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2030年を見据えてR&Dの生産性を向上 個別化医療やサービス化の未来へ

強みの創薬力をデジタル・AIで最大化する 中外製薬のDX戦略

2021年09月14日 09時00分更新

文● 大谷イビサ 編集●ASCII

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 研究開発型製薬企業である中外製薬にとってのデジタルは、同社が持つ創薬の強みを最大化するためのツールだ。2030年を見据えたDX戦略がスタートして2年、DXを支える基盤や人材、風土改革はどこまで進んだのか? デジタル戦略推進部の中西義人氏、関沢太郎氏にDX戦略の概要と取り組みについて聞いた。

デジタル戦略推進部長 中西義人氏、同企画グループマネジャー 関沢太郎氏

下がり続けるR&Dの生産性 デジタルやAIに活路

 中外製薬は、2030年を見据えた成長戦略「TOP I 2030」において、10年間でR&Dのアウトプットを倍増し、薬を毎年世に出せる会社となることを目指している。そして、これを実現するためのDX戦略が「CHUGAI DIGITAL VISION 2030」だ。

 「CHUGAI DIGITAL VISION 2030」では、「デジタル技術によって中外製薬のビジネスを革新し、社会を変えるヘルスケアソリューションを提供するトップイノベーターになる」という目標が掲げられている。そして、デジタル基盤の強化を進めるとともに、デジタルを活用した革新的な新薬創出、すべてのバリューチェーンの効率化を目指す。デジタル戦略推進部の中西氏は、「デジタルを活用し新規事業を産み出していくことにフォーカスする戦略をとる同業会社もありますが、われわれは新薬を創出する独自のサイエンス力・技術力や個別化医療といった強みを、デジタルでさらに強化していくことにフォーカスしています」と語る。

中外製薬の3つの基本戦略(中外製薬より提供)

 製薬会社が直面している大きな課題は、R&Dにおける生産性の低下だ。研究開発にかかるコストは年々増大する一方、薬として世に出て行く成功確率は低下傾向にある。「臨床試験は複雑化しており、薬の価値を証明するためにさまざまなデータを取得するようになってきています。また、治療効果が向上している疾患において、さらに良い薬を開発しようと思うと、治験の規模を大きくし、時間とコストをこれまで以上にかける必要があります」と中西氏は指摘する。

 そして、長らく低下を続けるR&Dの生産性をV字回復させるためのツールとして、期待されているのがAIをはじめとするデジタル技術だ。たとえば、京都大学の奥野恭史教授による試算では、13年と1200億円をかけて0.004%だった成功率が、研究開発、臨床、治験、申請承認まで含めた一連のプロセスでAIを導入することで、期間は4年、コストは半分、成功確率は10倍になるという。

製薬業界がなぜデジタルを活用するのか?(中外製薬より提供)

 AIへの期待は大きい。「たとえば、まだ薬にするには程遠い、薬の原石みたいなものについて、これまで培ってきたデータから創成したAIを用いて、より相応しい分子構造を予測し、より良い薬に仕上げていくということはすでに可能になっています。実際に研究開発におけるコスト削減や期間の短縮につながっています」(中西氏)とのことだ。

デジタル基盤の構築や人材育成・採用、ブランディングまで全面展開

 こうしたDX戦略を実行に移すべく、2019年には元日本IBM執行役員である志済聡子氏を執行役員 デジタル・IT統轄部門長として招聘。中外製薬のデジタル戦略推進部は2019年10月に設立されたDX推進組織で、研究・開発、営業、生産、コーポレート等、会社全体を幅広くカバーする。これまでも社内ではさまざまなデジタルの活動が進められていたが、デジタル化に本腰を入れるため、全社のデジタル戦略を統括して、推進していこうという趣旨で作られた。

 今回取材した中西氏は長らく研究職で、IT出身ではない。「これまでのキャリアで、研究開発の早期から承認・申請に至るまで、幅広く経験することができました。決してデジタルに強いわけではありませんが、中外におけるR&Dのプロセスをおおむね理解できており、どこにどんな課題がありそうかがわかります」(中西氏)とのことで、研究開発を含めた社内の業務を一気通貫で理解している点が大きかったようだ。

 DXの体制を整え、まず手をつけたのは、大容量のデータを高速に解析できる「CSI(Chugai Scientific Infrastructure)」 と呼ばれるデジタル基盤の構築だ。高いセキュリティを要求されるデータを扱えるセキュアな環境をアマゾン ウェブ サービス(AWS)クラウド上に構築しているのが大きな特徴となっている。

 また、DX戦略最大の課題である人材に関しては「Chugai Digital Academy」によって、データサイエンティストやデジタルプロジェクトをリードできるデジタル人材を育成しつつ、外部からの採用も積極的に進めている。さらにバリューチェーンの効率化に関しては、AIを用いた治験関連文書作成の効率化、紙プロセスの排除や要員計画・ワークフローの可視化などの工場のデジタル化に加え、これまで属人化していた営業データの統合や解析などを進めている。

中外製薬DXの2030の絵姿(中外製薬より提供)

 ユニークだと思ったのが、「CHUGAI DIGITAL VISION 2030」のブランディングである。DX戦略専門サイトでロゴや動画、noteなどのコンテンツを数多く掲出しており、今回のような取材にも積極的に応じている。また、昨年は「CHUGAI DIGITAL DAY」という自社DXイベントを成功させた。「製薬企業でデジタルやデータサイエンスのスキルが求められているということをご存じない方が多いので、パートナー探しやデジタル人材の獲得のために、当社の取り組みを積極的にアピールしています。また、社外で取り上げられている中外のデジタルの活動を社員自身が見ることによって、社員の意識改革、組織風土改革にもつながっていくと考えています」(中西氏)。

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