特別企画@プログラミング+ 第55回
インドの研究者らがTransformerモデルをレシピ生成に応用
AIに味はわかるか? AIが考えた斬新すぎる豆腐バーガーを作ってみた
2022年07月20日 15時00分更新
Transformerモデルがレシピと料理の完成画像を生成
Chef Transformer(https://huggingface.co/spaces/flax-community/chef-transformer)は、インドの研究者らが中心となって開発したレシピ生成AI(人工知能)である。最近の自然言語系AIの流れを汲んでいて、Transformerモデルをレシピ生成に応用しているほか、レシピだけでなく完成した料理のイメージ画像も生成してくれる。
レシピ作成AIは創作料理を得意とするシェラハザードと、繊細な料理を得意とするジョバンニの2つから選べる。このAIの特徴について人名をつけるというのは、OpenAIのGPT-3も同じで、GPT-3の場合は名前が違うとAIの規模が変化する。
使い方は簡単。シェフAIと料理スタイルを選んで、材料を指定するだけ。料理スタイルはトルコ料理とペルシャ料理、韓国料理、イタリア料理、ドイツ料理が選べるが、だいたいは材料で決まるようだ。例えばトルコ料理で生成すると……、
こんな感じで「バクラバ(Baklava)」のレシピが出てくる。フィロ(phyllo)は、ギリシャ料理に使われるパイ生地のような食材で、バクラバはフィロでナッツやチョコレートを包んだお菓子だ。イタリア料理はデフォルトでパスタが入っているので、パスタを抜いて、かわりにターメリックやシナモンといったスパイスを追加したらどんな料理が提案されるのだろうと思ったらかなり奇妙なものが出てきた。
まず華氏350度(摂氏176度)までオーブンを予熱して、鷹の爪を半分に切って中のタネを取り、切り口を下に向けてクッキングシートに並べる。次に、シナモンとターメリックを振りかけてから15~20分オーブンで焼く。鷹の爪を焼いている間に、玉ねぎとオリーブをスライス。15分経ったら鷹の爪をオーブンから取り除いて冷ましてオリーブと玉ねぎにまぜて、再びオーブンにもどして5~10分、またはチーズが溶けるまで加熱する。温かいまま提供する。
たぶん出てくるのは、ただの熱々の鷹の爪の皮だけという世にも奇妙な食べ物になっているだろう。チーズ味の玉ねぎとオリーブがあるのが救いか。つまり、材料に何を使うかが、このAIを使うには非常に重要ということになる。
どうやら材料でだいたい料理の方向性が決まるので、とりあえず余っていた豆腐を使ってイタリア風の料理ができないかAIに考えさせてみた。
まず提案されたのは、ズバリ「豆腐ディップ」。料理の過程もかなり大雑把だ。まず豆腐、みじん切りのたまねぎ、鷹の爪、ブラックペッパーなどのすべての材料をブレンダーでスムーズになるまで混ぜる。それを冷蔵庫で冷やす。できあがったものをクラッカーや生野菜と一緒にサーブする。そして、2つのカップに分ける。明らかにおかしな食べ物になりそうだ。
「食べ物で遊んではいけません」と昔おばあちゃんに言われた警句を思い出す。これに似た豆腐料理のメニューがあるならばまだいいが、どう考えてもおいしくなりそうにない。
これはさすがに企画倒れか、と思ったのだが、これがGPT-3と同じTransformerだということを思い出し、同じ材料で何度か提案させることにした(GPT-3の出力はランダム性があるので、何度も同じ言葉で試すことができる。 MITテクノロジーレビュー「GPT-3が新社名を発案、『AIと働く』を実践してみた」を参照)。
豆腐バーガーというレシピが提案されたので、今回は豆腐バーガーを作ってみることにする。
AIによる豆腐バーガーレシピを実践
このレシピに従うと、いきなり全部の材料を混ぜてパティ状にし、華氏350度で15分から20分焼くことになっているのだが、豆腐とベーコンと海藻を混ぜてもおいしくなりそうにない。それよりは、写真に添えられたイメージがおいしそうである。焼いた豆腐にカイワレ大根、それにチーズをトッピングしてハンバーガーバンズで挟んでサーブするようだ。
近所のスーパーに行って、まず「プロ仕様」のハンバーガーバンズを入手する。さらに、ベーコンとカイワレ大根、鷹の爪(レッドペッパー)のようなものが写真にあったのでそれも入手する。今回チーズも写真にうつっていたが、それはちょっと嫌な予感がしたので避けた。
レシピにまずは豆腐をパティ状にしろと書いてあるのだが、写真はパティ状になってないのでここは無視。両サイドを焼けと書いてあるので豆腐とベーコンの両方を焼く。
筆者は料理が趣味なので、色々な料理を作ってきたつもりだが、さすがに豆腐とベーコンをフライパンで焼くというのは今までに見たことのない図である。
もちろんバンズも焼く。普通のハンバーガーなら、ケチャップやマスタードで味付けするところだが、間にはさまっているのが豆腐なので、ケチャップをかけていいものかどうか躊躇した。レシピには好きなトッピングをして食べろと書いてあるので、ここは牛醤という和牛の旨味を凝縮した調味料を使うことにする。
こうして豆腐バーガーが完成した。AIが出力したレシピの写真とほとんど変わらない。
しかし斬新な見た目だ。これをAIが生成したのかどうか疑わしいくらいに完璧な豆腐バーガーの写真である。試しにGoogleを画像検索してみたが、全く同じ写真は見つけられなかった。
何はともあれ、作ったからには食べてみなければならない。試しにコワーキングスペースに来ていた友人に試食してもらうことにした。
「こんなの見たことも食べたことないんだけど……」と、怪訝な表情を浮かべる友人。確かに、これを食べるのはちょっと勇気がいる気がする。
実際、筆者も試食してみたが、もう少し思い切って醤油ベースのタレを作って味付けすれば、立派に新しいヘルシーメニューになるのではないかと思った。
絹ごし豆腐にはなかなかの食べ応えがあり、トーストしたバンズと、ベーコンの塩味を豆腐がうまく受け止めている。決してゲテモノ的ではない、非常に素直な味の料理になった。アボカドとか、チーズとかも組み合わせるのはアリかもしれない。
人間の想像力を高めるAIの可能性
AIにレシピを考えさせる、または料理にAIを応用するというアプローチは、IBMやソニーも取り組んでいるテーマの一つでもある。しかし、現状のAIが考案したレシピというのは、レシピの参考になるだけで、レシピそのものを使うと奇妙な結果しか生まれないだろうということが確かめられた。
なぜならレシピ自体が、ほとんど決まりきった手順の組み合わせによって成り立っているからである。鷹の爪は種を取り除いて炒めるし、ベーコンもハンバーガーパティも焼く。スパゲッティは茹でるし、オーブンは予熱するものと決まっている。
ただ、それはたとえ人間が書いたレシピであっても、調理する側が時と場合、気分によってアレンジを加えることで料理は初めて完成する。レシピというものが曖昧であるからこそ、曖昧なレシピによって調理する人間の調理人としての腕とセンスが試されることになるのは当然だ。
ただ、自分一人で何か料理をするとしたら、絶対に思いつかなかったであろう豆腐バーガーというコンセプトと斬新なビジュアルは、間違いなくAIが提案してくれたもので、ここになにか非常にAIが人類の想像力を高めてくれるような可能性を感じる。
ある種のAIとの「共創」であり、AIを使って考えた料理だけのレストラン、なんていうのも将来的には出現するかもしれないと考えさせられた。
清水 亮[Ryo Shimizu]
1976年、長岡生まれ。プログラマーとして世界を放浪し、数々のソフトウェア開発を手掛ける人工知能研究者。東京大学情報学環客員研究員。主な著書に『よくわかる人工知能』(KADOKAWA)、『教養としてのプログラミング講座』(中央公論社)など。
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