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遠藤諭のプログラミング+日記 第150回

ブロックdeガジェット 052/難易度★★★

ユタ・ティーポットで午後のティータイムはいかが?

2022年10月06日 09時00分更新

文● 遠藤諭(角川アスキー総合研究所)

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きみは《Utah teapot》を知っているか?

 コンピューターグラフィッスの世界でお馴染みのティーポットごぞんじだろうか? しばしば、ただ《ティーポット》とも呼ばれているが、《ユタ・ティーポット》(Utah teapot)というものだ。

 1950年代からメリタが販売してきた製品で、米国ユタ大学の英国からの留学生マーチン・ニューウェルという人物が自宅で使っていたティーポットを3Dモデリングしたもので、1975年夏に博士論文の中で発表。その数値データが公開されたためにCG(コンピューターグラフィックス)の世界で長く使われてきた。

 1つ標準的なデータがあれば、新しいシステムが出てきたときに比べる基準になる。私のようなCGの世界はあまり縁がないような人間でも、このティーポットが表示された画面を何度も目にしてきた。たぶん、これを読んでいる方々も「はいはいよく見ますよね」とか、このティーポットの由来はよく知っているという人も少なくないはず。

 日本におけるCGの大家、西田友是東大名誉教授が『画像電子学会誌』に「ティーポットコレクション」「Utah Teapot のCG 進展への貢献」と題した寄稿もされている。

 このティーポットがどれだけ使われて親しまれてきたかは、もはやコンピューターグラフィックスという専門分野から飛び出して、映画『トイ・ストーリー』に出てきたり、Windowsのスクリーンセイバー「パイプ」のジョイントがこのポットになっていたり、ちょっとした人気キャラクターになっている。

 1975年にニューウェルが3Dモデル化した実物のティーポットは、マウンテンビューのコンピューター歴史博物館に展示されている(次の写真=2013年に筆者が撮影)。

The Computer History Museumでのユタ・ティーポットの展示風景。

 左下に写っているのは、ピクサー社のレンダリングソフトRenderManのマスコットキャラクター「Walking Teapot」のプロモーション向けグッズ。ぜんまい自走式で、毎年のように色やパッケージのデザインを変えて作られてきたらしい。どんなものかは、このページ「Pixar Walking Teapot Trading Page」を見るとわかりやすい。

 ところで、冒頭で触れたニューウェルがこのティーポットを使って書いた論文は、ユタ大学のサイトで公開されていて読むことができる(「The Utilization of Procedure Models in Digital Image Synthesis」)。当時のコンピューターグラフィックスの理論について知る意味でも貴重な資料といえる。

ニューウェルのティーポットの出てくる論文より。上はソーサーのワイヤフレーム、下のテーブル上にティーポット(コピーのためほぼ見えないが)。

 論文では、ティーポット以外のものもモデル化されているのだが、その後、ティーポットだけが有名になるのには理由があるそうだ。ポットは、丸みを帯びていて、輪っか(持ち手)やパイプ(注ぎ口)、曲率が直交方向で逆になるいわゆる鞍点まである。何か新しいコンピューターグラフィックスのシステムを試してみるのに1個だけでかなりのことがわかる。

 ところで、私のいた月刊アスキー編集部でこのティーポットのことが話題になったことがある。1990年頃、雑誌の編集部なので《進行》の鈴木敦子さんという女性がいたのだが、彼女は、アスキーに来る前に《陶器》の専門誌の編集部で仕事をしていた。ユタ・ティーポットの話を耳にした彼女によると、「焼き物の世界でも急須を作れるようになったら一人前と言われます」とのこと。そこにいた一同「ウーン」と唸ったのは記憶に新しい。

CGの世界ではあまり見かけないフタをあけたところ。

こちらもCGとはちょっと趣の異なる表面の感触がわかる写真。

ユタ・ティーポットのモデルとなったティーポットと旧東ドイツの鉄道で使われていたティーポット(Colditz-Porzellan製=ベルリンのオスタルギーショップにて購入)。

現物は、いまも製造されていて買うことができる

 このティーポットに親しみを持っているコンピューター業界人としては、このユタ・ティーポットの現物が欲しくなってこないだろうか? 私も、コンピューターの仕事でご飯を食べてきないるわけなので、お茶を飲むならこのポットでという気分になった。ということで、探してみるとすぐにeBayやアマゾン(ただしAmazon.de)に出ていて誰でも買うことができる(新品中古、色違いもある)。

 売られているようすを見ると気づくのは、このユタ・ティーポットのもとになった製品には3つのサイズがあることだ。0.35リットル、0.85リットル、そして、1.4リットル。それぞれ、0.35リットルは1人用、0.85リットルはオフィスや研究室で来客にも出せる、1.4リットルホームパーティや大家族でも使えるといった具合だ。

ユタ・ティーポットのもとになったポットには3種類ある。左から、0.35リットル、0.85リットル、1.4リットル。

以前、私の自宅では玄関付近にこの3つが置かれていたので、客人たちには「なぜティーポットが3つも」といぶかられていた。

 しかし、これだけ大きさの差があるということは、当然のことながらデザイン的なバランスも違ってくることになる。それでは、マーチン・ニューウェルが自宅で使っていて歴史的な3Dモデルデータとなったのは、どのサイズなのか? 写真を見ると、0.35リットルのものが、ユタ・ティーポットのもとに似ているように見えると思う。しかし、コンピューター歴史博物館で見た記憶では0.35リットルではないように思う。

 ちなみに、eBayやアマゾンの製品説明を見ると、メーカーは《メリタ》ではなく《Friesland Porzellanfabrik》(フリースラント)というやはりドイツの会社であることがわかる。調べてみると、同社は、もともとメリタグループの企業で1980年頃まで《メリタ》ブランドで製品は販売されていたとある。そして、関連通販サイトで、「Utah teapot」とことわったうえで直販されているのだった。

現在ユタ・ティーポットを製造しているフリースラントの関連通販会社のページ。

 そして、このページを見ていくと、丁寧なことに「オリジナルの《ユタティーポット》をお探しの場合は、1.4リットルのティーポットが正解です」などと書かれているのだった。世界中のコンピューター関係者がこのティーポットを求めてそして問い合わせてくるのかもしれない。

 3種類の写真を見ると0.35リットルのものがユタ・ティーポットに似ていると書いたのは、それが少し上下につぶれているように見えたからだ。この3つのサイズのどれと比較しても、ユタ・ティーポットのほうが背の低いフラットなデザインになっている。通常、ユタ・ティーポットといったら次の写真のイメージが強いはず。

Picture by Hay Kranen / CC-BY 2.5'.

 このことは、当然、業界ではとっくに指摘されていて、事実、彼の論文の画像ではつぶれていないように見える。これに関しては、当時ニューウェルが使ったシステムとの関係とされてきた。なので、私もそう信じていたのだが(あと出てでてくるブロックのビデオでもそう述べている)、つぶしたほうがカワイイのであるとき変更が加えられたものらしい(ご興味のある方は調べられたし)。もっとも、ニューウェルは、方眼紙と鉛筆を使って目測でモデリングしたそうなのではあるが。

現在発売されているティーポットの底面にはメリタではなくフリースラントのロゴが入っている。

ブロックでベジェ曲面は不可能

 ティーポットを入手してしばらく経過したが、いまだにもったいなくてどのサイズも使っていない。そうやって眺めているうちに、私が歴史的なデジタルをナノブロックやプチブロックで作る「ブロックdeガジェット」で、このユタ・ティーポットを作ることにした。

ブロックで作ったユタ・ティーポット

 ブロックで何か作るときに、丸っこいもの曲線的なものを表現するのはとても大変だ。ニューウェルは逆にベジェ曲面のためにティーポットを選んだわけなので、まったく逆の動機だったというのも皮肉な話。なので、とても苦労した。以下の組み立て動画は、ユタ・ティーポットのもとになった実在のポットをモデルにしている。

 「真っ白な陶磁器を、眺めては~」って、まさかもしかしてこのユタ・ティーポットのことだったりでは? などと一瞬でも思うのはコンピューター関係者だけか。しかし、見ればみるほど上品で洗練されていてけして古くならない。ティーポットというものが、手足や鼻口のあるちょっとした生き物みたいにも見えてくる。

 

再生リスト:https://www.youtube.com/playlist?list=PLZRpVgG187CvTxcZbuZvHA1V87Qjl2gyB
「in64blocks」:https://www.instagram.com/in64blocks/

 

遠藤諭(えんどうさとし)

 株式会社角川アスキー総合研究所 主席研究員。プログラマを経て1985年に株式会社アスキー入社。月刊アスキー編集長、株式会社アスキー取締役などを経て、2013年より現職。角川アスキー総研では、スマートフォンとネットの時代の人々のライフスタイルに関して、調査・コンサルティングを行っている。「AMSCLS」(LHAで全面的に使われている)や「親指ぴゅん」(親指シフトキーボードエミュレーター)などフリーソフトウェアの作者でもある。趣味は、カレーと錯視と文具作り。2018、2019年に日本基礎心理学会の「錯視・錯聴コンテスト」で2年連続入賞。その錯視を利用したアニメーションフローティングペンを作っている。著書に、『計算機屋かく戦えり』(アスキー)、『頭のいい人が変えた10の世界 NHK ITホワイトボックス』(共著、講談社)など。

Twitter:@hortense667

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