「親子丼」
吉野家
437円(並盛)
4月19日発売
https://www.yoshinoya.com/menu/oyakodon/oyako-don/
静かな登場になってしまったメニュー
飲食チェーンにとって、新しいメニューは開発にそれなりの費用や時間などをかけるものですから、大体の場合、華々しく宣伝したいと思うものでしょう。店に出すまでにとても長い時間をかけたものなら、なおさら……。
吉野家は「親子丼」を4月19日から販売しています。価格は並盛437円、大盛624円。
公式の商品説明を見ると、「とろりなめらかな玉子、ぷりっとした鶏肉、シャキっとした玉ねぎ、それぞれの食感を楽しめる吉野家特製たれをたっぷりと使った一品」とあります。
新メニューということで、販売当日には発表会も予定されていたのですが、みなさんもおそらくご存知のように、元役員の不祥事により、発表会やリリースなどが相次いでキャンセル。実に静かに発売されることになってしまいました。
かなり気合を入れた新メニューだと聞いていたので、食材へのこだわりや、味付けの創意工夫などをぜひ知りたかったのですが……開催されなかったものは仕方ありません。
というわけで、実際に食べてみることにしました。ニュースを知らない人や後で知った人にとっては、吉野家の店頭で唐突に親子丼が売り出されていたわけで、ちょっと驚いたかもしれません。
ダシの旨味とたまねぎの甘味をうまく活かした
「吉野家」の味わいを感じさせる一杯
結論から言うと、この親子丼、「バランスがよい味」ということになります。ただ、これだけでは説明になっていないですよね。では、なぜバランスがよいと感じるのか。そこを考えていきましょう。
一つは、ダシの味わいにあると思います。ダシについては、店内放送によるとカツオと昆布の合わせダシのようですが、それがしっかり効いています。割り下の味もしっかりあるとはいえ、それほど角が立っていないので、まろやか。玉子のとろみとあいまって、穏やかな味わい。
たまねぎが、やや多めに入っているのもポイントかなと。親子丼にたまねぎは普通なのですが、吉野家の場合、量が多めで、それほどくたくたに煮込まれているわけでもないため、食感と甘味がしっかり残っている。これが、歯ざわりとしても、親子丼全体の味わいとしても、アクセントになっています。
ダシが効いていてカドが立っていないバランス、たまねぎの甘味を活かしている味わい……それらを考えると、親子丼でありながら、具材や味付けのバランスを取る上で、吉野家の牛丼の基礎が活きているようにも思えます。
もちろん、親子丼と牛丼の味そのものが同じはずはないのですが、素材は違えど、味を構成する“作り方”が似ているというか、吉野家らしい味わいが基礎になっているというか。長年向き合ってきた牛丼の味づくりのノウハウが、親子丼にも息づいているのではないでしょうか?
ちなみに、鶏肉はやや固めでしたが、これは作るタイミングや切られた大きさで微妙に変わるというか、個体差がありそうな領域だと思います。大量に入っているわけではないですが、卵、たまねぎ(と、上にのっているネギ)とのバランスが考えられた量だと感じました。
親子丼といえば、牛丼チェーン店ではなか卯が有名ですが、あちらは、どちらかといえば、割り下の甘辛さを目立たせて全体にインパクトを与えるような作りです。うどんとセットで食べることも多い、という考えもあって、濃いめの味付けにしているのかもしれません。
一方、吉野家はダシのまろやかさとたまねぎの甘味の中で割り下の味をまとめる、落ち着いたバランスが特徴といえましょうか。吉野家のほうが、卵の黄身と白身がやや分かれているというか、しっかり混ぜきっていないようにも思います。なか卯が三つ葉なのに対して、吉野家はネギをのせているのも、おもしろい違いですね。
構成要素はシンプルでありながら、味付け、食感など、何かが出しゃばったり、くどくなったりすることもなく、全体が調和した一杯。「吉野家の親子丼」というブランドをしっかり確立しているな、と思います。
並盛437円という価格を含め、「吉野家に、牛丼ではなく、親子丼目当てで行く」という人が増えても不思議ではありません。
それだけに、デビューに際して、すんなりいかなかったのは、残念というか、なんというか……。吉野家は、この親子丼の開発に10年をかけたそうです。そのあたりの裏話も、本来であればしっかりメディアに説明したかったのでしょうし。筆者がこの親子丼に関しては言えるのは、高いレベルを感じる意欲作である、ということぐらいでしょうか。
吉野家の店頭で注文して待っている間、店内放送では、「新生活を始めたすべての人を応援したい!」というような言葉で、定食のキャンペーンの紹介をしていました。世間からいろいろと言われていますが、個人的には、吉野家はそのメッセージを“本心で”こちらに届けてほしいのです。
筆者は、吉野家の牛丼が好きです。筆者がまだ幼かったころ、学生時代に吉野家で牛丼をよく食べていたという父が、初めて吉野家に連れていってくれたときのことを、よく覚えています。牛丼を食べる筆者を見ていた父の、嬉しそうな顔を。それは、「自分の思い出の味を、自分の子供が食べてくれている」という喜びの表情だったのでしょう。
そのような理由で、吉野家の牛丼には、相応の愛着があります。今回の親子丼のクオリティーにも感銘を受けました。その点に関しては、吉野家は胸を張ってもよいと思います。
一方で、自分たちがぞんざいに扱われている(かもしれない)と思いながらの食事になってしまえば、どんなに開発に時間をかけたメニューを出されたとしても、それをおいしく感じるはずもありません。
これからの吉野家は、マーケティングなどに際して、店舗に食べに来る人、テイクアウトする人たちを、決して軽んじないでほしいな、などと思うのです。誰が、どんな境遇で食べるにしても、吉野家での食事が「思い出の味」になる可能性はあるのですから。提供する側が、それをバカにするようなことをしたら……やっぱり、ダメでしょうから。
モーダル小嶋
1986年生まれ。担当分野は「なるべく広く」のオールドルーキー。編集部では若手ともベテランともいえない微妙な位置。一人めし連載「モーダル小嶋のTOKYO男子めし」もよろしくお願い申し上げます。
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