオーナーズミーティングのお手伝いに行った時に、この本の編集担当の方と知り合ったんです。
僕は(HondaがF1最後のシーズンを迎える直前のた)2021年3月の段階で翌年退職することを決めていたので、もし1年後にチャンピオンを取れたら、本を出したいと考えていました。その後、本当にチャンピオンを獲得できたのですが、タイミングよく編集さんから出版のお話をいただいたんです。
そのあとは、何度か編集長を交えてディスカッションしていくうちに、話がまとまりました。ですのでタイミングと繋がりですね」
と、クルマが取り持つ縁から出版に至った経緯を明かしてくれた。
納得してもらうまで説得するのが山本流交渉術
本著はビジネス書というより、数々の難局を面白いように解決し成功へと導いていく山本さんのサクセスストーリー、自叙伝、武勇伝にも映る。だが嫌味さはなく、むしろ痛快そのものだ。その課題解決へと導いた手法が、考え方とともに明かされている。
山本さんは「僕は最初に青写真をしっかり描くんです。それが大事なのです」と説く。これは誰もが実践していることだろう。違うのは、その青写真が実に精巧なばかりか、ポジティブ思考である点だ。
山本 「上司に“いや、僕はいい提案だと思うけれど、役員がいいって言うかな“と言われることがありますけど、僕なんか3回上司にダメと言われたら、内容が本当に良ければ直接その上に掛け合いに行きますね」
この山本さんの行動力こそが、Honda F1としては1991年のアイルトン・セナ以来、30年ぶりのドライバーズチャンピオンに繋がったのだろう。だが、そのバイタリティーはどこから生まれるのだろうか?
山本 「本田宗一郎さんが、奥さんが遠いところまで自転車で買い物に行く姿をみて、自転車バイク・バタバタを作ったのが、Hondaの始まりですよね。
僕も基本的には、世のため人のためみたいな思いがあって。せっかく何かをするなら、どうすればみんなが喜んでくれるのかとか、そういうことばかり考えているんですよ。だから青写真を描いたら、わからない人が上司だろうが何だろうが、反対されても納得してもらうまで説得するんです」
話をうかがいながら、失礼を承知で申し上げるなら“上司にしたい人ナンバーワンだけれど、部下にしたくない、敵に回したくない人ナンバーワン”だと感じられた。普通のサラリーマンは、ここまではやらないだろう。
山本 「F1を担当しているときも、ヤマモトはサラリーマンじゃない、って言われましたよ。それは褒め言葉と取りましたけど(笑)」
と、山本さんは少しはにかんだ。