メルマガはこちらから

PAGE
TOP

「イノベーションに才能はいらない」ユーグレナ出雲氏が自らの起業経験を中学生に語る

ユーグレナ出雲社長講演会「東京都小中学校向け起業家教育プログラム」レポート

 東京都は2020年度より、都内小中学校へ起業家教育導入の支援を行っている。本年度からは希望する30校に対して、起業家や経営者による出前授業のサポートを行なっており、今回は、そのうちのひとつ、東京都杉並区立大宮中学校で行われた、ユーグレナ代表取締役社長の出雲充氏による特別講演を紹介する。

大学1年生の時バングラデシュで人生を変える出会いを体験

 2022年12月6日、体育館に集まった東京都杉並区立大宮中学校の2年生に、「僕はミドリムシで世界を救うことに決めました。」というタイトルで、ユーグレナ代表取締役社長の出雲充氏が特別講演を行った。

 出雲氏は最初に、「今日は『人生を賭けられる仕事やテーマとどのようにして出会うのか』ということと、『今までにない新しいことにチャレンジする際に大事なこと』の2つをお話する」と伝え、講演をスタートした。

 まず、「人生を賭けられる仕事やテーマ」として、出雲氏は自分の生い立ちの話から口火を切った。「サラリーマンと専業主婦を両親にもつ、一般的な中流家庭に育った。自分が将来、社長になろうなんて一度も考えたことなかった」という出雲氏が、微細藻類ユーグレナ(和名:ミドリムシ)を生涯のテーマに決めたのには、きっかけがあったという。それが、大学1年生の夏休みに訪れたバングラデシュだった。大学まで海外旅行に行ったことがなかった出雲氏は、初めての渡航先にバングラデシュを選んだ。そこで、出雲氏が後に師と仰ぐ、ノーベル平和賞を受賞したムハマド・ユヌス博士に出会う。ユヌス氏は、1983年に当時世界最貧国といわれるバングラデシュの貧困農民層の救済策として、無担保での少額融資を行うグラミン銀行を設立した人物だ。

「グラミン銀行は、バングラデシュの中でも特に貧しい、年収が日本円にして4万円以下の農家を対象に、無担保で1年間3万円を貸すという画期的なものだった。そして、その3万円でヤギを飼うことをすすめ、農業の他に、ヤギのミルクで収入を得ることを教えた。結果として、文字も読めず自分の名前も書けない農家の人でも年収が5倍になり、翌年全員が3万円を返済した」と、出雲氏は解説。最初は「無謀」、「不可能」だと言われていたグラミン銀行は着実に発展し、ユヌス氏とグラミン銀行は2006年にともにノーベル平和賞を受賞するまでに至った。

 出雲氏がグラミン銀行を知ったのは、1998年のことだった。インターンシップとして大学1年生の夏休みにグラミン銀行で働き、ユヌス氏本人と行動をともにして、とても驚いたという。「1983年に、バングラデシュのたった42人にお金を融資するところからスタートしたグラミン銀行が、今では世界中の900万人に4兆円を融資して、人々を救っている。世界一貧しい国で、みんなが幸せになる新しい事業があり、こんな素敵なリーダーがいるのだ」と、出雲氏はそのときの驚きを伝えた。

参加した中学生にマイクを向けて質問する出雲氏

「バングラデシュの子どもたちの栄養失調をなくしたい」

 次に出雲氏は、自身が「生涯かけてもよい」と思った微細藻類ユーグレナというテーマについて語った。

 まず、出雲氏が注目したのがバングラデシュの食糧事情だった。バングラデシュでは1人あたり年間およそ180kgの米を食しており、これは日本人の平均の3倍以上の量だという。「貧乏な国だが食べ物には困っていない。けれど、子どもたちは栄養不足で骨と皮だけ」ということに気付いた出雲氏は、「人間が健康に生活するにはおなかいっぱいに食べるということはあまり重要ではなく、新鮮な野菜や肉、魚から摂れるような栄養バランスが一番大切」であることを知る。

「バングラデシュの主食であるカレーは、具が入っていない。野菜も肉も卵も魚も何ひとつ入ってなく、1年で一度も食べていない人もいる。知らなかったから本当にショックだった」と、出雲氏は当時を振り返る。そして、「栄養満点の食材を研究して、バングラデシュに持って行ったら喜ぶだろう」という思いで、日本に帰国後、大学で栄養についての勉強を始めた出雲氏は、ユーグレナが非常に栄養価の高いものであることを知った。

「人間が健康に生活するための、栄養満点のものを探していたが、動物だけでも植物だけでもダメだった。困っていたら、子どもたちが元気になるために一番良いのはユーグレナだと知った」

 微細藻類ユーグレナは、植物と動物の両方の特徴をもち、人間が生活するために必要な59種類の栄養素を有している。ユーグレナで栄養失調の問題が解決すると考えた出雲氏は、バングラデシュに持って行こうと考え、ユーグレナの屋外での大量培養にチャレンジすることにした。しかし、そこからが出雲氏の苦難のスタートでもあった。

「ユーグレナは食物連鎖ピラミッドの最底辺にいるので、育てている最中に様々な天敵が入ってきて、食べられてしまう」と、屋外での大量培養の難しさを語る出雲氏。1年後になんとか育ててきたユーグレナを粉末にしたところ、なんとスプーン1杯の量しか生産できないという結果になった。

「毎日バングラデシュの人々に食べてもらおうと思ったのに、1年頑張っても1食分しか作れなかった」という出雲氏。会社を興し、何百回もの試行錯誤を重ね、ついに2005年12月16日、世界で初めて沖縄県の石垣島で、ユーグレナの食用屋外大量培養に成功した。その会社こそ、株式会社ユーグレナだ。

 しかし、世界で初めての技術を確立し、ユーグレナを大量に生産できるような体制を整えても当初は上手くいかなかったという。

「我ながらいいアイデアだと思ったが、ほとんどの人はユーグレナにそんなパワーがあることを知らない。前例もなく、信用してもらえなかった」と出雲氏が話すように、500社に足を運んでも、出資してくれる会社が現れなかった。

 2008年5月、ついに出資する会社と出会った。501番目の会社である伊藤忠商事が出資を引き受けたのだ。コンビニエンスストア「ファミリーマート」などに、ユーグレナを使った食品を置いてもらったことで一般にも普及し、会社は急速に成長していった。

 続いて、出雲氏はユーグレナが急成長したエピソードを紹介した。

「日本で、大学がつくったベンチャー企業は現在までに3306社あり、半分が赤字でつぶれてしまった。しかし、内64社は上場し、なかでも大学発のベンチャーとして初めて、ユーグレナは2014年12月3日に東証一部上場を実現した。3人の友人が集まり、貯金をはたいて1000万円でつくった会社が、たった10年で時価総額1000億円の会社になった」という。

 そのうえで、出雲氏は「大学の技術を使って社会貢献する会社が、日本にはあまりにも少ない」として、「今みんなが商品やサービスを使っている会社も、最初は全部ベンチャーだった。最初から大企業なんてない。そして、ベンチャー企業がたくさんないと、新しい商品、サービスをつくってくれる会社が生まれない」と話した。

 出雲氏は「日本も、もっともっとベンチャー企業を増やさないといけない。これから5年間、日本からベンチャーをいっぱい誕生させ、『僕もやってみたい』という人を徹底的に応援する国にする。これをみんなにも知ってもらいたい」と、講演に参加している中学生たちに訴えかけた。

99%失敗するなら、495回繰り返せば99%の成功率になる

 現在、ユーグレナは毎日1万人のバングラデシュの子どもたちにユーグレナ入りクッキーを給食として配っている。1年後、そのクッキーを食べ続けてきた彼らの栄養失調が改善されたという結果が出た。

「これがSDGs」だと、出雲氏は説明する。「今ある大企業ではなく、これから新しくつくられるベンチャー企業こそが、こうしたSDGsを達成するために一番大事なプレイヤー。だからこそ、国がベンチャー企業を応援し、若いみんなでチャレンジしやすいような社会にしようとしている」と話した。

 そして大切なことは、「毎日をどんな気持ちで送っているか」ということだという。

「『わたしはベンチャーとか全然関係ない』と思い込んでいると、本当に一生新しいことにチャレンジしないで人生を終わってしまう。それはちょっともったいない」と、出雲氏は話す。そして、「競争しているかぎり、一番じゃないとだめ。スポーツでもビジネスでもYouTubeでも、一番以外は知られていない」と断言した。

 そのうえで、「『才能もないし、お金持ちでもないし、特別な教育も受けていないから無理』とよく言われるが、新しいことにチャレンジするときに、それは本当に必要なものじゃない」とし、「私は、特別な才能も教育もお金もなく、日本の平凡な中流家庭で育った。何もなくても、ユーグレナで世界一の会社をつくることができた」と、自身の経験をふまえて語った。

 では、イノベーションを起こす、奇跡のために一番大切なものは何か。それは、1回の失敗で諦めず、成功するまで繰り返し努力をすることだという。

「スポーツでもなんでも、新しいことにチャレンジして成功することはほとんどない。でも、1回だけでやめたらそれでおしまい。しかし、100回やったら64%もうまくいく。99%失敗するということは、459回繰り返し努力したら、99%うまくいくということだ」と、出雲氏は話す。

 そして「適切な科学と、繰り返しの努力。この2つの掛け算で、すべての若者が、奇跡を、イノベーションを起こすことができる。わたしはそう確信している」と力強く伝えた。

メンターを見つけ、アンカーを持って挑んでほしい

 講演の後半では、もうひとつのテーマである「新しいことにチャレンジする際に、大事にしてほしいこと」を伝えた。それは2つあり、「メンター」と「アンカー」だ。

 メンターとは心の底から尊敬している先生、先輩、師匠のこと。「メンターと出逢って、人は夢をもつ」と、出雲氏は話す。

 そして「アンカー」とは、自分の夢を忘れずに継続していくためのお守りのようなもので、メンターからもらった記念品や手紙、努力の結果である賞状やトロフィーなど、見て初心を思い返したり、奮起したりできる具体的なアイテムを持つことが大切だという。

「この2つがあると、人はなんとしてでも繰り返し頑張れる」として、出雲氏は自身のエピソードを語った。出雲氏のメンターは最初に語られた、バングラデシュのムハマド・ユヌス氏だ。「ユヌス先生と『一緒に貧困博物館を作ろう』と約束した。僕らは、いつの日か必ず、栄養失調で苦しんでいる子どもたちをゼロにする社会をつくる。これが実現したら、未来の貧困を知らない子どもたちが勉強するために、貧困博物館に行く。そういう日を、そういう世界をつくるために、先生と約束した」

 出雲氏がアンカーとして大切にしているのが、初めてバングラデシュに行った時に購入したTシャツだ。今も自宅のクローゼットにしまってあり、毎日着替えをする際に目にするという。

「大学で研究していて失敗し続けた時、会社経営でうまくいかなかった時、『こんなに大変だったら、もう今日でユーグレナのことは辞めてしまおう』と思ってもこのTシャツを見ると全部思い出す」と、出雲氏は話す。「なんで、僕はこんなにユーグレナが好きなのか。そうだ、バングラデシュで先生と約束した。82歳の師匠がまだ頑張っているんだから、あともう1回、もう1日だけ頑張ろう」という気持ちにさせてくれるという。

 そして、聞いている中学生たちに向けて、「みなさんがいつの日か、素敵だと思える師匠や先輩に出会ったら、その人をメンターにするといい。師匠になってもらうことと、何か記念品をいただくことを、お願いしてみるといいでしょう」と伝えた。

 そのうえで、「メンターとアンカーがあって、繰り返しできる人は、10回とか90回で諦めてはダメ。その分野で一番を目指す。『これが好きだ』というものが見つかれば、459回繰り返し努力することによって、第一人者にきっとなれる」という。

 最後に、「『私にはできない』と勝手に決めて自分の可能性を狭めないでほしい。メンターと出会って夢をもち、そして夢を忘れずにいるようなアンカーをもらってほしい。この2つがあれば、人は何度でも繰り返し努力できる。みなさんが、それぞれの好きなテーマで、459回繰り返し努力することによって、一番の人生を送られることを心から願う」として、出雲氏は講演を締めくくった。

合わせて読みたい編集者オススメ記事