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NHK連続テレビ小説「ちむどんどん」の舞台がいよいよ横浜・鶴見へ

うちなーぐちが飛び交う、沖縄より沖縄している鶴見の魅力に迫る

文●MOVIEW 清水 編集●ASCII編集部 写真●曽根田元

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 横浜は1859年の開国によって諸外国との窓口として開港され、明治時代から現代にいたるまで、様々な外国文化を取り入れながら日本の産業や文化の発展に寄与してきた都市。その横浜市内の鶴見区は旧東海道沿いに位置し、横浜の発展とともに歩んできた街だ。

 実はこの鶴見は沖縄にルーツを持つ住民が多く住む街で、現在NHKで放送中の連続テレビ小説「ちむどんどん」の舞台にもなっている。また、このドラマの舞台になったことをきっかけに、官民学連携による「ちむどんどん」横浜鶴見プロジェクトが進行中で、鶴見の魅力や最新情報を発信している。

 そこで今回、横浜市長 山中竹春氏と「ちむどんどん」横浜鶴見プロジェクト実行委員会委員長 下里優太氏、「ちむどんどん」に出演し、プロジェクトのアンバサダーを務めるガレッジセール 川田広樹氏にお集まりいただき、鶴見の魅力を掘り下げていただいた。

(左から)横浜市長 山中竹春氏、「ちむどんどん」横浜鶴見プロジェクト アンバサダー ガレッジセール 川田広樹氏、プロジェクト実行委員会委員長 下里優太氏

朝ドラ「ちむどんどん」で注目が集まる横浜・鶴見

 鶴見は旧東海道沿いということもあり、元々人の往来が多く栄えてきた場所。山中市長は「新橋・横浜間の鉄道開業と同時に鶴見駅ができ、近代的な発展も早かった街。京浜工業地帯の中心的なエリアで、日本の高度成長を支えてきたのが鶴見です。近年では理化学研究所など、日本を代表する研究開発機関が立地し、最先端の産業が生まれています」と紹介した。

 「また、そうした産業面だけでなく、多様な動植物の生育環境を提供しているエリアでもあり、区の南北を流れる鶴見川の景色は市民に愛されています。季節が感じられ、水辺と共生しているその景色はまさに“ちむどんどん”する風景です」という。ちむどんどんとは沖縄の言葉で、心がわくわくする様子などを指し、鶴見はまさにドラマ『ちむどんどん』の舞台にふさわしい街なのだ。

ジョギングが趣味で川沿いを走るとちむどんどんするという山中市長

 「ちむどんどん」横浜鶴見プロジェクト実行委員会委員長の下里氏は元々那覇出身で、大学進学のときに鶴見に移り住んだという。「小さいときから春休みや夏休みに鶴見に遊びにきていましたが、沖縄の文化が根付いている街です。沖縄料理店はたくさんありますし、県人会館があるのがすごいです」と下里氏が語ると、川田氏も「鶴見は沖縄料理を食べられるし、沖縄の人がたくさんいることを沖縄にいたときから知っていました。だから上京したらまず行きましたね。料理もおいしいし、うちなーぐち(沖縄の方言)も飛び交ってて落ち着くので第二の故郷のように、ことあるごとに来てしまいますね」と、鶴見と沖縄の結びつきについて語る。

 現在、横浜・鶴見沖縄県人会は1世から3世まで幅広い世代で構成されていると語る下里氏は県人会の青年部事務局長でもある。「沖縄県民はとても仲間意識が強く、仲間内同士でという文化で、県人会も年配の方が増えてきて若い人が入りづらい雰囲気がありました。これではいけないということで、若い世代で何かできないかと考えて青年部を立ち上げました。いまは先輩たちと一緒に沖縄というコンテンツを使って鶴見を盛り上げようとしています」

小さな頃から鶴見に遊びにきていたという下里氏

 川田氏は2020年に制作された、鶴見を舞台にした映画「だからよ~鶴見」に出演した際に県人会青年部と仲良くなったという。「映画に出演したり舞台をやっていたら『ちむどんどん』の舞台が鶴見ということでよっしゃ!と思いましたね。これも縁ですね」と語った。

鶴見は第二の故郷と語る川田氏

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