富岳は、世界1位を目的に開発されたものではない
一時期、スーパーコンピュータの開発は、米中のプライドをかけた性能競争に明け暮れていた。日本もそのなかに巻き込まれていたともいえる。
その結果、TOP500で1位を獲得することを目的にチューニングされ、1位を獲得したものの、利用できるアプリケーションが限定され、特定の用途や目的にだけ利用されるという状況が生まれていた。
だが、富岳の開発はこれらと一線を画す形で開発が進められた。
「富岳は、性能で世界1位を狙うことを目的に開発されたものではない。科学技術の探求だけでなく、産業界をはじめとして、実用的に役立つ汎用性の高いスパコンを目指して開発されたものだ」と松岡センター長は語る。
富岳の名称は、富士山が持つ高さと、すそ野の広さを捉え、そこから性能の高さとともに、応用範囲の裾野の広さを示す意味で命名されたものである。
つまり、富岳は、それまでの単純な性能競争から脱却し、実用性という点を追求。とくに、「省電力」、「アプリケーション性能」、「使い勝手の良さ」の3点が重視された。
「主要なすべての部門において圧倒的な1位を獲得したが、これはわれわれにとっての意義ではない。さまざまなアプリケーションを最高性能で動かすことを追求した結果として獲得できたものである。富岳にとって、大きな意義は、1位を取れたことではなく、汎用性が広く、それぞれの領域において、圧倒的に性能が高いというところにある」(松岡センター長)とする。
富岳では、「健康長寿社会の実現」、「防災・環境問題」、「エネルギー問題」、「産業競争力の強化」、「基礎科学の発展」の5つの社会的・科学的課題に利用することが決められ、具体的な取り組みとして、「生体分子システムの機能制御による革新的創薬基盤の構築」、「個別化・予防医療を支援する統合計算生命科学」、「地震・津波による複合災害の統合的予測システムの構築」、「観測ビッグデータを活用した気象と地球環境の予測の高度化」、「エネルギーの高効率な創出、変換・貯蔵、利用の新規基盤技術の開発」、「革新的クリーンエネルギーシステムの実用化」、「次世代の産業を支える新機能デバイス・高性能材料の創成」、「近未来型ものづくりを先導する革新的設計・製造プロセスの開発」、「宇宙の基本法則と進化の解明」の9つの重点課題に取り組むことが盛り込まれている。
これだけ幅広い用途で利用されることになり、さらに、これらの9つの重点領域で活用した場合、かつてのスーパーコンピュータ「京」に比べて、最大で131倍、平均で67倍の性能を発揮できるという特徴も見逃せない。
そして、新型コロナウイルス対策に関して、飛沫シミュレーションなどを、富岳が本稼働する前から実行。政府や企業の感染ガイドラインの策定などに貢献するといった成果もあげている。
性能の高さと応用範囲の広さを両立しているのが富岳の特徴であり、だからこそ4冠を獲得できたのである。
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