量子コンピューターの実用化は2030年頃と予測されている裏側で、既存の暗号技術が安全性を保てなくなる「暗号の2030年問題」が発生している。国内外の政府においても、量子コンピューターを用いても解読や偽装ができない次世代の暗号化技術を推進する動きがみられる。
そんな中、NTTコミュニケーションズ(NTT Com)は、2025年1月15日、スマートフォン対応のオンライン会議アプリにおいて、量子コンピューターでも解読できない暗号化通信でつなぐ実証実験に成功したと発表した。この実証実験では、NTT Comの特許技術およびIOWN上でデータガバナンスを実現するための構想である「IOWN PETs(Privacy Enhancing Technologies)」の技術要素が用いられた。
同社のイノベーションセンター 技術戦略部門 主査である森岡康高氏は、「実用的な量子コンピューターが登場する2030年頃をめどに、NTT Comのサービスを組み合わせて、次世代暗号通信技術の商用化を目指す」と説明する。
量子コンピューターでも解読できない暗号技術とは?
量子コンピューターでも解読できない暗号技術は、大きく分けると2種類存在する。
ひとつは「PQC(Post-Quantum Cryptography、耐量子計算機暗号)」だ。「既存の暗号方式の延長線上の技術」(森岡氏)であり、新たなアルゴリズムを用いたソフトウェアベースの公開鍵暗号技術になる。もうひとつが「QKD(Quantum Key Distribution、量子鍵配送)」で、こちらは量子力学を用いて秘密鍵を共有する、ハードウェアベースの鍵配送技術となっている。森岡氏は「PQCは、現実的な時間では解読できない“計算量的安全性”が特徴。QKDは、量子コンピューターでは解読手法がない“情報論理的安全性”が特徴」と整理する。
また、これらの技術の推進状況としては、内閣府が量子技術イノベーションのビジョンの下で、PQCやQKDをミックスさせた総合的なセキュリティの実現をユースケースとして挙げているほか、金融庁では、PQCに関する検討会を2024年7月に開始している。米国においても、NIST(連邦技術標準研究所)が、2024年8月、PQCアルゴリズムの標準規格を選定するなど、国全体で耐量子セキュリティの未来を確保する取り組みを進めているところだ。
耐量子暗号技術をスマートフォン対応のウェブ会議アプリに実装
このような背景の中、NTT Comは、量子コンピューターでも解読できない暗号化通信を実装したウェブ会議システムの実証実験を実施した。「次世代の暗号化通信と既存のアプリケーションとの組み合わせで、一般的に分かりやすい事例」(森岡氏)としてウェブ会議システムを選んだという。
特徴としては、IOWN上でデータガバナンスの社会課題を解決するための構想である「IOWN PETs」の要素技術が利用されていることだ。IOWN PETsにおける注力領域のひとつが耐量子セキュリティの実現であり、今回秘匿データ転送のための「耐量子セキュアトランスポート技術」が用いられた。
耐量子セキュアトランスポート技術は、複数のPQCのアルゴリズムを活用した鍵交換を制御する仕組みであり、実証実験のアルゴリズムには、NISTが標準規格として選定した「CRYSTALS-Kyber」とNTTが研究開発している「NTRU」を採用した。複数のアルゴリズムを制御する理由は、将来的にいずれかのPQCの解読方法が発見された場合でも、セキュリティの安全性を担保するためであり、今後はQKDの利用も想定しているという。
また、 上記の鍵交換で生成した共通鍵をアプリケーションに供給する際には、事前共有鍵と量子コンピューターでも解読不可能な「バーナム暗号」によって暗号化しており、この実装ロジックにおいてNTT Comの特許技術が用いられている。共通鍵の送り先のアプリケーションは、NTT Comのビデオ・音声通話の開発ツール「SKYWAY」で実装しており、アプリケーション同士の映像や音声、チャットなどの通信は供給された共通鍵によってPQCで暗号化される。
実証実験では、スマートフォンでのオンライン会議においも、ユーザー側が追加設定をすることなく、次世代暗号通信を利用できることを確認した。「鍵交換の通信から、鍵供給の通信、アプリケーション間の通信まで、システム全体が量子コンピューターで解読できない暗号化通信になっているのが特徴」(森岡氏)
今後の展開としては、 実用的な量子コンピューターが登場すると予測される2030年頃をめどに、PQCやQKDといった次世代暗号化技術、IOWNの技術、秘密計算のクラウドサービス「析秘(セキヒ)」などのNTT Comのサービスを組み合わせて、商用化を目指していく。金融機関のような機密データを取り扱う業界のパートナーと連携して、ユースケースを創出していくことを見据えているという。
